第3章 絆 28話 「スタンピード⑥」

「ぐっ!?」


俺は前触れもなく、腹を押さえて両膝を地面についた。


前屈みになり、苦悶にうめく。


「··················なんだ?」


「···ふん。もしかすると、力の使い過ぎかもしれんな。」


蒼白な顔をした俺を見下ろしながら、2体の悪魔がせせら笑うように言葉を放ってきた。


「体内の何ヵ所かに妙な力が宿っているが、それが原因か。」


「おそらくはそうだろうな。身の丈に合わね力を使ったのだろう。」


「興醒めだな。距離を取って、臆病者らしい攻撃を続けていれば良かったものを。」


はっきりと嘲笑うような声が聞こえてくる。


まったく、好き勝手を言ってくれるものだ。


俺は腹にやった手で衣服を握りしめ、地面に額をつけるほどの体勢になった。


苦しいから、早く動いてくれないものか···。


頭に血が昇り、嫌な圧迫感に包まれる。


「顔色が良くないな。」


「ふむ、こいつがのたうち回る姿を見ていても仕方があるまい。」


「そうだな。引導を渡してやるか。」


悪魔の1体が近づいてくる。


サーっと、鞘から剣が抜かれる音を間近に聞いた。


「喜べ。すぐに首を落としてやる。それ以上、苦しむ必要はなくなるぞ。」


喜色に染まった声が、俺に降り注いだ。


殺気のようなものは感じられない。まるで、虫けらを駆除するかのような感覚なのだろう。


「魔道具などを使った姑息な手段とはいえ、我らの同胞を1人でも滅したことは誇りに思って良いぞ。冥土の土産とするが良い。」


剣の振り下ろされる音。


···次の瞬間。


「あべべべべべべべべべ····。」


ドサッ!


俺を斬ろうとした悪魔は、眼球を破裂させ、頭部からは煙を出しながら地面に倒れることとなった。


「な、何っ!?」


俺は倒れた悪魔の傍らで、ニヤッと笑ってやった。


「油断しすぎだろ。」


「···何を、何をした!?」


「さあ、何だろうな。」


「くっ、ふざけやがって···。」


どうやら、悪魔も自分たちの力を過信しているらしい。


まさか、絶対強者と言える自分たち悪魔···しかも2体と同時に対峙をしていて、こんなフェイクをする者などいるはずがないと思い込んでいたのだろう。


まぁ、勝手な思い込みは、こちらにとっては都合が良い。そういった精神の緩みを利用すれば、トリックプレーの成功率は大幅に向上するのだから。




かなり以前の話になるが、とあるシリアルキラーが、ある国を震撼させたことがある。


12年に渡り、その犠牲者になった人の数は30名近くに及び、メディア各社では事件の見出しに必ず次の文言を打ち出していた。


Abdominal pain murder!


長期に渡る広域捜査により逮捕をされた犯人は、有名大学の心理学者だった。


犯行はいずれも昼下がりの住宅街で実行されており、犯人は動機についてこう語っていたという。


「人間の善悪というのは、他人の苦しみを目の当たりにした時にこそ、表に現れるものだ。私は心理学者として、それを臨床実験しただけだ」と。


犯行の手順だが、犯人は老婆に扮し、人通りのまばらな歩道で、突然腹痛を装ってうずくまるという単純な内容だったそうだ。


通りがかった人の反応は、概ね3つに別れた。


・心配をして声をかけてくる


・無視して通り過ぎる


・ここぞとばかりに盗みを働こうとする


この心理学者が犯行に及んだ相手は、いずれも盗みを働こうとした悪人だったと供述している。


そして、そういった奴の思考は、弱者に対する嘲りが常に潜んでおり、必ずと言って良いほど無防備に近づいて来ると言ったのだそうだ。


この事件を参考にして、様々な可能性が検証された。


俺が先ほど悪魔に使ったトリックプレーも、その一つだったりする。


先天的な強者は、弱者を歯牙にもかけない。


絶対ではないが、多くの場合はその通りである。それは、深層心理に潜む理とも言える。


ゆえに、油断を抑えることができないのだ。


苦しむ俺を見た悪魔は、大した疑いもなしに近づいてきた。


それは、俺を弱者と見なしていた証拠だ。死に物狂いで抗わなければならない場面で、馬鹿げた芝居をしているという発想に至らないのは当然のことと言えた。


そして、気を置いて瞬間移動をした俺の動きが、想定外の出来事となり反応できなかったのである。


あとはスタンスティックを悪魔の後頭部に押しつけて、最大出力でダメージを与えれば良いだけだった。


妙技 "ハライタDeath!"




「貴様っ!?」


もう1体の悪魔が、剣を右手で抜きながら身構えた。


左手は腰の後ろに回して、視界から外されている。


敵の1体は倒した。


だが、再生して立ち上がってくる可能性は、常に念頭に置いておかなければならない。


瞬時に後ろに跳び、間合いを開けようとした。


「逃がさん!」


後ろに回していた左手を、掌底を打ち込むような形で前に突き出す動作を見て、咄嗟に体を捻った。


高温で焼かれるような痛みが脇腹を走る。


魔法に似た攻撃。


わずかだが、ダメージを負う。


着地の瞬間、SGー01を構えた俺は、三連射を行い弾幕をはる。


そのまま最大速度で距離を開けた。




痛みがある部分に視線を走らせた。


高温の熱で焼かれたかのように、衣服が焼き裂かれ、そこから覗く肌が焼けただれていた。


やはり、普通の魔法とは異なる。


悪魔にとっての神威術のようなものなのか、魔力に干渉しないタイプの放出系の技。


「我らを謀ったな。その報いは必ず受けてもらうぞ。」


SGー01の弾幕を障壁で防いだ悪魔は、静かなる怒気を言葉に乗せていた。


「勝手に勘違いをしたのはそちらだ。報いなら自分たちで勝手に受けたら良い。」


俺はそう言いながらも、倒した悪魔から濃厚な瘴気が漂い出しているのを感じていた。




やはり、自己修復が始まっているようだ。


右手に旋回しながら、GLー01に持ち替えて修復を開始したであろう悪魔に向けて発射する。


すぐに爆発音が鳴り響き、倒れたままの悪魔の体を損壊させる。


何度となく、もう1体の攻撃に身をさらされながら、付かず離れずの間合いで攻撃の機をうかがった。


このままでは、修復を終えたもう1体と挟撃をされ、ジリ貧となってしまう。


そう思った矢先に、転機が訪れた。


幾数もの剣が悪魔に突き刺さろうかと、空から降り注ぐ。


「!」


悪魔は数十メートルの距離を一気に後退しながら、自らの体に届こうとする剣を凪ぎ払っていく。


そして、頭上からは聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「やはり、私が必要なようですね。」




頭上からの声が誰のものなのかは、姿を見るまでもなかった。


俺はすぐに竜孔流を練り上げる。


最大最速で、竜孔が活性化するのがわかった。


SGー01にスイッチ。


状況から可能だと判断し、先程の狙撃時と同様に、竜孔流を銃身に流し込む。


引き金をしぼった。


轟音と共に吐き出されたスラッグ弾が竜孔流を纏い、青白い稲光を放ちながら瘴気を放つ悪魔の体に吸い込まれる。


一瞬、ビクッと痙攣したそれは、すぐに稲光に全身を包まれた。


「な···貴様っ!?それは···。」


すでに数十本にまで増えた空からの剣突をかわしながら、もう1体の悪魔が驚きの声をあげる。


先程の狙撃でも、同じように竜孔流を弾丸にまとわせていた。しかし、それを見ているのにも関わらず、今の光景で驚いているのはなぜなのか。


1つの疑問を残しつつも、2体目の悪魔を屠ることに成功した。




ヒュィーン!


「ぐがぁぁぁぁーっ!」


「余所見をするなんて、ずいぶんと侮られたものですね。」


もう1体の悪魔は、四肢を剣で地面に縫いつけられていた。


そして、どこからともなく現れた剣状の光が脳天から深々と突き刺さり、断末魔の叫びと共に力尽きる姿を見るに至った。




「ありがとう。助かったよ。」


俺は窮地に駆けつけてくれたマルガレーテに礼を言った。


正直な所、彼女の存在がなければ、どうなっていたかわからない。


じっと、俺を見るマルガレーテ。


「どうした?」


無表情に俺を見上げていた彼女の様子がおかしかった。


何かあったのだろうか。


そう思った時に、彼女は「あ···。」と小さな叫びをあげて、俺の体に倒れこもうとした。


バタッ。


「·································。」


「·································。」


「なぜ、避けるのですか?」


うつ伏せに倒れたままのマルガレーテが、恨みがましくそんなことを言ってきた。


「いや、戦闘直後で神経が過敏になっていた。条件反射でつい···。」


「··································。」


「その···どこか具合でも悪いのか?」


「··································。」


しばらく無言の後、マルガレーテは何事もなかったかのように立ち上がった。


「力を使い過ぎてしまったので、立ちくらみがしたのです。」


「そうか。もう大丈夫そうだな。」


むっとした顔を一瞬見せたマルガレーテだったが、すぐにため息を吐いて、「ええ。」と返してきた。









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