第3章 絆 35話 「調査隊⑦」

「私は···強くなれますか?」


真っ直ぐな、射抜くような視線。


「それは、イザベラ次第だな。」


一度視線を外したイザベラが、もう一度俺の目を見た。


「強く···してください。」


決意。


それがはっきりと瞳に現れていた。




その後の時間は、イザベラの鍛錬に時間を費やした。


鍛錬とは言っても、多様なフェイクを身につけるためには、柔軟な思考と人の心理への理解が必要となる。


まずは一問一答から始め、そこから手法を展開していく作業に没頭した。


「人の意識をそらすためにはどうすれば良い?」


「気を引く何かを仕掛けます。」


「例えば?」


「ナイフを相手の視界の届かない位置に投げるとか。」


「気配が読める相手なら、投げたナイフの先に何もいないことを把握しているかもしれない。」


「う···では、いきなり倒れて気を失ったフリをするとか?」


相手は熊じゃないぞ。


「俺なら、敵が目の前で倒れたら警戒する。もしくは、隙をうかがって攻撃をするだろうな。」


「では、ではオナラをするとか!?」


「···································。」


「···································。」


「···································。」


「い···今のは無しです。聞かなかった事にしてください!」


そんな感じで、1日目はすぐに過ぎていった。


普段は無口でクールだとマルガレーテに聞いていたイザベラだったが、実は口べたな天然系であることがわかった。


それに、幼い頃から鍛錬にばかり明け暮れてきたからか、少し常識から外れた思考をする。


それ自体は、フェイクをする上で必要な要素とはなり得た。だが、たまに天然が加速し、意味不明な物言いをすることが多々あった。


あまりにも常識から外れた言動をすることもあり、「これは俺を罠にはめるためのフェイクを使われているのか?」と本気で混乱させられそうになったりもしていた。


イザベラ···恐るべし。


因みに、シンに関しては翌日には復帰し、装備を変更してランダーとの模擬戦を何度もこなしていた。


彼に関しては、それほど問題はないだろう。


もともとが盾の扱いに秀でており、大きさや重さが異なるとはいえ、体に動きの型を馴染ませるのにそれほど苦労はしていないようだった。


ただ、あれ以来、相当厚みのあるアンダーアーマーを身につけるようになったようで、鎧の腰部分だけを2サイズほど大きくしたようだ。


まあ、動きを阻害されなければ問題はないのだが、在庫がなかったとかで、腰部分だけが明らかな色違いとなっていた。


俺にはその姿が、相撲のまわしをつけた騎士のような姿に見えてしまい、何度か吹き出しそうになってしまっていた。




「はぁはぁ···まだ···まだだぁ!」


ボロボロになりながらも、ランダーがジグザグを描くように突進していく。


後方からはレーテが牽制の魔法を放ち、少し離れた位置からイサベラが奇襲を試みる。


チームとしてはもともと卓越したものがあったのだが、それぞれが新たな手法を取り込み、個々での研鑽と他メンバーとの連携を高めた結果が現れていた。


「あれから3日ですよ。一体、何をしたのですか?」


マルガレーテがオヴィンニクの動きに目を奪われていた。


短期間の修練であったとはいえ、彼女の目にはまったく別のチームとして映っているのかもしれない。


「ちょっとアドバイスをしただけだ。」


信じられないという瞳で、マルガレーテに見られた。


実際にオヴィンニクのメンバーに投げ掛けたアドバイスは、各人に1~2個程度のものだ。


その内容をきっちりと理解し、自らの昇華につなげたのは彼ら自身である。


オヴィンニクに対峙しているのは、竜騎士となったルイーズとビーツ姉弟だ。


この2人もまた、わずかな期間で急成長を遂げ、多様な連携を身につけていた。


戦力差で言えば、まだまだルイーズとビーツ姉弟の方に歩があるだろう。


空中からの攻撃や、半径10メートルが有効範囲となる大剣の薙ぎ払いなど、普通に考えれば対人戦闘では反則級と言える。


しかし、ルイーズの攻撃はレーテの魔法で相殺され、ビーツの薙ぎ払いはシンのシールドバッシュで軌道を逸らされるという常軌を逸した闘いが繰り広げられていた。


レーテに関しては、バックドラフトの度重なる練習が扱える魔力量を向上させ、さらに魔法精度の引き上げをもたらせたらしい。


また、シンに関しても小型化された盾により、纏わせる風魔法の効率化と機動力の向上が恩恵として出たらしく、あれだけの破壊力を秘めたビーツの大剣に抗うことができている。


「少し···妬けます。」


焼ける?


「何が?」


「···何でもありません。」


何?


レーテの火属性魔法が、何かを燃やしたのだろうか?


俺は何気に周囲を見回した。


ん?


ああ、ドレインセルク公爵が、やきもきしながら模擬戦を見ているな。


焼けるとは、そういう意味か···。


しかし、相変わらずだな。いつか子離れできるのだろうか?


「タイガ様。」


「ん?」


「私もタイガ様に師事すれば、強くなれますか?」


「それ以上、強くなるつもりか?」 


「もちろんです。」


マルガレーテの瞳には、何かしらの情熱が宿っていた。


「多少の効果はあるだろう。体術なり、剣術なり、マルガレーテがあまり得意としない分野を教えられるかもしれない。」


「本当ですか!?」


ガシッと俺の腕を掴み、マルガレーテが身を寄せてきた。


「···近い近い。」


「···失礼しました。」


何となく拗ねたような表情で、マルガレーテは体を引いた。


何だろうか···ババ球の仕返しをしたいから、もっと強くなりたいのだろうか?


俺は自分に復讐をするための技術を、提供しなければならないのか?


それは···ちょっと勘弁してもらえないだろうか。




王都を出発した。


移動に関しては、普通の馬車を利用することになったのだが、レーテが要所要所で風魔法を使って補助をしてくれるおかげで、それなりの速度を維持しながら進むことができた。


「しかし、タイガ殿は博識というか、様々なことに詳しいのですな。」


「経験上の知識ばかりですよ。特別なことではないと思います。」


今回の調査に赴くメンバーは、当初はオヴィンニクと俺の総勢5名の予定だった。しかし、当日になって、参加者が増えることとなった。


宮廷治癒士統括のスティンベラーと、同じく宮廷治癒士のキーナである。


オヴィンニクのメンバーには、聖属性魔法士がいない。ゆえに、傷を負った際の治療と魔族の探知のために、国王が聖属性魔法士を遣わしてくれたのだ。


因みに、キーナは聖属性魔法士でありながら薬師でもあるそうで、回復魔法が効かない俺のために配慮をしてくれたそうだ。


逆にスティンベラーについては、もともと同行する予定などなかったのだが、なぜか俺に興味を持ち、国王に直談判してまで同行することになったらしい。


何の興味かはわからないが、宮廷治癒士を束ねるだけあって、回復魔法の腕前は随一だそうだ。オヴィンニクのメンバーに万一があった際には、生存率を引き上げる一助となるだろう。


戦力的には足手まといになる可能性もあるが、そこは両人共に聖属性魔法でトップクラスの実力を持っているため、魔法障壁で自らの身を守ってもらうように伝えてあった。


「言われてみれば、なるほどなという内容だが、発進時や昇斜面で風魔法による補助を馬車に行うという発想は、なかなか出るものではないな。」


俺がレーテに風魔法による補助を依頼したのは、元の世界のハイブリッド車の特性を取り入れたものだ。


自動車の燃費というものは、発進、加速、昇斜面で極端に落ちてしまう。原因は、自重を牽引するための力の対価として、燃料の消耗が激しくなるためである。


ハイブリッド車は、そういった場面で電気によるモーター駆動に切り替え、大幅な燃費の向上を果たしている。


数値化できるものではないが、馬車にもその応用を取り入れることで効率化が計れると判断した。


当然、馬も長時間の移動で疲弊する。


特に、今回のような大型の馬車を牽引するともなれば、その重労働さは想像に難くない。


ならば、乗員も含めた馬車の負荷を軽減することで、馬の疲労を最小化し、持続時間を引き延ばす効果を出すという発想だ。


「レーテには申し訳ないが、可能な限り移動時間は省略しておきたいからな。」


「大丈夫ですよ。バッグドラフトを修得する鍛錬の恩恵で、使える魔力量も大幅に増えましたから。」


オヴィンニクの実力を底上げするために、丸3日の時間を割いた。


これは必要なことだったと考えている。


しかし、悪魔の次の企てが、いつ進行するのかがわからない状況には違いない。


加えて、これから向かう先の状況も不明では、安易に転移に頼るという訳にもいかなかった。


距離のショートカットは可能だが、道中に悪魔の足跡が残っている可能性も考えておかなければならないのだ。






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