第3章 絆 26話 「スタンピード④」

想定通り、国王には明確なビジョンはなかった。


やはり、伝承やマルガレーテに頼りきっている部分が顕著に現れている。


「闘技場に民を避難させてください。王城と闘技場に騎士団を配置し、万一の場合の逃走ルートを選定。マルガレーテは王城に、ルイーズとビーツは闘技場で待機。何かご意見があれば、今の内に仰っていただきたい。」


決断まで時間がかかりそうだったので、自ら指示を出した。


この場にいる全員が、今の状況にかつてない危機感を抱いている。


反対意見はなく、すぐに国王から騎士団に指示が出されることになった。


「タイガ殿はどうされるのだ?」


ドレインセルク公爵から質問が出た。


「私は遊軍として、魔族を各個撃破してきます。悪魔が動いた場合は、狼煙でも何でも構いませんので、合図を送ってください。すぐに支援に行きます。」


「そなたは···なぜ我が国に、そこまでの尽力をしてくれるのだ?やはり、亜神としての使命か何かなのか。」


今の状況で持つような疑問でもないだろうが、国王の目には真剣な光が宿っていた。何か、思うところがあるのかもしれない。


「この国のためではありません。」


ふと、脳裏に1人の少女の姿が浮かんだ。


俺に助けを求め、目の前で命を散らしていったサーシャ。


あれが葛藤の始まりではない。しかし、くすぶっていたものに火が着いたのは、間違いなくあの瞬間だったと思える。


「···今は、ただ信じてもらうしかありません。私は、あなた方の敵ではない。それと、悪魔や魔族を狩るのは、私の生業ですから。」 




「先程のタイガ殿の言葉をどう思う?」


タイガが魔族の殲滅に向かった後、国王や公爵たちはマルガレーテの護衛を受けながら王城へと戻った。


民の避難や逃走ルートに関する指示、それに王城での籠城も視野に入れた手配など。


そういったものを迅速に行い、一息ついたところであった。


「私には、彼が神の使徒であるとしか思えません。」


ドレインセルク公爵の返答に、国王はなるほどと思った。


本意としては、タイガはマルガレーテやルイーズを憎からず思い、またこの国で重用されることを望んでいるのではないかと考えての自身の発言であった。


しかし、その回答は想定外であったと言える。


タイガの発言は、俗世間から隔絶した英雄然としたものであった。


これまでの数々の発言にしても、自らへの見返りを求めたものなど、皆無であったと確信できる。


「そうか···そうだな。」


マルガレーテや、覚醒した竜騎士たち。そこにタイガの力が加われば、国家としては磐石の体制ができるといって良いだろう。新たに公爵位を与えても良いとまで考えていた。


しかし彼の対応を見るうちに、国を治める者として欠けている部分を痛感させられた。


ただ、手を差しのべるだけではない。自ずから理解させ、自戒をさせる。


正しく、神の使徒の仕業。


国王は密かに心の内で誓うのだった。


『タイガ殿。そなたに与えられた敬称に恥じぬ王となってみせよう。真のショタコンに、余はなる!』




王都の周囲を包囲する魔族は、全部で12体。


竜孔流の恩恵で、ソート・ジャッジメントの有効範囲が格段に広がった今の俺なら、ちょっとした距離なら問題なく探知することができた。


ソート・ジャッジメントは、元の世界で先天的にそなわった能力ではあるが、この世界で身についた神威術と合わせて考えると、魔に属する者に対抗する手段として最上のものではないかとすら思う。


もしかすると、俺はそのために神々に創られた人間兵器なのではないかという考えが頭に浮かんだ。


そうであったとしても、一向にかまわなかった。


人間に脅威をもたらせる存在を狩ることは、エージェントとして任務を請負うことよりも、気持ちの上で楽で良い。


たとえそれが、神や悪魔を敵に回すことであったとしても、俺がブレる心配がないからだ。


どれだけの力を手に入れたとしても、それに溺れず、自分や目的を見失わない。


それだけを心の内に楔として打ち付け、俺は戦闘モードに移行した。




「王都を包囲した魔族は···全部で12体。8ヶ所に別れて、その輪を徐々に狭めてきています。」


魔族を探知していた聖属性魔法士が、状況の報告を行った。


王城には宮廷治癒士として、優れた聖属性魔法士が多数在籍していた。


そのほとんどは、日常的に治癒士としての職務に追われている。


しかし、今回のような非常事態には、王城に召集をされて、負傷者の治癒と共に魔族を探索する任務を与えられている。


「これほどの数の魔族が···。」


宮廷治癒士を統括するスティンベラーは、事の重大性に愕然としていた。


時折、魔族が王都近郊に現れることはあった。


しかし、奴らは基本的に単独で行動をする。


1体でも騎士団が総動員で対処をする必要があるほど、魔族は強力な存在である。それが同時に二桁をこえる数で現れ、しかも明確に王都に向かって来ているのだ。


「マルガレーテ様は?」


スティンベラーは、側近の1人に確認をした。


「王城内で待機をされています。」


「ばかな···マルガレーテ様以外に、魔族に対抗できる者など···オヴィンニクは出動したのか?」


「···それが、オヴィンニクのメンバーは全員が模擬戦で負傷し、現在我々の治癒所で回復作業を···」


「はぁ!?何だそれは?彼らは、こういう時にこそ活躍をするためにいるのじゃないのか!」


普段温厚なスティンベラーではあったが、この非常事態に、動くべき者たち全員が王城内にとどまっていると聞き、つい声を荒げてしまっていた。


「報告します!魔族2体の気配が消失しました!!」


「···何だと?」


タイガの存在を知らないスティンベラーは、魔族の気配が消えたことに疑問を持つしかなかった。


「気配を消したのか、それとも···。」


通常、人間よりも圧倒的な力を持つ魔族は、自ら気配を消したりはしないものである。擬態をすることで魔族としての気配を隠すことはあるが、それは人間のいる街中に入る時でしか例がない。


「まさか···。」


「ま、また魔族の気配が消えました!1···いえ、また2体が探知できなくなりました。」


「一体、何が起こっているのだ···。」


場はさらなる緊張感で埋めつくされるのだった。




「陛下!」


「む···おお、スティンベラーか。」


聖属性魔法士を束ね、魔族の動向を探知していた宮廷治癒士統括のスティンベラーが、国王の元を訪れた。


「何か、動きがあったのか?」


「それが···大変な事態です!魔族が···すべての魔族の気配が、忽然と消えました!」


「なんと!?あれから···まだ1時間ほどしか経っておらんではないか。」


「は···まだとは、どういうことでしょうか?」


「ああ、そちは知らなかったの。魔族を討伐に行った者がおるのだ。」


「討伐···と、おっしゃいましたか?それは、どういうことでしょう。マルガレーテ様はそちらにおいでですし、オヴィンニクも治癒所におりまするが···。」


スティンベラーは、国王とのやり取りに混乱を深めるしかなかった。


王国の最大戦力であるマルガレーテやオヴィンニクは城内にいる。


では、魔族を討伐に行った者とは誰のことを指しているのか。


「タイガ···ショ··シタ··ショタタ···う、うんん···タイガという者じゃ。」


「···································。」


噛みまくり、要領を得ない言葉を返す国王。


それを見たスティンベラーは、「ああ、この国はもう終わりだ···。」と、この時に本気で思ってしまったと、後で語ることになる。




ドッゴーンッ!


それとほぼ同じくして、王城のすぐ近くから、重苦しい爆音が鳴り響いてきた。


それまで黙って待機をしていたマルガレーテが、瞬時に立ち上がり身を翻す。


「な、何事だ!?」


もちろん、答えられる者など、誰もいない。


ただ、不吉さを漂わせる重低音と、マルガレーテの躊躇いのない行動を目の当たりにした者たちは、忍び寄ってくる死の存在を感覚的に捉え、体を震わせることしかできなかった。




一方、それよりも少し前に、タイガは王都を包囲した魔族たちを殲滅していた。


転移や瞬間移動で探知した魔族たちの前に現れ、逡巡することなく蒼龍を振るい、銃器の引き金をしぼり続けた。


いかに強力な魔族とは言え、竜孔で格段に力を増したタイガの敵ではない。まして、ソート・ジャッジメントで正確な居場所を特定し、そのすべてを不意討ちで仕留めているのだ。


傷1つ負うこともなく、ただ転移術の連発で、わずかに嘔吐きを感じるだけである。


「·······························。」


最後の魔族を屠った時には、王城に程近い場所にいる新手の存在を感じていた。 


ゆっくりと息を吸い、その何倍も時間をかけて息を吐き出した。


そして、すぐに転移でその場を去るのだった。














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