第3章 絆 24話 「スタンピード②」

「確かに、タイガ殿のいう通りかもしれぬ。じゃが、今の我が国には、マルガレーテ嬢と新たに覚醒した竜騎士がいる。例え悪魔か攻めて来たとしても···。」


国王···いや、この国にとって、竜騎士の存在とは、それほど大きなものだというのはわからないでもない。


何せ、伝承の上での救世主なのだから。


「マルガレーテが悪魔と相対したと想定して、どのような結果を生むと思う?」


「···そうですね。私自身も悪魔というものを目の当たりにしたことはありません。仮に互角か、それ以上に闘えたとして、伝え聞いているほどの強者なら、他に力を割く余裕はないかと。」


「そうか。では、実際に悪魔と遭遇したルイーズはどう思う?」


「あの時は···この世の存在とは思えませんでした。今でも、闘って勝てるかどうかはわかりません。」


ここで、国王には現実を直視してもらうつもりだった。もし、理解ができないのであれば、国ごと滅びるしかない。


「じゃが、今は竜騎士が2人に、マルガレーテ嬢もおるではないか。たとえ悪魔が強かろうとも、そこの3名とタイガ殿が共闘すれば、後れをとるとは思えんが···。」


竜騎士の出現をすがるような思いで待ちわびていたのだ。現実の厳しさを受け入れがたいのは仕方がないのかもしれない。


「この際ですので、はっきりと申し上げます。それで不敬と感じられるのであれば仕方がありません。」


「タイガ殿···。」


国王が喉を鳴らした。


「前提が間違っているのですよ。悪魔が一体でしか攻めて来ないと思われていませんか?」


この場にいる者たちは、マルガレーテを除いて全員があっという顔をした。


「それから、マルガレーテやルイーズは、対悪魔と言う点において経験値がない。これは実戦では大きな影響が出る可能性がある。悪魔はどのような力を持っているのか、個体別に違いはあるのか、そういった情報が何もない。ほんの一瞬のミスとも言えないミスが、即、死につながりかねないのです。」


「それは···。」


「口を挟んで申し訳ありません。その点については、唯一悪魔を討伐したタイガ殿の意見は貴重だと考えられます。陛下、ここはタイガ殿に対抗策を委ねてみてはいかがでしょうか?」


言葉に窮した国王に進言したのは、ドレインセルク公爵だった。


「私にも依存はありませぬ。」


続いて、騎士団長のドレイグも同意した。


意見を求めるように、国王がマルガレーテに視線を移す。


「タイガ様の策であるならば、私も従います。」


「···わかった。タイガ殿、お願いして良いか?」


「嫌だ。」とはさすがに言えなかった。どちらにせよ、悪魔はこの先の妨げとなる可能性が高いのだ。


「私でよろしければ、今回だけは尽力させていただきます。」


俺はそう答えた。




「携帯できる通信手段は用意できますか?」


俺は騎士団長のドレイグに問いかけた。


「ああ、小型の物を用意しよう。」


「それは魔石を使用したものですよね?」


「そうだが。」


「では、それをマルガレーテ、ルイーズ、ビーツにそれぞれ持たせて下さい。」


「了解した。」


ドレインセルク公爵が緊張した面持ちでこちらを見ていた。


「何か?」


「スタンピードの現場には、その3名が行くと言うわけかな?」


ここに及んで、ルイーズとビーツの身を案じているのだろう。気持ちがわからないでもないが、そろそろ腹を括って欲しかった。


「ルイーズとビーツは私と現地へ。マルガレーテには、王都の守護をお願いするつもりです。」


「そ···そうか···。」


「チッ!」


どんよりとした表情になったドレインセルク公爵と話していると、後ろの方から舌打ちが聞こえてきた。


なんだと思い振り返ってみると···俺から目線をそらせたマルガレーテがいた。


「··································。」


「··································。」


人選に不満があるのかとマルガレーテをじっと見ていたが、その頬が膨らんでいるのに気がついた。


よくはわからないが、見なかったことにしておこう。


「3名で···対応が可能なのでしょうか?」


ルイーズが不安げに聞いてきた。


「魔族と大型種は俺が何とかする。ルイーズとビーツは、魔物を相手に実戦経験を積んでくれれば良い。」


そう答えると、その場にいる者が息を吸い込み、沈黙した。


「不安に思われるのは当然かもしれませんが、作戦があるので失敗はしないでしょう。それと、ドレインセルク公爵閣下、お二人はなんとしても無事に連れ帰ります。」


「よ、よろしく頼みます。」


「はい。あと···マルガレーテ。」


「何でしょうか?」


どうやら、普段の様子に戻ったようだ。


何となく、拗ねられたみたいに感じたので、フォローをしておくことにした。


「予想が正しければ、危険なのは王都の方かもしれない。現時点で、それを任せられるのは君しかいないと思っている。」


「そう···ですね。任せて下さい。」


マルガレーテの口角が少しひくついていた。照れているのかもしれない。


「悪魔と交戦する前に、必ず連絡を入れてくれ。すぐに戻って、一緒に闘う。」


「···はい。」


今度は、はっきりとした笑顔を見せたマルガレーテが頷くのだった。




大型種の魔物がいた。


こちらに向けて侵攻をしてくる群れの中に、等間隔といった配置でその禍々しい巨体をさらけ出している。


距離はおよそ3kmといったところか···。


俺は砦の外周壁の上で、ブローンの姿勢になりAMRー01を構えていた。


ブローンとは、ライフル射撃において、もっとも安定した伏せ射ちの姿勢である。


体全体を地面に密着させるため、即応性や機動性の面で極端なデメリットが生じる。だが、今の状況であれば、確実な遠距離射撃はこの姿勢がベストなのである。


AMRー01に搭載された魔道具レーザーサイトが照らす先を見つめた。


通常の視力では不可視な距離。それを竜孔の力で強化し、赤い一点を視認できるようにする。


こめかみを伝う汗が不快だった。


そんなことを考える時点で、集中しきれていない自分に気づく。


エージェントとして、遠距離射撃の訓練は嫌というほど受けてきた。スナイパーが本業ではないのだが、戦場や暗殺といった任務には重宝する技術なのは確かである。


軽く息を吸い、頭の中をリセットする。


目を閉じて空気の流れや湿度を感じ、着弾点を予想した。


再び目を開けた時には、息をすることすら忘れてしまうほどの集中の中に身を置いている。


レーザーサイトの赤い点を、やや4時の方向へ修正。


ドッゴーンッ!


引き金を絞った。


チャ、ジャキッ!


すぐにその横にいる大型種に狙いを移行。


同様の修正を行い、発射。


ドッゴーンッ!


チャ、ジャキッ!


流れ作業の如く、最後の標的に狙いを定めて引き金を絞った。


ドッゴーン!




「す···すごい···。」


王城からの転移でグロッキー状態だったルイーズは、何とはなしに見ていたタイガの行動に驚愕させられた。


長い筒状の魔道具を出したかと思うと、それを遥か先にいる大型種に向けて静止させる。


一体、何を···。


それからどのくらいの時間が経過したのかはわからない。


1分なのか、10分なのか···とにかく、微動だにしないタイガからは、独特のオーラのようなものを感じて目が離せず、声をかけることすらできなかった。


感覚的に言えば、タイガが放つオーラは竜孔流ではないかと思えた。それが、体全体から魔道具に集約されていくのが何となくわかった。


傍らにいたビーツも同じように感じていたらしく、何度かゴクッと喉が鳴る音が聞こえてくる。


そして一瞬後、重なるような重低音が鳴り響いたかと思うと、大型種が3体とも体の3分の1あたりから上が吹き飛ばされ、しばらくしてから地面に倒れこむのが視界に入ったのだった。










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