第3章 絆 23話 「スタンピード①」
ルイーズとビーツが勝利をおさめ、次はマルガレーテとの再戦となった。
しかし、ここで問題が発生してしまったようだ。
国王席周辺が異常に騒がしい。
まあ、ルイーズとビーツの先程の闘いぶりを見れば当然だとは思う。
かつて、この国を救った竜騎士ミラが使った武技をそのまま再現することになったのだから、こういった空気感になるのは予想していた。
後ろの席で感泣していたドレインセルク公爵のところに、騎士が走り寄った。
「ドレインセルク公爵閣下。国王陛下がお呼びです!」
あまりにも予期していた通りの展開となり、拍子抜けしてしまうほどである。まあ、それだけルイーズとビーツの努力がスゴかったと言えるのだが。
「タイガ殿、あなたにも一緒に来ていただきたい。」
ドレインセルク公爵からのご指名が入った。これも想定内のことである。
「すべて···あなたの手の内と言うことですか。」
マルガレーテが苦笑いを浮かべながら、そんなことを言ってきた。
「俺はきっかけを作っただけだ。別に変な策を巡らせた訳じゃないぞ。」
「そうですね。あまりにもお母様の予想通りになるので、驚いています。」
「お母様ね。彼女は何と?」
「あの男は曲者中の曲者だと。」
「···ひどい評価をされたものだな。」
「でも、色恋沙汰には疎いかもしれないとも言っていましたよ。」
「···································。」
悪戯っぽく笑うマルガレーテに、ため息を吐きながらドレインセルク公爵のあとを追った。
スワルトゥルの洞察力には舌を巻く。
俺の恋愛経験なんて、あってないようなものだ。あまり、心を抉らないでもらいたい。
泣きそうになるだろう。
「マルガレーテ嬢と···その、随分と親しいようですな。」
ドレインセルク公爵が、恐る恐るといった感じで聞いてきた。当然の反応かもしれない。
「彼女は誤解されています。圧倒的な力を持っていたとしても、心は普通の人間です。」
驚いた表情を浮かべた公爵だが、今の言葉に含まれた意味を理解したらしい。
「なるほど···マルガレーテ嬢とキャロライン公爵家にも、いろいろとあったと聞いています。そうか···タイガ殿は、その辺りも理解した上で、マルガレーテ嬢の心を溶かされたのですな。」
「いやいや、閣下。その言葉は誤解を招きかねません。」
「う···む、そうか、そう···ですな。」
まるで、俺がマルガレーテを口説き落としたかのような言い方は、勘弁して欲しいのだが···。
「ほう、来たなドレインセルク卿。それにタイガ殿と···2人も一緒か。」
闘技場の国王席があるブースを訪れると、待ちわびたというような様子で、国王が席から立ち上がった。
その目には、小さな子供が初めておもちゃを与えられた時のような、キラキラとした光が宿っている。
臣下の礼をとるドレインセルク公爵家の3人に習い、俺も同じように膝をつく。
「楽にすると良い。あと、タイガ殿は普通にしてくれ。そなたは我が国の賓客なのだからな。」
いつの間にか、国の賓客扱いになっているらしい。
少し前までは、ドレインセルク公爵家の客人だったはずだが、やはりルイーズとビーツの闘いぶりを見て、かなりの衝撃を受けたのだろう。
半信半疑だった俺の正体が、確信に変わったということか。
「それで、陛下。御呼びとのことですが、この2名のことで相違ありませぬか?」
「うむ。遂にこの日が来たのじゃな?」
ドレインセルク公爵の言葉に、興奮を抑えられない様子で問いかける国王は、はやる気持ちを抑えるためかグラスに手を伸ばしてワインを飲み干した。
「はい。我がドレインセルク公爵家にとっても、長年の悲願が成就致しました。」
「そうか···して、どのような経緯でそうなったのだ?」
国王が至極当然の質問をしてきた。
「すべては、ここにいるタイガ殿の尽力があってこそです。」
先日の謁見時に、俺が竜騎士ではないと告げたことで落胆の色を見せていた国王だが、今は嬉々とした表情を見せていた。
「ふむ···すべては、そなたの思惑通りということか。タイガ殿も人が悪い。こうなることがわかっているのであれば、先日に顔を会わせた際に告げてくれれば良いものを···。」
「お言葉ですが、あの時点では力がどこまで開花するのかは未知数でした。しかし、お二人の尋常ならざる努力と執念が身を結び、今日という日に間に合いました。」
「そうか···ルイーズ嬢とビーツ殿、よく試練に堪えてくれた。これで、我が国は安泰じゃ。」
国王からの言葉に緊張をしながらも、ルイーズとビーツは、はにかみながら礼を告げていた。
まったく···能天気も良いところだった。
現世に、竜騎士が現れたと知るや否やこれだ。
悪魔が攻めこんできた来た場合、竜騎士がいるから勝てるというわけではない。竜騎士もいるから、何とか対抗できるかもしれないと思わなければならないのだ。
「ショタコンが···。」
苛立ちを言葉にすると、そんなものしか出てこなかった。
「ショタコン···じゃと?」
地獄耳なのか、国王は俺のつぶやきを拾い上げてしまった。
「失礼致しました。ショタについては、先日にご説明をさせていただいた通りです。そして、私の故郷では、完璧なものをコンプリートと呼びます。それを略して敬称であるショタにつなげ、ショタコンと申しました。」
「ほほう。」
「陛下を完璧な御仁と敬い、ショタコンと呼ばせていただければ幸いに思います。」
「うむ···構わぬ。皆の者も、今後は余のことをショタコーンと呼ぶが良い。」
「陛下、ショタコーンではなく、ショタコンでございます。」
「何?···ショタココン···。」
こんなバカなやり取りをしている間に、王国にとって滅亡の危機が差し迫っているなど、知るよしもなかった。
「陛下!緊急の連絡がございます!!」
国王と馬鹿げたやり取りをしていると、騎士団長のドレイグが現れて大声を出した。
「ドレイグか、何事じゃ?少しは声量を抑えて申せ。」
「は、申し訳ございませぬ。緊急事態が発生しましたゆえに···。」
「緊急事態とな?」
「先日と同じ現場で、またもや魔物のスタンピードが発生しました!」
「な···なんじゃと!?」
「数はどのくらいですか?」
取り乱す国王を無視して、俺はドレイグに質問をした。
「タイガ殿···。」
「およそ500。ハイオログの姿は見えませんが、20m級の大型種3体を確認。魔族、それも上位種と思われる個体が指揮をとっている模様。」
国王の前だからだろう。すぐに返答を出せなかったドレイグの代わりに答えたのは、マルガレーテだった。
国主である国王を差し置いて、他の者に詳細報告を告げるのは、間違いなく不敬にあたる。
しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではないことを、マルガレーテは心得ていた。
「に、20m級···。」
ドレインセルク公爵が驚愕につぶやいた。
20m級というと、日本の鉄道車両と同じ全長である。ただし、魔物によっては、全幅や全高もそれに値する可能性があった。
「マルガレーテ嬢、対抗は可能か?」
国王がマルガレーテに向けて問う。
「そこまでの規模とは戦闘経験はありませんが···タイガ様と一緒なら、何とかなるかもしれません。」
戦力を考慮すれば、無難なところだとは思う。
しかし、なぜそこでマルガレーテが頬を染めながら俺を見るのかが解せない。
「そ···そうか。タイガ殿、国からの依頼として、引き受けてもらえるだろうか?」
「···陽動の可能性は?」
「陽動···ですか。確かに、その可能性もあるかもしれません。」
俺とマルガレーテが現地に行ったとして、普通に考えれば王都の防衛は手薄になる。
敵側の立場になって考えると、それが狙いの可能性が高いのではないかと思えた。
「上位魔族は知性も高い。単体で指揮をとっている可能性もあるが、それだと目的として弱い気がする。」
魔物が襲撃した砦は、王国の外周部としては重要な防衛拠点である。そこが破られた場合、内陸部に位置するこの国は、流通経路を遮断されるに等しいらしい。
もちろん、他の三方にも陸路はあるらしいが、地形や平常時にも強力な魔物が出ることから、大規模輸送は難しいと聞いている。
「陽動をそこで行い、手薄になった王都を攻めこむ勢力があると言うのか?」
国王が半信半疑なのは仕方がないことかもしれない。
王都を攻めこむ魔物の群れがあったとして、それ以前に防衛網に引っ掛かると考えるのが普通だからだ。
ただし、それが平和ボケしていると、俺が考える最大の理由でもあった。
「悪魔なら単体で攻めこんできても、致命的な損害を与えられるでしょうね。」
「な!?」
初めて気づいたとでも言うべき表情を浮かべた国王に、俺は機と見て苦言を放った。
「悪魔の存在が確認された以上、防衛に対する考えは大幅に改めるべきでしょう。上位魔族が単体で攻めて来たとしても、騎士団が壊滅しかねないほど強力です。悪魔はそれ以上···国の滅亡も絵空事ではない。」
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