第3章 絆 22話 「竜騎士への覚醒⑤」

マルガレーテとの再戦の日がやってきた。


先日の謁見により、国王がずいぶんと興味をひかれたらしく、今回の闘いは王国の闘技場で行われることになった。


ルイーズに案内をされて下見をしてみたが、ローマのコロッセウムを連想させる建造物で、違いは客席と円形闘技場の間に、対魔法障壁を張るための大がかりな魔道具が設置されている所と言えた。


有事の際は、避難場所としても活用できるように工夫をされているらしい。


因みに、円形闘技場の北側···国王が観戦する席の対面には平らな大きな壁面があり、そこに魔法による競技の投影が可能だということだ。


太陽光の反射で使い物にならないのではないかという疑問があったのだが、魔力で可動する天井がカバーするとのことで、まるでどこかのサッカースタジアムみたいだなと驚かされた。


どうやら、この国の魔道具の技術は相当進んでいるらしい。


俺は密かに、新しい武具の開発を委ねられないか探ることにしていた。


国王に直接依頼をすれば、国防のために了承してもらえる気もするが、それを量産されて戦争の道具にさせるわけにはいかない。


とりあえずは、マルガレーテとの再戦後に、魔道具を作れる優秀で口の固い職人を探してみようかと思っていた。




ルイーズとビーツは緊張をしていた。


模擬戦が開始されるまでは、まだ2時間近くもあるのだが、この国はまともな行政を執り行っているようで、誓約書や報酬などの説明を受け、諸々の書類に署名をしなければ、闘いの場には出してもらえないために早々に足を運ぶことになったのだ。


ルイーズやビーツが、オヴィンニクと闘うことになったのには訳がある。


マルガレーテから再戦の申し出を受けた際に、こちらから提案をしたのだが、現時点の2人の実力を見た後で、竜騎士の再来を告げようと考えていた。


この国は古い慣習と、2つの最大勢力である公爵家の対立が問題であると露呈していた。


両家が手を取り合うことが最善というわけではない。


むしろ、実力伯仲の中で競い合うことで、悪魔に対して共闘できる力を養う必要性を感じていた。


そして、それは他の貴族たちには牽制となり、危機感を植えつけることになるだろう。


目先の利権だけで動いている現状を脱却させて、各々が本当の意味で力を蓄えることで、国としての防衛策の幅を広げられるのではないかと考えたのだ。


「良いか、2人とも。命は粗末にするものではない。無理だけは絶対にしないようにな。」


···イヴァンの今の言葉を聞けばわかるだろう。


この国は、悪魔や魔物からの危機にさらされているのに、あまりにも甘いのだ。


軍事を司る騎士団が弱いと言うわけではないが、どこかにまだ人と人との闘争のように、現状の力でなんとかなると思っているのだ。


鍛錬の合間に調べてみたのだが、それは各貴族だけではなく、王族も同様といえた。


簡単に言えば、伝承にすがり平和ボケをしているのだった。




「ルイーズとビーツに言っておく。」


イヴァンが2人を心配するのをよそに、俺は今後のことについて告げることにする。


2人は、普段以上に真剣な俺の声音に気づき、姿勢を正してこちらを見た。


「わずかな時間しかなかったが、2人は俺の予想以上の努力とポテンシャルを見せてくれた。苦しい鍛錬だったと思うが、よくがんばったと思う。」


ルイーズは微笑み、ビーツは顔を引き締めた。


「現時点で、2人でならマルガレーテとも善戦できるだけの実力はあるはずだ。だが、まだまだ限界点は遠い。これから先は、経験を積みながら高みを目指して欲しい。」


「···まるで、別れの言葉みたいですよ。」


ルイーズが勘繰ったようだ。


「そうだな。ある意味では正解だ。」


「どういう意味ですか?」


不安そうな表情を浮かべたビーツが言う。


「途中で気がついた。2人と俺の竜孔は似ているようで、まったく別の物だと。だから、これからは俺に教えられることは体術くらいしかない。真の竜騎士に至るためには、2人で試行錯誤をして進んでもらうしかない。」


短い時間ではあったが、師弟のような間柄だった気がする。厳しい鍛錬の中にも、互いに信頼する気持ちも芽生えていたことだろう。


しかし、2人は竜人の血を継承している。本来の竜孔とも言うべき力を宿しているのだ。


俺の竜孔は、例えるならヒンドゥー教の一派や仏教の後期密教で記されたチャクラのようなものではないかと考えられる。


チャクラは身体エネルギーの中枢であると言われ、内外部からエネルギーを集約して各チャクラがその役割を果たすものである。


簡単に言えば、身体と精神の能力を大幅に向上させ、非現実的な力を顕現させるものではないかと思える。


一方、ルイーズやビーツの竜孔は、似たような性質があるものの、その力の目的は潜在的な能力を解放させるものだと感じられた。


では、潜在的な能力とは何かだが、それはやはり竜人の血に礎としてあるミラと同様の力であると思えるのだった。


2人との鍛錬中に感じた違和感を例にあげると、体の使い方や竜孔流の循環過程が俺とは異なっていた。


俺の竜孔流の流れは、身体に流れる気と平行だった。しかし、2人の竜孔は、それとは別に体の表面にも巡らされており、一挙一動ごとに重要箇所への流れ方が豊富なものになっていた。


竜人特有の体さばき、力の出し方など、竜人の里で目にしたものと酷似していたのだった。


「···気づいていました。あなたの竜孔流は、人の動きとしてまったく無駄がなかった。でも、私たちの竜孔流は、本能にそって循環しているような感じでした。」


「ルイーズの言う通りだ。2人の竜孔は、竜人として本能的に持っている元来の力を呼び起こすものだと考えられる。だから、これから先は、俺が手助けできるものも少ないだろう。」


「それでも、その力を引き出してくれたのはあなたです。それに恥じないように、竜騎士になってみせます。」


ルイーズもビーツも、誇らしげな表情をしていた。


彼らなら、ミラの末裔としての力を発揮できるだろうと思えた。


そして、部屋の片隅で感銘を受けて咽び泣く男たちの声が、妙に気に障った。




模擬戦は2試合に渡って行われる予定だ。


まずはルイーズ&ビーツvsオヴィンニク。


人数差はあるが、実力で考えるなら順当なところだろう。オヴィンニクと実際に闘った俺の所感として、彼らは確かに実力を持っている。


対決では圧倒したが、彼ら本来の闘い方はチームとして機能するものと言えた。


タンク役のゴツい奴に、剣士のランダー、身軽で無口な双剣士、そして女性魔法士···よく考えれば、名前すら知らない奴らばかりだが、バランスの取れた構成と言えるだろう。


タンクとランダーの前衛で相手の行く手を遮り、無口双剣士と女性魔法士が奇襲や魔法で致命傷を与える。それが得意な戦法だと考えられた。


もし俺との模擬戦が、彼ら全員と一度に行われるものであったなら···やはりSGー01の連射で終わっただろうが、もう少し時間はかかったと考えられる。


チームでの闘いとは、手数や力で圧倒するのが理想的な闘い方ではない。攻守を一体化し、いかに牽制やフェイントを交えながら、迅速かつ被害を最小限に抑えながら闘い抜けるかが要となるのだ。


1週間前のルイーズとビーツなら、オヴィンニクの前になすすべもなく敗北した可能性が高い。


そう、1週間前ならばだ。




「先ほどお二人を見かけましたが、わずか1週間で、まるで別人のようですね。」


円形闘技場を囲む観覧席に座った俺に、声をかけてきたのはマルガレーテだった。


「わずか数日で、戦乙女から可憐な女性に印象を変えた君の方が違和感がある。」


「···皮肉ですか?」


「誉め言葉だ。口下手で申し訳ない。」


俺の言葉に、はぁ~とため息を吐いたマルガレーテは、額に手をあてて首を振った。


「お母様の言う通りだわ···。」


「何が?」


「いえ、何でもありません。」


「スワルトゥルは、君に俺を一生許すなと言ったんだろ。俺は君の敵か?」


「額面通りとらえないでください。」


「···ごめん、意味がわからない。」


マルガレーテは、もう一度深いため息を吐いた。


何?


「本当にもう···鈍い人···。」


鈍い?


ゴニョゴニョとつぶやいていたので、良くは聞き取れなかったのだが、マルガレーテは俺に対して呆れ顔だった。


んん···良くわからないが、嫌われているわけじゃないのか?


「···女性に良く言われませんか?」


「何を?」


「ゴーレムみたいだと···。」


「···ゴーレム?」


「わからなければ良いです。忘れてください。」


ゴーレム···って、何?


因みに、この大陸で男性のことをゴーレムと比喩するのは、木偶の坊と同じ意味合いがあった。


タイガは唐変木、朴念仁と言われていたのである。




ルイーズ&ビーツの動きは圧巻だった。


昨夜、2人に最後の仕上げとして模擬戦を申し込まれ、そこで開花した技が凄すぎたのだ。


オヴィンニクのメンバーは、模擬戦開始早々に二手に別れた。


ランダーと双剣士、タンクと魔法士という布陣で挑んできたのだが、ルイーズが竜孔流で翼を顕現して飛行。空中で舞いながら、翼から羽のようなものを連射し、ランダーと双剣士を一蹴した。


一方、タンクは、大盾でルイーズの攻撃を凌ぐことに成功した。背後で身を潜めていた魔法士が詠唱を終えて、反撃の魔法を放とうとしたのだが、竜孔流で全長10メートル、全幅1メートルの大剣を顕現したビーツの横薙ぎの一撃で共に吹っ飛ばされた。


時間にして、約30秒という呆気ない幕切れに終わったのだ。


はっきり言おう。


昨夜、あの2人と模擬戦を行った際に、何度か同じパターンでやられかけている。


最終的に、気を操りながら1ヶ所にとどまらずに翻弄して勝利をおさめたのだが、下手をすると敗けていたのはこちらかもしれなかった。


次に闘うとしたら、同じ手は使えないかもしれない。


テトリアの鎧装着時の目眩ましを使うか、ババ球を使う奥の手はあるのだが、そんなものばかりを多用していると、新たな二つ名にク◯野郎が並ぶ可能性があるので再戦はしない。


本気で対応をしなければ、敗けるかもしれないほどの実力を身につけたルイーズとビーツの努力を素直に称えたいと思う。


「う···ぐぅ···。」


「ひ···ひく···ひぐぅ···。」


後ろから変な声がしたので、振り返ってみた。


ドレインセルク公爵親子が、感極まって泣いていた。


···鼻水くらい拭けよ。


俺は視線を戻し、見なかったことにした。


「あそこの2人はどうかしたのかしら?」


俺の気づかいをよそに、横にいるマルガレーテが後ろを振り向いてそんなことを言う。


「世の中には、考えなくて良いことがある。」


「え?」


「後ろの状況は気にしなくて良い。ちょっとした持病のようなものだ。」


「···そ、そうですか。」


マルガレーテは何か痛いものを見るかのように、もう一度視線をやってから前を向いた。


「ちょっと···うらやましいかな···。」


小さな声でつぶやいた言葉が、マルガレーテの過去を連想させた。


俺はそっとマルガレーテの頭に手を置き、その美しい髪をなでる。


「父親でも兄でも、望むなら代わりをする。だから、前だけを向けば良い。」


思わず、恥ずかしいことを口走ってしまった。


マルガレーテがすっと息を飲み、凝視してくるのが気配でわかる。


俺は気づかないふりをして、前だけを向いていた。






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