第3章 絆 21話 「竜騎士への覚醒④」

ビーツが拳を突き出してきた。


俺は斜め前方に踏み込み、ビーツの腕を絡めとって軽く間接を極める。


すぐにタップをしたビーツが体から力を抜いたので、腕を解放した。


「すごいですね···タイガさんの動きは、攻防一体ですか···。」


竜孔の鍛錬を重ねながら、体術を2人に教えていた。


こちらの世界では、戦い方が剣などの武具を使用したものか、魔法に特化をし過ぎている。


竜孔の力は、身体能力を格段に向上させるものだ。ただ、その副作用として、肉体への負担は増加してしまう。


科学的なトレーニングが一般的ではない異世界では、どうしても全身を余すことなく鍛えるという習慣がない。


俺は体術を通して、体幹を鍛えることを2人に課していた。


体幹とは体の幹、つまり胸や背中、胴や臀部を指す。


剣を振り回したり、ウェイトトレーニングで鍛錬をすると、どうしても腕や足の筋力がつきやすくなるのだが、筋肉を効果的に動かすためには体幹をいかに鍛えるかが重要となる。


普段使わない部分や、他よりも機能的に劣る部分を見いだし、そこを強化することで、基礎的な身体能力は大幅にアップする。


そして、そこへ竜孔流を効果的に使うことでスピードやパワーをアップさせることが、現状の2人の課題と言えたのだ。


「技だけ鍛えても、相手がスピードやパワーで上回っていると対処は難しい。だから、まずは全体の身体能力の向上と、それに合わせた技術のすりこみが必要になる。精神面は、鍛錬の結果が実感できれば自然に強化される。あとは、実戦による経験というところかな。」


「何となくですが、理解できます。」


ビーツは全体のバランスが良い。


突出した部分はないが、欠点が少なく、器用さを持っていた。


一方、ルイーズに関しては、パワー不足は否めない。しかし、竜孔の覚醒がビーツよりも早く、竜孔流の扱いにも長けていると言えた。


正確なことはわからないが、竜孔は精神面に左右される。


男性よりも精神的に成熟した女性の方が、扱いが巧みなのかもしれない。


「それにしても···まさか、オヴィンニクとの模擬戦に備える時間が1週間しかないなんて···。」


体術の型稽古を終わらせたルイーズがそうつぶやいた。


型稽古とは言っても、全身に竜孔流を巡らせながらのものだ。その端正な身体は、汗でびっしょりと濡れていた。


「今のペースなら、オヴィンニクに引けを取らない仕上がりになるはずだ。」


俺の言葉に、2人の表情が緩む。


この姉弟の良いところは、素直に現状の自分たちを受け入れ、ひたむきに努力できるところだと言えた。


「最終的には、マルガレーテと張り合うくらいにまではなってもらうつもりだけどな。」


続く俺の言葉に、2人の顔はひきつるのだった。




「そなたか、我が国を魔物の氾濫と悪魔から救ってくれた今代の竜騎士殿は?」


ドレインセルク公爵家で鍛錬に明け暮れていると、王城より呼び出しがあった。


貴重な時間を潰されたくはなかったのだが、呼び出された理由が国王との謁見だと聞き、応じることにした。


「お初にお目にかかります。タイガ・シオタと申します。シオタは発音がしにくいかと思いますので、タイガとお呼びいただければ幸いです。」


「ふむ?そんなことはなかろう。ショタ···んん、ショタ、ショッタ、ショタタ···。」


おっさん、わざとやっていないか?


「陛下、おそれながら···ショタという言葉の意味を御存知でしょうか?」


「む、ショタの意味じゃと?そなたの名前ではないのか?」


発音できないからと言って、無理やりショタに改名させる気か?


「私の生まれ育った場所では、ショタとは栄えある御仁の呼称とされています。人でありながら、神に通ずるが如き、尊大なる存在をそう呼びます。陛下が私のことをそう呼ばれては、萎縮するしかございません。」


「そうなのか?」


「はい。私のことは、ぜひタイガとお呼びください。そして、すべての民から敬われる陛下こそ、ショタとお呼びさせていただければと思います。」


「ほお···余にそのような呼称をくれるというのか?ふむ···気に入った。今後は皆のものに、余をショタと呼ばせようぞ。」


「さすが陛下でございます。ショタの呼称に、これ以上ふさわしい方はおられません。」


「ははは、気に入ったぞ。タイガとやらよ。そなたも、余のことをショタと呼んでくれてかまわんぞ。」


「はい。ショタ様。」


こうしてこの国の王は、タイガの腹いせにより、これから先はショタ王と呼ばれることになった。


ショタの意味を深く知る者は、この世界にはほとんどいない。ただ、タイガとその周囲にいる者の間では、たまに腹を抱えて笑われる存在となっただけである。


「そなたに褒美を取らせたい。」


本題に戻った謁見の間では、国王が話を次の段階へと進めていた。


「ありがたき幸せ。」


「うむ。何か所望したいものがあれば、言ってみるが良い。」


「では、私が目的とする場所の特定をお願いできませんでしょうか?」


「目的地の特定とな?」


「はい。この大陸には、神界へとつながると言われる神殿があると聞いております。私は、その地下にあると言われる祠を目指しております。」


空気が急激に重苦しいものになった気がした。


顔を上げ、周りを見渡してみると、国王を始め、居並んだ貴族たちの顔が全員ひきつっている。


どうやら、その場所に心当たりがあるらしかった。


「う···む、そなたは、その神殿にいかなる用があるというのだ。」


「その前に、誤解を解かせていただけますか?」


「誤解?」


「私は竜騎士ではございません。」


場が一瞬で凍りついた気がする。


この国にとって、それほど竜騎士の存在は大きいのだろう。


「竜騎士ではないと···申したか?」


「はい。少し失礼します。」


神威術を使い、蒼龍を出した。


どよめきと共に、衛兵たちに緊張が走る。


俺はすぐに蒼龍を戻した。


「御前で不敬かと思いましたが、見ていただくことが一番理解してもらえるかと愚考しました。」


「今のは、もしや···神威術か?」


浮き足立つ衛兵たちを片手で制した国王が、冷静な物言いで聞いてきた。


「さすが、ショタ様です。」


「我が国にも、同じ術を使える者がおる。すでにそなたも知見があるかと思うが、北の守護者から加護を受けたマルガレーテ・キャロライン嬢がそうだ。」


「はい。彼女は北の守護者であるスワルトゥルの使徒同然と聞いております。」


「うむ···では、そなたはマルガレーテ嬢と同じ立場と申すのか?」


「いえ、私は亜神と言われています。」


「な!?亜神じゃと?」


「具体的な確証はありません。その裏付けを取るために、目的の地に行きたいと考えているのです。」


国王を始め、場にいる者たちは絶句していた。


自ら亜神を名乗るのは不本意だが、目的を果たすのであれば、利用できるものは何でも利用するつもりだった。


堕神シュテイン、魔族、そして悪魔と、敵対するものは少なくはない。あまり悠長に構えていると、どのような侵攻を企ててくるかもわからないのだ。


「信じられん···亜神が実在するなど···いや、だからこそ、マルガレーテ嬢はそなたに敗北を···。」


「信じていただけるかどうかは、お任せ致します。少なくとも、私がこの国に脅威をもたらすことはないとだけは、断言をさせていただきます。」


「···そうか。そなたは、マルガレーテ嬢と再戦を行うと聞いておる。」


「はい。」


「では、その再戦の後にでも聞いてみるが良い。」


「と、申しますと?」


「そなたの言う神殿とやらには、神に通じる守護者がいると聞いておる。そして、その場のことを知るのは、マルガレーテ嬢···いや、北の守護者スワルトゥル様しかおらぬ。」


···マジか?


もしかして、知らなかったとはいえ、かなりの遠回りをしてしまったのではないだろうか。




ルイーズの背中から薄氷のようなものが広がり、左右にそれぞれが展開した。


全幅4メートルほどはあろうかという翼の様な形状。


「すごい···。」


傍らで見ていたビーツが感嘆する。


竜孔の覚醒後、2人には全身へ竜孔流を巡らせる鍛錬を主体としてやってもらった。


たまに組手をして確認を行ってきたが、当初に比べると格段に身体能力がアップしたと言える。


特にルイーズに関しては、竜孔流を偏りのない理想的な形で展開するに至り、鍛錬の最終的な目的であった飛行を試してみることになったのである。


「ルイーズ、余裕はありそうか?」


息を荒くしながら、玉のような汗を流す様子を見る限り、相当な集中力が必要であると感じ取れた。


「···あ!?」


俺に返答しようとして、気が削がれたようだ。


顕現された翼が一瞬で消えてしまった。


「···だめです。翼を顕現するだけで精一杯で···。」


「今の段階で、それだけできるようになったんだ。上出来だと思うぞ。」


「でも···。」


頭頂にある第六の竜孔サハスラーラ。ここでイメージを作り、他のすべての竜孔を駆使して翼を顕現させた。


俺が助言できるのは、この段階まででしかない。


何度も試してみたのだが、俺には飛行はおろか、翼を顕現することすらできなかった。


しかし、悪いことばかりではない。竜孔を酷使したことで、相当な鍛錬効果があったようだ。これまでに比べると、はるかに強力な力が出せるようになり、緻密なコントロールを身につける事ができた。竜孔は使えば使うほどに、その機能や能力を向上させていくのだ。


「ここから先は、繰り返し鍛錬をしながら、その力を自分のものにしてもらうしかない。だが、覚醒する前を振り返れば、相当な力を身につけることができている。今回も同じように、習得できるようになるはずだ。」


「そう···ですね。反復して、ものにして見せます。」


決意を表情に乗せながら、ルイーズは微笑んだ。


「姉様に置いていかれる訳にはいきませんね。私もがんばらなければ。」


ビーツも前向きに決意を固めていた。ひたむきに、愚直にやり抜く姿勢は、姉弟ともに称賛に値するものがある。


この2人に関しては、後は時間が解決してくれそうだと思えた。


俺は2人から離れ、自身の鍛錬を開始することにした。


まだまだ、竜孔の力には限界が見えない。時間のある今のうちに、基礎的な能力の底上げと、応用する術を可能な限り身につけておきたかった。






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