第3章 絆 18話 「竜騎士への覚醒①」

スワルトゥルと別れてから、冒険者ギルドへと戻った。


マルガレーテのことが少し気になったのだが、「我に任せておけ」というスワルトゥルの言葉に従うことにした。


スワルトゥルは、俺をグルルの後継だと感じているようだ。


実際にはどうなのかはわからない。亜神がどうのと言われたことはあるが、グルルというのはこの世界で神に匹敵する四方の守護者の統括者のようなものだ。


真神とも言えるグルルと同格の力を持つなど、想像すら難しい。


現実離れした話だと、無視をするのが一番だろう。神になどなりたくもないし、この俺がと鼻で笑ってしまう。


エージェントなど、人の狭間で暗躍しているのがお似合いだ。他の生き方に憧れはするが、染み着いた習性はなかなか拭うことが難しい。


そんなことを考えながら、ギルドの扉を開いて中に入るのだった。




ざわついていたギルド内が、扉の軋み音の後に静寂を迎えた。


何かがあったわけではない。


ただ、背の高い男が1人入ってきただけである。


「あ···。」


ギルドマスターのアレクセイは、椅子から立ち上がり絶句した。


騎士団長であるドレイグから、王城で起こるであろう内容を聞いていたからだ。


竜騎士とおぼしき男は、公爵令嬢であるマルガレーテからの試練を受けるであろうと。


親族でもあるアレクセイは、マルガレーテの怖さを他の誰よりも知っていた。何せ、一族から破門同様の扱いを受けるようになったのは、彼女に完膚なきまでに叩きのめされたのが発端だったからだ。


当時のアレクセイは、一族内で最強と呼ばれていた。


それが、一度追放されたマルガレーテが数年ぶりに屋敷に舞い戻り、腕に覚えのある者達を次々に叩きのめした夜のことである。


マルガレーテは当時8歳。並外れた力を持って生まれたが、それを制御できずに捨てられた忌み子であった。


何年もの間、どうやって生きてこれたのかは誰も知らない。ただ、あの日からキャロライン公爵家に籍を連ねる者は、すべてがマルガレーテを恐れた。


そのマルガレーテの試練を受けたはずの人物が、五体満足に戻ってきたのだ。


アレクセイは、もしかして試練から逃げてきたのかと思い当たった。しかし、もしそうだとしたら、こんなすぐに見つかるような場所に姿を現すはずがないとすぐに思い直した。


「···本物の···竜騎士なのか?」


無意識に出たのは、そんな一言だった。




なにやらブツブツとつぶやいているギルマスを見つけた。


前に会った時とは違い、妙に真面目な顔をしている。いや···視線をこっちに固定しながら何かをつぶやいている姿を見る限り、やはり頭のネジが何本か飛んでいるのかもしれない。


「ルイーズはどこですか?」


「え···は、ルイーズ?彼女なら、屋敷に帰ったが···。」


「場所はどの辺りですか?」


「ドレインセルク公爵邸に行くと言うのか?」


「何か問題でも?」


「いやいや、問題しかないだろう。どこの誰かわからないような奴を、門衛が取り次ぐとでも思っているのかね?」


「それは屋敷に着いてから考えますよ。取り急ぎ、教えていただけませんか?」


「···貴族街の最奥だ。城を見て右手にある一番大きい屋敷がそうだから、すぐにわかるさ。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「いや···マルガレーテとは会えたのか?」


「ええ、会えましたよ。」


「その···五体満足のようだが?」


「話をしに行っただけですから。では、急ぎますので。」


何かを言いたげなギルマスではあったが、スワルトゥルのことを話す訳にもいかず、ましてやマルガレーテをババまみれにしたなどとは口が裂けても言えなかった。


俺はすぐに冒険者ギルドを出て、貴族街へと向かうのだった。




城に向かって右手に、白亜の大きな屋敷があった。左手には同じ規模のレンガ調の屋敷が見えている。おそらく、同程度の勢力を持つ者の居宅なのだろう。キャロライン公爵家なのかもしれないが、今は関係がないのでスルーしておく。


背の高い塀に囲まれた広大な敷地が見えてくるが、正門の左右に設置された詰所から、4名の門衛らしき者たちが出てきて警戒を強めていた。


遠目に近づいてくる俺を見て、不審者と考えているのだろう。


ドレインセルク公爵邸の隣接地に、他の建物は見当たらない。防犯や諸々を意識して、路や隣地との境界が計画的に作られたものだと思えた。


さすがは大貴族の邸宅と言えるだろう。


俺はこちらに走り寄ってくる門衛たちに向かって、声高に言葉を発した。


「アポイントメントなしで失礼する。至急、御令嬢のルイーズ様への取り次ぎを願いたい。私は、竜騎士のタイガ。この名に心当たりがあるのであれば、無駄な手続きは割愛し、直ちに御当主様、家令殿、ルイーズ様の何れかに伺いを立ててはもらえないだろか。」


意外なことに、俺の言葉を聞いた門衛たちは、怪しむこともなく迅速な行動を開始した。


1名が敷地内にいる巡回の衛兵を呼んで説明、もう1名がこちらに歩み寄って事情聴取、他の者たちは配置に戻って守衛の続行をといった感じだ。


この辺りの対応を見る限り、よく訓練がされており、キレ者が指揮を取っているように感じられる。


さすがは公爵家と言うべきか。


「お待たせしました。私はビーツ。屋敷の警護責任者をしております。」


どこか、面影がルイーズと似ているイケメン君だった。遠縁の子なのかもしれない。


大貴族は継承権のない縁戚の子に、職を宛がうことが当たり前だと聞く。


「タイガ・シオタです。突然の不敬を謝罪致します。ルイーズ様がご在宅であれば、確認をお願いしたいのですが。」


「今、使いを行かせました。すぐに本人が出向くと思います。」


そう言ったビーツは、遠慮のない視線で俺を観察していた。


敵意がある感じではなく、興味津々といった雰囲気だ。まだ10代後半くらいか。ルイーズよりも少しだけ若いのかもしれない。


「もしかして、ルイーズ様の弟君ですか?」


その言葉は正解だったようだ。ビーツが目を見開いて驚いている。


「よく···おわかりですね。姉がお伝えしていたのですか?」


「いえ、雰囲気が良く似ておられたので。」


「そうですか。初めて言われました···。」


実際には容姿や雰囲気ではなく、違うものが似ていたのだ。


ルイーズに感じた竜人特有の気配。他の門衛や冒険者たちからは感じなかった所を見ると、この姉弟だけが持っているものなのかもしれない。


「失礼な質問かもしれませんが、公爵家のご子弟が屋敷の衛兵を?」


「それは···まあ、公爵家の末端ですから、そういうこともあります。」


何か、含みを持たせるような言い方をしているが、ビーツ自身には嫌みはなかった。


「なるほど。名門ともなると、いろいろと大変みたいですね。」


「···そうですね。初めてお会いする方に言えるような事ではありませんが、私が未熟な故です。」


自然とはにかむような笑みを出したビーツを見て、俺は密かに次のプランを組み上げ始めていた。




「ここなら大丈夫です。」


ビーツと話をしている間にルイーズが現れ、屋敷内へと案内をされた。


「少し話をしたい。」と言った俺に対して、最初は戸惑いを隠せないルイーズではあったが、真剣な眼差しを感じてくれたのか、来賓用の客室に通してくれた。


こちらの要望で人払いをしてもらい、ビーツにはそのまま同席をしてもらう。


「マルガレーテ様に会いに行かれたはずですけど···なぜ、ここへ?」


「騎士団長に案内をされて王城に行ったら、マルガレーテとオヴィンニクのメンバー4名と模擬戦をすることになった。」


「なっ!?」


ビーツが驚愕して声を発したが、ルイーズは予想していたのか、きわめて冷静であった。


「そうですか。それはいつになるご予定ですか?」


「ああ、言い方が紛らわしかった。模擬戦は無事に終了したよ。」


「···その、結果を聞いても良いですか?」


「どこにもダメージはない。」


ルイーズは呆気にとられ、横にいるビーツは絶句していた。


「···もしかして、あの時の悪魔も?」


「ちゃんと倒した。」


「「··································。」」


「ここに来たのは、そんなことを話すためじゃないんだ。いや···今から話す内容を考えれば、それも含めて少し考えて欲しいことがある。」


「それは、ドレインセルク家と関連があることでしょうか?」


マルガレーテの話が出た後だ。そう感じてもおかしくはないだろう。それに、広義で言えば何も間違ってはいない。


「関連はある。ただ、今のところは、君たち2人に関する話だ。」


「私たち2人···ですか?」


互いに顔を見ながら、不思議そうな表情をする姉弟。そして、次の俺の言葉に、同時にフリーズをすることになる。


「竜騎士への覚醒に、挑戦をしてみないか?」




次に言葉が返ってくるまでに、5分ほどを要しただろうか。


ルイーズが震える声で質問をしてきた。


「ほ···本気で言っているのですか?」


「質の悪い冗談を言う気はない。信憑性があるかどうかは、俺の実力を考慮してもらえれば良い。それから、覚醒に関しては保証できるものではないし、それなりの苦行になるかもしれない。俺個人としては可能だと考えているが、あくまで理論上の話にはなる。」


そこから先は、彼女たち2人の判断に任せるしかない。


俺がヴィーヴルにされたことを、見よう見まねで再現するつもりだったが、成功するとは断言ができない。


それに、これは施術される側に痛みや苦しみが伴うことである。


強い意志で受けてもらわなければ、失敗に終わる可能性が高かった。






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