第3章 絆 19話 「竜騎士への覚醒②」

「···質問をしても良いですか?」


「どうぞ。」


ルイーズは言葉を選ぶようにしながら、ゆっくりと言葉を発した。


「あなたの目的は何ですか?」


「前にも話した通り、俺は堕神シュテインを何とかしたい。しかし、奴は限られた地域でのみ行動をするわけじゃない。それに加えて、魔族や悪魔の問題がある。それぞれの地域で、対応できる力が必要だ。」


「それに···その力に私たちが成りうると?」


「断言はできない。だが、可能性は低くはないと思う。」


再び2人は押し黙り、互いに顔をうかがった。


「なぜか、聞いても良いですか?」


「なぜとは?」


「なぜ、私たち姉弟なのですか?」


当然の疑問だろう。


そして、その疑問を解消しようとするルイーズもビーツも、瞳が真剣な光を湛えていた。


良い兆候だ。


「ルイーズが竜人の血を引いていることは、ある気配でわかった。そして、それは弟であるビーツからも感じている。」


「気配?」


「俺もある理由により、ヴィーヴルから覚醒をさせられた。頭頂部からまっすぐ下に伸びた人中に、7つの竜孔と呼ばれる器官が備わっている。誰にでもあるものじゃない。竜に縁のある者でも、一部にしか存在しないらしい。」


「それでは···タイガさんも、竜人族の血を引いているのですか?」


ビーツが興味深げな顔で口を開いた。


「いや、俺は違う。ただ、別のものを背負っているらしい。」


「別のもの?」


ルイーズと同じく、彼にもある程度は開示すべきだった。


信頼を得るためには、自分だけ殻に閉じ籠っているわけにはいかない。


「俺は亜神だそうだ。」


「亜神!?」


「詳しい話をすると長くなるが、四方の守護者とも縁があるらしい。その関係で、ヴィーヴルから師事を受けた。」


「ヴィーヴル様って、西の守護者ですよね。それって、タイガさんが西の守護者の加護を持っているということですか?」


ビーツがそう考えるのもおかしな話ではない。だが、加護というのであれば、俺はヴィーヴルではなく神アトレイクの加護持ちのようなものだろう。


「いや、それは違う。」


「···マルガレーテ様も同じような状況で、スワルトゥルに加護を授けられたということですか?」


「それも少し違うな。マルガレーテが持つ加護は、おそらくもっと個人的なことが理由だ。詳しいことは、本人がいない場では話せないが。そもそも、加護と竜孔は別物であると認識をして欲しい。」


「「·······························。」」


「今すぐに結論を出さなくても良い。少し、考えてみてもらえないだろうか?」


「私たちみたいな落ちこぼれが···本当にそんな風になれるのでしょうか?」


ん?


落ちこぼれとは、どういうことだ?


「何の話だ?」


「公爵家に席を連ねているのは間違いありません。ですが、冒険者や衛兵に従事していることを考えれば、どの程度の人間かは···ご判断いただけるかと思います。」


王族を除き、国の最高権力者とも言える公爵家。そこに席を置きながらも、要職に就けない者は意外と少なくはない。


国の要職に就くためには、他からの圧力や謀を跳ね返せる知略がいる。


家督を継ぐためには、生まれながらの資格を要する。


軍で大成したいのであれば、人並外れた剣技や才覚が必要不可欠となる。


家の財力や権威だけではどうにもならない悩みを抱えた、貴族特有のコンプレックスなのだろう。


「言わせてもらうが、この屋敷の衛兵を束ねると言うことは、血筋だけで良しとされるようなものではないと思う。それに、冒険者に関しても、ランクSに至るには相当な努力や実績が必要なはずだ。自分たちを卑下しすぎるのはどうかと思うが?」


この2人は、公爵家に席を置いているがために、今以上の活躍に至ることができないのではないかと思える。時として、家の権威や威光は障害となる。


周囲が妬みや遠慮で、さらに踏み込んだ場の提供を躊躇うからだ。


「そうではないのです。私たちは···妾腹です。ドレインセルク家の···純血では···。」


真面目なルイーズらしいコンプレックスなのかもしれない。ビーツも似たような表情をしている。


「自分たちの存在を否定するのか?」


「それは···。」


「何を悩み、何を抱えるかは人それぞれだと思う。気休めを言う気もない。だがな、自分の力で多くの人が救えるかもしれない。それについても、後ろめたさを持つ必要があるのか?」


俺にわからない辛い日々を送ってきた可能性もある。しかし、過去を振り返っても何も生まれない。


「···姉様。私は、やってみたいと思う。」


「ビーツ?」


「確かに、私たちはドレインセルク公爵家の再興のために、産み落とされた身。だったら、その望み通りに、ミラと同じ力を宿してみたいとは思わないかな?」


「それは···そうね。あなたの言う通りかもしれない。」


貴族というのは、厄介な生き物である。


庶民から見れば、煌びやかで威圧的な、鼻持ちならない存在かもしれない。


だが蓋を開けてみれば、陰湿で閉鎖的。家族内にも派閥ができて、中には肉親同士で命のやり取りを行う場合もある。


尋常ならざる力を持って生まれたマルガレーテも、普通よりも秀でた才覚を持ったこの姉弟も、貴族の慣習に翻弄された犠牲者なのかもしれない。




「君が···。」


ルイーズとビーツは決意し、今は施術後の苦しみに耐えていた。


俺はと言うと、ドレインセルク公爵家当主に呼び出され、彼の執務室で対面していた。


「タイガ・シオタです。何者であるかは私から語る必要はないかと思いますので、自己紹介は省略をさせていただきます。」


「ふむ···ドレインセルク公爵家当主のイヴァン・フォン・ドレインセルクだ。脇に控えているのは、長子であるエイリーク。」


堂々とした偉丈夫だ。


権力者にありがちな威圧的な雰囲気は感じられるが、この男からは悪意を感じられなかった。


「エイリーク・ドレインセルクだ。」


そして、脇に控えているエイリークも、父親と似た雰囲気を醸し出している。


「お二人共、ご多忙な身かと理解をしております。早速ですが、要件をお伺い致しましょう。」


わずかに眉尻を動かしたイヴァンが、興味深そうに言葉を発した。


「竜騎士殿は、礼節を弁えておられる。少し試させてもらったのだが、居丈高に振る舞われると思っておったが···意表をつかれた。」


ふっふっふと笑うイヴァンを見て、ルイーズたちの卑屈な態度の理由がわかった気がした。


「礼節を重んじるのは大切なことだと愚考します。特に初見の相手には、丁寧な物腰であたらなければ、どこで落とし穴にはまるかわかりませんから。」


「ふむ。お若いが、相当な経験をお持ちのようだ。これは大変な無礼をした。」


ドレインセルク公爵家の現当主は、相当な人格者のようだ。そして、相手の本質を見極める術にも長けている。


「もったいないお言葉、痛み入ります。失礼を承知で、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「何なりと。」


「ルイーズ様とビーツ様を、目の届く範囲に置かれている理由は何でしょうか?」


イヴァンよりも、息子のエイリークの方が反応した。嫌な反応ではない。どちらかと言うと、ずけずけと踏み込んでくる俺を敬遠したがるような目をしている。


「その質問の真意は、何ですかな?」


イヴァンの方は無表情だった。それがかえって、不機嫌さを現しているように見える。


「お二人は優秀です。人間的にもすれたところがない。だが、あなたは国の要職に推すことをしなかった。お立場を考えれば、当然なのかもしれません。しかし、突き放しもしなかったのは、なぜでしょう。客観的に考えれば、飼い殺すような真似をされていると思えますが?」


「き、貴様っ!?」


俺の言葉に激昂したエイリークが、剣の柄に手を伸ばそうとしていた。


「エイリーク!」


一喝し、長子の前に立ちはだかったのはイヴァンだった。


「しかし、この者は···。」


「良いのだ。タイガ殿には、何か意図があるのだろう。」


年齢や体格を感じさせない身のこなし。公爵として多忙なはずだが、日々の鍛練には力を入れているようだ。


「公爵閣下。非礼はお詫び致します。ですが、お二人の今後を考えた場合、あなたの配慮次第では、少なからず弊害が出る可能性があります。それをはっきりとさせておきたいのです。」


「すべて···お見通しということですかな。」


イヴァンは少なからずルイーズとビーツに対して、親としての深い情を持っている。そして、ドレインセルク公爵家の慣習を遵守する当主としての誇りや知見も備えていた。


要するに、妾腹などとは思わずに、分け隔てなく子を愛する父親だということだ。


そして、ドレインセルク公爵家の慣習を蔑ろにすることもできずに、客観的に見れば閑職のような立場に2人を追いやったとも考えられる。


ルイーズやビーツが卑屈になる理由は、おそらくこれだろう。


彼らはイヴァンの優しさを知り、また自分たちがミラの末裔として覚醒できないことで、その父親に迷惑をかけていると感じているのだ。


様々な形はあるのだろうが、これも一つの家族愛と言えた。


「ルイーズとビーツが覚醒に成功した場合、彼らは死地に向かうことになるかもしれません。そういった状況を、受け入れることは可能ですか?」


何となく予想はできていたはずだが、直接的な言葉を耳にしたイヴァンは苦悩の表情を浮かべた。


俺の推測に、間違いはほとんどないようだ。


「この家の当主になる定めを受けて生まれて、最も危惧したことではあった。私は、ドレインセルク公爵家の慣習を呪ったよ。ミラの末裔として、その力を再び引き出す必要性は感じている。それが長い年月をかけた一族の悲願なのだから···。」


体をわなわなと震わせながら、苦悩に満ちた表情を浮かべるイヴァン。そして、その横で泣きそうな顔をしているエイリーク。


俺には経験がないが、家族というのは、本来はこのような姿が正しいものなのかもしれない。


互いに敬愛し、常にその身を案ずる。


貴族としては失格なのかもしれない。しかし、親子の情としては、正しいものであると感じられた。


「覚醒が無事に終了できたら、あなた···いや、あなた方の本心を2人に打ち明けて下さい。その上で決意するものを認めて、最大限の支援をしてあげてもらいたいと思います。」


「承知···しました。もともと、あなたをここにお呼びしたのは、ルイーズとビーツを託せる相手かどうかを見極めるのが目的でした。さすがは···竜騎士殿。想像以上の人格者でした。」


竜騎士と人格者であるかどうかは、あまり関係がない気がした。伝承などは、その対象をとにかく美化してしまうものだ。そう、テトリアが良い例であるように···。


「一つ、訂正をしておきます。」


「何でしょうか?」


キョトンとした顔をするイヴァンに、俺は事実を告げておくことにした。


「ルイーズとビーツが覚醒に成功すれば、今代の竜騎士は彼らが初となります。」


「···それは、どういう意味ですかな?」


「私は竜騎士ではないと、ご認識ください。」


既存の竜騎士が補助をして、ドレインセルク公爵家から竜騎士へと覚醒する者が新たに出たという情報では、二番煎じに感じられるだろう。


「意味が···わかりかねますが···。」


「私は、竜騎士ではなく亜神。四方の守護者の中央に立つ、グルルに至るかもしれない者だと告げておきましょう。」


「「!?」」


これで、スワルトゥルの加護を持つマルガレーテと、2人が対等に肩を並べられる土台は作れただろう。


今後の俺に対する見解にはいささか不安がのしかかりはするが、どうせスワルトゥルからマルガレーテへも同じような情報が伝わると感じられたので、遅かれ早かれというものだと思うことにした。

















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