第3章 絆 5話 「新天地①」
別の大陸に到着をした。
普通、新天地に立てば、新しい環境に緊張をしたり、やる気が限界突破したりと、いろいろ思うところがあるだろう。
では、俺が今何を考えているかだが、そんなものは決まっている。
どうしてこうなった!
竜道の力を利用しての超遠距離転移は、ヴィーヴルの現実的な一言で破綻した。
だが、そこは救いの神もあるもので、「我が送ってやろう。」と気をきかせてくれたのだ。
感謝の言葉を告げて、古代竜の姿となったヴィーヴルの背に乗ったまでは良かった。
しかし、「最速で行く。過酷な旅にはなるだろうが、そのための竜孔でもあるからな。振り落とされないように力を尽くすが良い。」という言葉により、恐ろしいフライトが始まることとなった。
体感でいくと、その速度はマッハの域に達していた。
5時間程度の飛行時間ではあったのだが、いくら戦闘機のGに慣れているとはいえ、
神威術で鎧を纏い、竜孔を最大限に発動させての5時間は、それまでの人生を走馬灯のように見せ、味わってきたどの苦難よりも、死を意識させた。
「ほほう。この短時間で最大の成果が出たな。ぬしの竜孔は理想的な動きを見せておるぞ。」
ようやく新しい大陸が見えてきた頃、ヴィーヴルは速度をゆるやかに落としながら、愉快そうに言ってきた。
「···最後まで稽古をつけてくれて、感謝をしている。」
皮肉をこめて、そう言ってみたのだが、ヴィーヴルは脳筋な答えを返してきた。
「ふ、感謝などよい。ぬしには黄龍の爪として、これから強大な壁に立ち向かってもらわねばならんからな。」
そんなことを言いながら、くっくっくと笑う古代竜を見た俺は、本気で背中の鱗を剥いでやろうかと考えさせられた。
「ところで、具体的な行き先はあるのか?」
「あるにはあるが、いろいろと情報収集をしたいから、適当なところで降ろしてくれれば良い。」
「そうか。ならば、もう少し先で大規模な戦闘行為が行われている。そこに降ろしてやろう。」
「は?」
何を言っているんだコイツは?
「竜孔の効力を最大限発揮させるが良い。最後の調整代わりだ。」
「いや、ちょ、待て!?」
こうして、新天地に着いて早々に、強制的な戦闘参加をさせられるのであった。
10体以上のハイオログが、怒濤のように攻めこんできた。
ハイオログは3メートルを超える身長に、筋骨隆々の体をしている。一般にトロールと言われる魔物の上位種にあたり、外見はオーガに酷似していた。
最大の特徴はトロールと同じ怪力と耐久性にあるのだが、上位種とあって特殊なスキルを保持している。
体の損傷を復元する力。
どれだけダメージを与えようとも、短時間でそれを復元させてしまうため、この地域では悪夢と呼ばれ、その討伐には複数の上級魔法士の力が必要であるとされている。
ただ、魔法耐性も高いハイオログの体を滅するためには、それなりの魔力と技術が必要となり、1体を倒すだけでも、相当な消耗が発生する。
今回の戦いでは、そのハイオログが20体は発生しており、これまでの経緯で半数近くまで減らすことに成功していた。
しかし、そのための犠牲は甚大で、すでに討伐の任にあたっていた者の3分の1が戦闘不能の状態に陥っている。
「ジール、あれを防ぐ手立てはあるか?」
全体の指揮をとっていた壮年の男は、傍らにいた同年代の魔法士にそう尋ねた。
「残っている魔法士を総動員しても、半数を無力化できるか微妙なところだな。」
「···そうか。」
指揮を執る者として、このまま多大な犠牲を強いるわけにはいかない。しかし、ここを突破された場合、この先に位置する王都が魔物の群れに呑み込まれてしまう。
「マルガレーテ様がいれば···。」
決断を鈍らせていると、ジールのつぶやきが聞こえてきた。
「言うな。あの方は王城の守護の要だ。」
「そうは言うが···いや、そうだな。」
ジールの歯痒そうな表情を見て、男はすぐに決断を下した。
「魔法士の総力で、ハイオログを撃て。その後は、動ける負傷者と魔法士だけで、王都に戻るんだ。」
「···何を言っている?」
「ハイオログの後続には、数千の魔物が控えている。後を考えれば、魔法士の力は可能な限り残しておくべきだろう。」
「バカな!それでは死にに行くようなものではないか!?」
「身を呈して、王都を守るのは騎士の務めだ。」
「それは···我ら魔法士団も同じだ!」
「魔力が尽きれば、魔法士は奴等の恰好の的だ。この地は我ら騎士団で時間を稼ぐ。」
「·······························。」
「王国騎士団長ドレイグ・ブルマン最後の晴れ舞台だ。」
「バカが···。」
その時、突然周囲に大きな影が差した。
「なんだ!?」
「ド···ドラゴン!?」
高速で飛来した白銀の竜が、2人の上を薙ぐように過ぎ去って行った。
ハイオログ達の上空に差し掛かったそれは、一度体を回転させたかと思うと、そのまま進行方向に飛び去って行く。
「···何だったんだ。」
「お···おい、ハイオログ達の後ろに人が···。」
魔物達と防衛側との間には、簡易な砦が築かれており、現在はそこに近づかせないために、その砦柵のこちら側から牽制の魔法や弓が放たれていた。
砦柵の外側にいる人間で生き残った者はおらず、その亡骸すらも魔物達の糧となり消えていたのだ。
「まさか···ドラゴンから···降りてきたのか···。」
「···伝説の···
2人は顔を見合わせ、やがて期待に満ちた表情で頷きあったのだった。
強制的にヴィーヴルから振り落とされた俺は、高さ数十メートルから落下した。
いや、このまま落ちたら死ぬし···。
地表との高さを目測する。
何やら魔物が多数いるが、とりあえず墜落死をしないように、タイミングを見計らって瞬間移動を行い、地面に着地した。
人同士の争いの場に落とされたらどうしようかと思っていたが、周囲は魔物の気配で埋め尽くされていた。
すぐに第五の竜孔であるアイーンを発動する。
ヴィーヴルですら効果がわからないと言っていたアイーンだが、3日間に渡る修練により、その一つは把握に成功していた。
右手を前に伸ばして肘を折り、平手を首に直角になるようにかざす。
下顎を尽き出して、発動のキーワードを放つ。
「アイ~ン!」
···恥ずかしい。
なぜ、俺がレジェンドのあの人の真似をしなければならないのか。
なぜか、他のキーワードでは発動せず、身ぶりまで似せなければらないことに不条理を感じる。
人前では絶対にやらないぞと思いつつ、その効果を確認する。
周囲約30メートルに存在する魔物の動きが止まっていた。
そう、第五の竜孔の効果は、威圧による機能停止。対象によって、その持続時間は未知数ではあるが、戦闘時の特殊スキルとしては、これほど有用なものはない。
俺は蒼龍を手に取り、オーガに酷似した魔物十数体を一瞬のもとに斬り伏せた。
すぐにGLー01を取り出し、後続の魔物に対して発射する。
密集地帯に5発ほど撃ち込んでいると、すぐ近くに殺気を感じて前に転がり距離を取る。
「!」
視線を巡らせると、先ほど斬り伏せたオーガ擬きが再生していた。
自己修復!?
初めてみる魔物の特性ではあるが、躊躇している暇はなかった。
怒濤のように攻めてくるオーガ擬きに対して、正面から立ち向かう。
武具を収納し、第六と第七の竜孔であるアージュナー、サハスラーラを発動させる。
アージュナーは戦闘時の
正面から突っ込んでくる1体の攻撃をいなし、指先で左脇腹に触れる。
脇腹から衝撃を通し、頭頂部まで貫通させるイメージ。
ドンッという何かが突き抜ける感触の後に、魔物の頭部が爆ぜた。
中国武術に発勁という技法がある。
これは力の発し方を意味するのだが、その中でも寸勁と分類される至近距離から相手に勁(力)を作用させる技術をイメージした。
今回は面ではなく点の衝撃により、魔物の体内を貫いた。
そして、発勁が伸筋力や張力、重心移動によるものであるのに対して、俺の場合は竜孔から発せられた力、
竜孔流とは、体内の孔で練られた力であり、それを高密度で射ち出すことにより、相手の内部を破壊しながら突き進んで、射出口である頭を爆ぜさせるというわけだ。
これには、第7の竜孔であるサハスラーラが作用している。
寸勁のイメージを、竜孔流の力で具現化させる。煩わしい内部処理をサハスラーラが瞬時に行い、形にしたと言っても良いだろう。
仲間の1体が想定外の攻撃により瞬殺されたことで、オーガ擬きたちに動揺が走っている。
俺は第六の竜孔であるアージュナーにより、脳内にその場の俯瞰図を広げた。
瞬時にマークされた敵位置を把握しながら、連撃のために動き出す。
最小限の動きでオーク擬きの間を縫いながら、頭部が爆ぜるように一撃ずつ入れていった。
数十秒後には、すべてを無力化。
自動修復スキルも、頭部を爆ぜさせてしまうと作用が不可となるようで、身動きできるオーク擬きは皆無となっていた。
血の海と化した周囲を一瞥した後、後続の魔物に向けて炸裂球を放り込む。
さすがに、竜孔流の使用は精神的な消耗が激しいようで、微かながら頭に鈍痛が走る。
破龍を手に取った俺は、風撃無双を放って牽制しながら、魔物の群れに飛び込んだ。
鎚のようなものを振り回すオークの胴を一刀両断にし、その勢いで弧を描くかのように破龍を振り回す。
棍棒を振り下ろすオーガの膝を叩き斬り、破龍を弾くような外郭の固い奴には、目や耳といった柔な部位から竜孔流を通す。
怒濤のように攻めてくる物量にも、アージュナーによる俯瞰図のおかげで先手を打ち続けることができ、その後も危なげない立ち回りで魔物を翻弄するのであった。
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