第3章 絆 6話 「新天地②」
オーガ擬きを倒してからしばらくして、砦の方から騎士らしき者達が押し寄せてきた。
自己修復スキルに苦しまされていたのだろう。
これを機と見ての加勢だと思えた。
俺は魔物の群れの中央を一直線に駆け抜けて、手当たり次第に斬り伏せていった。
以前とは比にならないくらい、無駄のない動きで対処ができた。
竜孔の力、恐るべしだ。
所々で「竜騎士様の後に続けーっ!」とか、「我らには竜王様の加護がある!!」などといった掛け声が聞こえてくるが、意味は不明だ。
この地には、竜騎士という強い奴がいるのだろうか。
もしかしたら、竜人と何か関連があるのかもしれない。
だが、そんなことに関わる気はなかったので、騎士達が対応できる範囲内で魔物の殲滅に没頭した。
どのくらいの時間が経過したのかはわからない。
魔物たちは時が経つにつれて数を減らし、やがて逃走を始めた。
以前のように、指揮を執る魔族がいる可能性も考えたが、ソート・ジャッジメントが反応することもなく、脳内の俯瞰図にも疑わしい存在は確認することができなかった。
「奴等が撤退を始めたぞ!」
「まさか、ここまで巻き返せるとは···竜騎士様のおかげだな。」
騎士と魔法士の長であるドレイグとジールは乱れた息を整えながら、数多の魔物の屍で埋め尽くされた光景を眺めた。
「正に、竜が如き勇ましさよ。伝承は嘘ではなかった。」
「ああ···だが、その竜騎士様はどこに行かれた?」
先ほどまで、獅子奮迅とも言える活躍をしていた者の姿はどこにもない。
「探せ!竜騎士様を探して、王城にお迎えせねばならん!!」
その後、それまでとは異なる慌ただしさで、彼らは戦いの場であった一帯を捜索するのであった。
戦況が覆ったと判断した俺は戦いの場から去り、少し離れた位置で河川を見つけて体の汚れを落としていた。
以前のように、真っ裸で走り回るようなことがないよう、周囲への警戒は怠らない。
ヴィーヴルに送ってもらったまでは良かったが、いきなり戦闘に巻き込まれたので、現在位置がどこなのかは不明だ。
騎士たちと合流するのも選択肢としてはあったのだが、煩わしいことに首を突っ込みたくはなかったので、タイミングを見計らって離脱した。
まずは、順当に街を探索すべきだろう。
しばらくしてから、俺は河川沿いを下流に向かって歩きだした。
街を目指していると、怒声や木がへし折られるような音が耳に入ってきた。
近くで戦闘が行われているようだ。
魔物の群れと戦闘を行った地点からは、かなり離れた位置となるが、もしかしたら逃走した魔物と遭遇戦となった者がいるのかもしれない。
俺は音のする方へと、気配を消しながら近づいて行った。
森の木々が開けた辺りで、3人の冒険者風の男女がオーク達に囲まれているのが見えた。
冒険者たちはそれなりの装備を身につけており、それに見合った物腰も見せていた。
「数が多いな。例のスタンピードが原因か?」
「どうだろうな。それにしては、砦から距離がありすぎる。」
「喋ってないで、さっさと終わらせるぞ。」
会話が聞こえてくるが、3人に焦りはないようだ。
竜孔の力は、視力聴力までをも強化する。
声音を聞く限り、彼らに気負いはない。おそらく、相当な場数を踏んでいると見てとれた。
しかし、不味いことに、彼らは一定の範囲の魔物しか察知できていないようだ。
冒険者を取り囲んでいるオークは、総勢で12体。見ている限り、彼らだけでもその数は問題にはならないだろう。
だが、少し離れた位置に気になる存在がいた。
ソート・ジャッジメントに反応する邪気。まぎれもなく、魔族だ。
砦の攻防には現れず、なぜ魔族がこのあたりにいるのか。推測だけなら色々と考えられるが、とりあえずは危険を回避することが優先であった。
俺は、そっとその場を離れた。
魔族はゆっくりとではあるが、こちらに向かっている。
動きにブレがないことを考えれば、奴の狙いが冒険者3人であると結論づけられるだろう。
そして、その1体の魔族は、これまでに遭遇したことがないほどの闇を持っていた。
上位魔族すら、比にならないほどの深い闇。
それは、魔族とは別の何かではないかと思えるほど、俺の勘に触れてきていた。
一目見た瞬間に理解した。
魔族と似て非なる存在だ。
赤い目に縦長の瞳孔。病的な白い肌と、灰色の髪が排他的な何かを感じさせる。
魔族が動とすれば、そいつは静なる雰囲気を纏っていて、好対照だとも言えた。
しかし、その雰囲気は重苦しく、触れればすべてを崩壊させるような印象が強い。
おぞましさのようなものを感じ、一度距離を置こうかと考えた。
幸いにも、まだこちらの気配には気づいていないようだ。
俺はそっと後退を始めた。
だが、別の所から、他の気配がやって来るのを感じた。
同時に、目の前の存在が口角を上げているのに気づく。
おそらく、こちらに向かっているのは先程の冒険者たちだろう。予想よりもオークの殲滅が早く終わったのかもしれない。
どうすべきかを考えた。
奴と闘って遅れを取るかと言われれば、そこは問題がないように思える。
以前ならともかく、竜孔の力を駆使すれば、倒せない相手ではないと感じるのだ。
しかし、正体がわからず、どんな特性を持っているのかもわからない相手に、無作為に勝てると考えるほど楽観的ではない。
「···························。」
そんなことを考えている間に、冒険者たちがすぐ近くまで距離を詰めていた。
奴の顔に凄みをおびた笑顔が張りつく。
よし···ここは彼らに任せて、様子を見させてもらおう。
そう考えた俺は、見学をしやすい位置に移動した。
ここまで慎重になることは、われながら珍しいことなのかもしれない。
しかし、頭の中では、ヴィーヴルが話していたある存在が思い浮かんでいた。
かつて、四方の守護者をまとめていた先代グルルの死の原因。
悪魔の存在である。
まさかという思いがある一方で、神と対極にある存在だと言われる悪魔が、滅亡したとも思えなかった。
もし、奴がその1人だとしたら、この大陸での行動は、悪魔という存在を避けては通れないものとなるだろう。
それを見極めるためには、千載一遇の機会であると感じられたのだ。
「な···なんだ、こいつは!?」
その時、冒険者たちと奴とが遭遇した。
「ま、魔族!?」
「いや···こいつは···もっと上位の···。」
「エアカッター!」
冒険者の1人が瞬時に魔法を放つ。状況判断としては申し分ない。
驚くほどのスピードで展開された複数の風撃は、奴の体を四方から切り裂くかに見えた。
「······························。」
しかし、微動だにしなかった対象の周囲で忽然と消えてしまう。
「な!?」
「嘘···だろ?」
「································。」
絶句する冒険者たち。
今の魔法は、それだけ必殺の威力を秘めていたということだろう。
対して、目の赤い男は興味すら引かないような表情で、冒険者たちを見下ろした。
「何だ、今のは?蚊ほどの威力も感じられん。」
「「「!」」」
···そうか、コイツは魔法には強いが、蚊には刺されるということか。
ふざけているのではなく、蚊に刺された経験があるということは、対抗できるということだと認識ができた。
すなわち、物理攻撃は通るということだろう。
「そう言えば、貴様だったな。」
ゆっくりとそんな言葉を吐いた奴は、右手の人差し指を突きだした。
ピシュン。
「···ぐわぁぁぁぉぁぁっ!?」
空気を穿つような音が響き、すぐに絶叫が迸った。
奴が突き出した指の延長線上に、一番体の大きい冒険者が肩の付け根を抑えてうずくまる姿があった。
魔法かどうかはわからないが、奴の攻撃が冒険者の体を貫いたのだ。
「魔族ごときと同じにされたのでな。誇りを傷つけられて、無事に帰す訳にはいかない。」
やはり、奴は魔族ではないということだ。
これは、非常に厄介なフラグが立ったのかもしれない。
「···何だ?おまえは、何なんだ!?」
「その前に教えろ。貴様たち以外の人間は、どこに隠れている?」
「何だ?何を言ってい···ぐぎゃあぁぁぁぁーっ!!」
再び、空気を穿つような音が響き、もう1人の脇腹から鮮血が飛び散った。
あれ···これってヤバいやつだよな?
このままだと、様子見どころか全員が殺されてしまうのじゃないだろうか?
「隠すとためにならんぞ?」
奴は、最後の1人に指先を向けた。
む···紅一点の···しかも、それなりの美人さんじゃないか···。
むむ···。
「答えないのなら、それでも良い。ほかを当たれば良いだけの話だからな。」
奴の顔に、またあの凄みのある笑みが浮かぶ。
『···僕は最高!』
もう少し情報を引き出して欲しかったのだが、さすがに見殺しにはできなかった。
心の内でキーワードをつぶやき、白銀の鎧を纏う。
同時に、気配を消すことをやめた。
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