第3章 絆 4話 「神龍④」

「期待している。」


真顔でぼそっと溢したヴィーヴルの言葉に、重いものを感じた。


「···何をだろうか?」


「ぬしが話していたように、邪神シュテインの動きが活発化している。我らも備えねばならない。」


「俺に何を期待している?」


「そうかまえるでない。今代のグルルとして、守護者をまとめよとは言わん。」


相変わらず、この世界は俺を翻弄してばかりだ。いや···性質は違うが、翻弄されていたのは前の世界でも同じか。


「俺には、数多の敵を殲滅できるだけの力はない。できることと言えば、相手をかきみだし、その隙を突くことくらいだ。それに、世界を救うなどという、大それたことを言うつもりもない。ほんの一握りかも知れないが、可能な限りの人の命を救いたいと思うだけだ。」


「ふふ···それで良いのだ。その想いが、魔王としての役割も果たしたのだ。」


擬人化している古代竜の笑顔。


正直なところ、それが本来の感情なのかはわからない。ただ、ヴィーヴルの笑顔には、何らかの期待が込められているように見えた。


「それでは、そろそろ始めようか。」


「···何をだ?」


突然のヴィーヴルの問いかけに戸惑った。何の脈絡もない、開始宣言。


「ぬしが救える命を増やすための儀式のようなものだ。」


「···儀式?」


「そうだ。今からぬしの竜孔を覚醒させる。」


「竜孔?」


「竜孔とは、霊的な放射体を発散させる場所のことだ。体内に全部で7つ存在する。背中を向けてみよ。」


俺は素直に言う通りにした。


竜孔が何かを理解できていないが、今さら疑っても仕方がない。


「どれ···。」


ヴィーヴルは掌を俺の背中に当て、何かを窺うように少しずつ位置をずらしていった。


「うむ···やはりあったか。」


まったく展開についていけずに、何を言っているのかを質問しようと思った矢先だった。


「よし、力を抜いて衝撃に耐えるのだ。」


「え?」


俺の体内で、何かが爆発するような衝撃が駆け抜けた。


「う···ぐ···があぁぁ!」


激痛というよりも、体が内側から引き裂かれるような感覚と恐怖をおぼえた。


頭頂部から骨盤の底までの、いわゆる正中と言われる部分。眼球が飛び出るような錯覚を持ち、思わず瞼を閉じて、腕で抑え込む。


「抗うのではない。それぞれの竜孔を安定させるように意識するのだ。」


「ふ···ぐぅ···。」


微かに聞こえてくるヴィーヴルの声に習い、違和感の基に意識を集中させる。


天倒、眉間、人中、喉、タン中、水月、金的···人体の真ん中に並んだ急所部分が、このひどい衝撃の源であることが、何となくだが掴めた。


「ふっ、ふぅぅ···ぐ···ぅ···。」


鼻の粘膜にある毛細血管が破れ、出血するのがわかった。


激しい何かが体内を突き抜けるが、やがてそれが初めて気を繰った時の衝動に酷似していると気がついた。


相変わらず、体内で小爆発が絶えず続いているような違和感や不快感が酷い。


息をゆっくりと吐き出しながら丹田を固くし、次に吸いながら膨らませる。


気を体内に巡らせるのと同様のイメージで、過度に活性化した竜孔を1つの円に例える。蠢くような何かを、そこに循環させていった。


やがて、一通りの落ち着きを見せた竜孔は、円の中を巡る7つの器官として認識できるようになった。




呼吸を可能な限り乱さないように意識し、それを何時間と続けて安定させることに成功した。


「ほう···予想よりも、かなり早いな。」


ヴィーヴルが再び口を開いた時、俺の体内は平穏を取り戻していた。


「···始める前に、説明をして欲しかったのだがな。」


乾いた喉が、かすれ気味の声を押し出した。


「説明をすることで体得は早くなったかもしれんが、それなりの効力しか発揮できないものになっていた。これは試練と同じだ。失敗すれば死んでいたかもしれんがな。」


「そうか···結果的には、成功と言って良いのか?」


「ふむ···少し試してみるか。今からイメージをしてみるがいい。体が大地に根付いているような、どっしりと安定しているような感じにだ。」


「わかった。」


俺は再び呼吸式を始め、言われた通りのイメージを頭に思い描く。


やがて、そのイメージが実際に下半身から地面の接地面へと向かった時に、ボウッとした光が発せられた。


「これは···。」


「うむ。成功したな。」


「それは良いが···。」


「ん、どうしたのだ?」


どうしたじゃないだろう。


この事象を見て、おかしいとは思わないのか?


「なぜ···俺の股間が光っているんだ?」


竜孔を覚醒させると言われて、のたうち回るような苦行を行った。


その結果が、『股間が光るだけ』などと言われたら、いくら笑いを尊ぶ関西人でも、たぶん本気で泣く。


「ああ、それは第一の竜孔が活性化したからだ。ムーラムーラという孔でな、人間で言うなら骨盤の底辺りになるな。」


場所的にヤバい名前だな、おい。


「その効果はなんだ?」


「生命力の増大だ。身体の基礎的な能力が向上すると思えば良い。」


「···この光っているのはおさまるのか?」


「ああ、すぐにおさまるだろう。」


本気でホッとした。


ずっとこのままだと、目立ち過ぎてまともな生活ができないからな。股間が常時光る人間なんて、奇異の目で見られるだけでは済まないだろう。


「他の6つの竜孔の効果も、教えてもらっても良いか?」


「ああ···順番に言うぞ。第二は下腹部にあるスワープシュタイーナ。これは、精神を司る孔だ。第三に腰のあたりにあるプニプーラ、ここは第一、第二が培った力をコントロールする孔。第四は、胸の辺りにあるアナーアイタ。全体の力を安定させる孔だ。」


どうやら、竜孔とは基本的な力を底上げするもののように思えた。きっちりと頭の中で理解をしていく。


ただ、そのふざけたネーミングはどうなんだと思うが···。


「第五は喉の辺りに位置するアイーン。これは少し特殊でな、表現のための孔だ。」


「表現?具体的な効果は何だ?」


「竜種の場合なら、咆哮で相手を威圧したり、ブレスの魔法陣を組むために必要な力を集束させる孔なのだが···人間の場合は···。」


「ん?」


「事例がない···わからんな。」


なんじゃい、そりゃ。


「···わかった。後で試してみる。」


「そうだな、そうしてくれ。」


ヴィーヴルは気まずそうに答えた。


まさか、俺がブレスのようなものを吐くわけではないだろうな···。一抹の不安はあったが、次の孔の説明を促す。


「第六は眉間に位置するアージュナーだ。理性から感性への切り替えを司る孔だ。」


「···直感力ということか?」


「そうだな。直感や洞察、瞬時の判断力が強化されると思えば良い。」


理性から感性に切り替わるということは、戦闘時などの非日常的な場面では、かなり有用なことである。瞬時の判断に、タイムラグが生じることがない。


竜孔の覚醒とは、肉体的精神的なものに加え、そのコントロールまでもが強化される状態をいうのであろう。


「最後に、第七の孔は頭頂にあるサハスラーラだ。これは自身を超越する意識を司る。」


「···第六感ということか?」


「もっと広域なものだ。意識の解放とでも言うべきかな。」


さとりのようなものだろうか?これについては、漠然とした解釈しかできなかった。


「ぬしはすべての竜孔を覚醒させた。だが、まだ覚醒させただけとも言える。それを自分のものとして定着させるためには、まだまだ時間もかかるだろう。じっくりと、ものにするが良い。」




ゆったりと手足を動かし、身に染みた古武術の型をなぞる。


演武のような動きではあるが、これは非常に有効な鍛練法なのである。


ただ繰り返し型をなぞるのではなく、普段使わない筋肉や体幹に意識して負荷を加え、同時に敵を想定した迎撃の動きも取り入れているのだ。


今はそれに竜孔も同時に発動させている。


竜孔を覚醒させてから、既に2日が経過していたが、その効力は目に見えて理解ができた。


ゆっくりと型をなぞる動作は、意外なほど体力を消耗する。30分も行えば、全身から汗が吹き出すのが通常だ。


しかし、竜孔により強化された体では、ほとんど疲労は見られない。逆に、精神的な摩耗が激しく、少し気を抜くと頭に鈍痛が走ってしまう。


竜孔は気の扱いに似ているのだが、第一と第二をいかに上手く起動させるかで、その効果には雲泥の差があった。


精神と肉体を司さどっている竜孔を繰ることは、土台を強化しているのに等しい。そして、それが中途半端に終わると、バランスの悪い結果となってしまうのだ。


「ふむ···順調のようだな。」


ヴィーヴルは俺の様子を見て、そうつぶやいた。


3日間で竜孔を定着させろという彼女の教えを聞いて、愚直にそれを行ってきたのだ。


彼女曰く、邪神シュテインの動きは、最悪の場合は世界の均衡を壊しかねないので、それを未然に防ぎたいらしい。


四方の守護者は、下界においては真神に等しく、直接の手出しは神界の不興を買ってしまう。そのため、間接的な防波堤として、俺を選んだのが本音のようだ。


そして、ヴィーヴル自身は、竜種として俺を名指しで「黄竜の爪」であると断言した。


黄竜は、四方の守護者を束ねたグルルと同じ土属性の魂源を持っている。


同様の魂源を持つ俺は、人間でありながら黄竜の眷族···使徒となるらしい。そして、それを「黄龍の爪」と呼ぶことで、直接的な関与ができない邪神シュテインへの矛にする考えだそうだ。


魔王に続いて頭の痛い話だが、今後のことを考えると渡りに船であると思い、受け入れることにした。


因みに、別の大陸へは龍脈(この世界では竜道)の力を利用して転移をするつもりだと話したのだが、「竜道にはそんな力はない。空を飛べないぬしでは、せいぜいが体の治癒のために大地の気を取り込めるくらいのものだ。」と一笑されてしまった。


重症だった俺が、急激な回復を果たした理由はそれで理解ができた。黄竜と同様の魂源···土属性の恩恵ということだ。


だが、それでは俺は一体何をしにここに来たのだろうかと、一瞬残念な思いにかられたのだが、竜孔の覚醒とヴィーヴルとの出会いを思えば、これ以上にない成果があったのだと気持ちを切り替えることにした。














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