第3章 絆 3話 「神龍③」
「ふふふ。そうか、ぬしが今代の魔王とはな。」
「笑い事ではないのだがな···それより、そんなにあっさりと信じて良いのか?」
ヴィーヴルは、不敵な笑みを見せた。
「知らぬのか?竜の眼は嘘を見抜くのだぞ。」
「そうなのか?」
「ふむ···ぬしは別の世界から来たと言ったな。それでは知らぬのは仕方がないか。竜の眼はな、相手の
「流?」
「そうだ。万生物には、必ず数多の流れが存在する。血、気、頸など、体内を循環するそれらを一括りに流と呼んでおる。ぬしが発言する際に、その状態を読んでおったが、何の揺らぎも見せなかった。嘘をついているのであれば、流はそのように安定をせん。」
ポリグラフのようなものか。
ポリグラフとは、嘘発見器に採用されることの多い判断材料である。血圧や心拍数の変化、脳波や声紋を測定するものなど様々だが、それと同じような判定を竜の眼は可能にすると言っているのだ。
「それはすごいな。」
「ふむ。まぁ、竜種のすべてができることではない。どちらかと言えば、希少なものではあるのだがな。」
因みに、俺のソート・ジャッジメントは無反応である。竜も人間と同じで、個体ごとに様々な思考をするのだろうが、感覚的に言えばヴィーヴルは善なる存在に思えた。
ただ、いきなりブレスを吐かれたことについては疑問もあったので、それについて振ってみた。
「俺をいきなり襲ったのは、邪な存在と感じたからではないのか?」
「ああ···それについては反省しておる。我が領域を侵犯したとして、普通の人間があのような侵入をしたりはせぬのでな。それに、ぬしからは、何か得体の知れない雰囲気を感じた。」
「得体が知れない···か。」
ヴィーヴルは言葉を探すかのように一拍置き、こう告げた。
「人ではない何かを感じた。魔王であるとか、そんなものではない。もしかして、ぬしは神格化しているのではないか?」
「そうらしいが···神格化しているようだったから襲ったと?」
「そうではない。それこそ、邪の存在···魔の物かと思ったのだ。それよりも、自覚がないのか?」
「ないな。確かに、神威術を使えるようにはなった。だが、それだけだ。」
それを聞いたヴィーヴルは腕を組み、じっと俺を見た。何かを見抜こうとするかのような視線。
どうでもいいが、それなりに良いものを持っているので、寄せて上げるような真似はしないで欲しい。
その谷間は、精神衛生上好ましくない。
「ふむ···少し、そこでじっとしておれ。」
「なぜだ?」
「ちょっと覗かせてもらおう。」
そう言うと、ヴィーヴルはゆっくりと歩み寄って来た。
「少しだけ頭を下げるのだ。」
目の前で立ち止まったヴィーヴルは、俺を見上げながらそう言い、そっと両手で側頭部に触れてきた。
恐怖はない。
相手が古代竜であろうが、悪意や邪気は感じず、むしろ慈愛の感情に触れた気がした。
なぜ、ヴィーヴルが初見の俺にそのような行動を取ったのかはわからない。
何か思うところがあるのだろうか。
コツン···。
軽く額同士が触れ、その部分から暖かな気のようなものが流れてくる。
目を閉じ、その心地良さに身を委ねていると、ゆっくりと意識が遠退いていった。
「気がついたか。」
目を開けると、薄暗い中でも透き通るかのような白い双丘と、その間にヴィーヴルの整った顔が見えた。
「···どういう状況なんだ?」
何となく、意識を失う前のことは記憶している。
しかし、なぜ俺は膝枕をされて寝かされているのか理解が追いつかなかった。
「なんだ、覚えておらぬのか?」
「額が触れたところまでは覚えている。」
くすっと、ヴィーヴルが悪戯っぽく笑った。
こいつは本当に古代竜なのかと、軽く混乱した。
絶世の美女と言っても良い容姿に、妖艶さと可憐さが同居した笑顔。
後頭部にある柔らかい大腿部の感触と相まって、間違いを犯してしまいそうだ。
「あんなに熱い時を過ごしたのに、覚えておらんとはひどい奴だ。」
「···本気で誤解をするから、やめてくれないか?」
「ふふっ、そうか。やはり我の擬人化は巧妙なようだな。」
肌の温もりまでもが、リアルすぎた。
もともと、竜から人の姿に変わったのは、俺に警戒心を持たせずに接近するためで、おそらく同じ言語で意思疏通をするためでもあったのだろう。
しかし、本当に妙齢の美しい女性と錯覚してしまいそうなる。
俺は上体を起こして、ヴィーヴルの瞳を覗きこんだ。
「それで、一体何をしたんだ?」
事後ではあるが、身を委ねた代わりに、詳細を問うた。
「万生物のすべてが持つ魂源というものがある。それは、その者が成すべき
「魂源···初めて聞いたが。」
「そうだな。他方···悪魔などは、深淵とも呼んでおったな。」
「悪魔?そんなものも存在しているのか···。」
異世界だから、いない方がおかしいのか。
「奴等が活動をしていたのは、数千年も前だ。今は生き絶えたか、鳴りを潜めておる。」
「話の腰を折って悪いが、その悪魔はどのような存在だ?」
「神と真逆の存在だな。」
「···ちょっと待ってくれ。対をなす存在と言うわけか?」
「そうだ。最上位のものは、神に匹敵する能力を持っておる。今のところは、そうそう遭遇する相手ではなかろうがな。」
対をなすということが正しければ、存在自体は頭の片隅に入れておいた方が良いだろう。
陰と陽、善と悪など、世の理とは何らかを対にして均衡を保っていたりするものだ。
「わかった。脱線してすまない。」
「かまわぬ。いつか、奴等と合間見える可能性も皆無ではないだろうからな。」
「ああ、そうだな。」
「話を戻すぞ。それで、その魂源なのだが、流と違って遠隔では読み取れんのでな。ぬしに触れて、直接覗かせてもらったわけだ。」
自分自身が何者であるかを読み解かれるというのは、妙な気分ではある。だが、知っておきたい部分ではあった。
「今から話すことは、確定事項ではない。そういった可能性が高いものだと考えてくれれば良い。」
俺は頷き、先を促した。
「我のように古代竜と呼ばれる存在は、天の四方を司る霊獣、霊長もしくは神龍などと呼ばれておるものの一部だ。地域ごとに呼び名は違うが、これは古代からの理の一つでな、それぞれにブラールの蒼帝、ロゥズルの炎帝、フウィートルの白帝、スワルトゥルの玄帝の神名を冠せられ、各自の領域を守護する役を担っておる。元々は、28ある星宿が集約されて、神格化したものとも呼ばれているな。」
何とはなしに聞いているが、要はヴィーヴルがその霊獣···神龍であると告げているのだ。
神龍に膝枕をさせた俺は、一体何なのだろうか···。
「我は西の領域を守護するフウィートルなのだが、この領域では、かつて竜ではなく、グルルがその役割を担っておった。」
「グルル?」
「獣類の長だ。鹿のような体型に竜の顔を持っておる。」
神獣と呼ばれる麒麟のような感じか?
「グルルはやがて、四方の守護者の中心的な存在となり、かつての悪魔族の侵攻から世界を守って、その身を滅ぼした。現在では、我が西の領域を守護するに至っておるが、グルルが消えた後、四方の守護者を統率できるものは存在しておらぬのが現状だ。」
興味深い話ではある。
だが、それと俺の魂源に、どういった関連性があるのだろうかと頭を捻らせていると、ヴィーヴルがとんでもないことを言い出した。
「ぬしには、グルルと同様の魂源が宿っておる。」
···はい?
また面倒ごとに巻き込まれるフラグが立ったような気がする···。
「グルルと魂源が似ているというのは?」
「魂源はリトゥル···簡単に言うと、色で表される。それは、基本的に我ら四方の守護者と同じ4つに分類されておる。即ち、ブラールの蒼、ロゥズルの朱、フウィートルの銀、スワルトゥルの玄といったようにだ。」
「魔法の属性みたいなものか?」
「そうだ。魔法の属性は四季変化を抽象化し、5種の元素を基にされておる。我ら四方の守護者も、その属性を魂源として持っておるのだ。」
「5種?4種じゃないのか?」
「そう、5種だ。蒼は木、朱は火、銀は金、玄は水。そして、その4種の中央に立つのが、金である土属性を持つグルルだ。」
「土···そうか、他の四方は春夏秋冬を現すが、金はその全てに通じるという意味か。」
これは、自然思想を取り入れた魔法哲学と同じ性質のものだ。
魔法における元素は、木火金水土。これをそれぞれの方角にあてはめると、東西南北···そして中央となる。
また、土は他の4元素をつなぐ役目···地を表しており、それらも含めて特殊な立ち位置になる。
魔法の書物に目を通していた際に、土の元素に関する記述が極端に少なかったのだが、リルに質問をすると、土は特異で全てに通ずる属性のために使い手がいないと話していた。
「ほう···それに気づいたか。そうだ、金は他の全ての属性に通ずるが故に、単体では魔法としては成り立たぬ。さらに言えば、すべての魔法を打ち消す効果を備えておるのだ。」
「·································。」
理論的なことを、すべて理解できたわけではない。
だが、今の話から、俺に魔法が通じない理由が垣間見えた気がした。
「ぬしには、我のブレスが効かなかった。そして、流を読んだ時に、微かに見えた黄金の光。それが、グルルと同様の魂源を持つのではないかと、我に思い至らせたのだ。」
だからヴィーヴルは、一度は敵と見なして攻撃を加えた俺を、丁重に扱ってくれたのだ。
「グルルのリトゥル···黄金の魂源を持つ者は、非常に稀な存在だ。かつてのグルルが果てた以後は、これが初めてのことなのだ。」
「そのグルルのリトゥルと、かつて存在したグルルとは同義語と思えば良いのか?」
「ふふ、確かにややこしいな。リトゥルでいうグルルとは、黄や金といった色を指す。かつて存在したグルルは、その霊獣そのものを言うのだ。」
ヴィーヴルはそこまで言うと、じっと俺を見た。
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