第2章 亜人の国 60話 「堕ちた英雄 vs エージェント再び①」
コッ、カッカーン···。
「ん?」
警戒心の薄まったテトリアが視線を外した時を見計らって、複数の炸裂球を自らの足下に落とした。
「何!?」
すぐにバックステップで距離を取る。
「そんな所で爆発を起こして、どうする気だ!」
テトリアが言うように、互いの間合いからは距離がある。
その場で爆発を起こした所で、テトリアにダメージが通るわけがない。
むしろ、自ら身の危険を招くだけだった。
「くっ···逃げる気か!?」
テトリアは炸裂球を避けるように迂回し、俺の背後に回り込もうとした。
だが、遅い。
ドーンっ!
ドドーンっ!!
複数の炸裂球が、ほとんど同時に爆発した。
粉末上のチリパウダーが辺りに広がり、さながら赤い煙幕と化す。
テトリアの視界から逃れるように動いた俺は、瞬間移動を発動して大広間の最も離れた位置にある柱の影に移動した。
AMRー01を取り出し、
それほど距離はないので対人であれば眉間を狙う所だが、何せ相手はテトリアだ。
硬化魔法だけでなく、その身体能力や感覚の鋭さを考えるのであれば、標的として最も面積の大きい胴体を狙うのは必然といえた。
ドッゴーンッ!
チャ、ジャキッ!
胸の真ん中を捉えたかに見えた弾丸は、その場でひしゃげて床に転がった。
「そこかっ!?」
俺を視界にとらえたテトリアが、正面から突進をしてきた。
速い!
次弾を発射する余裕が感じられないほど、テトリアは肉薄してきた。
俺は柱の裏側へと逃走しながら、炸裂球を2つ取り出して、頭上へと投げる。
「逃がすかっ!」
「なんでやねん!」
背後にテトリアの声を聞いた瞬間に、キーワードを叫んで鎧を纏う。
「くわっ!目が!!」
鎧を纏う瞬間の発光がテトリアの目を焼く。
そして···。
ドドーンっ!
頭上の炸裂球が爆発した。
炸裂球の爆風から逃れるために、床にうつ伏せになった。
頭上に投じた炸裂球に殺傷能力はない。
ビチャッ!
ペチャッピチャップチュァ!
「ぶふぉっ!?」
テトリアが、炸裂球から四散する中身の犠牲になったようだ。
ビチャップヂャバトペチャ!
そして、俺の上にも、夥しいそれが降り積もる。
「ぶふぁぁぁ···お···おぇっ···。」
事前に息を止めていた俺とは違い、テトリアは嘔吐を始めた。
強敵と対峙するためには、相手の予想の遥か上をいく発想が不可欠だ。
最初の炸裂球でチリパウダーの煙幕を張り、逃走をはかっているかのように見せかけた。
次に、距離を置いての狙撃。これにより、テトリアはかつての闘いの記憶を呼び起こし、同じ結果が引き起こされないように距離を詰めてきた。連射をしたところで、あれだけ瞬間的な肉薄を受けては、装填が間に合わない。
柱を障害物として利用した俺は、気づかれないように頭上に2つの炸裂球を投じた。
ここで瞬間移動を使い、テトリアだけを爆発に巻き込むという方法もあるのだが、おそらくそれだけでテトリアを倒すことは無理だっただろう。
奴の硬化魔法は、その膨大な魔力により全身をカバーする。しかも、アホのくせに直感が鋭く、瞬時の状況判断や回避にも長けているのだ。さすがは稀代の英雄と言えるだろう。
これまでの動きは、すべて今のこの攻撃のための布石として打った。
そう、
「お···う···げげ···おえ···。」
ババ球の中身が降り注ぎ、その強烈な悪臭と汚物にまみれたテトリアは、際限なく嘔吐を繰り返していた。
もしかしたら、鼻や口の中にババが入ったのかもしれない。
フルプレートの鎧に身を守られた上にうつ伏せ状態だった俺は、半身にババを浴びただけにとどまっている。
素早く体を起こし、テトリアの背後に回った。
もちろん、床のババに足をとられるようなお約束は一切しない。
テトリアの首に片腕を回し、両脚は胴から内股に入れて同時に締め上げた。
いわゆる、
この技は、様々な格闘技や武道で多用をされるのだが、完全に極った場合、抜け出すことは非常に困難である。
後頭部で頭突きをくらわせるか、体格差がある場合は、持ち上げて背中から投げるかくらいしか脱出法はない。
逆に言えば、それを封じさえすれば、必勝パターンに持ち込めるのであった。
テトリアは
さすがの反応と言えるが、フルプレートの鎧を纏っている俺には、何の痛痒もなかった。
2人分の体重を受けて床に激突した鎧は鈍い音を響かせたが、その衝撃でテトリアの首に回していた俺の腕が完全に極った。
加えて、倒れこむタイミングでもう片方の手を使い、テトリアの顔面をこねくり回す。
鼻と口にババを大量に押し入れて、そのまま片方の目に指を差し入れ、倒れた拍子に第二間接まで沈めたのだ。
眼球を潰されたテトリアの絶叫は声にはならず、わずかに口内にあったババが飛び散った。
汚いし、臭い絵面ではある。
だが、ここで逃すと、テトリアを倒すことは、相当なリスクを背負うことになりかねなかった。
腕を引き、テトリアとの密着をさらに高めながら、抵抗の隙を与えないように、脇腹をショートストロークブローで滅多打ちにする。
下方から最下部の肋骨を打ち砕き、その破片が肺に刺さるように連打した。
ここまで密着すると、テトリアが得意とする硬化も回復魔法も、俺の特性で打ち破られてしまう。
口から吐血を始めたテトリアを見て、肺への損傷を確認した後は、両腕で首を締め上げる。
ゴッキイィィィ···。
首の骨が折れる感触が、腕から伝わってくる。
俺はテトリアの体を押し避けて、すぐにその場から離れた。
まずは、第一段階クリア。
物理的な死。
テトリアは、思念体として依り代とも言うべき体に憑依をしている。
ほぼ、オカルトとも思われるかのシステム。
勘弁して欲しいとは思うのだが、そんな儚い希望は通らないと考えていた。
WCFTー01をかまえて、火属性モードに切り替える。
引き金を強く絞り、最大出力による火炎を噴射。
ビシュォォォォォワァァァー!
超高熱のレーザービームが、テトリアの残骸に向かって走った。
テトリアの思念体が、エクトプラズムのような物であると仮定すると、それはある種のエネルギー体だと考えられる。
霊的なエネルギーが、レーザービームで消滅させられるのかは疑問だが、可能性があるのであればやるしかない。
エネルギー同士の衝突というのは、その質により変化する。
例えば、光と光をぶつけても何も起こらない。しかし、より高出力な光であるガンマ線同士をぶつけると、相対性理論により相殺されることは実証されていた。
これでダメなら、2番手3番手の対策は講じてある。
結果を見て、なりふり構わず攻めていくしかないのであった。
超高熱のレーザービームが、テトリアを憑依させていた体を熱し、すぐに蒸発させていく。
大噴火による火砕サージでは、5~600度の高温で、人体は脳の髄液も含めて体内の水分が突然沸騰して死に至るという。
WCFTー01が放つレーザービームは、鉄の沸点である2862度を優に超えている。人体が気化し、無に帰すのにそう時間はかからなかった。
トリガーから指を離して、気配を読んだ。
テトリアが倒れていた周辺が高熱に晒されたことで、ぶすぶすという音を発しているが、それ以外の音も気配も拾えない。
「···························。」
察知に全神経を集中させ、テトリアの思念体を探した。
5分、10分と時間が過ぎ、30分が経過したところで、踏ん切りをつけた。
倒せたかどうかはわからない。
むしろ、警戒は最大限にしておくべきだろうと判断し、王城で生き残っている兵士の状況を確認するために移動することにした。
王城はもぬけの殻と言っても良い様相を呈していた。
もちろん、城内には息絶えた兵士達がそこら中に倒れており、その甚大な被害は言うまでもない。
この災厄に関与したのは自分自身でもあるのだが、被害者の数を見る限り、半数以上はテトリアが憑依していたエルフの仕業だと考えられた。
それにしても、強力な敵がいたとは言え、王城を放り出して逃げる者が多いとは、この国の状況を物語っているとしか思えなかった。
「ん?」
通路の先に、大浴場が備えてあるのを発見した。
俺の体は、ババのせいで相当臭かった。
鎧は纏ったままだ。
そのまま神威術で収納すると、こびりついたババがどこにいくのかが不安で、脱ぐことができなかったのである。
俺は周囲に人がいないことを確認してから、大浴場に入った。
ちょうど浴槽に湯がはられていたので、それを使いババを洗い流す。
以前に、別の国の王城をババ地獄に陥れたが、その時の彼らと同じような状態であることに苦笑いを浮かべる。
「クセェ···最悪だな、これは···。」
まさか、彼らと同じ思いにかられるとは思ってもいなかったのだが、自分がやった行為に反省など一切ない。
俺も含めて、ババまみれになるような人生を生きているのだ。
「因果応報とは、このことだな。」
俺は笑みを濃く顔に張りつけ、これ以上は嗜虐的な人間にはなるまいと誓うのであった。
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