第2章 亜人の国 61話 「堕ちた英雄 vs エージェント再び②」

鎧をキレイにしてから収納し、服を洗う。


可能な限り絞った服を、大浴場の隣にある脱衣所の梁から垂れ下がったロープにかけて干した。


くんくん。


クセェ···。


まだ悪臭がしたため、自分の腕に鼻を寄せて嗅いだのだが、これは人前に出れたものではない。


再び大浴場に戻り、体を丁寧に二度洗い、浴槽に浸かった。


こんな悠長なことをしている場合ではないが、毛穴に詰まった汚れや悪臭の原因を除去しなければ、俺の男としての人生が詰んでしまうかもしれなかった。


「ふいぃぃぃぃぃ。」


ゆっくりと湯に浸かるというのは、リラックス効果を生み、疲労の回復と血流の正常化を生む。


このまま寝てしまいたい衝動にかられるが、テトリアがどうなったのか判断しづらい状況ではある。


天井を見上げながら、これからどうするべきかを考えた。


牽制しあったり、人族以外に不遜な態度を取っていた奴等は、今回の一件を情報操作して伝聞させることで、一時的にでも大人しくなるだろう。


その間に、この大陸の国々が共有すべき指針を、共同のもとに固めさせる必要がある。


この辺りになると、それはもう政治や外交の話だ。細かな部分に関しては、アースガルズ王国とミン達で協議を重ねてもらい、他国との会談の上で固めてもらうしかない。


魔王エージェントとしての役割は、果たしたと考えても良いだろう。


問題はシュテインである。


堕神や邪神と呼ばれているが、相手は本物の神なのだ。対峙したとしても、倒せるとは思えない。


奴を野放しにすることは、永続的に問題を抱え込むということだ。それを終わらせるためには、何とか奴を倒すか、封印でもしなければならない。


だが、その方法については、心当たりなどみつからない。


やはり、神アトレイクと対話ができるまで待つしかないのだろうか···。


様々なことに思いを巡らせていると、少し試したいことが出てきた。


俺はその場で立ち上がり、あるキーワードが有効かどうかを確認することにした。


「なんでやねん!」


まばゆい光が放たれ、同時に黒い鎧を纏った。


「確か、こうだったな。"フォームチェンジ、ホーリーソード!」


何も起こらない。


水滴が落ちる音と、大浴場にこだまのように響いた自分の声に、誰もいないのに悶絶しそうな恥ずかしさが襲ってくる。


「·························。」


どうやら、アトレイクがいなければ、ホーリーソードは展開しないらしい。


そこで、もう一つのキーワードを発することにした。


「"僕は最高!"」


発光こそしなかったが、俺の纏っていた鎧に変化が起きた。


初めてテトリアと対峙した時に、奴が発したキーワードだ。


根源が同じであるのならば、奴の鎧と剣を出すことが出来るのではないかと考えたのだ。


結果は、俺の纏った鎧が白銀色に変わり、右手には同色の両刃の剣が握られているというものだった。


「まさか、これを纏えるとはな。この剣は聖剣か何かか?これでシュテインにダメージを与えたりできるのだろうか···。」


何かを期待するには、情報が皆無だった。


俺は再びキーワードを唱え、真っ裸に戻って大浴場を出ようとした。


「!」


違和感を感じて目線を上げると、視界に人の形をした白い靄のようものが入ってきた。


これは···どうやらテトリアは、空気を読まずに真っ裸の俺の前に立ちはだかるつもりらしい。




足の方は霞んでいる。


明確なのは、頭部と胸部辺りまで。


鼻や目もと、顔の輪郭がぼんやりとテトリアであることを指し示している。


頭部の位置は高く、俺を見下ろすような角度にいるのだが、なぜか視点がずいぶんと下の方にある気がした。


「やはり、簡単には倒せないか。」


「·····························。」


顔色も表情もわからない相手に話しかけるが、回答はない。


思念体だと、言葉を発するのは難しいのかもしれない。


「······························。」


「······························。」


沈黙が続く。


どんな意図があるのかはわからないが、俺を取り込むことに障害があるとは思えなかった。


警戒しながらも、対抗策を頭の中で組み上げていく。


どれが正解かはわからないが、一通り試して、窮地に陥ったなら転移で逃げる腹積もりだった。


「······························。」


オカルト的な存在に、無言で見下ろされているのは居心地が悪かったが、何の行動も起こそうとしない奴に、より不気味さを感じた。


「何もする気がないのであれば、通してくれないか?」


「······························。」


無反応だ。


このまま黙って立ち去っても、問題はないのかもしれないと考え出した時に、頭の中で声が響いた。


『僕のとは···ずいぶんと違うようだね。』


「···何の話だ?」


意味不明の言葉に、どう対応すべきかがわからない。


『先の方が全然違う。』


「先の方?』


『それに、径や長さも···ずいぶんと大きい気がする···。』


「······························。」


石膏像みたいな顔で、何を言われているのか理解に苦しむ。


ふと、奴の顔の角度から、視線の先を推測してみた。


···はい?


微動だにしない顔を見ていると、奴の視点は俺のある部分に釘付けだった。


しかも、直前に口走った言葉が、その裏付けを濃厚にしていた。


「··························。」


いまだに、黙って俺のある部分をじっと見ている。


こいつ···まさか両刀使いじゃないだろうな···。


非常に居心地の悪い気持ちになったが、冷静に振り返ることで、奴の真意···おそらく、そうは外れていない思考に気がついた。


「安易に俺を取り込めば、おまえが注目しているモノは手に入らないぞ。」


「··························。」


「··························。」


「··························。」


互いに沈黙し、時間だけが過ぎていった。


そして、しばらくすると、テトリヤは、すーっと薄くなり消えていくのだった。


「···そうか。あいつ、短小の皮かむりだったのか···。」


好きにはなれない相手ではあったが、同じ男として、少しだけ同情の念が芽生えた瞬間であった。




城内をくまなく探し、薬物や他の被検体がいないかを確認する。


地下に数十種類にも及ぶ薬物が保管されている医務室のようなものが見つかり、その続き部屋には拘束された兵士たちがいた。


薬物については、混乱に乗じて持ち出された物もあるようだったが、城内に潜伏しているような者もおらず、残念ながら追跡は厳しいようだ。


ただ、生成された数も種類もはっきりとはしていないため、はじめからその全てを処分することは不可能であったと思っている。


拘束されている兵士たちに関しても、まともに話せる者などおらず、そのまま放置するしかないと判断した。


資料の類いについては、できる範囲で探してみたが、魔人に関連するものは発見できていない。


俺は薬物のみを処分し、転移術を使ってヘイド王国を後にした。




研究所の所長に聞いていた話によると、魔人に関連する薬物の完成品は、それほど多くは現存していないとの事だった。


主成分となる魔族の血の確保が難しく、また、薬物を人間に投与しても、その副作用に耐えれる者がほとんどいない。そう言った意味でも、まともに完成したものは、片手の指で事足りる程度しかないとの事だ。


これも推測の域を出ないが、完成品、もしくはそれに近い物については、以前に出会った魔人に投与され、残りのごく少数についてはシュテインが所持しているか、別の者に投与して失敗をしたのではないかと考えられる。


もし、そうではないのであれば、魔人が出没する度に討伐に行くしかない。


最初から把握できていない事案だけに、今のところは大雑把な幕引きで良しとするしかないだろう。


テトリアについては···本当にどうしようもない理由ではあるが、自分に無いものを自覚し、それを欲するがあまりに、対応策を考えるため撤退をしたと考えるべきか。


端から見れば馬鹿じゃないのかと言いたいようなことではあるのだが、奴の性格と、あまりにも貧相なモノをぶら下げているであろうことを考えると、本人的には相当な問題だったのだろう。


できるのであれば、このまま失意の内に息絶えてくれれば良いのだが、そんな簡単な終焉は迎えないであろうことはわかっていた。















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