第2章 亜人の国 56話 「魔王の鉄槌②」
収容所近くまで転移をした。
最後まで同行すると譲らなかったラピカとジルは、傍らで青い顔をして胸をさすっている。
嘔吐くのがわかっているのだから一緒に来なくて良いのにと思いつつ、役得だからと2人の背中を優しくさすってあげた。
「す···すまない···。」
「ありがと···。」
···幽霊でも見たような表情と表現すれば良いのか、2人ともキレイな顔立ちが台無しだった。
「少しで良いから、水を飲んで休んでいろ。俺は偵察に行ってくる。」
こくんと頷く2人をおいて、目的地へと近づく。
山岳地帯ではあるが、収容所の建物付近は平地で針葉樹のような木々の中にあった。
背後には急斜面の岩壁がそびえ、そこから建物を中心に、半円を描くように3メートルほどの高さの柵で囲まれている。
見張りの兵士は、視認できる数で3名。死角や建物内にいる人数はわからないが、陽動して炙り出すのは可能と判断した。
ラピカとジルの様子だと、すぐに行動に移るのは少し厳しそうだ。
俺は収容所の右手に瞬間移動をした。
手頃な木を見つけて蒼龍で幹を斬り、元の位置に戻る。
数十秒後に、切断した木が周りの木々にぶつかりながら倒れた。
「なんだっ!?敵襲か!?」
視認できた兵士だけでなく、建物内や裏手にいた者たちも、慌てた様子で外に飛び出してきた。
総勢8名。
事前に聞いた情報よりも少ない。
残りは建物内にいるのだろうが、見える範囲の窓からは確認できなかった。
「おい、誰か確認して来い!」
俺は気配を消して、兵士たちに気づかれないように建物に向かった。ここで瞬間移動を使えば、一瞬で建物内へと行けるのだが、移動先に誰かが潜んでいる可能性がないともいえない。
多少の距離があると、殺気でも放たれていないことには気配も読めないのだ。
物陰から物陰に移動し、建物の裏手に出た。
他の兵士は見当たらない。
北側に位置するこちらは、眼前に迫った岩壁のせいもあり、採光はほとんどない。壁には、換気用の小窓がいくつか並んでいるだけだった。
西側の壁にそってこちらまで来たのだが、建物の北西側には開口部の広い窓がなかった。
通常であれば、北側から採光がとれない分、西側に窓を設けるものだ。しかし、それがないということは、ダークエルフたちが収容されているのが、北もしくは北西部分であると考えられる。
俺は跳び上がり、平屋である建物の屋根に移動した。
屋根の形状は、北側に向かって傾斜が下がる片流れ屋根のため、這って移動をする分には、兵士の集まっている南側からは発見されることはない。
「木が鋭利な何かで切られて、倒れたようだ!」
「切られただと?斧か何かでか!?」
どうやら、状況を見に行っていた兵士も戻って来たようだ。
この距離なら、気配だけでそれぞれの位置は把握できる。俺は炸裂球を取り出した。
あのババ球よりも3回りくらい小さいものだ。ババが入っているわけではないので、この大きさで十分だった。
北側にある岩壁が上部にぶち当たった風を巻き込み、地表面では南に向けて風が流れている。
俺は風の流れを読み、起爆用のピンを抜いて炸裂球を兵士たちの上方へと投げつけた。
途中でボンっ!と鈍い音をあげて炸裂すると、中に詰めてあった赤い粉が7~8メートル四方に舞う。
そう、ひさかたぶりのチリパウダーである。
「ぐ···ぐぁっ!?」
「目っ···目がぁごぉぉ···。」
まともに吸い込んだ兵士たちの目鼻口を襲う。
俺は新たな武具を取り出して、苦しむ兵士達を1人ずつ屋根から無力化していった。
因みに、今使用しているのは、ダークエルフが小動物を狩る時に使うスリングショット、俗にいうパチンコである。これはY字型の棹が木製で、ゴムとなる部分には鹿のような動物の足の腱を加工して作られている。
元の世界の物よりも威力には劣るが、ブレないために命中精度が非常に高い逸品である。弾は石やドングリのような木の実で補えるため、森の中などでは弾切れもなく、中距離の無音武器として優れていたので、ガイから譲り受けたものだった。
外にいる兵士たちの意識を奪い、少しの間だけ様子を見る。
建物から出てくる者はおらず、中にいる者は息を殺して潜んでいるようだ。
ここでの陽動は難しい。
出入口は南側のみで、通り抜けできそうな開口部も少ない。
俺は無造作に屋根から飛び降りて、入口であるドアの前に立った。
その場で気配を消して、数分間様子を見る。
やはり、動きはなかった。
右手に見える窓に向けて、炸裂球を放り込み、小さいながらも爆発音が響いた瞬間に、ドアを開けて侵入した。
正面に2人。
爆発音の方向に目を向けていたので、こちらへの対応は疎かになっている。
走り込み、ナックルナイフを両手にして、1人の顔面にナックルガードを叩き込む。
もう1人が素早く対応し、剣を振りかぶったが、屋内であることを失念していたらしく、梁に剣先をあてて、一瞬動きを止める。
鳩尾に前蹴りを入れ、上体を折ったところに顔面への膝蹴りをくらわせた。
完全に2人の意識が飛んでいるのを確認してから、所持品を探って鍵を見つけ、奥に通じるドアへと進む。
食堂や簡易なキッチン、水回りなどを見回り、二段ベッドが並んだ寝室や倉庫などを確認していくが、他に人の気配は感じられない。
建物の真ん中辺りに位置する東西に伸びる通路に出てから、奥にある鉄の扉を視認する。
他の扉が木製であったことを考えれば、ダークエルフが収容されているスペースは、この先に間違いないだろう。
扉の前に立ち、気配を探り、物音に耳を傾けた。
微かな、弱々しいものを感じる。
解錠して扉を開き、少し間を置いてから体を滑りこませた。
薄暗い空間。
4つの仕切りがあり、正面には天井までの鉄柵が組まれ、檻が形成されていた。
「一緒に来たのに···1人で行くのはどうなの?」
「同感だ。」
ラピカとジルがお冠だ。
転移で苦しい思いをして回復したと思ったら、既に目的は果たされているというのでは当然かもしれない。
「悪いな。だが、あまり時間がない。」
助けだした者たちは憔悴し、中には病気の者や、暴力による酷い怪我を負っている者も少なくはなかった。
「これからどうするの?」
「少しの間だけ、彼らの介抱をしてくれないか?」
「それはかまわないが、あなたはどうするのだ?」
「尋問だ。」
俺はそう言うと、縛って放置していた兵士たちのもとに戻った。
「貴様っ、こんなことをして···!」
憎しみをこめた目で見上げてきた兵士の頭に、ナイフを突き刺した。
「まだ9人いる。今から質問をするから答えろ。拒否する奴、反抗する奴は死ぬから、そのつもりで。」
エルフは長命だ。
しかし、この収容所に捕らえられていた者達は、みんな初老よりも上の容姿をしていた。
予想通りであるならば、こいつらに容赦はいらない。
いや、むしろ予想が外れていることはないだろう···。
何往復も教会と収容所を転移し、救出した全員とラピカ、ジルを運んだ。
一度に転移できる人数が明確ではないため、不慮の事故を防ぐためである。
デュークとパウロに治療をお願いして、睡眠をとる。
転移術を乱用したせいで、頭痛と吐き気がひどかった。
すぐに眠れるものではない。兵士達を尋問して吐き出させた事実が、重くのしかかってきた。
若い男性は実験体として研究所送りとなり、同じく若い女性は兵士たちの下卑た行為の末に命を落とし、そして子供たちは体力的にもたず···。
前の世界でも、戦争などが起これば同様の犠牲者が出る。だからといって、慣れるものではない。むしろ、怒りがふつふつと沸き起こるだけだ。
何度も深く息を吸い、気を静める
ここで感情的になるわけにはいかない。短絡的な思考は、身を危険にさらす。
「大丈夫?」
そっと、ジルが俺の頬に手を触れてきた。
目を開くと、ラピカと一緒に目の前に立っている。
俺はまだまだ未熟なのだと、痛感させられた。
敵ではないにしても、目の前に立たれるまで気づかないとは···自分自身が情けなかった。
エージェント時代に、いかに目の前のことに対して、意識的に視野を狭めてきたかということだ。
「ああ···すまない。」
「あれだけ神威術を何度も使ったのだ。何か欲しい物があれば、手配するから言ってくれ。」
「優しいんだな。」
「···それはこっちのセリフだろう。エルフや私達に危険が及ばないように配慮してくれたのだろう?」
馬車で移動をしていた場合、この教会にたどり着くまでには2~3日はかかる。
その間に、ヘイド王国の兵士に追われた場合、全員が無事でいられるかは難しいところだ。
「···頼みがある。」
「何だ?」
「ジルの胸の谷間が見えて目のやり場に困るから、前屈みはやめて欲しい。」
「「··························。」」
バシッ!
「痛っ!」
「はあ、もう!台無しね。」
「やはりテトリアの···いや、今のはジルが悪いのか?」
「え!?私?」
「タイガは直視していなかった。無防備なジルが悪い。」
「なんでよっ!?」
2人の言い争いが始まったが、おかげで胸のつかえが取れた気がした。
俺は再び目を閉じ、意識を手放した。
目を覚ましてから、じっくりとストレッチを行った。
ストレッチは体を解したり、腱を伸ばす効果だけではない。骨格を正常化し、血流を良い状態に導くのだ。
頭痛や吐き気はおさまり、気持ちの上でのわだかまりも消えている。
体調の悪さは睡眠とストレッチで、心の安定はラピカとジルとの会話で解消をされたようだ。
エルフ達の様子を見てみたが、彼らは治癒により、肉体的には多少は回復をしたかに見える。
ただ、その眼には暗い陰が宿り、法術や短時間の休息だけでは、解消されない精神的な患いを連想させた。
「そのままで良いから、話だけ聞いてくれ。今から研究所に出向いて、そこに囚われているエルフ達を連れ戻してくる。その後は体調を見ながらになるが、あなた方と同じ種族の所へ送り届けるつもりだ。辛いだろうが、できる限り前向きな気持ちを持って欲しい。」
元気づけるようにそう言ったが、彼らは大した反応は見せなかった。
人族への不信や恨みもあるのだろうが、家族を失った辛さや、長い間幽閉されていた身の上で、明るい展望など持つのは難しいのかもしれない。
先に希望が見いだせる何かを、彼らに認識してもらえる状況を作るしかないと思えた。
先ほどと同じように、研究所へと転移した。
収容所よりも警護は厳しいのだろう。ピリピリとした警戒感が肌をつく。
「もう1人で先走らないでね。」
「ああ、わかってる。」
「作戦は?」
研究所は、山岳地帯にある湖の畔にあった。
薬物の生成に水は不可欠だ。湖の水を何らかの方法で浄化して利用しているのだろう。建物から配された何本もの管が、湖に延びているのが確認できた。
「俺は水路から侵入して、エルフ達を捜索する。2人には外からの陽動を頼みたい。」
「それだけか?」
「陽動については、手法は任せる。今から30分後に開始だ。研究所が騒がしくなったら、逃走する時のサポートを頼む。」
「そんな大雑把な内容で良いのか?」
「お互いに組むのは初めてだからな。それぞれにやりやすい手法の方が良いだろう。」
「オケイ。私とラピカはいつも通りのスタンスでやるわ。」
「危険を感じたら、すぐに引いてくれ。」
「ああ、タイガも気をつけてな。」
こうして、研究所での救出作戦が幕を開けた。
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