第2章 亜人の国 55話 「魔王の鉄槌①」

赤い彗星は、この都に入る前に冒険者に囲まれていた2人だった。


「えと···チャーリー・ババさんだっけ?あなたが魔王なの?」


白銀髪の女性が話しかけてきた。


「チャーリー?ババ?何を言っておるのじゃ?」


話が見えないミリネが、割って入ってきた。


「ちょっとな。」


「ちょっとなって···チャーリーは、偽名でも使ったのだとわかるのじゃ。しかしな、ババはダメじゃろう、ババは。」


あれ?


もしかして、こちらでもババはう◯このことだったりするのか?


だとすると···チャーリー・ウ◯コみたいな小学生でも恥ずかしい偽名を名乗っていたのか?


しかも、大声で···。


「ミリネ···教えてくれ。ババの意味は?」


「···まさか、知らんで使っておったのか?」


「いや···まあ···地元で使われている意味はわかっているのだが···。」


「ねえ、何を恥ずかしい話をしているの?」


白銀髪の女性が不用意に踏み込んできた。


「ああ、爺様が他に女性しかいないこの場で、ババの意味を教えろと言ってくるのじゃ。」


「ぬ···変態か、貴様っ!」 


紅髪の女性が、片眉をぴくぴくと痙攣させながら、武具に手をかけようとしている。


「···何?ババって、そんなにヤバい意味なのか!?」


この後、汚いものを見る目で3人に睨まれながら、10分ほどの時間が経過した。


結局、ババが何であるのかは教えてもらえなかった。


気になるぅ。




「改めて、紹介をするのじゃ。紅髪の方がラピカ、白銀髪の方がジルじゃ。」


「よろしく、ババ王。」


「よろしくね、ババ王。」


いや、刺々しいにも程があるだろ?


ババはそんなにヤバい言葉なのか?消化不良を起こしそうだから、ちゃんと意味を教えて欲しいぞ。


「そして、こちらが爺様じゃ。」


いや、ミリネの紹介も雑すぎるだろ。


「よろしく、ババ様。」


「よろしくね、ババ様。」


そして、お前らの挨拶も雑すぎだろ。全国のババ様に謝れ!


「よろしく···ババです。」


「「「···························。」」」 


痛い···3人の目線で射殺いころされそうだ。




「それで、爺様とババ様のどちらで呼べば良い?」


ミリネから一通りの情報を聞いた後、街のカフェに来ていた。


一応、窮地を助けたはずなのに、この扱いである。


「どちらも嫌なんだが···。」


「···だって、ねえ。」


「うむ···。」


冷たく刺さる視線。


それはご褒美じゃない。


「テトリアが憎いからって、俺にあたるのはやめてくれ。」


彼女たちは、ミリネと同じくテトリアの血を引いているそうだ。


この大陸でのテトリアは、あまり良い印象を持たれていない。


まあ、好みの女性がいると、手当たり次第に関係を持って、飽きたらポイだったそうだから仕方がないだろう。


だが、その最低な奴と同一視されるのは辛すぎる。


「あなたは、テトリアの転生した姿なのでしょう?そんな奴に、どうして好意的な目を向けられると思うの?」


「そうだ。図々しいのにも程がある。」


「···ミリネから説明されていないのか?」


「何を?」


「何をだ?」


俺とテトリアの根源が同じだという説明しか受けていないらしい。


こんな状態で、2人と行動を共にして欲しいというのが、ミリネからの依頼だったのだが、これでは針のむしろだ。


俺は誤解を解くために、これまでの経緯を説明した。


「···それは、あなたが邪神シュテインに復活させられたテトリアを倒したということか?」


「そうだ。テトリアは、片割れの俺を滅殺することで力を取り戻し、世界征服をすると言ってきたからな。」


互いに顔を見合わせた後、俺の目をじっと見つめてくる2人。


キレイなだけに、見つめられると目をそらしたくなる。いや、こんなところでヘタレ根性を出す訳にはいかない。


それに、2人とは血縁関係にあるようだ。孫や娘を女性として意識するのは、頭がおかしい奴がすることだ。


俺はそっと2人を見つめ返す。


ここで白眼を剥いたり、寄り目をしたくなるのは、関西人の悪い癖だ。


耐える。


ひたすら耐える。


笑いを起こせよムーブメントなどという、心の渇きに抗った。


沈黙の苦痛に耐え、2人が反応を起こすまでの時間が拷問のように感じられる。


耐える。


ひたすら耐える。


笑ってしまいそうになる顔を必死に抑え、頭の中で円周率を数える。


3.14159····


あ、もう無理。


円周率を数えるのは無理があった。あんまり知らんし。


別の何かを···羊が一匹、羊が二匹···。


羊が二桁を越える前に、相手が口を開いた。


「とりあえず、信じてみるわ。」


「そうだな。ちゃんと正面から見返してきたからな。やましいことはないと思おう。」


···余計な真似をしなくて良かった。


ヤバかった。


「ありがとう。」


「よく考えたら、ミリネもテトリアには思うところがあるみたいだし、変な奴なら私たちに会わせたりはしないかもね。」


「···どうだろうか。私たちに始末をして欲しかっただけかもしれん。」


···やめてくれ。


なぜ、テトリアの過去の愚行のせいで、始末をされなきゃならんのだ。


「早速だが、2人が持っている情報を教えて欲しい。」


ようやく、まともな会話ができるようになったようだ。




「う···。」


「うぷっ···。」


ラピカとジルを伴って、ヘイド王国に転移した。


大した距離ではないのだが、初めての2人には、嘔吐感がハンパではないようだ。


出発する前に転移術について話をすると、2人が揃って目を見張り、いきなり謝罪をされた。


「それって神威術!?」


「まさか···神格化しているのか!?」


ミリネの説明不足が原因なのかもしれないが、ずっとテトリアと同一視され、クズ野郎的な目で見られていたのに現金なものだ。


「一応、亜神である」ということを話すと、急に挙動不審となり、それまでの非礼を詫びだしたのだ。


「大丈夫だ。どうせ魔王だし。テトリアと根源が同じだし。」


と、ぼそぼそっと話すと、顔に焦燥感が丸出しになっていた。


そそっかしいと言うか、短絡的なのはテトリアの血を引いている証拠なのかもしれない。


テトリアは、神格化までしていなかった。最近では、その人間性が原因だったのではないかと思っている。


ついでなのでメンタルが弱った2人に、「転移中にはぐれたらヤバいから、しっかりと抱きついておいた方が良い。」と真顔で注意喚起をしておいた。


やわらかくて良い香りがする女体の感触を、さりげなく楽しんだのは言うまでもない。


もちろん、下心など微塵もないかのように振る舞うのを忘れない。


孫とか娘という思いはどうした?と言われそうだが、俺には何の記憶もございません。


···黙れ、下郎。


転移術は危険だからな。肩や脇腹をしっかりとホールドしただけだ。


手がワキワキと動きだそうとしたのは、理性で止めてある。


さておき、転移した先は、あの教会の中だった。


「おおっ!?タイガ殿、ラピカ殿にジル殿も···。」


そこで待機をしていたらしいデュークに声をかけられるが、リバースしそうになっている2人を見て絶句している。


「何か···2人にしたのですか?」


パウロが俺に咎めるような目を向けてきたが、「転移の副作用だ。」と言うと、固い表情で「孕ませたのかと思いました···。」と小さくつぶやかれた。


コイツには教育的指導を施した方が良いのかもしれない。イケメンなのに、頭の中がお花畑としか思えなかった。




「ひどい目にあった···。」


「いつも、あんな思いをしながら転移術を使っているの?」


ある程度は回復したのだろうが、涙目でそんなことを言うラピカとジルに、俺は真顔で答えておいた。


「神威術だからな。代償なしで自在に使えるなんてことはない。苦行の一貫だと思って、耐えている。」


適当に高尚なことを言っておいたのだが、2人にはなぜか尊敬の目差しで見られた。 


極端だな、おい···。  


何にしても誤解は解けたようで、それ以後の俺への態度は、好意的なものに変わったのだった。


「その山岳地帯にある収容所の位置はわかるのか?」


デューク達は、山岳地帯に収容所と研究施設が個別に存在すると告げてきた。収容所に監禁されている者達がいるので、助けに行かなくてはならないとも語っている。


「ええ、現地調査は終わっているわ。」


「相手の規模は?」


「詳細まではわからないが、私達が見張っていた10日の間に運び込まれた食料や物資の量から考えれば3~40人。そのうち、収容されている人を除外すれば、守衛は10人前後といったところだと思う。」


ラピカとジルは、2週間ほど前まで収容所の近くで監視を行っていたのだという。


曖昧な部分も多いが、3~4日おきに搬入されていた荷物の内訳についても、デュークたちが近隣の町や村で情報を手に入れており、そこから逆算すれば推測が立つ。


「デュークたちは、いつ頃まで収容所を監視していたんだ?」


「3日前です。ラピカ殿たちが仰ったことと相違ありません。出入りしている兵士たちは、1週間交代で入れ替わるため、面を記憶して人員数を割り出しています。」 


デュークは、やはり間士としての要領を心得ていた。


ラピカやジルが冒険者として商人の護衛依頼を受けながらヘイド王国に入国し、収容所の場所を割り出した。そして、布教活動の一貫で、地域を巡回する神官として潜入をしていたデュークとパウロが、収容所の監視を交代して調査を行ったらしい。


「それにしても、神への信仰を蔑ろにしている国で、よく怪しまれずに行動ができたものだな。」


他国からの商人を護衛する冒険者はともかく、布教のために巡回する神官を快く受け入れる土壌があるとは思えなかった。下手をすれば間諜スパイだと疑われてもおかしくはない。


「そこは、法術での治療が威力を発揮します。」


「ああ、なるほどな。無償で治癒を行う神官を無下にはできないか。」


治癒術というものは、一般的に非常に高額な施術料が必要となるらしい。魔法士の回復魔法とは異なり、病にも効果があるからだ。


貧困に窮した状況もあり、この国の民には受け入れない手はない。それは、兵士レベルでも同様のことらしい。


一部の富裕層である貴族に関しても、法術の恩恵を受ける者が少なくはないらしいが、彼らは対価として、細々とした布教や郊外の町や村の巡回程度なら、見逃してくているとの事だった。


因みに、この国に出入りする商人の護衛任務は、それなりに実入りの良い仕事らしく、それを高ランクの2人が少し強引に奪ったため、他の冒険者たちに妬まれるに至ったらしい。


「神官というのは、カムフラージュとして最適ということか。」


「確かにそうですが、葛藤がないわけではないのですぞ。可能な限り治癒活動を行いたくても、本来の目的を疎かにすることもできませんし、他の治療を生業としている業者からは妬まれますからね。」


確かにそうだろう。高額な治療費を得る機会を、無償で治癒して回る神官に奪われるのだ。恫喝や身の危険を余儀なくされることも少なくはないはずだ。


「収容所までは、どのくらいの距離がある?」


「馬なら1日とかかりません。歩いてなら、4~5日程度かと。3人で行かれるのであれば、馬車を用意します。食料やその他の備品も、要望を言っていただければ準備をしましょう。」


「3人?」


「私たちが一緒に行くわ。」


「ふむ、行くのは良いが···その前に、そこに収容されているのは?」


「おそらく、ダークエルフかと。」


答えたのはデュークだ。


「根拠は?」


「···監視中に、収容所から運び出された遺体がありました。近くの山林に埋められたのですが、掘り返して確認をしています。」


「他の種族はいないと言い切れるのか?」


「可能性はゼロではありませんが···ヘイド王国は、過去に獣人達を掃討した歴史があります。」


パウロが唇を噛みしめ、両拳をこれでもかというほどに握りしめていた。


「掃討の理由は?」


「この国も、人族至上主義です。ダークエルフに関しては、その知識を利用するために、隔離して収容していると言えます。」


酷い話だった。


自分たちに利がないからといって、他種族を掃討する。まるで、神にでもなったつもりか。


「そうか。それで、その収容所に出向く目的をはっきりとさせてくれないか?」


「はっきり···とは?」


「収容されている者達を助ける理由だ。人権保護だけではないのだろう?」


デュークは苦笑いをしながら、理由を告げた。


「収容されているのは、薬物を研究している者たちの身内かと考えられます。」


「···人質と言うことか。」


「はい。研究施設にいる者だけを助けたところで、その後にも混乱は続くでしょうから。」


人質がいるとすれば、研究者たちは素直に逃げ出すかわからない。仮に、その場は一緒に逃げたとしても、家族を見捨てたと良心の呵責に苛まれ、後に裏切る可能性もある。


「わかった。基から根こそぎ切り離すということだな。」


人質も研究者も、まるごと救出する。そうすることで、ヘイド王国の薬物研究を壊滅に追いやるということだ。


「はい。生産拠点は王都近郊にありますので、そちらは後日に対応できればと。」


「ダークエルフ達は、俺が預かってもかまわないか?」


ミリネのことだから、救出したダークエルフを使って、自国で薬物研究をさせるということはないだろうが、他の者が利用しないとは限らなかった。


「どうされるおつもりですか?」


「彼らを、同族の元に帰してあげたい。知人にダークエルフがいる。それに、彼らの母とも言える精霊神も既知だからな。」


「そうですか。それは助かります。」


デュークは即答した。



















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