第2章 亜人の国 54話 「魔王降臨④」
「···はっ!?」
大聖女が反応した。
「···大丈夫ですか?」
「···今のは···なんじゃったのじゃ?」
いろいろ垂れ流した顔で俺を見て、かすれた声で言葉を放ってきた。
ふぅ···と気づかれないように、ため息を吐いた。
「スカイダイビングというものです。これを経験すると、人生観が変わると言われる程に最上の遊びです。大聖女様には、ぜひ体験してもらいたかったので···。」
無表情でじっと見つめてくる大聖女。
ホラーに出てくる日本人形のように、真っ白な顔をしていた。
「そ···そうなのか···確かに、人生観が変わる経験じゃったが···。わらわには、ちと···怖すぎるでな。」
涙眼でそう語る大聖女ミリネを見て、やはりやりすぎだっただろうかと考えてしまった。
「でも、爺様の気づかいは、わらわを思ってのことであろう。その気持ちには感謝をするのじゃ。」
そう話すミリネの笑顔を見て、『ああ、やっぱりこの娘は善意の存在か···やってしまった···。』と、自分がやった仕打ちに後悔をしつつ、ひとつのキーワードに気がついた。
「爺様?」
「そうじゃよ。」
「···誰が?」
思わず敬語も飛んでしまった。
エージェントとして、ここまで意味が解読できない会話は、これまでにそうはなかった。
ちょっとした混乱に陥っていると、ミリネはすっと人差し指を伸ばし、俺を差している。
「爺様じゃ。」
「·················。」
そっと後ろを振り返る。
誰もいない。
しかし、ミリネの指は真っ直ぐに俺に向けられていた。
「なんじゃ?気づいておらなんだか。」
「何がだ?」
「爺様は爺様じゃ。容姿はだいぶ変わっておったが、わらわにはすぐにわかったぞ。」
あかん···意味がわからん。
この見た目幼女は、何を言っているんだ?
「根源を見れば、爺様とそっくりなのじゃ。」
腕を組み、得意気ににんまりとするミリネだが、やはり成層圏のダイブで頭のネジが何本か外れてしまったのだろうか?
「根源というのは?」
「根源は根源じゃ。テトリア爺様と同じものだのう。」
「···今、テトリアと言ったか?」
「そうじゃ。テトリア爺様は、わらわの爺様じゃ。」
「テトリアの孫なのか!?」
「そうじゃよ。だから、爺様と呼んでおるのじゃ。」
「それは···爺様というあだ名ではないのか?」
「違うぞ。本当の爺様じゃ。」
···何となく意味を理解した俺は、絶句するしかなかった。
「テトリア爺様は別の大陸で余生を送っておったのじゃがな、そちらでの生活が窮屈だからと、転移してこの大陸を度々訪れておったのじゃ。」
「それで···こちらでも所帯を持ったと?」
「まあ、そういうことじゃな。もちろん、わらわだけではない。他にも同じ血統の者はおるぞ。」
「···マジか。」
「マジじゃ。」
あの野郎。
こちらでもハーレムとか···うらや···ふざけんじゃねぇよ。
「少し整理をさせてもらうが···大聖女ミリネは人族なのか?」
「わらわは、クォーターエルフになるかのう。婆様がエルフじゃし。」
噂通りの年齢なら、それで納得ができた。
「じゃが、内緒の話をすると、厳密には人族でもエルフ族でもないのじゃ。」
「幼女族とか?」
「···爺様、そんな種族はないし、微妙に傷つくのじゃが···。」
「ああ···すまない。ミリネがあまりにもかわいくてな。」
ぽっと頬を紅くするミリネだが、どこからどう見ても幼女にしか見えないのだが···。
「やはり爺様じゃの。」
「ん?どういう意味だ?」
「無類の女好きだと聞いておる。」
···テトリア···あの、とっちゃん坊やめ。
「それはテトリアのことだろう?俺は違うぞ。」
そもそも孫に···しかも、見た目幼女に色目を使うかよ。
「爺様はおかしなことを言うの?根源が同じなのだから、本質も同じじゃろう?」
「その根源のことだが、どの程度のことを知っているんだ?」
「根源というのは、神の領域に至る者に備わる人の基盤とも言えるのものじゃ。爺様···テトリア様は、神化には至らなかったものの、その器を持っておった。神界に存在する場合は、根源とはその者のアイデンティティーに過ぎぬのじゃが、下界で暮らす場合は、輪廻転生をつかさどる魂そのものとして、大きな意味を持つのじゃ。」
「つまり···下界では肉体が朽ちても、その根源を基に転生を繰り返すものだと?」
「そうじゃ。さすが爺様じゃな。理解が早いの。」
「だが、そのテトリアの根源は2つに割れたぞ。」
「そうじゃな。しかし、その根源はまた1つに集約されておる。わらわが爺様の存在に気づけたのも、そのおかげなのじゃ。」
「···いくら孫とはいえ、そんなことがよくわかったな。」
「そこは先程の話の続きにつながるの。わらわは神族。人を超越した種族なのじゃよ。」
「神族?」
「そうじゃ。神族にもいろいろとおるでの、一概には言えぬのじゃが、わらわは神界にいる神の1柱から、下界の一部に安寧をもたらせるための神命をおびておるのじゃ。」
また神界か···政治屋の集まりみたいで、あまり良いイメージがないのだが···。
「その1柱って、もしかしてアストライアーなのか?」
「ほう、さすがは爺様。じゃが、80点じゃな。」
ギリシャ神話やローマ神話などで、名が異なるが同一視されている神は多い。そういったところか。
「それぞれの場所で名前が異なるのは、何か意味があるのか?」
「うむ。それぞれに正義の象徴ではあるのじゃがな、ディケーは調和、ユースティティアは裁き、アトレイクは鉄槌を司っておるのじゃ。」
「その司っているものの違いは何だ?」
「神の理を実践する上でのテーマのようなものかのう。例えば、わらわであれば、教会と信仰による調和を育むことにより正義を実践しておる。」
「···もしかして、俺もそうなのか?」
「結果的にはそうじゃろうな。ただ、爺様の場合はテトリア様と同じ根源を持っておるから···。」
最初、アトレイクは俺がテトリアの転生した姿かどうか確証がないと言っていた。どちらにせよ、そういった役割を担うように誘導されたと考えるべきか···。
「神族というのは、後天的なものなのか?」
「わらわは神族として生まれたからの。そういう意味では先天的じゃ。生まれながらに神命を持つものが神族とされる。」
「まあ、何となく理解はできた。テトリアが滅んだことは知っているのか?」
「知っておる。厳密に言えば、2つに別れていた根源が、負の部分を淘汰して再び1つになったというところじゃな。光と闇が反転して、闇が主体となった。だからこそ、魔王の二つ名を持つに至ったのじゃろう。」
「俺は···闇か。」
「もともと顕在化しておったのはテトリア様じゃからの。しかし、今の爺様は気骨のある強い男じゃと思うぞ。テトリア様はチャラチャラしておったらしいし、主体性に欠けた傀儡じゃったと婆様が言っておった。」
「傀儡ねえ···。」
確かに本人と対峙した時に、そんな印象を受けたな。
「聞いた話じゃが、テトリア様が本家とした一族は大変じゃったらしいぞ。」
「ん?」
「後継とか相続とかについて、放ったらかしにしておったようでな。正妻、側室、妾たちの子や孫同士が争って、家系が途絶えたと言われておる。」
···なんじゃそりゃ。酷すぎるだろ。
「じゃから、今の爺様に会えて嬉しいのじゃ。あのテトリア様と同じ人間性じゃったら、去勢してやろうかと思っとったのじゃ。」
「ん···まあ、ありがとう。」
微妙だな。
あのテトリアと比べられても、嬉しくもなんともない。
「今の爺様は男汁に溢れとる。」
は?
···男汁って何だ!?
見た目幼女が口走ったらあかんやつじゃないのか?
「男汁って何だ?」
「あっ!?間違えたのじゃ。男気の間違いじゃ。」
テヘッと笑うミリネ。
自分が誰かに紹介されている時に、"男汁溢れる奴"とかって説明をされたら絶対に泣くよな。
臭そうな変態にしか思えん。
頼むから絶対にやめろよな。
「···それで、呼び出した本題を教えてくれないかな?」
「本題?」
「ヘイド王国のことじゃないのか?」
「あっ!そうじゃったの···爺様と話せて、テンションが上がりすぎたようじゃ。」
ミリネの人間性に問題はないだろう。そして、先程までの話が事実ならば、腹を割って話し、互いに協力すべきだと感じた。
「薬で強化された魔人のことか?」
「そうなのじゃ。わらわたちは便宜上、
「別の大陸で4体ほど倒した。力は上位の魔族よりも劣るが、戦術や経験則に基づいて人間の嫌らしさを出されると、魔族よりも脅威になるかもしれん。」
魔族は生まれながれにしての強者だ。だからこそ、油断や隙が多いとも言える。しかし、人間は弱い部分を他で補い、策や数で挑む。そんな人間が、魔族と同等の力を得たとすれば、さらに徒党を組んで攻めてきたとしたら、魔族以上の脅威となるのは必然と言えるのだ。
「爺様はその魔人どもを倒したのじゃろ?やはり、それでも脅威と思えるのかのう?」
「俺が倒した魔人たちは、得た力に慢心し、増長していた。相手を見下しているうちは隙だらけだからな。だが、魔族と違って人間は悪意を振り撒く。人の命を盾に取られたり、策を弄されたら油断はできないだろう。」
「ふむ。やはり、爺様と会えて良かったのじゃ。お願いじゃ。この国を···いや、この大陸を魔人の脅威から救ってくれんかのう。」
ミリネの瞳と表情には、それまでのほんわかとした光はなくなっていた。
「魔人は、その原因と共に消滅させるつもりだ。」
そう答えると、ミリネはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、爺様。」
うん、かわいい。癒されるぞ、その笑顔は。孫じゃなくて、娘として欲しいくらいだ。
「それよりも、ヘイド王国の情報が欲しい。何でも良いから、関連することを教えてくれないか?」
「ふむ、そろそろ来る頃だと思うのじゃ。」
「来るって、何が?」
「赤い彗星じゃ。」
赤い彗星!?
まさか、シ◯アか!?
「それは、もしかして専用機を持っているあの男か!?」
「···爺様、何を前のめりになって言っておるのじゃ?赤い彗星は、2人とも女じゃぞ。」
ですよね~。
実在したら、逆に怖えよな···。
「そうか···そうだよな···。」
「爺様?」
「何だ?」
「専用機とは何じゃ?」
そこは掘り下げなくても良いから。
「気にしなくて良い。ちょっとした気の迷いから出た言葉だ。」
「···そうなのか?すごく気になるのじゃ。」
「まあ···自分専用の馬を所有しているというのと同じと思えば良い。」
「ほう···その男は優秀な高官か何かなのじゃな?」
「そんな感じだ。」
大佐だしな···。
「そやつは···。」
いや、もうええやろ。
「それよりも、赤い彗星について教えてくれないか?」
「あ···ああ、そうじゃったの。赤い彗星なのじゃが、女性2人組の冒険者で、共にSランクの凄腕じゃ。」
女性のSランク冒険者と聞いて、俺の頭の中では、あのメイド達に類いするイメージが浮かんだ。強い=ゴツいというのは、想像としては不自然ではないだろう。
失礼極まりないのだが、ゴツかったり、それなりに年を重ねた女性が、ウホウホうふ~んと脳内で言っている。
背筋が寒くなってきたところで、ドアがノックされる音が響いてきた。
「大聖女様、お話し中に失礼致します。赤い彗星のお2人が到着されました。」
「うむ、入ってもらうのじゃ。」
俺は別の意味で緊張した。
ゴリ子だったらどうしようというのもあるが、赤い彗星らしき2人が、見事な気配の消し方をしているのだ。
相当な手練れだろう。
「失礼するわ。」
「ミリネちゃん、久しぶり。」
···あれ?
あの2人じゃないか。
「2人ともよく来たのじゃ。早速じゃが、紹介しておこう。爺様じゃ。」
その紹介はどうかと思うぞ。
俺はまだ20代なのじゃ。
「あなたは···。」
「そっか、あなただったのね。」
俺は苦笑いを2人に向けた。
「なんじゃ、知り合いなのかのう?ふむ、なにはともあれ、魔王は降臨したのじゃ。」
いや、その言葉もどうかと思うぞ。
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