第2章 亜人の国 53話 「魔王降臨③」

転移で神聖ユラクト興国内に入った。


予定通り、首都の近くの荒野に着いたのだが、遠目に何やらもめている奴等が見える。


30人はいるだろうか。


声は聞こえないが、不穏な気配を感じる。


さて、どうしたものかと、少し強張る胸を撫でて考えた。


転移による嘔吐感は、数をこなすうちにマシにはなってきたが、やはり胃の辺りから上に何かが這い上がるような違和感は拭えない。


転移をしすぎると、胃に穴があいたり、胃腸に悪性新生物ガンが芽生えたりしないだろうか。


もしそうなら、嫌な神威術だなと思う。


亜神、ガンに死す···。


笑えない。


深呼吸をして嘔吐感を払拭し、人のいる方に足を向ける。


冒険者風の野郎共が集まっているようだが、戦闘行為ではなさそうだ。


近づくにつれ、下卑た声が聞こえてきたので、何となく状況が掴めてきた。


囲まれている奴に対して、「鼻持ちならない」とか、「裸に剥いてやる」とか、「この人数に相手をされたら壊れるぞ」などと言っている。


囲まれているのが女性で、普段の態度に業を煮やした野郎共が、荒野で辱しめてやろうとでもしているのか。


···クズだな。


さて、どうしてやろうか。


手持ちのババ球を投げ込むのが良いかもしれない。


え?


女性も巻き込まれるって?


それが狙いだ。


なぜかって?


ババまみれの女性に欲情する奴なんていないだろ。


それに、誰も俺に気づいていないから、遠くから投げれば犯人不明で遺恨も残さない。


素晴らしいアイデアだと思うぞ。


ああ、デメリットもあったな。


女性たちの心に傷が残るかもしれない。ババ···しかも、ゲーリーバージョンにまみれたら、トラウマが残るかもしれない。


いや、それが原因で自殺とかされないだろうか···。


···························。


···やめておこう。


「お取り込み中に失礼しまっす!」


俺は目の前の集団に向かって、大声をあげた。


服装が浪花商人風(と勝手に思っている)のままだったので、今回もそれで通そうと思ったのだ。


ただの自己満足だが、やりたいようにやる。


忘れてはいけない。


今はもう、組織に属するエージェントではないのだ。


他にどのような大義があろうとも、目の前の困っている人たちを助けたい。異世界に来てから、そう決めたのだ。


「通りすがりの商人、チャーリー・ババと申します。何か、お困り事のようにお見受けしますが、今ならキャンペーン中で無料でお手伝いをしますよ。」


野郎共からは、とち狂ったオッサンがいる的な視線を受ける。


だが、一瞬の間の後に、集団の真ん中辺りから女性の声がした。


「誰かはわからないが、助力を受けたい!」


状況に反して、意外と冷静な声音だ。


「逆恨みや妬みで、この集団に囲まれていると推察しますが、お間違いないでしょうか?」


「概ね、その通りだ!」


声だけで姿は見えていないが、なかなか胆力のある女性のようだ。冷静さも維持している。


「了解致しました。それでは、このクソ野郎共を殲滅すればよろしいのでしょうか?それとも、男性機能を剥奪する程度でよろしいのでしょうか?」


野郎共は、一様に呆気にとられた顔をしている。


「可能なのか?」


「可能です。得意分野ですから。」


「それでは頼む。結果は問わない。」


「承りました。」


俺はメガネをはずす動作の流れから、体を回転させて目の前の野郎に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


もちろん、人間が相手なので全力は出さない。


命を奪うことを躊躇っているのではない。コイツらは悪意をまとっているのだ。そんな奴等に容赦をする必要はない。


だが全力でやると、今の俺なら無手でも相手の首や手足が飛び、体に風穴があくだろう。わざわざ返り血を浴びたいとは思わない。


それに、そういったシーンを目撃した女性に、人外生物だとでも騒がれるのはごめんだったのだ。


ようやく攻撃体勢に転じた野郎が剣を振りかぶってきたので、柄を持つ手を片手でホールドし、もう片方の手で顎に掌底を打ち込む。


そのまま相手の手を引き、重心を崩した上で、近くにいる別の野郎の所へ放り投げた。


このタイミングで、集団の中からも剣戟や打撃音が響いてきたので、女性がまだ戦える状態であることがわかる。もしかしたら、仲間がいるのかもしれない。


剣を振り下ろしてきた野郎の攻撃を斜め前に踏み込んで避け、喉元に手を添えてそのまま押し上げて地面に叩きつける。喉輪落としだ。


左手から剣を突き刺して来た野郎の攻撃は流し、喉に手刀を入れた。


俺は囲まれないように、8の字を基本とした足運びをしながら、1人ずつ地面に沈めていった。


集団に囲まれた女性が拘束され、人質にでもされる可能性はあったのだが、焦っても仕方がない。囲まれてしまうと、完全に隙を無くすことができなくなり、いくらなんでもジリ貧となる。


もう少し耐えてくれよと考えたところで、集団の中から紅と白銀の何かが上に飛び出してきたのが見えた。


鮮血のような紅髪と、きらびやかな白銀の髪を持つ女性2人。


彼女たちは見惚れるような身のこなしで、野郎共の頭を足場にして再び跳び、こちらまで抜け出してきた。 


何とも、タフな女性たちだ。




女性は2人ともキレイな顔立ちをしていた。


紅と白銀色の艶やかな髪をそれぞれに持ち、透き通るように白い肌をしている。


状況的に、ガン見などをすれば周囲のクズ野郎共と同じように見られそうだったので、あえて気にしないようにした。


「助力に感謝する。」


「おかげで包囲から抜けれたわ。」


固い物言いをするのは紅髪の女性で、フレンドリーなのは白銀髪の方だ。


「とりあえず、全滅させましょうか。」


そう提案をしたのだが、実力者なのか、男前な返事が返ってきた。


「この状況なら、あとは2人で何とかなるだろう。」


「そうね。あなたには後で謝礼をするわ。その辺で見ていて。」


そう言った2人は、共に武器を構えて野郎共に向かって行った。


動きに無駄がなく、洗練されている。スピードで翻弄するタイプの戦闘スタイルなのだろう。包囲されて、行動範囲を制限されたので後手に回っていたのかもしれないが、助力がなくとも状況を打破する実力はありそうだった。


俺はしばらくその状況を見た後、危なげない2人を見て問題はないと判断した。


そっと、その場を後にする。


特に謝礼を欲しいとも思わないし、あまり時間を無駄にしたくはなかったのだ。


それに、もう会うこともないのかもしれないが、こういった立ち去り方をすれば、後の厄介ごとに巻き込まれたりもしないだろう。


俺はその場で気配を消して、首都に向かった。




神聖ユラクト興国の首都ユラクトの外周壁まで行き、門衛にデュークからの文書を見せた。


最初は訝しげに俺と文書を見比べていた門衛は、やがて書かれている内容に目を剥き、すぐに他の者に声をかけた上で、迎えの馬車が来るまで待っていて欲しいと告げてきた。


1人で歩いて行った方が早いのだろうが、そこは慣例というものに従わざるを得ない。


俺は特にすることもなく、待機所のイスに座り、目を瞑った。


体力的には問題がないのだが、神威術である転移の乱用は、それなりに精神的な疲労を蓄積する。


そのまま馬車が来るまでの間、微睡むことにした。




1時間ほど微睡んだ後、迎えに来た馬車に乗る。


ヨーロッパの観光地などにあるような、乗り心地の良い馬車だ。内装や全体の質感も、高級仕様だろう。


一般的な馬車といえば、突き上げや揺れがひどく、30分も乗れば痔痔痔トリプルとなり、それ以上それが続くと吐き気をもよおし、やがて腰やら首やらをやってしまう。···痔じゃないぞ。痔痔痔だ。


この世界に来てから、馬車は拷問具の一種だと思うようになったほどだ。


そんなことはさておき、大聖女がいるという建物が見えてきた。天蓋付のいわゆる箱馬車なのだが、御者台の上部に窓があり、白亜の建物の一部が視界に入ってくる。


何というか、ドイツのバイエルンにあるノイシュバンシュタイン城のような美しい城だ。


ノイシュバンシュタイン城は、知る人ぞ知るディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなった城である。


この世界に来てから見た城では、間違いなくナンバーワンの美しさと言えた。


あれだな。


どこぞの城のように、間違ってもババ球を放り投げてはいけないやつだな。


···まあ、それでも、いざという時には、俺は躊躇わずにやるだろうがな。




「おぬしが···そうか···。ふむふむ、なるほどな。」


入城した後は、大聖女の間まで迅速に案内をされた。


普通はアポがあろうが、長時間待たされたあげくに···というのがお約束のように感じていたが、案内をしてくれた執事のような男性いわく、俺に関しては何事にも最優先で案内をするようにとの指示を受けているとの事。


例によって着替えはさせられたが、湯浴みの代わりに法術による浄化を受けさせられた。


その時に浄化がきっちりと施行されたため、やはり法術が俺に有効であることが確定している。


「ふんふん···やはり実際に会うとよくわかるの。」


因みに、先程から俺にまとわりつくように観察を続けている幼女が大聖女らしい。


くりくりっとした瞳で上目づかいをされると、かわいくてほっこりとするのだが···これで齢300歳オーバーだとすると、もはや妖怪の類いに感じてしまう。


「何か、何か神威術を使って見せてくれんか?」


まるで子犬に懐かれたような感覚を持ってしまうが、錯覚してはいけない。


コイツは妖怪。まだ敵か味方かわからないのだ。幻術などで、懐柔しようとしている可能性を破棄してはいけない。


そんな風に自己暗示をかけて、相手のペースに呑まれないようにした。


俺は情報を得るためにここに来たのだが、相手の目的が何かはわからないのだ。


「わかりました。大聖女様にご満足いただけるものとなると···。」


「うむ···なんじゃ?なんじゃ?」


神威術が見たいと言うのであれば、ちょうど良い。少し、その思惑を探らせてもらおう。


「手を繋がせていただいてもよろしいでしょうか?」


「うむ、良いぞ。」


···初対面、しかもこちらの素性をわかっている相手に対して、この警戒心の無さは何だろうか?


もしかして、これも幻術の類いで、無邪気な少女を見せているだけなのかもしれない。


「では、失礼します。」


俺は大聖女ミリネの手を取った瞬間に、転移術を発動した。




「ふぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ···!?」


大聖女ミリネと一緒に転移した先は、上空。


何が目的なのか、よくわからない大聖女の化けの皮を剥がそうと、スカイダイビングのタンデム(2人乗り)のような行動に出てみた。


地球の世界最高記録を上回る高度42000メートルからのダイブ。これは成層圏からの高さとなり、その落下速度は音速に至る。


転移した瞬間、恐怖から叫び声をあげた大聖女だが、落下が始まると、その圧により声にならない叫びへと変化する。


両眼はこれでもかというくらいに見開かれ、口は上も下も捲れ上がってヤバい生物の顔になっていた。


状況的に密度の高い空気に晒されたこの状態では、体をコントロールすることはかなり難しい。


戦闘機のGで慣れていた俺ではあるが、あまり長時間続けると、大聖女のフォローもできなくなりそうだった。


ここで大聖女が命を落としたら、俺は本当の魔王になってしまうななどと、シャレにならない考えをしながらも、ゆっくりと腕を引き、大聖女を抱き寄せた。


先程まで無邪気に見えていた大聖女は、完全に硬直している。


その様子を見て俺は再び転移を行い、城の大聖女の間に戻るのだった。




城に戻ってから5分ほど経過したが、大聖女はぴくりとも動かなかった。


ペタンと床に座り込み、目と口を開けたまま硬直状態が続く。


目尻からは涙が、鼻と口からはそれなりの水が垂れ流し状態だった。


···ヤバい···やり過ぎたか···いや、これも演技の可能性が···。


俺は大聖女の姿を見ながら、内心ではひどく動揺していた。


もし···もし大聖女がただの善意の存在であるのならば、俺がやったことはただの虐待である。


胸がチリチリと痛み、後悔の念が積み重なっていくが···大聖女が曲者である可能性も拭い切れなかった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る