第2章 亜人の国 52話 「魔王降臨②」

教会に入った。


老朽化というよりも、長年ほったかされて朽ち果てる寸前である。


天井部分からは空が見え、その穴の周辺や真下の床は、雨漏りのために腐って変色をしている。


それ以外の床や壁も埃や汚れでくすみ、正面にある何らかの像にいたっては、表面の塗装ははげ、すでに何の像かもわからない不気味な物となっていた。


「ここは廃墟やんな?あんたがここの神官やったら、職務放棄も良いとこやで。」


「確かに、おっしゃる通りですね。」


「それで、何が狙いやねん?」


澄ました顔を崩さない神官。


狙いはわからないが、普通ではないのは確かだ。


「それは私がお答えしましょう。」


突然、像の後ろから壮年の男が出てきた。


気づいてはいたが、気配の消し方が巧妙だった。若い方と同じ神官服に身を包んでいるが、こちらは少し上等なものだ。


「な、何やあんたら···まさか、こんな廃墟に連れ込んだのは、ふたりがかりで俺にあんなことや、そんなことをするつもりなんか!?」


ちょっと揺さぶりを入れてみた。


「···何を勘違いされているのかはわかりませんが、あなたはそんなに弱い方ではないでしょう?」


「···なんや?どういうことやねん?」


やはり、油断のならない相手のようだった。


「かなり巧妙な立ち居振舞いをされていますが、呼吸の仕方や目の配り方、重心のかけ方などは隠せませんよ。」


「なんや?俺をなんやと思ってるねん?」


「同業者ではないでしょうか?」


「···ふ~ん。暗部か?」


下手に芝居をしても無駄なようだ。おそらく、彼らは暗部と呼ばれる側の人間。間諜や工作員などとも言う、裏舞台の存在だろう。


俺にしてみれば、やっちまったな状態だ。この国の兵士に怪しい商人がいるぞと行動を起こさせるための偽装だったが、こういった同業者は一般兵とは洞察力の桁が違う。


当然、この国にも暗部はあるのだろうが、こんな辺境では隠したい何かがあったとしても、暗部の者などは置かない。そういった人間が存在すること事態が、隠したい何かがありますよと公言しているようなものだからだ。


「それで、どうする?俺を消すか、拷問にでもかけるか?」


若い男の方が少し距離を取った。荒事には長けているのだろうが、それほど強力ではなさそうだ。


「···ふむ。それはやめておきましょう。あなたには、2人がかりで挑んでも勝てそうにない。」


壮年の男の眼が、わすがに色を濃くしたように見える。それと同時に、わずかだがゾクッとしたような感覚をおぼえた。


「魔法、いやスキルか?」


「法術ですよ。一応、見た通りの職業なので。」


ごく一部の神官は、魔法に似た法術というものが使えると、何かの書物で読んだ記憶がある。治癒や支援など、聖属性魔法に近い効果があるようだが、それとは別のものもあるらしい。


「何を見た?」


「簡単に言えば、あなたの戦闘力ですよ。いやはや···底が見えませんな。」


スカウターか!?


「···プライバシーの侵害だな。」


「よく知らない相手に挑んで、死にたくはありませんから。」


目の前の男は、にっこりと微笑んだ。


さしずめ、ベテランエージェントといった感じだ。


この世界にも、この手の手練れがいるとは少し驚きだった。


それにしても···魔法は効かないのに、法術は有効とは···。魔力ではなく、生命力が基となるらしいが、おそらくそれが両者の違いだろう。


今後は注意したいところだ。




「あなたは一体、何者なのですか?」


壮年の方はデューク、若い方はパウロと名乗っていた。本名かどうかは微妙なところだ。


「その前に、聞きたいことがある。あんたらは、亜人のことをどう思っている。」


一瞬、パウロが顔をしかめた。


こいつらもか···と、苦笑いをしそうになったが、俺の聞き方が不味かったらしい。


「看過できないので言わせていただきますが、亜人という言葉は使わない方が良いですよ。あれは蔑称です。彼らにはエルフをはじめ、多種多様な獣人もいます。特に獣人は可愛らしい兎人族から、勇ましい獅子族など、それぞれに特徴を備えているのです。あの···。」


なんだコイツ。


口調は淡々としているが、目つきがヤバい。


「特に、人族よりも高めの体温の包容力はすばらしく、種によっては毛なみは滑らかで、触るだけで···。」


獣人が好きなのか?


いや、ただの変態か!?


「パウロ、その辺にしておくのだ。」


「まるで昇天···あ、はい。申し訳ありません。つい熱弁を···。」


昇天て···。


「·······················。」


「すまないな。彼は獣人に憧れを持っていて、妻にするならば、その中でも兎人族と決めているそうだ。」


何かの冗談やまやかしか?


いや···デュークはともかく、先程のパウロの目は完全にイッちゃってる系だ。


おそらく本音だろう。


「いきなりで驚いた。獣人を奴隷にして、愛でたいとでも思っているのかと···。」


「奴隷ですとーっ!そんなものは断じて許す訳にはいきません!!そもそも、あの愛らしい···。」


また、地雷を踏んでしまったようだ。


デュークも額に手をやりながら、首を振っている。よくある発作みたいなものかもしれない。


率直な感想だが、異世界には変人が多いようだ。


「もしかして、神聖ユラクト興国の神官なのか?」


ちょっとした情報とパウロの反応から推察し、そんなことを言ってみた。


パウロの饒舌だった口が止まり、デュークはパウロに向けて呆れたような視線をやっている。


これらが演技なら相当なものなのだが、彼らは自分たちのことを偽るつもりはないのかもしれないとも思えた。


「そうか···神聖ユラクト興国に関しての噂は、それほど間違った内容ではないということか。」


神聖ユラクト興国。


国教でもあるユラクト教会が国民を主導している国。その教えには、人種差別が大罪であることや、あらゆる種族は神の創造たる産物であり、常に平等であるべきだとうたっているらしい。


その教えだけを見れば、亜人と呼ばれる人族以外の種族にとっては住みやすそうな国に思える。


しかし、実情は少し違うらしい。


人族と他種族の意識には、この国でもやはり深い溝があり、それぞれに居住区を隔てているとのことだ。


ただ、一般の者がそうであっても、敬虔な神官たちは教えにそって種族の違いを問題にすることなく、同じ目を向けているのかもしれない。


まあ、パウロの反応は少し···いや、かなり歪な感じが否めないのではあるが···。


「なぜ、神聖ユラクト興国の神官であると思われるのですかな?」


デュークはおもしろがるような表情で聞いてきた。


「この国の人間にしては、顔色も装いも良すぎる。わざと偽装している可能性も捨てきれないが、もともと宗教や信仰が途絶えたような国だ。となると、他国···一番可能性があるのは北に位置する宗教国家、神聖ユラクト興国の神官である可能性が高い。それと、それが間違いでなければ、その教えにそっている。獣人に対して偏見ではなく、好意的な意識···どちらかというと、高い好感度を感じるパウロの態度や言動から、そう感じられた。」


「ふむ。確かにそうかもしれませんな。しかし、近況で考えれば、ウェルズ公国も現公王陛下が、他人種に対する迫害を禁止していると聞きます。そちらである可能性もあるのではないですかな?」


前公王とは異なり、イリーナは人族以外の人種にも人権を認めているそうだ。理由は人情的なものと言うよりも、その者たちにもひとしく職に従事してもらい、税を課したいというものらしいが。


「ウェルズ公国は···いや、公王イリーナは、合理主義の人物だ。宗教の必要性は感じているだろうが、他国···しかもヘイド王国に神官を派遣することになど、何の利も感じないだろう。むしろ、両国の関係を悪化させる要因にもなるとして、教会にそのような行動を取らせるとは思えない。」


「公王陛下をご存知のような発言ですな。」


「実際にご存知だからな。それよりも、敵対する気がないのであれば、もう少し生産的な話をしたいものだが?」


「生産的な話···ですか?」


「そちらも、そう望んで俺に接触してきたのではないのか?」


「···あなたの正体を知りませんが?」


真顔で惚けた言葉を吐いている。腹の探りあいと言うよりも、こちらを試している気配すらあった。


「ある程度、目星がついているのではないのか?」


「ふむ···では、お聞きしましょう。最近、この大陸で相当な影響力を持った人物が暗躍しています。黒髪黒眼で長身痩躯の容姿、それに人とは思えない術で各地を転々としていると。」


「俺が魔王だ。」


「···は?」


デュークは遠回しに俺の正体を掴もうとしているようだったが、そんな時間のかかるような真似は必要ないと判断した。


ヘイド王国に入ってからの俺の動きも、すべてではないにしても、掴んでいる可能性が高い。


ヘイド王国に何名の暗部を忍び込ませているのかはわからないが、この街に入ってからそれほど時間が経過していないにも関わらず、俺に接触してきたのだ。要所要所の情報網が機能しているとみるべきだろう。


「確証はないが、可能性は高いと思っての接触だろ?ならば、お互いに余計な時間を使う必要はないだろう。」


「わかりました。いや、驚きですね。そんなにあっさりと認めるとは···。」


「逆に不審を感じるかもしれないな。証拠を見せよう。」


俺は空間収納から蒼龍を出した。


「「!」」


続けて瞬間移動を使い、デュークの背後を取った。


「···今のは?」


パウロは絶句していたが、デュークは驚いた表情をしながらも、質問をしてくる。


「神威術だ。二つ名として魔王と呼ばれているが、存在は亜神だからな。」


自分でもあまり信じていないことではあるが、これまでの経緯を考えると、そうなのだろう。


回りくどいことを嫌い、利用できるものは利用していくべきだと結論づけた。


「そうか···なるほどな。ようやくつながった。」


何やら1人でつぶやき、納得をした顔をするデュークだが、相方のパウロは俺を見て後退りを始めた。


「パウロ、大丈夫だ。このお方は、ミリネ様が探しておられた方に相違ないだろう。」


ミリネ?


初めて聞く名前···いや、違うな。


「ミリネ様と言うと、神聖ユラクト興国の国主である大聖女様か?」


情報として知っているだけではあるが、大聖女ミリネは300年以上を生きるユラクトの奇跡と呼ばれている。


何でも、死人ですら生き返らせる術を持つとの噂もあるのだが、それが本当であれば、年齢と合わせて間違いなく人間ではないと思えた。


デュークなどにその事を告げると、良くて険悪な眼差し、悪ければ命のやりとりが始まりそうなので口にはしない。


「ええ。我々はミリネ様の特命で動いている間士なのです。」


間士···諜報員ということか。


「それで、その間士がこの国で何の活動をしている?」


「薬ですよ。」


「薬···この国特有の怪しいやつか。」


「確かに、この国では倫理的に他国が禁止しているような薬物を古くから生成しています。しかし、我々が追っているのは、もっと危険なものです。」


何となくだが、以前に関わった事案が脳裏をかすめた。


「もしかして、人を魔人に変えるような物か?」


「···ご存知でしたか。」


アトレイク教との関わりで出会った魔人たち。それに、マイク・ターナー事件を思い出した。


「確証はなかったが、人が魔族のような強い力を持ち、敵対してきたことがあった。」


「あれは···悪魔の薬ですよ。」


忘れていた訳ではなかったが、まさかここでまた関わるとは···。だが、シュテインが絡んでいるのであれば、遅かれ早かれというやつだろう。


「何があった?」


「申し訳ございません。それは、大聖女様からお話があるかと···。」


デュークは目線を下げ、そう答えた。


「それは立場上、話せないと言うことかな?」


「それもありますが、大聖女様が直々にあなたと話したいと希望をしております。」


妙な話ではある。


俺はその大聖女ミリネとは、面識がないはずだ。


敵対されるという方が、まだ納得ができる。


「その大聖女様は、自国にいるのではないのか?」


「ええ。ですが、あなたは転移術を使えるのでしょう?我々の情報では、それが確実であると考えております。」


互いの国に間諜を送り込んだり、主要都市ごとに間士が常駐していたりということだろう。


この世界でも遠隔通話が可能であるし、俺の身体的特徴が共有されているのであれば、推測することなど容易いと思えた。


何らかの罠の可能性も否めないが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。


「わかった。ただ、曖昧な場所に転移するのは危険が伴う。可能であれば、大聖女様がいる都市の詳細位置を教えてもらえないだろうか。」


その後、デュークから神聖ユラクト興国の首都であるユラクトの詳細位置を教わり、大聖女宛の文書を預かると、すぐに転移を発動する。


いきなり街中に出現してしまうのはいろいろとまずいので、首都の外周壁から10キロほど離れた荒野を、地図でマークしてイメージした。


神威術による転移は、基本的に何らかの目印となるものをイメージすると、脳内でその辺りの風景が浮かび上がり、そこを起点として位置修正を行う。


この時に、海の上であるとか、上空などを起点とすると、地表面がないために、転移先の高度に問題が生じてしまうのだ。


魔法が使えないので、タイガにはこういった感覚が備わってはいないのだが、実はこれは魔法を発動する際に、脳内でイメージして魔力で具現化するプロセスと同じ流れであった。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。」


こうして、タイガは大聖女ミリネと会うために、神聖ユラクト興国へ向けて転移を行うのだった。









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