第2章 亜人の国 50話 「共生④」

サーフィンなら、波に乗る所だ。


だが、俺が向かっているのは沖。波に逆らいながら、前に進まなければならない。


というわけで、左手でWCFTー01を操作しながら、右の利き腕には蒼龍を手に腰だめにしていた。


そう、風撃斬で波を斬るつもりなのである。


しかし、進めば進むほどに波は大きくなり、サーフボード代わりの盾や、WCFTー01の操作が難しくなっていく。


むしろ、先ほどからまったく進んでいない。


これは、おそらくオチ。


ここで風撃斬を放てば、俺は体のバランスを崩して海にツッコむだろう。


いや、そのツッコみは、あのツッコみではない。


関西流で言えば、ツッコみではなく、スベるという流れになる。


これは···ダメだろう。


観ている人がいれば、思い切って風撃斬を放ち、大げさに海に落ちることで多少なりとも笑いがとれるかもしれない。


だが、今は独り。


観客などいないのである。


よし···無難にいこう。


これは任務と同じだ。


失敗イコール死。


関西人の血よりも、エージェントとしての本懐を遂げることを優先した。


というわけで、苦悩の末に蒼龍を戻し、再び集中力を高める。


盾の前部が波と接触する瞬間に、後ろ足に重心を移動。


鋭角な部分が45度の角度で浮かび上がったタイミングを見計らい、WCFTー01のトリガーをさらにしぼる。


加速を計算しながら、トリガーのしぼりこみ位置を調整、そして斜め上に加速した瞬間に、WCFTー01を海面と平行に維持し前へと飛ばす。


波への対処はクリア。


あとは、これを継続してシーサーペントに近づくのみだ。


実感では、マリンスポーツの類いではなかった。


そう、これは操船と同じ感覚なのだと、今更ながらに気づいたのである。


そこを思えば、あとは攻略は簡単だった。


波に対して、直角に突っ込むのは負荷が大きい。


斜めに駆け上がる要領で進路をとり、波のトップで体を逆側にひねりクリアする。


サーフィンだと、この逆の動作で波のトップをエグるのだが、今は波に乗るわけではなく、乗り越えていかなければならない。だからこそ、操船の技術となる。


操船でサーフィンと同じ動きをすれば、最も接地面の大きい側面に波の圧がかかり転覆してしまうのだ。


この知識を実践し、コツを覚えたからこそ、大きくなっていく波を攻略することができるのだ。




スタートしてから、およそ30分くらいだろうか。感覚でしかないが、3キロメートル超は進んだように思う。


それが正確なら、船の速度で4ノット弱程度。ブラックバス・フィッシングなどに使用するエレキモーターボートくらいのスピードといったところか。波を乗り越えてのことを思えば、出来すぎかもしれない。


正面にシーサーペントの姿をようやく肉眼で捉えることができた。


かなり大きい。


比較できる物が周囲にないため、勘でしかないが全長で20メートルは超えるだろう。


もちろん、全容が見えているわけではなく、その3分の2は水面の下である。だが、波の動きや、所々で見える水飛沫で推測はできた。


何より···顔が恐い。


鰻をもっと凶悪な面構えにして、黒光りする鱗に包まれた様とでも言うべきか。


上顎からはえた牙状のものが2本あり、確かにサーペントと言えるのだが、そこはやはり海洋性のグロさを備えていた。




「間もなく接触しそうですな。」


「しかし···あの状態でどうやって闘うのでしょうか?」


「瞬殺されて終わりでしょう···。」


一方、謎の冒険者の映像が映し出されている作戦本部の一室では、様々な声が出ていた。


当初は、公王イリーナが1人で観ていたのだが、今では観戦者が続々と増えていた。


公国軍将軍に海軍大将、現地を領地としている伯爵に、イリーナの側近や侍従たち。


本来なら危機的状況の解決にあたり、もっと緊張感を持つべきところではあるのだが···何分、謎の冒険者の行動が常軌を逸しているのだ。


そのため、この場の雰囲気は正に観戦と呼ぶに相応しい状況となってしまっていた。


「しかし、あの魔道具は、どこかに売っているのだろうか?」


「ふむ···初めて見ますが、あれは取り扱いが難しそうだ。余程の身体能力とバランス感覚がなければ、あの者の真似はできますまい。」


公国軍将軍と海軍大将の会話は、軍備のための兵器を見定めているような内容だ。


「陛下、お茶が入りました。」


「うむ、ありがとう。」


そして、公王イリーナは、ゆったりと紅茶の香りを楽しみながら、ワクワクと観戦を続けるのだった。


「おおっ!波を踏み台に飛びおったぞっ!!」


「なんですとっ!?」


「しまったぁ~、見逃したぁ!」


呆れたものである。




シーサーペントと目が合った。


「なんじゃコイツ」的な目で見られた後、嘲笑うかのような色に変わり、それからは猛進といった感じでこちらに迫ってくる。


でかい口を開け、丸ごと飲み込むぞ的なビジュアル。


はっきり言って、恐い。


元の世界では、大蛇といっても全長数メートルが限度。6000年前に生きていた史上最大のものでも、ティタノボア・セレホネンシスという13メートルのものだったそうだが、今目の前にいるシーサーペントは、それを軽く凌駕する。


どちらにせよ、危険な生物にはかわりなく、できればあまり関り合いになりたくはなかった。


ただ、こういった敵には怯えていても仕方がない。討伐を決めたからには、最善策で挑むしかないのだ。


俺はその場で波をエグり反転した。


シーサーペントが迫るとともに、その動きによって大波が発生している。


これまでのように波を乗り越えることなど不可能と言ってもいい。


背後から迫る波に乗り、流れに逆らわないためには、前部に重心を持っていかなければならない···何せ盾だし。


目測では、波の高さは3~4メートル。俺はWCFTー01を戻し、ビッグウェーブサーファーをイメージして意識を集中する。


来た。


シーサーペントの動きにより生まれた波。


その高さは、シーサーペントと俺の間に聳え立ち、互いの視界を阻む。


さあ、俺を波乗りタイガーと呼べ。


これで俺は自由だ!


ヒャッハー!!




「あれは···まずいですな。」


「うむ···シーサーペントどころか、波に飲み込まれそうだ。」


「あっ!?消えた···。」


「シーサーペントではなく、波に飲み込まれるとは···。」


作戦本部では、嘲笑と悲痛な叫びが同時に巻き起こっていた···。


「ん!?なんだ?上から何かが···。」


「あ、あれは!?」


「盾!?なぜ上から?」


「陛下!上です!!上を!!!」


波に消えた魔王(仮)に、明らかにガッカリという顔をしていた公王は、側近の言葉に映像を凝視する。


「魔王様っ!?」


思わず、そう叫んだ公王。


そして、その視線の先にある映像には、上空から急降下する盾と魔王の姿があった。




スカイサーフィン。


足にボードを取り付け、さながら上空でサーフィンをするようなパフォーマンス。


奇しくもタイガは、異世界で初となるサーフィンに続き、このスカイサーフィンをも披露することとなった。


高波がシーサーペントの視界を遮ったタイミングで瞬間移動を行い、盾ごと上空に転移したのだ。


タイガはプロのサーファーでもなく、まして使用しているのは盾である。


そんなビッグウェーブになど、乗れるはずがないのである。


すべてはシーサーペントに、一撃必殺のアタックを仕掛けるための布石。


盾への空気抵抗を巧みに操り、シーサーペントの真上に移動すると、空間収納から破龍を取り出し、盾を足の動きで離脱させる。


不安定な上空からの攻撃では、銃器の照準が定まらずにクリーンヒットは難しい。そして、蒼龍による居合いは、肝心の下半身の踏ん張りが利かない。


ならば、シーサーペントの強固な鱗を突き破るのには、頑丈な破龍しか選択肢はなかった。


タイガは破龍を逆手にし、両手でホールド。


全体重を乗せながら、微妙な位置調整を足の裏の空気抵抗で行い、狙いを定める。  


ズーンっ!


飲み込もうとした対象であるタイガを見失ったシーサーペントは、わずかな時間だけ動きを止めていた。


その頭部に吸い込まれるように破龍が突き刺さる。


柄の近くまでシーサーペントの頭部に埋まった破龍は、容易く相手の頭蓋と脳を破壊。


こうして、謎の冒険者···魔王タイガによるシーサーペント討伐は完遂された。


そして···。


「く···痛い···ケツが···割れた···。」


勢いよくシーサーペントの頭部に破龍を突き刺したタイガは、同時に激しく尻餅をついていた。


そして···ケツを···いや、割れているのは最初からである。




作戦本部内では、誰もがシーサーペントの討伐映像を見て絶句していた。


波にのまれたかに思えた謎の冒険者が、なぜか上空から落下してシーサーペントの頭部に致命傷の一撃を加えたのだ。


この状況を理解できる者など、皆無と言えた。


仮に魔法を使ったにせよ、瞬時に上空に移動することなどあり得ない。


身体能力強化では届くことのない高度、そしてそれを可能にする足場など、海上にはどこにもないのである。


「まさか···転移術!?」


そうつぶやいたのは、公王その人である。


「しかし···転移とは、人の領域で扱える術ではない。それに、シーサーペントを討伐した武具も···。」


そこまでの考えに及んだ時、映像の中に謎の冒険者が既に映っていないことに気づく。


「···あの者は···どこに消えた?」




行きと違って、帰りは転移を使えるので楽だった。


当たり前の話だが、沖にいるシーサーペントのところまで転移で移動すると、海中や上空、最悪の場合はシーサーペントの真正面にいきなり放り出される可能性があった。


転移···近距離なら瞬間移動と勝手に呼んでいるが、こちらに関しては明確な位置把握により、ほぼ差異のない移動が実現している。


しかし遠距離となると、それほど精度の高くない地図や、目測であたりをつけての転移となるため、その転移先はかなり大雑把なものとなり、転移即大ピンチとなる可能性があった。


で、今回の転移でもそういったことが起こってしまう。


わずか数キロの距離ではあるが、この周辺の町並みに詳しいわけもなく、何となくのイメージで移動した先は、何かの仮設作戦本部的な部屋だった。


しかも、目の前にいる女性以外はこちらに顔を向けており、何らかの会議を行っている模様。


···視線が痛い。


1人を除いて、全員があんぐりと口をあけてフリーズしている。


「ん?どうした、後ろに何かあるのか?」


すっと、何気ない動作で後ろを振り返る女性。


そして視線が絡み合う。


「···························。」


「···························。」


「···························。」


「···························こんにちは。」


「···こんにちは。」


お!?


意外と普通だ。


「で、誰かな?」


「···突然現れて、その質問をするのか?」


「まあ···確かに失礼極まりないな。タイガという。シーサーペントを討伐してきた。」


相手は公国の者だと思うが、相当に無礼なことをしている認識はあった。しかも、目の前の女性は、その気品や装いを見る限り、相当に高貴な立場だろう。


対して、俺の姿は水着でびしょ濡れ状態。


ああ···間違いなく失敗した。


「そうか。魔王···という認識で構わないのかな?」


微笑を浮かべた女性は、そう言いながら片手を差し出してきた。











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