第2章 亜人の国 49話 「共生③」

「陛下、緊急の報告です。」


「なんだ?」


ミン達との何度目かとなる協議の最中、アースガルズ国王は、近衛親衛隊長トゥーランから驚きの報告を受ける。


耳打ちによる報告ではあったが、国王は場にいる者たちにもわかるように、その内容を口にした。


「ダレンシア帝国より、遠隔通話による打診があった。かの国は、我が国との恒久的な和平条約の締結を望んでいるとのことだ。それと、帝国によって戦奴隷とされている他人種の解放もするらしい。」


「なんと!?あの帝国が···。」


驚きの声をあげたのは宰相である。


隣国群において、帝国ほど好戦的で人族至上主義を掲げている国はない。それを考えれば、今回の打診は想定外のものと言えたのだ。


「何かの策謀ではないのですか?」


王太子セインもまた、その内容に疑問を持っていた。


「ふむ···普通であればそうだな。だが、ある人物の要望によりとの前提があったようだ。」


「ある人物···ですか?」


「それって、タイガのことだよね?」


協議に参加をしていたカリスが口を挟んできた。


本来であれば、彼女はこういった会議じみたものに参加をすることは毛嫌いをしている。しかし、今日は王国の守備についての話もあり、参加せざるをえない状況であったのだ。


「その通りだ。知っておったのかな?」


「僕が作った魔道具を持って行ったからね。帝国を脅すのに使ったのだと思うよ。」


「··················今、帝国を脅すと言わなかったか?」


「ああ、間違えた。説得する···だったかな。」


「まさか···武力による制圧を?」


「それはないよ。タイガは魔族との戦いに備えて、犠牲者は出さないように動くと言っていたからね。それに、武力で戦奴隷になっている者達を解放できても、国外に出すまでに狙われたら意味がない、とも言っていた。」


「···その魔道具とは、どんなものなのかな?」


「元々は、広範囲の畑に虫除けになる粉の散布を目的にした炸裂球なんだけどね。なんか、タイガはババ球、ババ球って言っていた。」


「ババ球?」


「粉の代わりに馬糞をつめるって言っていたよ。」


「馬糞!?まさか···それをどこかで炸裂させるのか?」


「うん。帝国の城で炸裂させたらおもしろいだろうなぁって、すごく悪い笑みを見せていたなぁ。」


「「「「···································。」」」」


国王や宰相、王太子たちは、何をするつもりなのか思い至ったようで、ひどく同情的な表情になるのだった。


「···さすが、魔王ね。」


ミーキュアの一言に、一同は深々と頷いた。




西に大海、中央に豊かな土壌を持つウェルズ公国。


漁業だけではなく、林業や鉱業なども盛んで、隣国群の中では最も資源豊かな国である。


しかし、この国では現在、ある大きな問題を抱えていた。


「陛下、またもや1艘が壊滅的な被害を受けました。」


「···艦船による攻撃は中止せよ。無駄に被害が増えるだけだ。」


公国のトップに立つのは、若き俊才と呼ばれるイリーナ・トルネ・ヴァスクァス大公である。


女性ながら、幼少期より政治・経済の分野を中心とした帝王学を修めた頭脳派で、15歳の成人となった歳から父である前公王を補佐していた。また、魔法こそは才能に目覚めなかったものの、剣の腕前も戦術についても、英才教育により非凡な実力を有している。


5年前に前公王が急死したことにより、当時公国軍の本部に所属して組織内の効率化に着手していた彼女は、周囲からの圧倒的な支持により戴冠する。


王制とは異なり、本来公王とは世襲制ではない。


それにも関わらず、議会の満場一致で公王となった彼女の有能さ、人格、そしてそれまでの功績は、万人が認めるところであったのだ。


当時の彼女の年齢は21歳。


しかし、若き公王はその手腕をいかんなく発揮させ、それからのわずかな歳月で国を大きく発展させてきたのだった。


「それにしても、シーサーペントへの対抗手段が他にありません。魔法士を投入するにしても、沖から近づいてこないことには魔法の有効範囲からも外れますし···。」


側近の1人が言うように、2週間ほど前から近海に現れたシーサーペントへの対応が思うように進んでいなかった。


直接、街や港に被害が出ている訳ではないが、漁業や近隣地域との交易に影響が出ており、経済的な被害は小さいものとは言えなかったのだ。


「空から攻めるというのは現実的ではないし、かと言って艦船では対抗ができない。やはり、多大な犠牲を覚悟の上で、艦隊による包囲攻撃の決断をすべきか···。」


公王イリーナは、眉間に皺を寄せながら、解決策を模索する。


絶世の美女と言うまでではないが、その容姿はそれなりに整っている。どちらかと言えば、可憐な顔立ちとも形容ができるが、平常時であれば親しみやすい美貌であることに、民からも人気のある人物である。


しかし、シーサーペントの対応に難航している今は、少し陰りのある表情をしていた。


その時、兵士の1人が、対策本部としている詰所に駆け込んできた。


「ご報告します。冒険者が、シーサーペントの討伐に名乗りを挙げてきております。公王陛下に許可をいただきたいとの事ですが、いかが致しましょうか?」


「討伐だと?その冒険者とやらは、何名のパーティーで挑むつもりなのだ?」


「それが···。」


「どうした?」


兵士の歯切れの悪い返答に、彼女は幾分かの興味をおぼえた。


「たった1人で挑むと言っております。」


「···································。」


何を馬鹿なと一瞬思うが、彼女はその無謀とも思える提案に、逆に興味を引かれてしまった。


「1人でどのように討伐すると言うのだ?」


「それが···特殊な魔道具を持っているとしか···。」


「···それで、その者は何か要望を出してきているのか?」


「討伐の間、艦船を近づけないようにと···それから、上部が鋭角な大型の盾を貸して欲しいとのことです。」


遠距離攻撃が可能な術でも持っているのであろうか。通常では空でも飛べない限り、有効な手段はないようにしか思えない。しかし、盾を貸与して欲しいとは···一体、何に使うのだろうか。


「···わかった。討伐を任せよう。盾も貸与するように。」


「は···よろしいのですか?」


「かまわぬ。可能性があるのなら、試してみても何も痛まんだろう。」


「陛下···売名行為や、陛下に取り入ろうとするヤカラとしか思えませんが···。」


側近の危惧は最もだったが、現状を打破できない今は、藁にもすがりたい気持ちがなくはなかった。


「不審な動きをするようであれば、すぐに取り押さえれば良い。それに、失敗したとしても、こちらには犠牲は出ない。」


こうして、公王は謎の冒険者の討伐劇を見守るのだった。




ウェルズ公国の兵士に冒険者とスレイヤーの証を見せたが、訝しそうな顔をされた。


他国の独自形態のものなので仕方がないのだが、なぜかそれですんなりと要望が通ってしまった。


まあ、不審な自称冒険者と思われているのかもしれないが、上層部に話を通したふしがあるので、おそらく誰でも良いからシーサーペントを何とかして欲しいのだろう。


それだけ、災いとしての悩みが大きいのだと推測ができるが、上手く解決できれば公王との面会も実現するかもしれなかった。


「ほら、要望通りに盾を持ってきたぞ。」


兵士から渡されたのは、全長2メートルくらいの上端が鋭角な盾。元の世界ではヒーターシールド、またの名をアイロンタイプと言われている。その名の通り、アイロンの形に似ているからだ。


大きさの割には、重量はそれほどでもない。とは言え、数十キロはあるその盾は、通常なら片手で持って行軍するのは、なかなかに厳しい代物である。


壁盾と言われ、バリケードを築く際に使用する類いである。


「じゃあ、遠慮なく。」


「討伐に向かうのであれば、今からすぐでも可能だそうだ。」


「先ほど大破した艦船があったが、それは良いのか?」


「残念だが、救出に向かうにしても危険すぎるからな。二次災害になるのが目に見えている。」


確かに、言われた通りに救助活動を行うなど、自殺行為でしかない。


「わかった。これから討伐に行く。」


俺は盾を片手で持ちながら、浅瀬のエリアに向かった。


「細身なのに、あの盾を軽々持ってやがる···何者なんだ···。」


残された兵士は、謎の冒険者の立ち居振舞いに、今更ながら驚きを隠せなかった。




衣服が水に濡れて、動きが阻害されることを嫌った俺は服を脱ぎ捨てた。


とは言っても、全裸ではない。


さすが海辺の街ということで、こちらの世界の海パンが売っていたのである。


本来なら、保温や防傷などの機能性を備えたウェットスーツが欲しかったところだが、この世界では望めないだろう。


膝上丈のステテコ風海パンを装備した俺は、盾を持ちながら海に入っていくのだった。




「うわ···脱いだ···。」


現地の作戦本部では、謎の冒険者の動きを映像で追っていた。


空間を操る魔法の1つに、遠隔地の映像を投射する術がある。これは、術者自身が見た内容を、媒体となる物···今回なら、部屋の内壁に映し出すものである。


簡単に言えば、ニュースの現地でとらえた映像を、モニターで観る中継映像と思えば良い。


公王イリーナは、その映像を食い入るように見ていたのだ。


場面は浅瀬の砂浜。


そこに1人の男···シーサーペントの討伐を買って出た謎の冒険者が映し出されており、つい先ほど海パンに着替えたところであった。


「む···む、細身かと思えば、脱いだらスゴい系ではないか。しかも、男性のアレなど初めて見たぞ。」


ぶつぶつと独り言を呟いているが、幸か不幸か、ここにはイリーナしかいなかった。


···客観的に見れば、ただの盗撮や覗きの類である。


「しかし···良い体をしているな。冒険者だからか···いや、それにしては洗練されている気がする。貴族と言われてもおかしくはないか···ん~、あの腹筋が良い。」


ただの痴女である。


「陛下、よろしいですかな?」


冒険者の裸体···いや、討伐作戦の映像を観ていたイリーナは、突然のノックと声にビクッとしながらも、瞬時に表情を普段のものに戻し、軽く深呼吸をした。


「どうした?」


「ダレンシア帝国にいる協力者から、報告が入りました。」


「このタイミングで···一体、何事だ。」


「アースガルズ王国に現れた魔王が帝国を懐柔し、これまでの好戦的な態度を改めて、協調路線に転じたとのことです。」


「···それは真か?」


「はい··魔王が皇帝及び、上流貴族に何かを仕掛けたのは間違いないようです。」


「何を仕掛けたと言うのだ?武力闘争か?」


あのダレンシア帝国が、それほど簡単に落ちるとも思えない。


となれば、圧倒的な戦力差による恫喝···。


「それが···王城内で厳格な箝口令がしかれており、事の詳細は掴めないと···ただ、上層部に死者やけが人などは、誰1人としていないそうです。」


「それでは一体何が···。」


「それと、魔王についてなのですが、黒髪黒瞳の長身痩躯で、肌が少し浅黒い人族らしき容姿だと···。」


イリーナはそれを聞いた瞬間、映像を凝視した。


「まさか···。」


「はい···その可能性は否定できないかと···。」


その頃、そのまさかの当人は念入りにストレッチを行い、海に入る準備をしていた。




盾の鋭角な上端を沖に向けて、水に沈めた。


手前側の縁に体重をかけて、前方を浮かせる。


「さあ、楽しい狩りを始めようか。」


気分に合わせて思いついたことをつぶやく。


寒い···これでは中二病だ。


まあ、良い。


どうせ誰も聞いていないし。


気にせずに、WCFTー01を手に取る。


水属性に切り替えて、銃口マズルを斜め後ろ下に向けて引金トリガーをしぼる。


ブフォッ!バチャッ!!


その瞬間、俺の体が頭から海に突っ込んだ···。


どうやら、トリガーをしぼり過ぎたようだ。普通の銃器と違って、加減が難しい。


俺は濡れた短い前髪をかきあげた。


もう一度、同じ体勢になり、ゆっくりとトリガーをしぼる。


半ば水中にある盾が少しずつ前方に押し出され、すぐに海水をかき分ける。


盾をサーフボードに見立てての前進。


WCFTー01から出る水噴射を動力として体を押し出し、その力を両足から盾に寸分なく伝える。


前後の足で盾が浮き上がるのを調整しながら、上体をひねり、膝の動きで舵を取る。


ぶっつけ本番ではあるが、沖に向けての滑走に成功した。


徐々にトリガーのしぼりを強くすることで、スピードを速める。


足裏に感じる波や水圧の変化、身体のバランス、トリガーのしぼり具合。


少しでもコントロールをミスれば、海面に叩きつけられそうだ。


だが、こういったものは慣れである。


5分ほどトレーニングがわりに調整を行い、コツを掴んだ。


「タイガ、行きま~す!」


ガン◯ムのあの人をマネての独り言。


俺はトリガーをさらにしぼり、シーサーペントに向けて加速した。




「盾を船に見立てた!?」


謎の冒険者の映像を観ていたイリーナは、驚愕に思わず叫んでしまう。


変則的な1人ウェイクボード状態のタイガの行動ではあるが、この世界でのマリンスポーツに類似したものはない。


それに、WCFTー01を動力源としているが、そのような魔道具自体が普及している訳もなく、その映像は圧巻とも言えたのだ。


「すごい···あれが魔王の所業···。」


「陛下、まだあの者が魔王と決まったわけでは···。」


「失敗してもただでは転ばない勤勉さ、「さあ、楽しい狩りを始めようか。」とつぶやいたり、前髪をかきあげた時のセクシーさ···良い。良いっ!」


側近の言うことなど聞いちゃいない。


「魔王··帝国を無血で懐柔し、我が国の危機には颯爽と現れた。これは···これは!?」


普段から多忙を極め、その有能さゆえに浮いた話の1つもなかった公王イリーナ。


彼女とて、立場を考えなければ、1人の女性である。


自分の常識を打ち破る謎の冒険者···いや、魔王らしき人物の行動を見て魅了されていき、手に汗を握るような興奮を隠しきれなかった。


かなり歪んだ視点で見ているのではあるが、彼女にはタイガの個性が眩しく映っていくのだった。





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