第2章 亜人の国 46話 「動乱」

王国騎士団のフェミリウム将軍の派閥下にある将校たちも、今回のクーデターに疑問を持つ者は少なくはなかった。


なぜ、今のタイミングで?


軍事的にも強国に囲まれ、魔物が蔓延る魔の森を背後に持つ王国にとって、短絡的な内乱は隣国群につけいる隙を与えることとなる。


それ故に、軍事力で支配するクーデターは、綿密な計画の上での実施となる予定であった。


しかし、突然の将軍の大号令により、王城を占拠するという大胆な行動が発起されるに至る。


城内の動きに敏い者であれば、その発端が王太子セインと近衛親衛隊長の不在、そして亜人との協議の目処が立った今だからこそと思う者もいる。


しかし、それにしても突然の事態である。


「将軍閣下は、どこぞの国と独自に交渉でも持ったのだろうか?」


他国の後ろ楯があれば、今回のような急変も頷けないこともない。


ただし、あのプライドの高いフェミリウム将軍が、他国と対等ではない関係を築けたりするものであろうか。


クーデターに対して他国の後ろ楯を持つということは、事後において対等な関係を築くということは困難を極めることとなる。


しかも、数ヵ国と接する王国の立地を考慮すると、後ろ楯となる国は一国だけというわけにはいかない。


近隣諸国は互いに牽制しあっている。


軍事力で均衡する隣国群数ヵ国と交渉を持つなど、可能であるとは思えない。


「将軍の乱心でなければ良いのだが···。」


ある将校は、自らの担当である場を制圧しながらも、先行き不安な思いにかられるのであった。




「魔王と···魔神の力を恐れたか?」


将軍が反旗を翻したタイミングを考えると、国王が思い及ぶ事象はそれしかなかった。


「恐れる?魔王や魔神など、私の敵ではない。」


異常なまでの自信をその表情に浮かべたフェミリウム将軍は、国王の言葉に異を唱える。


「聞かせろ。そなたがこのような暴挙に及んだ理由は何だ?」


将軍や将校たちに剣を向けられた国王ではあったが、冷静に状況を見極め、活路を見いだそうとする。


国王という立場である以上、武力による脅しになど屈する訳にはいかない。


種族の問題を棚上げにしていたとは言え、国主である。そして、国の将来を託せる後継者と、魔族の脅威をものともしない協力者を得た今となっては、自身の命など礎になればそれで良いとも感じている。


「武力だけで安寧を得られると考えている愚か者の思想とやらを、聞こうではないか。」


だが、その毅然とした態度が、謀反を企てた者の最後の理性を奪うこととなるとは、皮肉なものであった。


「愚王よ。貴様の時代は幕を閉じる。潔く散れ。」


「陛下っ!?」


既に将軍の配下である将校たちに動きを封じられ、国王の危機を打開できない近衛親衛隊の騎士たちが、悲痛の叫びをあげる。


「騒ぐな。平伏する者は、身丈にあった取立てをしてやろう。」


まるで、自らの玉座に向かうが如く、ゆっくりと国王に近づいていくフェミリウム将軍。


場にいる宰相をはじめとした文官たちは、国王の身を案じながらも、捕縛された身の上では状況を見守ることしかできなかった。


「安心するが良い。すぐに済む。」


フェミリウム将軍は、不敵な笑みを浮かべた。


と、その時···。


「なっ!?」


突然、国王と将軍の間に、黒い鎧を纏った者が現れた。


「······························。」


何が起こったのか理解が及ばず、目の前の人物を呆然と見つめるフェミリウム将軍。


次の瞬間、黒い鎧を纏った者が、フェミリウム将軍の胸に痛烈な蹴りを放った。


「ぐふおぉぉぉっ!?」


咄嗟のことに防御が間に合わなかった将軍は、強烈な蹴りに体をふっ飛ばされ、10メートルほど後方の床に叩きつけられた。


直後、まばゆい光が鎧の男から発せられ、場にいる者すべてが視界を遮られる。


「···ぬ···一体、···何が···!?」


しばらくしてから視力を取り戻した国王は、正面に見知った人物がいることに気がついた。


「···タイガ殿?タイガ殿か!?まさか、助けに来てくれたのか!?」


「···う···。」


「タイガ殿?」


「おぉえぇぇっ···。」


タイガは、ひどく嘔吐いていた。


「···ああ··もう···やっぱ慣れんな···最悪だ。」


吐瀉物こそ出さなかったものの、蒼白な顔をするタイガに、周囲の者たちは絶句しかできなかった。




テトリアの鎧が復活したので、もしやと思い神威術である転移を試してみたのだが···。


タイガは胸の辺りを触りながら、ウ◯コ座りのポーズで気分の悪さの解消に努めようとしていた。


その様子を見ていた国王と宰相は、心強い援軍が来たことに安堵をしていたが、同時に「玉座の前であんなポーズをする人物がいるとは、どこの国でも前代未聞だろうな···。」などと、苦笑いをしていた。


「···ところで、剣を構えて間近にいたから思わず蹴ってしまいましたが、何があったのですか?」  


虚ろな目で視線をさ迷わせていたタイガは、重苦しい雰囲気と、玉座の前で武具を手にする騎士たちを見渡して、誰ともなしに質問をしてみた。


「···もしかして、状況をよく知らずに来たのか?」


「ちょっと転移···瞬間移動の力が戻ったので、試しに王都に来てみたのですが···まさか玉座の前に出るとは予想外でした。精度に問題がありますね。」


話しているうちに吐き気がおさまってきたので、状況把握につとめることにした。


「瞬間移動···そんなものまで使えるとは···だが、そのおかげで助かった。礼を言う。」


「···その様子ですと、将軍が反乱でも起こしたのですか?」


「そうだ···武力で強引に王城を制圧しようとしたのだ。」


倒れている将軍を見ると、手足を痙攣させている。


周囲では、抜き放った剣を持つ騎士達が、こちらを見ながら警戒を強めている。


「はあ···将軍の指示で動いている者は、すぐに武具を捨てて両手を上げたほうが良い。誰かを人質にするなら、即死ぬと思え。」


最大限の殺気を放ちながら、警告の言葉を発した。


万一、従わずに人質に危害を加えたとしても、言葉通りに動くだけだ。


映画やドラマなどでよくあるシチュエーションだが、「人質がいるから言う通りにしろ!」などという言葉には従うべきではない。


例え、仲の良い友人や家族が盾に使われていたとしても、相手が人質を取るという行為事態が、何らかの交渉であるに違いないからだ。


人質を取って交渉をすることが、自らに訪れる危機や、煩わしい事象を回避したいというのが目的と考えれば、その人質に危害を加えることは、さらに大きな障害が自身に降りかかるのだと思わせることが、最適解となるのである。


こういった思考は、エージェントとしての合理的、かつ有効的なものと言えた。


魔族と対峙することが多かったからなのか、魔王と呼ばれるようになったからなのか···よくはわからないが、俺の放った殺気が度を越し過ぎていたようだ。


まず、周囲にいる文官達が、生まれたばかりの子鹿のように、膝をガクガクとさせて床に腰を打ちつけた。


続いて、敵味方問わずに、騎士達が涙目となり、同時に呼吸困難に陥って、やがて武具を取り落とす。


「近衛親衛隊、今のうちに拘束を。」


そう言ったのだが、誰も動こうとしない。


「おい···。」


呆れて見渡すが、動きはなし。


「··························。」


まだ···動かない。


「職務放棄かっ!?さっさと動かんかいっ!!」


さすがにイラッとしたので、怒鳴ってみるとすぐに動き出した。


近衛親衛隊は、反乱分子である将校に向けて駆け出す。


一方、拘束される側の将校たちは、自らうつ伏せとなり、両手を腰の後ろで組んで···なかなかシュールな絵面だ。




順調に反乱分子の拘束が進んでいる中、国王と宰相に目を向けて見るのだが···おい···2人とも、股間のところが少し濡れているが···。


「んん···陛下と宰相殿は、お気を鎮められるために、一度お部屋にお戻りください。ここは、私が見ておきますので。」


「お···おお···その配慮···実にかたじけない。」


2人は両手で濡れた部分を隠しながら、小走りに去って行った。


うん、見なかったことにしよう。


「き···貴様···。」


憎しみのこもった声がした。


同時に、悪意が膨れ上がる。


将軍がゆっくりと立ち上がり、俺を睨みつけてきた。


目が血走り、蹴られたからか、口からはヨダレを垂らしながら、憤怒の形相をしている。


「魔王ごときが···神の使徒様に見いだされた力で、八つ裂きにしてくれるわっ!」


将軍が掲げた右手には、ある物が握られていた。


あれは···。


ん···女性同士が使う大人のオモチャ···ん、んん···何をしているのだ、あのオッサンは?


目が血走り、口からヨダレを垂らした息の荒いオッサン。


手にする道具と相まって···超ド級の変態に仕上がっている。


い、いやいや、それは頭に乗せるものじゃないぞ。


ちょんまげ?


いや、某ウル◯ラマン?


「我が真の力を見せてやろうぞ!」


これは···やはり堕神の···ぷふっ、ヤバい···シュテインめ、俺の腹筋を崩壊させるつもりか!?


将軍の邪気が突発的に増大した。


身につけた衣服や鎧が弾け飛び、体が巨大化していく。


「真の力を解き放ったら、貴様など敵では···。」


ドンっ!


俺はSGー01を取り出し、将軍が頭に装着した卑猥な物を撃ち砕いた。


「な···!?」


「変身したいのか、変態になりたいのかは知らんが、目の前の敵が悠長に待ってくれると思っていたのか?」


急速に邪気が消えていく。


俺はナックルナイフに持ちかえて、将軍の両足の腱を切断した。


「ぐ···あ···貴様···騎士道を···。」


「おまえに騎士道を語る資格はないだろ?それに、俺は騎士ですらない。」


倒れながらも、正論を吐こうとした将軍に理詰めで返した。


もはや、ツッコミですらない。


こうして、将軍の反乱は偶然も重なり、スピード解決となった。


残念ながら、何のオチもつかずに···。




とりあえず、国王と宰相が戻ってくるまでに、あの卑猥な物について、尋問をすることにした。


おそらく、竜人族の里にあったビリ◯ン像と似たようなものだろう。


なぜ、形がアレだったのかは不明だが、シュテインは子供の姿をしていた。ああいった物に強い興味を持つ多感な年頃だと、無理やり納得することにした。


···あれが普通のアイテムなら、回収したい気もするが···使ってみたいし···。いや···相手がいないから、所持しているだけで性癖を疑われるか···やっぱりなくて良い。


「······························。」


気を取り直して、神の使徒とアイテムについてを将軍に尋問したが、さすがにすぐには口を割らない。


となると···。


俺は破龍を取り出し、仰向けに拘束した将軍の顔の周りを突きまくった。


指と指の間にナイフをトントンと指していく遊び···確か、ハンド・ナイフ・トリックと言ったか。


あれの顔バージョンだ。


切っ先は顔面のど真ん中に向けて構え、突きながら軌道をわずかにそらして床を突く。


徐々に速度と殺気を増していく。


マシ。


マシマシ。


マシマシマシ···。


2分で将軍は堕ちた。


顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、全身に脂汗···そして、股間は失禁でぐっしょりだ。


大した情報ではなかったが、やはりシュテインは、神の使徒ロックとして将軍に近づいたらしい。


あの卑猥な物は、神の力で能力を限界突破させるものだと聞かされていたそうだ。


形状に何の疑問も持たなかったのかを聞いてみたが、答えは意味がわからないものだった。


アレは、神のアレを模したものだそうだ。


···んなわけあるかい。


これまでの体験からして、この世界の神は低俗なものと認識をせざるを得なかった。


ボケた神ジョークに、くだらないキーワード、それに···卑猥なアレ。


俺は無信仰者だが、前の世界の神は崇高な存在だったのだなと、改めて認識をさせられてしまった。


···まあ、いい。


とりあえず、国王と宰相が衣装直しを終えて戻ってきたので、落ち着いた頃合いを見計らって、ミン達のもとに戻ることにした。




「う···うぉえぇ···。」


「···大丈夫、タイガ?」


「ああ···気にしないでくれ。」


再び転移をして戻ると、嘔吐く俺をミンが心配そうに介抱してくれた。


背中をさする手が心地いい。


「タイガ様···もしかして···。」


「···なんだ、リーナ?」


「赤ちゃ···。」


バシッ!


くだらないことを言いかけたリーナに、モンゴリアンチョップをくらわせた。 


「で···殿下···。」


「ほう···激しいな···。」


···トゥーランはともかく···セインはそれで良いのか?


本当に···この国に未来はあるのだろうか?


ふと、ミンを見ると、苦笑いを浮かべている。


自然な感じで俺の耳に口を近づけたかと思うと、「あんな感じの方がやりやすい。あまり、キレ者だと大変だから。」と、さらっと毒を吐いていた。


まあ、確かにそうだろう。


これから先、協議をする相手に隙がないと、いろいろと大変だ。


しかし、相変わらずミンは良い香りがする。こちらの大陸に来てからは、これが一番の癒しに違いない。


「ズルいですよ。内緒話に私も加えてください。」


ビクッとした。


反対の耳に、微かな息と声をかけてきたのはリーナだ。


···こいつ···もう復活しやがった。


というか、そのサイレンサースキルは心臓に悪いからやめてくれないか?


そう思いながら、リーナの顔をチラ見すると···。


おい···その白眼も怖いから、やめろよな。








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