第2章 亜人の国 45話 「素顔のリーナ」
「複数名による魔法術式か。初めて見たよ。」
「·······························。」
「鼻水が出ているよ。お爺ちゃん?」
「···ば···ぶぁかな···。あの術式が破れるはずが···。」
聞いてねぇし。
一番老齢な宮廷魔法士は、このグループのトップなのだろう。
青白い顔に鼻水を垂らしてブツブツとつぶやいている老人以外は、どうしていいのかわからないというようにオロオロとしている。
「サジンっ!彼は敵ではない。」
上から飛び降りてきた王太子が、老人の名前らしきものを叫びながら駆け寄ってきた。
「···殿下。やはり···やはり、この者は···この世のものではありません。」
まあ···確かに。
別の世界から来たから間違いではないが···ひょっとして、化物扱いをされているのか?
「彼は魔王だが、我々と対魔族の共闘を申し出てくれている。」
「無理ですぞ···ヘカトンケイルを単独で屠り、我ら宮廷魔法士最大の術式までが破られたのです。こ···こんな怪物が、人族の話を聞き、助力するなど、ありえませぬ!」
お~、ひどい言われようだな。
いきなり人外指定ときたか。
「それは違う。なぜ、そんな風な思い込みをしているのだ?」
「あ、あのプライドの高いフェミリウム将軍が、『奴は本物の厄災だ。両殿下を巧みに拐かし、国を乗っ取ろうとしている。自分では対処が難しいから、宮廷魔法士の力を貸してくれっ!』と、頭を下げてきたのですぞっ!そんなことは普通ではありえま···。」
「大丈夫です。タイガ様は味方です。」
ここでリーナが介入をしてきた。
なぜか薄ら笑いを浮かべているのが気になる。
「リーナ様!?この男がどれだけ危険か、おわかりになられないのですかっ!」
「何を言っているのです?タイガ様が危険?勘違いも甚だしいですよ。」
ふふーんと勝ち誇るリーナだが、俺には嫌な予感しかない。
「だから、それがおかしいのです!冷静に考えれば···。」
「うるさい。黙れジジイ。」
おお。
そうか、これが···リーナの素か···。
「···は?」
「タイガ様がその気なら、王国騎士団2万名は、半日ともたずに殲滅されるでしょう。」
リーナが余計なことを言い出したが、セインが黙って聞いているので、様子を見た方が良いだろう。
嫌な予感しかしないが。
「それに、魔法士として国の最高峰である、あなたたちの魔法も通用しなかったのですよ。」
「ぐ···それは···。」
「現実を直視して、本音で話をしてください。あなたたちが恐れているのは、魔王としてのタイガ様じゃないでしょう。これまでの体制や常識が通用せず、自分達の立場が侵されることに恐怖している。ただ、それだけだと思いますけど?」
···リーナが真面目な話をしている。
普段とのギャップが激しいが、流石は王女といったところか。
なぜか、ずっと笑顔なのが気にかかるが···。
「わ···我々は国のことを思い···。」
「そんなことを言っても、わかっているのですよ。この際だから申し上げますけれど、あなたや文官、貴族も騎士の高官も自分達のことばかりじゃないですか。国のため国のためと言いながら···。」
よくわからないが、リーナの中にある何かのスイッチが入ってしまったようだ。
チラッとセインを見てみると、うんうんと目を閉じて頷く姿が見えた。
やはり兄弟である。
そして、彼はシスコンに違いない。
···これはひょっとして、長期戦か?
1時間後。
「···だから腹黒いのは仕方がないとして、腹芸ばかりをやりすぎなのですよ。それに比べて、タイガ様は自分の名声などに欲がなさすぎなのです。本当に、こんな美少女がグイグイと迫っているのに痛い娘を見る眼をされるし···。」
まだリーナの説法は続いていた。
宮廷魔法士たちは正座をさせられ、足のしびれに体を動かすと、リーナが手に持った棒で足を突っつき注意をするという、真綿で首を絞めるような、やんわりとした拷問のような状態が続いている。
なぜか、たまに言は俺にも飛び火してくるが、そこはスルーしている。
因みに、トゥーランがリーナを止めようと声をかけたのだが、感情のない目で数分間睨まれ、見事に撃退されていた。
早く終われよなと思いつつも、リーナに絡まれるのが面倒なので、岩壁を背もたれにして、微睡むことにする。
眼を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。
意識をすべて手放さず、一部を気配察知のために使う。
「···ん?」
魔の森側の岩壁の上に、複数の気配を感じた。
殺気などではないが、こちらをうかがっているようだ。
俺は、「少し偵察に行ってくる。」と、サブリナとエルミアに告げて、気配の主のところに向かった。
「だいたい、あなた方は···。」
その横では、リーナの説法がさらに加速の気配を見せていた。
立ち位置からして、相手の視界から逃れるには、気を操って近づくしかない。
注意を引くために、ランニングマンの振りで踊る。
気を置き、同時に岩壁まで移動。
勢いをそのままに、岩壁の小さな出っ張りに手足をかけて、一気に跳び上がった。
渓谷の上に着地した俺は、相手の気配を読みながら、次の動きを待った。
複数の気配が一瞬だけ戸惑いを感じさせたが、やがて1人の人物が姿を現す。
「タイガ。」
彼女は微かに笑みを浮かべている。
随分と久しぶりのような気もするが、目的の人物と早い段階で再会できたことは、僥倖と言えるだろう。
「久しぶりだな、ミン。」
「うん。今日は、意外と普通に現れた。」
「ん?」
「全裸とか、カツラで変装したりとか、意外性がないのが残念。」
「···その黒歴史は忘れよう。」
「···わかった。新しい歴史が刻まれるのに期待。」
ミン様···普通に再会を喜ぼうぜ。
変な期待はやめていただきたい。
「やっと再会できたのね。」
「呆気ない再会だったね。せっかく僕がアンデッドの巨人を吹き飛ばそうかと思っていたのに。」
「あなたの吹き飛ばすは、渓谷全体を消滅させそうだから、ダメだと言ってるでしょう?」
笑えない漫才を繰り広げているのは、ミーキュアとカリスだ。
この2人が仲良くなっているのは不思議だが、ボケとツッコミ担当と考えれば、納得する自分がいる。
「おお、ミーちゃんとカリっす。」
「「変な呼び方をするな!」」
ダブルツッコミも可能らしい。
「騒がしいのも良いけど、大丈夫なの?渓谷の下からすごい視線を感じるけど。」
「イリヤも久しぶりだな。」
「···うん。元気そうで良かったわ。」
イリヤは顔を赤くして、視線を合わせてはくれなかった。
その様子に、再会早々に黒猫セクハラ事件を思いだしてしまった。
いや、あれは未必の故意ですらないぞ。
事故だ、事故。
「タイガ様···その方たちは···。」
宮廷魔法士に説教をしていたリーナが、こちらを見て話しかけてきた。ようやく彼らも解放をされそうだ。
「···はあ···助かっ···。」
「そこっ!」
「ぐはあぁぁぁぁぁぁ···。」
気を緩めて正座を解こうとした宮廷魔法士の足に、リーナの棒突きが決まった。
まるで閃光のような動きだ。
···コイツ、やるな。
「あなた方への話はまだ終わっていません。そのまま、しばらく待機しておいてください。」
すごいなぁ。
引き出しがいっぱいあって芸人向きだな。
やっていることは鬼軍曹のようだが···。
「協議の相手だ。みんな、そこのイケメンがセイン王太子殿下、この···リーナ王女だ。」
「タイガ様、今の間は何でしょうか?」
「···あっ!?宮廷魔法士がまた動いているぞ。」
「そこっ!」
「ふぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
···いい年のジジイが、悶絶して地面を転げ回る絵面を初めて見た。
合流したメンバーは、狐人族ミンにエルフのミーキュア、魔神カリス、精霊族のイリヤにエルミアの親父とガイだった。
アグラレスとミンが主導して連合内での調整を行い、ある程度のまとまりが見えてきたので、残務は他の者に任せて俺と合流をするためにルービーに向かうところだったらしい。
「まさか王太子殿下まで来るとはな。どんな裏技を使ったんだ?」
ガイは心底驚いているようだった。
「話せば長くなるが···端的に言えば、向こうも同じようなことを考る者がいた。」
「もしかして王太子殿下が?」
「そうだ。よくわかるな?」
「様子を見ていれば何となくな。俺たちを見ても普通だし。」
獣人やエルフを見ても、普通にしている。
それがなかなかできないのが、この大陸の人族なのだ。
ただ、それはお互い様ではある。
ここにいるメンバーが特別なのだと、ガイは語った。
違う環境にいれば、どうということのないことが、ここではなかなかに難しいことだったりするのだ。
「あなたがミンさんですか?」
「そう。」
ミンとリーナが、顔をつきあわせて何かを話している。
気になったので、近くで話を聞くことにした。
「···あなたも、スキルで人の善悪がわかるのですか?」
「あなたもということは、王女殿下も?」
「はい。おかげで嫌な想いをしてきました。」
ミンが確認するように俺を見てきた。首肯して事実であることを伝える。
「そう···気持ちはわかる。」
「ですよね···あの、ところで···。」
「何か?」
「その耳やしっぽがモフモフしていて気になるのですが···触ってもいいですか?」
「断固拒否。」
「うう···痛くしませんから。気持ち良くしますから。はあ···はあ···。」
変態かおまえは···。
「私の耳としっぽを愛でて良いのはタイガだけ。」
ん?
ミン···何を言っているのかな?
「ミンさんとタイガさんは···そ、そそ、そ、そんな関係なのですか!?」
「そう。そそそな関係。」
どんな関係ですか、ミン様?
「そ、そんな···やはりタイガ様も···。」
なんじゃい?
「ミンさんっ!」
「何か?」
「その耳としっぽをお譲りくださいっ!」
「···そんな猟奇的な頼みは無理。」
「···ですよね。」
「こうすれば良い。」
そう言うと、ミンはリーナの髪を結いだした。
「はい。似合う。」
リーナの髪型はツインテールになった。
耳の代わりか?
会話の内容は意味不明過ぎるが、2人が打ち解けていくのを見て、微笑ましさを感じた。
「こ···これは···もしかしたら、タイガ様が好きな髪型ですか!?」
「···さあ?知らない。」
「···そう···ですか···。」
しゅんとするリーナを哀れに思ったのか、ミンがとんでもないことを言い出した。
「髪型の好みは知らないけど、タイガは裸が好き。あと、ハゲは嫌い。」
「裸が好きで···ハゲが···嫌い?」
「そう。」
おい···。
「それは、もしかして···毛深い裸の女性が好きってことですね!?」
「なんでやねんっ!」
リーナの意味のわからない勘違いに、思わずツッコミを入れてしまったが···それと同時に、体が光りだした。
「何だコレ?···あ···もしかして···。」
「タイガ?」
「タイガ様!?」
一瞬後、まばゆい光がおさまり、そこに現れたのは、懐かしの漆黒鎧を纏ったタイガだった。
「···タイガが···覚醒した?」
「な···何ですか、それ!?」
これって···アレだよな?
テトリアの鎧···。
「うおおーっ!ついに正体を現したな!!」
「うるさいです!」
「ふぎゃああぁぁぁぁぁ!」
鎧を纏った俺を見た宮廷魔法士のジジイが騒ぎだしたが、リーナの一突きでまたもや地面をのたうちまわった。
「···なんでやねん。」
再びキーワードをつぶやく。
発光が始まり、その光がおさまる頃には、元の姿に戻っていた。
「これは···。」
なぜこのタイミングで再発動したのか···。
明確な理由はわからない。
もしやと思い、アトレイクの名前を呼んでみるが、返事はなかった。
もしかして···アトレイクからのミッションをクリアしたのだろうか。
ゲームでよくある条件クリアみたいなもので、力が戻ったとか?
「タイガ、今のは?」
「英雄···いや、元英雄テトリアの鎧だ。こちらに来てからは、纏うことができなかったんだが···。」
「それにはどんな力があるの?」
ミンが興味深げに聞いてきた。
「···英雄になった気分になれる。」
「···他には?」
「視界が狭まる。」
「それで?」
「可動域に制限が加わり、素早さも低下する。」
「···メリットはないの?」
「···ちょっとだけ、防御力が上がる···らしい。」
「···なぜ···あれを纏うの?」
「俺の方が聞きたい···。」
役立たずスキルですよ···。
一方、王城では、かつてない波乱が巻き起こっていた。
「フェ···フェミリウム将軍。そなた、血迷ったか?」
「血迷う?何を仰っておられるのですかな?」
王国騎士団の一部が要所を制圧し、その主導者である将軍が玉座に剣を向けていた。
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