第2章 亜人の国 47話 「共生①」
王都に戻ってきた。
デューナとはルービーで別れ、宮廷魔法士たちについては、勇者マイクと共に別の馬車で移送されることになった。
今ごろは、王城で近衛親衛隊による取り調べを受けていることだろう。
「ミンが代表として、協議に参加をするのか。」
俺たちはサブリナの好意で、クランハウスに間借りをしていた。
「そう。本来は各種族の長たちも同席した方が良かったかもしれない。でも、今の段階ではまだ無理だから。」
積年のわだかまりは、すぐに解消されるものではない。
今は冷静に対応ができるメンバーが、協議の席に着くべきだろう。それに、ミンのスキルは自分に向けられると脅威だと思う者が多いが、味方として交渉の席に立ってくれると考えれば、文句を言う奴も少ないはずだ。
「僕も登城するよ。」
「カリス···目的はなんだ?」
「ああ、その眼差しは傷つくなぁ。僕は君が嫌がることはしないよ。もう少し、信用してくれても良いんじゃない?」
「そういうつもりじゃない。自発的に動くのが不思議だと思ってな。」
カリスは知的好奇心や探求心の塊だ。好んで煩わしい政の席に立つのが、不自然に思えた。
「この国は歴史的な書物を数多く所蔵しているからね。城内の限られた人しか入れない書物庫を見てみたい。」
「···ふむ。ちょうど良いかもな。」
「何が?」
「王都の有事の際に、魔神であるカリスが守護役になるから、その代わりに書物庫の出入りを自由にさせてもらえないか交渉できないかと思ってな。」
「だったら、専用の研究室も欲しい。」
「わかった。協議の前に王太子に話しておく。」
こういった事は、事前の根回しがものを言う。信用されているかどうかは別として、有事の際に魔神が王都を守ってくれるというのは魅力的な提案だろう。
「ドワーフの職人も入れたいとこだね。」
···王城内に本格的な研究開発工房を作ろうとしていないか?
「その辺りはおいおいだな。」
「そうだね。決済者を調べてから、精神干渉で言うことを聞かせたら良いか。」
「いや、ダメだろ。」
「え、ダメなの?」
「···より良い環境を長く確保したいのなら、不信感を持たれないようにした方が良い。」
「え~、面倒だな。」
「ドワーフにも精神干渉を使ったのか?」
「使わないよ。職人として劣化するもん。」
「じゃあ、それと同じだ。どんな奴でも、時に斬新なアイデアを閃いたり、何かのヒントをくれたりするものだ。だから感性は大事にしないといけない。」
「···なるほど。そういうものか。」
「互いに好意的であれば、持てる力以上のものが出せたりするからな。」
「おおーっ。」
カリスは子供のようなものだ。
自分に利がある事を諭せれば、意外に素直に聞いてくれたりする。
「そうかぁ。タイガは僕に好意を持っているから、より良い環境を構築してくれようとするんだね。」
「まあな。」
「じゃあ、今夜あたりいっとく?」
「···何を?」
「夜伽。」
いらん。
事あるごとに誘惑するんじゃねえよ。
協議の日がやってきた。
登城したのは俺とミン、ミーキュアにイリヤ、カリス、そしてガイの総勢6名である。
メンバーの選定においては、可能な限り多種族であることを念頭に置いていたが、ダークエルフとしてガイの参加は必須だと言えた。
人族との確執は、どの種族でも持ち合わせている。しかし、歴史的な背景を考えれば、ダークエルフという存在は、これを機に正しい方向に持っていかなければならない。
「俺たちは、他の種族とは違う。タイガ達の重荷になるのは明白だ。」
ガイは協議への参加には消極的だった。
「良い機会だ。逆に、その確執が取り除けるのであれば、こちら側としてもこの国を信じるに値すると判断ができる。」
「···すまない。おまえに会えて良かったよ。」
「まだ始まったばかりだ。だが、ミンは公正に見る。協力してあげて欲しい。」
俺はガイの肩を軽く叩いた。
「勇者マイケルは、洗いざらいを吐いたよ。フェミリウム公爵は拘束されて、取り調べを受けている。」
待合室で待機していると、トゥーラン隊長が訪れて説明をしてくれた。
「公爵はどうなる?」
「さあ···な。公爵が罪に問われるというのは前例がないが、今回は言い逃れもできないだろうし、陛下との仲も良好ではないからな。軽くて除爵、最悪の場合は極刑もありえる。」
まあ、無難なところだろう。
「宮廷魔法士は?」
「彼らは···あんたに判断を委ねるそうだ。」
「なぜ?」
「国を思うが故での蛮行だ。忠誠心がなくなった訳ではないからな。」
宮廷魔法士は、その才能や立場を考える上で、国にとって重要な人材である。明らかな犯罪行為や、反逆ではないと考えられる今回の事案では、国王や宰相も処断しにくいのであろう。
下手に罪に問えば、宮廷魔法士全体の士気や忠誠心に悪影響が出るのは確実だ。
「だったら、無罪で良いと思うぞ。」
「···良いのか?」
トゥーランだけでなく、ガイ達も意外な顔をしている。
「あの程度で命を狙われたなどとは思っていないからな。実害もなかったし。」
「····································。」
「ああ、ルービーの冒険者がヘカトンケイルにビビっていたな。彼らは人族じゃない。その辺りも念頭に入れて、協議をしてくれれば良い。」
暗に、貸しが1つできたと仄めかした。
「···わかった。その旨は、陛下達にお伝えする。」
「あと、宮廷魔法士のオッサンにも伝えて欲しいことがある。」
「···なんだ?」
「禁術の意味がわかっているなら、2度と使わないように言って欲しい。無関係な人間に被害が出たら、さすがにキレるぞと。」
「···必ず伝える。」
トゥーラン隊長は、顔を蒼白にさせて部屋を出て行った。
「タイガって、そういう人?」
今まで静かにしていたイリヤが聞いてきた。
「そういうって?」
「ほら、人族の中にある組織···えーと、ブラックと言うか、反社会的と言うか···非合法な?」
言葉的に間違ってはいないが、イリヤが言いたい『そういう』って言うのは、おそらくマフィアの類いのことだろう。
「···違うぞ。」
「そう···交渉の中に、威圧がふんだんに入っていた気がしたから····。」
「イリヤ、タイガは魔王だから。」
「あ、そっか。」
ミンの一言でイリヤは納得したようだ。
俺は納得できなかったが···。
魔王=ヤカラか?
「フェミリウム将軍の取り調べを行った。」
協議の時間となり、互いに挨拶を行った直後だった。国王から、フェミリウム将軍についての事後報告が始まった。
「もともと野心家ではあったのだが、王家への忠誠よりも、自身が王となるための道を選んだようだ。」
「それは、管理監督に問題があったということですか?」
「···そうだな。タイガ殿が駆けつけてくれなければ、我々···いや、国自体が破滅に進んだかもしれん。これを教訓としなければな。」
「そのあたりは、そちらで今後に生かしていただければと思います。」
「すまない。宮廷魔法士の件と言い、そなたには頭が上がらぬ。」
「立場を考えずに助言をさせていただくのであれば、国内に敵を作っている場合ではないかと思います。種族など問わずにね。」
「そこは身に染みておる。」
国王が自嘲するかのように笑みを漏らした。
「して、フェミリウム将軍が用いようとした魔道具についてだが···。」
大して新しい情報はなかった。
神の使徒ロックと自らを呼ぶ少年が、フェミリウム将軍に魔族を隷属化している様子を見せ、それに信憑性を持たせた。
ロックは、覇道こそが神がもたらしたフェミリウム将軍への神託だと告げ、あの卑猥な物を手渡したと言う。
クーデターを起こさせることで隣国群の侵攻を誘発させ、この周囲一体の国々を混乱に陥らせる。
その後、各国の勢力が弱体化した頃合いを見計らって、魔族による殲滅戦を仕掛ける。
シュテインの目的はそんなところだろうか。
上位魔族がセインを狙ったのも、フェミリウム将軍のクーデターを支援するために、戦力を削ぎたかったのではないかと考えられる。
王太子が倒れたともなれば、個の武力の喪失にとどまらず、王城内に混乱をもたらせることは必然となるのだから。
詳細まではわからないが、そのあたりが無難な考察なのではないかと思う。
「神の使徒ロックとは、堕神シュテインのことですよ。」
「堕神シュテイン···。」
「ご存知ですか?」
「遥か昔に、魔族を用いて大虐殺を行った邪神と記憶しているが···。」
「また暗躍しています。」
俺の言葉に、場にいる者達は息を飲むことになった。
「今から話す事を信じて欲しいとは言いません。ですが、私が実際に経験し、直面してきたことばかりです。」
敬語で話すには理由があった。
国のトップがいるのだ。不用意に礼節を失するような真似はしないほうが良い。人とは、心証1つで相手を良くも悪くも思う生き物なのだ。
「かつて、堕神シュテインの脅威を退けたのが、誰かはご存知でしょうか?」
「無論だ···稀代の英雄と呼ばれたテトリアの活躍で人間は救われたと、どの書物にも書かれている。」
目があった王太子セインが答えた。
別の大陸での出来事ではあるが、世界を揺るがしかねない戦いであったため、吟遊詩人や学者などがその内容を全世界に広めたと言われている。
今日では、御伽噺のように扱われ、学校教育などでも使われている。国教などの違いにより、この国では神アトレイクは表だっては出てこないが、そこはそれほど重要ではなかった。
「実は、テトリアは復活していました。」
「「「「「!」」」」」
協議の席である。
俺が何を話し出すのかと不思議そうな顔をする者もいたが、テトリア復活について話し始めると、全員が無言で俺を注視し、耳を傾けた。
自分が知る知識を、可能な限り簡略化して話を進める。
異世界から転移···いや、召喚されたと言うべき俺と、テトリアとの関係。
これまでの経緯。
誰も言葉を発っさず、疑念の表情も浮かべない。
そして、俺が話終えると、全員が息をついた。
「信じる信じないは自由です。だが、堕神シュテインと魔族の脅威は無視して良いものじゃない。」
場は重苦しい雰囲気となり、誰もが発言することをはばかられるような空気が流れていた。
「私個人の戦力など、数で多方面から攻めこまれれば無意味なものです。しかし、イレギュラーな存在としては、機能することができます。」
転移術を使えば、伝令やピンポイント支援など、戦術の幅は格段に広がる。この国だけではなく、各国が対魔族のために意を同じにするのであれば、厳しい状況に変わりはないだろうが、救われる命を増やすことはできるはずだった。
「タイガが魔王の二つ名を得たのは、それが理由だったのね···。」
ミーキュアが納得したという顔をした。俺の二つ名をスキルで見た張本人だ。
「だから、人種間の差別や偏見を排除するために···亜神であるタイガが魔王となり、魔族からの脅威に立ち向かえる体制が構築できるようにということね。」
ミンが継いだ内容は、おそらくは正しい。
テトリア亡き今、神アトレイクがこの大陸で俺に課せたミッション。
対魔族のための対抗戦力の構築。
「協議に関しては、今の話を含めた今後の在り方も考慮してもらえるとありがたい。積極的な戦いを想定する必要はない。自分たちの生活に迫る脅威からの防衛策を考えることに集中してもらえれば良い。」
あとは、当事者同士が詳細を煮詰めていけば良かった。
協議は初回からうまく事が運んだようだ。
亜人という蔑称の禁止、人種による職業選択の制限解除、刑法や人権に関わる不平等の是正など、これまで手をつけられることのなかった王国法の改正案が固まった。
こういった改正は、国王や宰相の一存だけで決定されるものではない。
国王をトップに臨時議会が召集され、正式に決議されるのだという。
「その議会には、上級貴族達が名を連ねているのだよな?内容を考えれば、決議されるのは難しい気もするが。」
ミン達と共に、リーナの茶会に招かれた俺は、その場で疑問を口にした。
「そこは大丈夫だろう。先見の巫女の予言を基に、最善の判断を下した内容として可決される予定だ。」
答えたのはセインだ。
多忙な身のはずなのだが、なぜか他の予定をずらして茶会に出席している。
何となくだが、チラチラとミーキュアに視線をやっていることがあり、俺は内心で「はは~ん。」とある閃きを持っている。
「妨害してくる貴族も多いのでは?」
セインは俺に敬語はやめてくれと言ってきた。状況にもよるが、その方が話しやすいらしい。
「普通はそうだが、今回はおそらく大丈夫だ。模擬戦の結果だけではなく、宮廷魔法士やヘカトンケイルを難なく退けた魔王と、王都を一瞬で消滅させる事ができる魔神を、敵にまわす者などいるはずがないしな。」
「確かに、カリスの
「···そ、そうか。」
誇張した表現で言ったつもりだったのか、俺の言葉を聞いたセインはカリスを見て青白い顔をした。
「これくらいの規模なら可能だけど···
カリスの言葉に、今度は俺の顔を見ながら顔をひきつらせるセイン。
「タ···タイガ殿は、王都を消滅させられる魔法が直撃しても···平気なのか?」
「うん。僕も初めてだったよ。あんな風に、自信満々に放った魔法が、一瞬で消失させられたんだ。タイガは僕の初めてを奪った。初体験の相手だね。」
「おまえ···誤解されるような表現はやめろ。」
「タイガ様、私の初体験はタイ···。」
ビシッ!
「あぅっ!」
被せて問題発言をしそうになったリーナを、茶菓子を額に飛ばして沈黙させておく。
「ちょっ、タイガ!お菓子を粗末にしないでよっ!!」
ミーキュアが俺に注意をしてきたが、リーナは粗末にして良いらしい。
ふと見ると、セインがまたミーキュアを見ていた。
「···何か?」
視線に気づいたミーキュアが、セインに声をかけた。
「あ、いえ···エルフの方は美しい方が多いと思っていたのですが···その···あなたは格別ですね。」
「あなたはブサイクですね。」と言うのかと思って、少し焦ってしまった。いや、ミーキュアはキレイではあるのだが、緊張しているセインの言い回しに間がありすぎてドキッとする。
「···ありがとうございます。」
ミーキュアが少し頬を赤らめながら答えている。
あれ?
性格的に適当に流すか、「そんなお世辞はいりません。」とでも言うかと思ったのだが···。
「な、なによ!?」
反応が不自然だったので、じっとミーキュアを見ていると、いつも通りの反応を示した。
「いや···ミーちゃんはキレイだね。」
「うっさいわよ!このたらしが!!」
いつものミーキュアだった。
「たらしですとっ!?」
そして、嫌な言葉に反応して、リーナが復活してしまった。
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