第2章 亜人の国 38話 清廉なる魔王②
「時間は無制限。魔法の使用は可能だが、放出系は禁止だ。どちらかが降参するか、戦闘不能と判断されれば勝負は決する。」
放出系の魔法が禁止ということは、身体能力強化や硬化魔法を中心に使ってくるということだ。
フルプレートアーマーを装備され、さらに硬化魔法を使われるとなると、木剣でダメージが入るわけがない。
要するに、最初から勝たせる気はないということだ。
「了解した。」
「···ずいぶんとあっさりとしているが、本当に良いのか?」
「拒否権はないのだろ?」
「·································。」
「騎士道とは何なのだろうな。」
トゥーランは何も言わずに踵を返した。
苦々しい表情を見る限り、この御前試合の内容を納得している訳ではないと見える。
だが、それを進行している時点で、この理不尽に加担をしているのと同じだ。
だから、王族や貴族のような特権階級は好きになれない。
「ふん、魔法すらまともに使えないとはな。」
対戦者が話しかけてきた。
兜で顔は見えないが、その言葉には嘲りしかない。
「まあ、数秒で終わるだろう。」
「ほう、分をわきまえているようだな。安心しろ。すぐに終わらせてやる。」
「因みに、あんたは近衛親衛隊と、王国騎士団のどちらに所属している?」
「王国騎士団だ。」
そうか、フェミリウム将軍の部下か。
近衛親衛隊は国王の直属のようだ。少数精鋭であることが多いので、おそらくこのような試合には参加しないのだろう。
「了解した。国王陛下の前で恥をかかないようにがんばれ。」
「···貴様、死にたいようだな。」
シュコ~、シュコ~と兜から空気が漏れる音を出しながら話す男の声に殺意が混じる。
「この国の騎士はずいぶんと荒いんだな。俺が知っている騎士道とは、民の模範になるものだったはずだが。」
「黙れ!下賎なる者が騎士道を説くな!!」
一階のあらゆる所から、一気に殺気が膨れ上がる。
この国の騎士団は、いろいろと問題を抱えているようだ。
「トゥーラン隊長殿。そろそろ始めてもらってもよろしいでしょうか?」
「煽りに煽って···頭を疑うよ。」
「すべて事実だと思うが?それで怒るのであれば、実力で示せば良い。」
トゥーランは俺の言葉に深いため息を吐き、しばらくしてから御前試合の開始を告げた。
「では、これより御前試合を開始する。互いに全力を尽くし、御前で恥じない闘いをするように。それでは、始め!」
トゥーランの合図の直後、デカブツ騎士は木盾を前に構え、猛々しい掛け声と共に間合いを詰めてきた。
「くらえっ!?」
シールドバッシュ。
木盾に全体重を載せたタックル。
が、踏み込んだ先に俺はいない。
「何っ!?」
「バカじゃないのか?」
俺はデカブツ騎士の背後から木剣を高速で打ち据える。
気を置き、シールドバッシュのタイミングで背後に回ったのだ。
ガキッ!
首筋や横っ腹を打つが、予想通り木剣が折れた。
振り返りざまに剣を横凪ぎにするデカブツ騎士の攻撃をスウェーバックでかわしながら、折れた剣の残骸を投げつける。
「終わりだ。」
木盾で俺の剣の残骸を弾いたデカブツ騎士が、剣を振り下ろしてきた。
円を描くように斜め前方に移動する。
鎧の左肩を掴み、デカブツ騎士が剣を振り下ろすために回した腰の動き合わせて同じ方向に跳んだ。
自らの動きを強制的に加速されたデカブツ騎士は体勢を崩し、背中から倒れそうになるのを堪えたが、軸足の膝裏に回し蹴りを入れて倒す。
すぐに片腕をとり、腕ひしぎ逆十字固めで間接を極めて折る。
ボキッィィ!
「ぐ···があぁ···。」
降参もストップの声もないので、折った腕を捻って激痛に悶えさせ、すぐに立ち上がって兜に踵を落とす。
ガッ!
反対側の腕を同じように極め、折る。
ボキッィィ!
まだ誰も何も言わないので、次は両足を持ち···。
「ス、ストップだっ!そこまでぇっ!!」
「はい、お疲れ様。」
俺は平然と立ち上がり、背中の埃を払った。
唖然とした顔で注目をされているが、気にしない。
「勝者、冒険者ナミヘイ!」
トゥーランの声が響くが、誰も何も言わない。
「それで、本試合の相手はどなたですか?」
木剣が折れても試合を中断させようとしなかったので、意趣返しをした。どんな反応が出るかで、この御前試合の意味を確かめてみたかったのだ。
「な、何?」
「フルプレートアーマーの装備に、木剣が折れても試合を続行された。これは準備運動のために、実力のない若手騎士を仕向けられた配慮と考えますが、正直なところ弱すぎます。本番の御前試合では、国一番の騎士が出てこられるのですよね?ああ、木剣ではなく真剣でかまいませんよ。」
「·····························。」
「次は手加減なしで、本気でやりますから期待してください。」
誰一人、言葉を発さなかった。
そして、顔をひきつらせた将軍の顔がおもしろかった。
その後、御前試合はすぐに幕を閉じた。
再び城内を案内され、湯浴みをするように言われて浴場に向かったのだが、そこにはあの亜人3人衆···いや、メイド達がいた。
「お背中をお流しします。」
いや、おまえが下水に流されろ。
「お召し物を脱がさせていただきます。」
そう言って先に脱ぐのはやめろ。
「はあ、はあ、私が前の方を洗わせて···。」
消えろ、変態。
というわけで、メイド達は排除···ん、んん、ご退場していただいた。
浴室を後にして、用意された衣装を着ようとすると、また奴らは復活した。
「ささ、着付は私にお任せください。」
気つけは不要だ。
「さあ、あなた様の下着を···。」
やめろ、俺の魔王に触るな。
「素晴らしいお尻···。」
ケツを揉むのはやめてくれ。
もちろん、部屋から放り出した。窓から全力で。
魔物だ。
この城には魔物がいる。
謁見の間。
ようやく本題へと進んだ。
着替えた俺が案内をされたのは、質実剛健とも言うべき大広間。
派手さはないが、質の高い調度品で飾られている。
「冒険者ナミヘイよ。先ほどはご苦労であった。ランクに違わぬ強さ、しかと見せてもらったぞ。」
いや、模擬戦にフルプレートアーマーを装備とかないわ。
「そなたから見て、我が国の騎士はどうであった?」
「正直に申し上げてもよろしいのでしょうか?」
「かまわぬ。」
「研鑽する意味を履き違えている方が多いように思えます。」
「履き違えとな?」
「魔族と対峙する王太子殿下のお姿を拝見しました。殿下は民や部下のために、実力差のある強敵を前に一歩も引くことなく、勇敢に立ち向かわれていました。その様子に比べれば、児戯の類いにしか思えません。」
俺の言葉に周りがざわつきだした。
この謁見の間には、御前試合を見学していた貴族達が席を連ねている。将軍の姿は見当たらないが、先ほどの結果に思うところがあるのか、所用と偽って席を外したのかもしれない。
このような場で王城内のことに意見をするのは、不敬罪で処刑の運命を辿るのが定石だ。
だが、次期国王である王太子を讃えた以上、それに貴族連中が意見をするのは、王太子の行動を軽んじることになりかねかない。
こういった処世術は、エージェントの世界では基本中の基本。
遠回しや間接的な言い回しで、相手に何かを気づかせるための作為的なものとなる。
「ふむ···参考にしよう。時に、そなたのそのマスクだが、理由は聞いておるが、どうしても外すわけにはいかぬか?」
国王はわざとらしく、リーナの顔をチラ見しながら、そんなことを言ってきた。
どうやら、すでに正体がバレているようだった。
「この場でマスクを外しても構わないのでしょうか?」
「···································。」
正体がバレているとしても、確証まではないはずだ。
だから、暗に事の重大性をほのめかしてみた。
「私は、陛下やこの国のために尽力することを厭いません。ただし、それがこの国で暮らす全ての人達の手助けになることが条件であると考えます。」
利権絡みで利用されたり、命を狙われるような行為があれば、すぐに敵対する。そう遠回しに言っていた。
それなりの賢王であれば、その意味くらいは理解するだろう。
「···あいわかった。それでは、後で場を設けよう。」
「ご配慮に感謝致します。」
命を狙われた可能性がある以上、あまり多くの者達に俺の正体を知られない方が良い。
これまでのことで、既に注目を集めてはいるが、リーナが魔王を探していたことを、すべての貴族が知っているとは思えなかった。
「それでは報償の話に移ろう。冒険者ナミヘイ、そなたは王太子セインの命を救い、そこに居合わせた魔族を討伐した。よって、白銀勲章を叙勲。また、その報償金として、白金貨を授与する。」
「身に余る光栄。ありがたく頂戴致します。」
白銀勲章の価値はわからないが、白金貨はこの国で100万ギブル。日本円に価値換算すると、およそ5000万円相当の金額に相当する。
ランクSの冒険者なら、平均年収くらいだろうか。いずれにしても、それなりの報償だと思えた。
謁見が無事に終わり、また別室に案内をされた。
さすがに、もうあの3人衆は現れなかったが、十数人が入れる応接室のようなところに連れていかれたので、少し警戒をする。
剣を振り回せるほどの天井の高さがあるので、数で攻めこまれると逃げ場がない。
その気であれば、窓やドアなどの開口部を人海戦術で塞がれてしまう。
まあ、そうなったら、城内が血の海に沈むだろうがな。
ノックの音がしたので返事をすると、入ってきたのはメイド服姿の女性だった。
「お茶を出させていただきます。」
よく見ると、知っている女性だ。
「メイド服が良くお似合いですね。」
お茶を入れている女性がチラチラとこちらを見ていたので、声をかけてみた。
「え···あ、そうですか···ありがとうございます。」
予想外の言葉だったのか、少し慌てている。
「おキレイですよ。」
「え!?は、あっ!」
あまり容姿をほめられることがなかったのか、動揺してカップからお茶を溢れさせていた。
普段は暗殺者のような雰囲気を醸し出していたのでギャップ萌えする。
そう、リーナの護衛であるシュラだ。
この様子だと、警戒のためと言うよりも、面割りのためにメイドに扮していると考えた方が良さそうだった。
溢れたお茶を慌てて拭く姿がぎこちないが、あまり絡まない方が良いと判断した。
お茶を入れ直しているシュラから視線を外していると、再びノックの音が聞こえ、1人の男が入ってきた。
「失礼。近衛親衛隊のダニエル・マクガーンだ。警備のために入室させていただく。」
ムニエル君だった。
残念ながら、シュラと何やら目線で合図をしているのがバレバレだ。
···いや、あまりこっちを見るな。
こいつも面割りのために来たのだろうが、対象を注視するのはどうかと思う。
···ヘタクソかっ!?
「私のことをずいぶんと見られていますが、何かついていますか?」
あまりにも稚拙な行為だったので、つい絡んでしまった。
今この場では正体をバラす気はない。国王が何を言ってくるかで、話の振り方を変えるつもりだった。
「いや···知っている奴に似ているんだ。髪の色は違うが、背格好や瞳の色が同じで···。」
「いや、悪いが俺にはそういった趣味はないからな。」
「え?」
「良くある手口だろ。知り合いに似てるって言って口説く奴。ホモの常套手段だ。」
「いや、いやいやいや!俺はホモじゃない!!」
「···································。」
シュラがダニエルを見て引きぎみだ。
普通に考えたらわかりそうなものだが、シュラは意外と生真面目だし、純粋だからな。
「そうか···両方いけるくちか。ヤバイな。近衛親衛隊は汚れているのだな。」
「や、ちょっ、違う!俺個人はともかく、近衛親衛隊は汚れてはいない!!」
「···俺個人はともかくって言ったな?そうか、認めてしまったか、ホモエルくん。」
「「!」」
ギョッとした顔で、シュラとダニエルが俺を凝視してきた。
コンコン。
そのタイミングで、また別の誰かが来てしまったようだ。
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