第2章 亜人の国 39話 清廉なる魔王③

ノックに返事をすると、入ってきたのはリーナだった。


王女なのに、侍女も連れずに1人だ。


シュラがいるから大丈夫だと思っているのかもしれないが、立場を考えた方が良いのではないかと思う。まあ、そこはリーナらしさなのかもしれない。


俺の対面のソファに向かって歩いているが、視線はずっと俺をとらえていた。


ガン見すんなよ。


「ひっ!?」


白眼で対応をしてあげた。


ガッ!


びたーん···。


驚いて絨毯につまずき、こけた。


リーナは白眼に弱いらしい。


「大丈夫ですか?」


俺は立ち上がり、リーナに手を差し出した。


白眼のままで。


「ひ···ひぃぃぃぃぃーっ。」


リーナは超高速で、シュラのもとへと逃げていった。


おお、特殊部隊員も真っ青な匍匐前進だった。


「失礼しました。王女殿下の前であまりにも緊張をしてしまい、白眼になってしまいました。」


「「「···························。」」」


リーナは唇の端をひきつらせながらも、俺から瞳をそらさなかった。


「何か?」


「あなたが何者かを聞いてもよろしいでしゅ···ひぃぃぃ!」


白眼で黙らせてみた。


うん、もう飽きたな。


「ナミヘーって言ったよな?殿下に対して、あまりにも不敬が過ぎないか?」


ダニエルがさすがに怒りをはらんだ言葉を発してきた。


「黙れ、ホモ野郎。」


「ぐ···貴様···。」


こめかみに青筋を立てるダニエル。卑猥。


「え?ダニエルは、ホモ野郎なのですか?」


さすがリーナだ。


返しが天然過ぎて笑える。


「リーナ様、彼がホモ野郎なのは、事実のようです。」


そこにシュラが耳打ちをする。


グッジョブだ。


と言うか、シュラも俺が誰なのかを既に気づいているのだろう。


ダニエルを弄るのを楽しんでいる様子だ。


「そうなのですね···軽く衝撃です。トゥーラン隊長には注意喚起をしておきます。」


「え?いや、リーナ様。トゥーラン隊長に、何と伝えるおつもりですか!?」


ダニエルが焦り出した。


リーナの天然を良く把握している証拠だ。


「決まっています。『ダニエルに背中を見せた男性は大変なことになる』と、伝えるのです。」


真面目に答えるリーナがかわいくて仕方がない。


「く···ぐぐ···違います。名誉にかけて、私はホモではないと誓えます。」


待っているのが暇過ぎたので、ダニエルで遊んでみたのだが、そろそろ潮時だろう。


というか、飽きたよね?




「すまぬな。待たせたようだ。」


ようやく、国王が来た。


後ろには王太子セインと、近衛親衛隊長のトゥーラン、そして文官らしきオッサンがいた。


「紹介しておこう。我が国の政を取り仕切っている、宰相のデルベルクだ。」


「宰相のデルベルク・ファム・リューズだ。」


「冒険者のナミヘイです。」


悪意は感じられなかった。ただ、抜け目のない曲者感が漂っている。


「ふむ。ただの冒険者にしては、それなりに教育を受けた者のようですな。」


「そうだな。貴族というには、少しつかみどころがなさ過ぎるがな。」


本人を前にして、批評とかはやめて欲しいのだが。


「それで、私が呼ばれた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「そうだな。まあ、かけたまえ。」




「ナミヘイ。先日は助かった。改めて礼を言う。」


改めて儀礼的な挨拶をかわした後に、口火をきったのは王太子セインだった。


「王太子殿下、先日も申し上げました通り、魔族は人間共通の敵です。その魔族を倒したついでだと思ってください。」


「人助けがついでだと?」


「目の前の助けられる命を救うのは当然のこと。しかし、魔族を放置しておけば、どれだけの被害が広がるかわかりません。」


「···そうか。やはり貴殿は勇者の器だな。」


「勇者の器?」


勇者と言われて連想するのは、落武者しかないのだが···俺のイメージはこの数日でいろいろと砕け散っている。


「魔族を専任で倒す勇者は、国が認定をしているのだ。ただ、昨今では強さだけに偏重した認定基準になってしまっている。本来は貴殿のような他の人々の命を重んじる清廉さこそが重要なのだが···。」


「殿下、口を挟んで申し訳ありませんが、清廉さだけでは魔族は倒せません。やはり、闘いにおける強さがなければ、魔族の脅威を抑えることができないかと。」


宰相は現実主義のようだ。王太子セインが夢想家とは思わないが、実を取るなら、宰相の意見が間違いという訳ではない。


「それは···わかっている。」


「御前試合でも勇者認定がどうのと言われましたが、私にその勇者になれとおっしゃりたいのですか?」


「ふむ。私から話そうか。」


ここで国王が割って入ってきた。


ようやく本来の主旨を話す気になったようだ。




「我が国は現在、未曾有の危機に晒されておる。」


「···魔族ですか?」


「そうだ。これまで、国内で魔族が現れることがなかった訳ではない。しかし、数年に一度の割合、しかも単体での出現でしかなかったのだ。」


「その単体への対処はどうされていたのですか?」


「王国騎士団の大隊以上で対応しておった。もちろん、犠牲は少なくはなかったが、民への被害は最小限に抑えていたつもりだ。それが半年程前から、魔族の出現頻度が明らかに高まってきたのだ。」


「半年程前···ですか。」


「理由は未だにわからぬ。我が国は一方で魔の森を抱えておるが、そちらから出現しているのではないというのは調査でわかっておる。しかし、奴等がどこから現れているかが不明のままなのだ。」


「魔の森からの出現ではないという明確な理由は何でしょうか?」


「魔の森方面には、予てより監視体制をしいておる。もし魔族がそちらから出現しているのであれば、その監視にひかかっているはずなのだ。」


確かに魔の森から魔族が出現すれば、目撃情報がまったく出ないというわけにはいかないだろう。近くには街もあるのだ。


「我々は、魔の森には魔族がいないと仮定している。理由は···これは推測でしかないが、亜人達の存在ではないかと考えておるのだ。」


「その推測の根拠をお教えください。」


「魔王だ。」


出た。


出てしまった。


「魔王ですか?かつて亜人達を統率したという、あの?」


「そうだ。魔王が復活しているのであれば、魔族も迂闊には手出しができぬと考えておる。」


復活って···。


やはり魔王の存在は、ファンタジーに有りがちなアレか?アレなのか?


「魔王が復活したというのは本当でしょうか?それに···魔王とは、それほどの手練れなのでしょうか?」


魔王については、ミンやミーキュアからもいろいろと聞いてはいる。だが、人外的な力を持つイメージを俺は持っていない。


それこそ、日本の歴史に存在した某尾張のうつけ者程度の認識だ。


まぁ、彼は戦国の覇者だから、そういった能力やカリスマに秀でている人物なのは当然なのだが。


それとも、やはり魔王は魔王なのだろうか。


基準がいまいちわからなかった。


「魔王が復活しているのは確かだ。我が国の先見の巫女が、予言でそう知らせた。」


リーナから話を聞いていたが、この国の政は、先見の巫女からの予言を基に施されているらしい。


そして、それが起因して、リーナが俺を探すために魔の森に来たのだ。


「その魔王とは接触されたのですか?」


「うむ。我が娘、リーナがな。」




「魔王···いや、亜神と言うべきか。」


突然知らない女性の声が響いた。


声の方角に目を向けると···そこにいたのはリーナだった。


「··································。」


聞き覚えのない声を出すリーナに軽く驚いたのは確かだが、それよりも···先程までの仕返しだろうか。


リーナが白眼を剥いていた。


一緒に行動していた時も感じていたが、この娘の頭は大丈夫だろうか?


仕方がないので、俺も対抗して白眼を剥いた···と言うのは冗談で、何か不思議なオーラを纏ったリーナを観察することにした。


頭がおかしいのなら、それはそれでかまわない。


いや···何かが憑依したのか?


そんな風に感じ始めた矢先に、国王のつぶやきが聞こえてきた。


「おお···巫女殿···。」


「···························。」


周りに目をやると、他の者たちが神妙な顔でリーナを注視していた。


何これ?


変な宗教の集まり?


「亜神タイガよ。我は先見の巫女なり。」


うわ···何これ···怖い。


「亜神だと···。」


「ナミヘー殿が?」


「やっぱり···。」


「なんと···。」


今の発言で全部バレてるし。


段取りが狂うじゃないか。


勘弁してくれ···。




「先見の巫女というのは、実在する人間ではないのか?」


とりあえず、周りの反応は無視して、白眼を剥いたままのリーナに質問をしてみた。


「先見の巫女は、代々王家の血族の中から生まれる。今代は彼女がそうだ。」


低く落ち着いた声音で話しているが、白眼が怖い。オカルト映画も真っ青だ。


「え···と、俺も白眼で話した方が良いのかな?」


「································。」


先見の巫女が無言になった。


周囲の者たちは、信じられない生き物を見るように俺を見ている。


「悪い···考えが浅かった。ここにいる者全員が、白眼を剥いて話をすべきだな。」


カオス感満載でいきたい。


あ、先見の巫女···白眼リーナの眉間にシワが···。


「アトレイクにはウケそうな話題を振ったんだが···同じ神の類いじゃないのかな?」


白眼リーナの頬がピクッと反応した。


先見の巫女の正体について、何かを知っている訳じゃない。


ただ、可能性を考えて絞りこむと、行き着くところはそれほど多岐に渡るわけでもなかった。


「王家に縁のある神格化した存在、もしくは神の眷族や使徒といった存在か。何にしても、リーナ自身が特殊なスキルの保持者だとしたら、それほど間違いではないように思えるな。」


あくまで推測の域をすぎないが、この世界で出会った神と関わる人物は、聖女を除いて特殊なスキルを有していた。


相手の善悪を見抜く力。


ミンしかり、俺しかりだ。


リーナに関しては、そういったスキルを持っていたのかは定かではない。だが、感受性が強いという点では、可能性が高いかと思える。


ただのヤンデレの可能性もあるが、彼女の俺に対する心の開き方は、特殊すぎると言っても良かった。


「ん?」


先見の巫女の正体についての考察を半ば独り言のように呟いていると、周囲の雰囲気が突然変化した。


何もない虚空。


真っ白な光だけが視界を覆う。


亜空間とでも言うべきか?


「···神隠しか?」


何となく、これ以上に相応しい言葉はないのではないかと思った。


リーナを媒体にして先見の巫女を名乗る者の正体が神とするならば、俺を変な空間に閉じ込めることは、正しく神隠しと言えるのではないだろうか。


「···君は、焦ることがないのか?」


白眼リーナから発せられていた声が、虚空に響く。


「ん?そういうわけではないが、色々とあったからな。焦っても何も変わらないだろ。」


そうだ···急に異世界に転移させられたと思ったら、英雄だの魔王だの亜神だの天然ジゴロだの変態だのに祭り上げられたのだ。


今さら何を焦れと言うのだ?


「君はアトレイク様とどういった関係なんだい?」


「アトレイクを知っているのか?」


「むぅ、質問を質問で返すのはダメだよ。」


なんだ?


急に口調がフレンドリーになったのだが。


「あんたが何者なのか、わからないからな。」


「ん~、仕方がないかぁ。私はヴェルザンデイ。運命を司る女神だよ。」


ヴェルザンデイ···確か、北欧神話にあった名だ。この世界に来てから、度々地球の神話や伝承に出てくる名を耳にするが、何か理のようなものがあるのかもしれない。


「もしかして、元はエルフか精霊なのか?」


「あれ?よく知っているね。そうだよ、ハイエルフだった私は、神格化して今に至るんだ。」


なるほど。


この国の名前はアースガルズ。これも北欧神話に出てくる王国の名だ。


いろいろと説はあるが、ヴェルザンデイはノルンと呼ばれる運命の女神の1人だ。


北欧神話でのノルンは、世界樹ユグドラシルの根本にあるウルズの泉の畔に住んでいたと言われている。


世界樹はエルフにとって、母のようなものだ。


「それで、この国との関係は?」


「この国が創設された時の協力者の1人だよ。」


「この国の創設って、相当前の話だよな?」


「まあ、千年以上前だね。」  


「協力者って言うのは?」


「この大陸は、元々が亜人と呼ばれる種族がそれぞれの領域を統治していたんだ。互いに不可侵条約を結んで、干渉することなくね。それが、ある時を契機に勢力図が崩れた。」


「もしかして、人族が関係しているのか?」


「うん。人族は少数だけど、この大陸にもいた。でも、別の大陸から海を渡って移住してくる者が増えてさ。亜人種は人族よりも優れた能力を持つ者が多いんだけど、数が少ない。人族は繁殖率が高いから、やがて圧倒的な数でこの大陸での領地を広げていった訳さ。」


「それが国を成し、今のようになったと?」


アメリカ大陸の開拓期みたいな感じか。亜人を原住民、人族をヨーロッパからの移住者と例えると、似たような経緯になる。


「大雑把に言えばそうだね。私は亜人と人族がもめないように、人族側の相談役を担っていたんだ。一応、その時は賢者とも呼ばれていたしね。」


「それで、後に神格化した訳か。」


「そう。ハイエルフは長命だから、結構な数の王と接してきたけど、中には人族至上主義の王もいたわけさ。その時にここを離れて帰郷しようとしたんだけど、当時に神界の外務大神がいむだいじんを務めていたアトレイク様に見いだされて、神格化したってわけ。」


何?


外務大神?


はい?












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