第2章 亜人の国 37話 清廉なる魔王①

「謁見ですか?」


「そうだ。貴殿が救ってくれたセイン様が、何者であるかは知っているのであろう?」


「ええ、魔族が王太子と、殿下のことを呼んでいましたから。」


近衛親衛隊長のトゥーランに案内をされ、城内を移動していた。まずは衣装の採寸をと言われ、嫌な予感が沸き起こる。


「衣装の採寸って···王太子殿下とお会いするだけですよね?」


「貴殿は次期国王となる王太子殿下の命を救ったのだぞ。しかも、この国の冒険者としては初のSSSランクで、勇者としての認定もされる予定だと聞く。国主から褒美と言葉を賜るのが常識だと思うが?」


いや、何それ?


と言うか、知らない間に勇者に認定とか···魔王が勇者に認定とかされて良いのか?


「なぜ···そんなに嫌な顔をしているのだ?」


「いや···王太子殿下から、御礼の言葉をいただくだけで終わりかと思っていましたので···。」


実際にはいろいろと情報を得るつもりではあったのだが、短い間に冒険者ランクがSSSになるなど、余計な肩書きがついてしまったからか、望まぬ方向に話が進んでしまっていた。


「謙遜や緊張などはしなくて良いと思う。貴殿にはそれだけの実力があるのだから。ああ、それと、マスクは外してもらうことになるから、そのつもりで。」


可能性の一つとしては、国王との謁見がなかった訳じゃない。だが、それは今日のような急な話ではないはずだった。それにマスクを外すとなると、リーナや俺の命を狙ったかもしれない騎士達に正体がばれてしまう。


「王太子殿下の前に立つだけでも恐れ多いのに、国王陛下との謁見など、言葉や礼儀を知らない私では場違いにも程がありますよ。」


「ははは。SSSランクの冒険者が何を言う。」


「いやいや、私は極度の緊張症です。これまでにも様々な場に立ちましたが、いずれも緊張から嘔吐を繰り返し、式典の場を汚物にまみれさせてきた実績があります。自分で嘔吐し、それを見てさらにもらいゲロをする。その負のスパイラルは、式典の参加者たちを悪夢漬けにしてしまいます。」


「···そ、それは困るな。そのマスクはしたまま謁見に参加をしてもらえるだろうか。」


ちっ。


さすがに謁見は回避できないか。


マスク着用の許可が出ただけでも、マシと思うしかないか。


「承知しました。不敬にあたらないよう、事前にマスクの着用については、お伝えいただけますか?」


「了解した。それと、一つ慣例がある。」


このパターンは···あれか?


「もしかして、模擬戦やろうぜ!みたいなノリですか?」


「模擬戦?いや、違うが···。」


そうか、違うのか。


これまでの経験で、思い込みが激しくなってしまっていたか···。


「貴殿には、謁見に先駆けて御前試合を行ってもらうつもりだ。」


···似たようなものじゃないか。




例の如く、メイドさん達に囲まれた。 


メイドちゃんではない。


メイドさん···いや、冥土さんと呼ぶことにしよう。


年老いている訳ではない。


二の腕が丸太のようにゴツい。そう言えばわかるだろうか?


それが、3匹···いや、3人いた。


奴らは俺を囲み、採寸という名のトラウマを植え付けようとしてきた。


カツラがズレないように意識を集中していたことを良いことに、腰のあたりを中心にまさぐろうとしてきたのだ。


何なのだろうか、これは。


まさか、これが御前試合と言うつもりじゃないだろうな。


「うふ···ずいぶんと着痩せをするのですね。」


目の前の"おかめ"がつぶやいた。


「ああ、この弾力のある臀部。良いですわぁ~。」


右にいる"般若"がつぶやいた。


「大腿部が素敵。」


左にいる"なまはげ"がつぶやいた。


···こいつらこそ、真の亜人ではないだろうか。




ようやく採寸と言う名の暴力から解放された俺は、衣装の寸法直しの間の時間に、御前試合に参加をすることを申し渡された。


城内にある近衛兵の訓練場まで連れて行かれたのだが、一体誰と闘わされるのだろうか。


先程の亜人3人衆が相手だとしたら、俺は手を抜かずに地獄を見せたことだろう。


「御前試合には、この木剣を使用してくれ。」


近衛親衛隊長であるトゥーランに木剣を渡され、場の中央近くに歩み出る。


冒険者は剣ばかりを使う訳ではない。得意な武器を確認されなかったということは、大人の事情があるということだ。


いくら相手がランクSSSの冒険者だろうが、国に属する騎士が敗北をする訳にはいかない。特に国王陛下の前では、その権威を脅かされてはならないのだ。


そんなハンデをこちらの了承もなしに最初から組み込まれていることに関しては、何も言わない。


こちらも敗ける理由などないので、その権威は失墜させてやるつもりだ。


その結果、危険人物と見なされて、何らかの制限を受けるようであれば、それはそれでこの国の本質が見えてくるというものだ。




25メートル四方の石畳の広場。


渡り廊下のようなテラスに囲まれ、1階には騎士達がギャラリーと化している。


「ほう、あれがランクSSSの冒険者か。」


「思っていたよりも細身ですな。」


「見る限り異国の者のようだが、どこの出なのだ?」


やがて2階のテラスから話し声が聞こえ、視線を移すといかにも貴族然としたオッサン達が手摺から身を乗り出してこちらを見ていた。


小規模な闘技場のような雰囲気だが、周りからの視線は冷たい。


貴族という名の勘違いオッサン達は、まるで品定めするような顔つきを並べている。


「おお、陛下がいらしたぞ。」


どこかの貴族のその一言が起点となり、すぐに静寂が訪れた。




威厳とでも言うべきか、なかなかの存在感を醸し出す御仁だった。


さすがは国主を務める王。


重苦しいと言うほどではないが、圧を感じる。


踝丈のマントは、濃紺色に金の縁取りがされており、黄金の王冠には美しい装飾と、赤い大きな宝石が埋めこまれていた。


典型的な王様の姿だが、さすが現役の本職。地球にいる名ばかりの王とは一線を画している。


そして、その脇に控えるのは···。


俺は咄嗟に膝をつき、騎士達に倣って臣下の礼をとる。


別に国王の臣下ではないが、セインと並んでいるリーナの顔が見えたからだ。


マスクとカツラで顔を隠しているとは言え、少し離れた位置から見ると背丈や体格、雰囲気などで正体がバレやすかったりする。


特にリーナは、非常識なほど勘が鋭かったりするので要注意だった。


じーっ。


サッと目線をやると、明らかに俺を注視しているリーナがいた。


じーっ。


···こっちを見るな。


じーっ。


「····························。」


下唇に指をあてて、上体を左右に振りながら俺を見るリーナ。


いや···しぐさはかわいいが、頼むからこっちを見ないでくれ。


じーっ。


くそ···仕方がない。


俺はリーナに向かって顔を上げた。


白眼を剥いて。


「ひっ···!?」


「ん?」


「どうした、リーナ?」


「あ、あそこの人···顔が怖いです···。」


よし、成功だ。


他の王族達が違うところに視線をやった瞬間を狙ったので、大丈夫だ···たぶん。


国王を白眼で睨んだなどと言われると、処刑ものだからな。


「ああ、ナミへーのことか。あまり失礼なことを言ってやるな。彼は私の命の恩人なのだから。」


「はい···そうですね···。」


とりあえず、セインの言葉でおさまったようだ。


「おい、そこの冒険者よ。」


ピリッとした悪意が伝わってきた。


「はい。私のことでしょうか?」


正面から恰幅の良い、いかにも軍人といった男が現れた。


2階の貴族たちからは、ここは「伏魔殿か?」とも思える割合で悪意を感じていたのだが、いずれも小物ばかり。だが、正面にいる男は、その極めつけとも言えた。


「貴様、陛下に向かって視線を向けるなど、立場を弁えていないようだな。」


王国軍の将軍ラドック・フェミリウム。


昨夜に感じた悪意の主だった。




「これは失礼を。出生が田舎なもので、礼儀や作法を弁えておりませんでした。」


再度頭を下げて、謝罪する。


「貴様···。」


「フェミリウム将軍。彼は私の恩人だ。多少の不敬には目を瞑ってくれないか?」


王太子の一言で、フェミリウム将軍は口を閉ざし、小さく舌打ちをした。


「構わぬ。その者も謝罪しておるしな。」


続く国王陛下の言葉に、フェミリウム将軍もさすがにそれ以上は何も言わなかった。


「冒険者ナミへイよ。面を上げよ。」


国王の言葉に顔を上げる。


視界の端に映るリーナの表情が、ハッとしたものに変わった。


さすがにバレたかもしれない。


瞳の色までは偽れないし、この場面で白眼を剥くわけにはいかないだろう。


「王太子セインから話は聞いておる。試すようで悪いが、そなたの実力を示してはくれぬか?」


低く落ち着いた声音で話す国王からは、悪意などは微塵たりとも感じられなかった。むしろ、清々しいほどの誠実さを感じるほどだ。


「御意にございます。」


「うむ。では、進行を再開してくれ。」


国王の言葉に従い、近衛親衛隊長のトゥーランが前に進み出た。


「それでは、ランクSSS冒険者ナミヘイ・タイガ・ヌキスギタの御前試合及び、勇者としての認定監査を執り行う!」


トゥーランよ。


わざわざツッコマないが、ヌキスギタではないぞ。


貴族の何人かが頭に手をやったじゃないか···。


まあ、お望み通り毟ってやっても良いがな。


「対戦者、前へ!」


トゥーランの指示で出てきたのは、木剣と木盾を持ち、フルプレートアーマーで身を包んだ大男だった。


身長2メートル、体重はアーマー込みで200キロというところか。


それにしても、木剣と木盾はともかく、模擬戦でフルプレートアーマーを着るか普通?


「ルールの説明に移るが、ナミへイ殿は魔法は使えるのかな?」


「いえ、使えません。」


「魔法なしでランクSSSとは···。」


「何か問題でも?」


「今は良いが、魔族相手に魔法なしでは瞬殺されると思うがな。」


トゥーランの言っていることは正論だろう。普通に考えて、最低でも身体能力強化魔法くらいは使えなくては、魔族に対抗するのは難しいことだ。


「そうですね。なぜランクSSSなんかになったのでしょうね。」


「···ギルドにいる全ランクの冒険者を、半殺しにしたからだと聞いているが?」


「···知っていたのですね。」


「もちろんだ。全員がギルドマスターと同じ髪型にされたとも聞いている。」


トゥーランよ、同じではない。


ギルマスのようなバーコードにはできん。











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