第2章 亜人の国 29話 エージェントは冒険者を目指す②
馬車で王都に向かっていた。
あの後、先走るリーナを抑えて、ガイやエルク達と今後の事について話し合い、ガイとエルク達は魔の森の集落へ、俺とエルミアは王都に行くことになった。
エルクは同族同士の交流と、エルフの森を訪れることを希望したので、ガイがそれに応じた形だ。彼らにしてみれば、過去に失われた絆を再び結びたいという渇望が抑えられないのだと思う。
エルフを束ねる精霊神アグラレスの願いとも一致するため、この成り行きは必然的なものと言えるだろう。
エルミアが俺と同行することになった経緯については、エルクの意思だけでなく、エルミア自身の希望も汲んだことによる。
もともと王都に住んでいるというのもあるが、「同族のためにも、俺の役に立ちたい。」と健気なことを言っていた。その後で耳打ちしてきたエルクが、「エルミアは私よりも優秀な冒険者です。器量も良いし、ぜひ娶って下さい。」と囁いてきたので、娘の純粋な気持ちを父親が台無しにしたという想いに駆られてしまった。
この世界の親父どもは、娘を何だと思っているのだろうか···などと考えていると、赤面しながら、ちらちらと上目づかいで見てくるエルミアが視界に入った。おそらく、エルクの言葉が耳に入ったのだ。
ほら見ろ···節操のない父親を見て、娘が恥ずかしがっているぞ。
まぁ、そんなことは置いておこう。
それよりも、この馬車には俺とエルミアの2人しか乗っていない。
リーナが、「私たちと同じ馬車に···。」と言い出したのだが、待機していた騎士の中でも貴族然としたエラそうなオッサンが、「なりません!殿下と同乗するのは護衛の者のみにせよと、将軍閣下より直命を受けております。」と固持したため、今に至る。
因みに、前を走る馬車にいる精霊魔法士が操車しており、この馬車には御者はいない。加えて、最後尾を走らされているので、キナ臭さ満点だ。
騎士達は上官の命令に従っているので、ソート・ジャッジメントは反応していない。個人の悪意とは異なるため、残念ながら真意はわからないが、状況を見る限り身の危険に備えた方が良さそうだった。
「登りに入った。もうすぐ片側が崖になるわ···。」
エルミアも同じことを考えているようだ。不安のためか、落ち着きがない。
「崖の下がどうなっているのかわかるか?」
「確か、川があったはずよ···でも急流だし、ここからだと落差が激しいから、落ちたらまず助からない···。」
「そうか···ポニョはいないか···いや、あれは崖の上だったか。」
「···ポニョ?」
「いや、気にしないでくれ。」
俺は幌の隙間から、反対側のせり上がった崖の地肌に目をやった。露頭と言われる地層が見えるが、岩肌ではなく粘土質が多いようだ。おそらく、崖下も同様だろう。
エルミアを見た。
何やら真剣な顔で、「ポニョ?ポニョ?ポニョって何?」とつぶやいている。
「エルミア。」
そんな様子をかわいいなぁと思いながらも、悠長なこともしていられないので声をかけた。
「ポ···は、はい!なに!?」
困惑させてごめんなさい。
「もしもの時は、背後から俺の首に捕まってくれないか?」
「···うん、わかった!」
エルミアはすぐに俺の横に来て、密着してきた。
おぉ···ええ臭いやぁ···。
「ど、どうしたの?」
「いや、何でもない。」
俺はそう答えながら、ナックルナイフを取り出して、前を走る馬車からは見えない位置の幌を切り裂いた。
やがて···急カーブに差し掛かった時に、馬車は道なりには曲がらずに、まっすぐに加速した。
「エルミア!」
道を外れ、崖下へと急降下する馬車。
名前を呼んだその時には、しっかりと首にエルミアの腕が巻きついていた。
ぽよんっと背中にあたる柔らかい感触が心地良い。ポニョはここにいたか···などと余裕をかましている場合じゃない。
俺はエルミアを背負った状態で、切り裂いた幌の隙間から瞬時に方角を確認し、馬車の縁から身を躍らせた。
首に巻きついたエルミアの腕に力が入る。
俺はナックルナイフを両手に持ち、迫ってくる崖壁に突き刺した。
粘土質のためにナックルナイフは容易に突き刺さったが、それほど抵抗なく刃が崖壁を切り裂いていく。
自然落下するよりはマシだが、このままでは崖壁に沿って落ちるか、バランスを崩して終わりだ。
手首の力でナックルナイフを斜め下に抉るよう、角度をつける。
落下速度がやんわりと低下した。ただ、粘土質の中にも固い異物が混ざっている部分では刃が弾かれそうになる。
俺は体重を前方にかけながら、下方の地層を確認した。
植物が堆積してできた石灰質の層に近づいている。すぐに両足を崖壁に触れさせて、4つの接点で抵抗値を上げた。
「無事か?」
落下速度を著しく低下させた後は、固い崖壁のところまで下り、ボルタリングの要領で崖下までなんとかたどり着いた。すぐ目の前に川があるが、かなりの急流だ。
「うん。タイガは大丈夫?」
「少し休めば問題ない。」
崖の高さとエルミアを背負っていたこともあり、さすがに両腕が麻痺しかけていた。掌を開いたり閉じたりして、負傷がないかを確認するが、大した問題はなさそうだ。
「結構無茶をするわね。事前に馬車から飛び降りた方が、リスクは低かったと思うけど···。」
「故意的に落とされたからな。無事だとわかれば、別の手段を取られるだろう。」
「確かに、そうね。」
「すまない。エルミアを巻き込んでしまった。」
「気にしないで。危険があるかもしれないことは、わかっていたから。」
「ありがとう。」
「うん。それで、これからどうするの?」
「予定通り、王都に向かう。」
「そう。だったら、まずは馬車か馬の手配がいるわね。」
「ルービーには監視役がいるかもしれない。」
「歩きだと3日くらいはかかるけど、先に行けば別の町があるわ。」
「そこが監視されている可能性は?」
「絶対とは言い切れないけど、王都へのルートからは少し離れているから大丈夫かも。」
「じゃあ、そこに行こう。」
俺とエルミアは、すぐに移動を開始した。
「ほえっ!?タイガ様はどこにいるのですかっ?」
一度目の休憩の際に、リーナはタイガが乗っていた馬車が見当たらないことに気がついた。
4台の馬車に分乗し、自分達は縦列で走る2台目に乗っていたため、最後尾を走る馬車を目に止める事ができなかったのだ。
「殿下、申し訳ございません!先の崖沿いの道で、道端が崩れたようです。最後尾の馬車は、崖下に転落したとの事。」
「···嘘···ですよね?」
「いえ、事実でございます。」
「嘘だと言いなさい。」
「いえ···殿下がお怒りになるのはごもっともかと···。」
「黙りなさい。それが事実ならば、なぜその時に止まらなかったのです。」
「足下が崩れ、二次災害の恐れがありましたので···。」
「···誰の命令ですか?」
「あ···あれは事故です!」
「···························。」
リーナは唇を噛み締めながら、剣の束に手をかけようとした。
「リーナ様!」
シュラが割って入り、リーナを騎士から離れたところに連れていった。
「···絶対に···誰かの策謀です!」
悔しそうに言葉を吐くリーナを余所に、シュラは冷静だった。
「リーナ様。確かに魔王との関係は、国に多大な影響を及ぼします。それを良しとしない勢力がいるのも、間違いではないかもしれません。ですが···あの男が、あのようなことで命を落とすでしょうか?」
「···あの高さから落ちて、無事だと思うの?」
「確証はありません。ですが、短い間とは言え、一筋縄ではいかない存在だとは実感しています。」
「俺もそう思うぜ、殿下。」
気がつくと、ダニエルやキャロ、ケティまでが傍にいた。このメンバーはリーナを守護する任についてからの期間が長く、互いに信頼を寄せあっている。
「ダニエル···。」
「あの男は殺されて死ぬような奴じゃない。若くして死ぬとしたら、たぶん腹上死くらいだろ。」
いや、それはどうなんだ···と女性陣が軽蔑の目で見るが、ダニエルは続けた。
「馬車に分乗する時に、油断なく目を配っていたのを知っている。それに、エルフが言っていたが、あの男には人の善悪を見抜くスキルがあるらしい。そんな奴が、簡単に罠にひっかかるとは思えない。」
多少の誤解はあったが、ダニエルの推論は概ね正しいと言えた。
「そう···ですよね。タイガ様は無事ですよね···。」
「ええ。私もそう思います。ですから、気に病む必要はないかと。」
シュラがさらに肯定の言葉を告げると、リーナはかなり落ち着いたようだ。
「わかりました。2人の言う通りですね···きれいなエルフさんと2人きりで鼻の下を伸ばしていたから、ちょっとした天罰がくだったとでも思うことにします。」
そう言って、リーナはニコッと微笑えんだ。
「「「「···························。」」」」
『治ったと思ったけど···やはり病んでるよ、この人。』
他の4人は、心の内で同じことを思うのだった。
一番近くの町テトロンに向かう途中で、小さな集落があったので立ち寄った。
馬車から飛び降りたので、着替えや夜営の道具などが一切なかったからだ。
火をつけたり、獣を狩る分には問題はないが、飲水を入れる容器や消毒用の酒あたりは確保しておきたかった。
因みに俺の空間収納は、なぜか武具や魔石の類いしか入れる事ができない。出し入れする時のキーワードといい、神アトレイク同様にクセが強い。まあ、普通はこんな便利な術を使える人間などいないので、言えるだけ贅沢なことなのだが。
「あんたら、町の方に行くんだろ?」
「ええ、そのつもりです。」
「だったら、これも持っていくといい。」
気の良さそうな老夫婦が、白いファーのようなものを、エルミアに手渡してきた。
「ウサギの毛皮で作った耳あて付きの帽子だ。このあたりじゃ問題ないけど、テトロンは人が多いからな。そのエルフ耳は目立たない方がいいじゃろ。」
ロシアなどで良く見る形の帽子だ。確か、ウシャンカといったかと思うが、防寒に優れ、デザインが可愛いから女性に人気がある。
「良いんですか?」
「ああ。うちらはそれを作って町に納めとるからな。1つや2つ問題ない。」
「ありがとうございます。」
老夫婦のエルミアを見る目は優しい。ルービーに近いからか、ダークエルフだなんだと、差別するようなことはなかった。
「良いって良いって。旦那さんの方にはこれをやるよ。」
「だ···旦那さん···。」
エルミアが急に真っ赤になって、あたふたとしだした。
夫婦に見えるのは、良いカモフラージュになる。俺は何もつっこまな···いや、何それ?
「それって···カツラですか?」
「ああ。山の中で拾ったんだけどよ、使い道がないし、あんたにやるよ。」
「いや、やるよと言われても···。」
「大丈夫だ。虫がわかないように、ちゃんと脱脂して洗ってあるから。いらなかったら、町で遺失物として処理してもらったらいい。」
まあ···変装の道具として使えるから、もらっておこう。
しかし、この大陸では、カツラ愛用者が多いのか?
「崖の下に落ちていたから、風で飛ばされたんだろうな。見つけた時は、人の頭が落ちているのかと思って、腰を抜かしそうになったわい。」
そう言って、はっはっはっと笑う爺さん。
カツラをなくした本人は、笑い事じゃないだろうに···クソソンみたいに。
心労がたたって、さらにハゲ散らかしてるのじゃないだろうか。
そんなこともありつつも、礼として金貨を渡すと驚かれた。
「あんた···これだけの金を···払いすぎだ···。」
「こちらでは使えない貨幣だから大丈夫です。」
「いや···これを換金したら、1年は楽に暮らせるぞ!」
こちらでは流通していない金貨だから驚かれたのかと思ったが、どうやら違うらしい。後でエルミアに聞くと、この国では金の価値が異常に高いとのことだ。
まだ手持ちはあるので、換金したら活動資金の心配はなくなりそうだった。
テトロンの街に到着した。
それなりに大きい町で、少数だが獣人もいるようだ。
「ここで馬を手に入れたい所だけど···どうしたものかな。」
初めての町というのもあるが、スレイヤーとして活動していた街とは勝手が違う。文字や言葉は理解できるのだが、店の看板を見ても何の店なのかが把握しづらく、町の作りもセオリーを無視してツギハギで構成された感じなのだ。例えるなら、発展途上国のようなものか。
だが、やるべきことは決まっている。ここは同行者に頼るべきだろう。
「エルミア、まずは所持している金貨を換金したい。どこに行けば良いと思う?」
大陸や国ごとに文化や様式は当然異なる。しかし、その国で暮らしている者であれば、何となく把握できたりするものだ。外国よりも国内での旅行の方が迷うことが少ないのが良い例だ。
「換金なら···たぶん、あの一角に行けば、何とかなると思うよ。」
そう言ってエルミアが指をさした辺りは、他の町人と違い、ボレロカーディガンを来ている者が多いように見えた。
「あの服装は、金融関連の職に就いている人が好んで着ることが多いから。」
ボレロカーディガンとは、スペインの闘牛士が着るような、丈がウエストよりも短いものである。座って仕事をすることが多いので、動きやすさから好まれているのかもしれない。
「じゃあ、あの辺りに行ってみようか。」
こんな感じでエルミアに案内をされながら、金貨の換金と必要な道具の買いつけ、宿の手配を行った。
馬に関しては貸し出しの空きがないらしく、複数の業者にあたったが芳しい結果を得ることはできなかった。買い付けに関しても同様だ。
「仕方がないな。次の町まで運行している乗り合い馬車があったから、それに乗ろうか。」
「そうね。少し時間はかかるけど、次の町で馬を確保するしかないわね。」
必要な物資を確保した俺たちは、少し早めの夕食をとるために、町をぶらぶらと歩いていた。
エルミアに視線を送る男性が異常に多い。集落でもらったウシャンカ風の帽子で耳を隠しているのだが、それによって可憐さがよけいに強調されているのだ。
直視したら、目を離せなくなるような魅力に溢れていると言って良い。
「その帽子似合ってるよ。」
「そう?」
「うん、かわいい。」
「そ、そう···ありがとう。」
そんな会話をしている俺も、やはり変装のためにカツラをかぶっていた。
騎士のような風体の人間は見受けられないが、念には念を入れておいた方が良いだろう。
「なんか···こうして2人で歩いていると、夫婦みたいだね。」
頬を染めながら、エルミアがそんなことを言い出した。
「確かに。俺も浅黒い肌をしているし、このカツラもエルミアに近い銀髪だもんな。まあ、顔はお好みじゃないだろうけど。」
自分で言って少し悲しくなった。日本人にしては、目鼻立ちはくっきりとしている方だが、エルフの美貌と比べるとぬりかべのようなものだろう。
「そんなことはないよ。私はタイガの笑った顔が好きだし。」
エルミアがそんなことを言いながら、手をつないできた。
夫婦に似せかけた演技としては満点だろう。これが本当の好意なら、嬉しすぎて、すれ違う人にラリアットをかましたいくらいだ。
「ありがとう。」
俺はきゅっとエルミアの手を握り返した。
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