第2章 亜人の国 28話 エージェントは冒険者を目指す①
WCFTー01を腰だめに持ち、左手で出力切り替えのグリップを回す。
水属性。
大蜥蜴に銃口を向けて、軽く引き金を絞る。
ドパッ!
発射音はショボい。
しかし、超高速で射ち出された水塊は、大蜥蜴に当たった瞬間に、その全身を原形を留めないまでに吹き飛ばした。
···はい?
···なんだこの威力は?
カリスちゃん、やり過ぎ。
WCFTー01は、引き金の絞り方で威力の調整ができる。
俺は一番最小の威力となるように、指に力を加えたはずだ。
ちょっと···いや、かなり引いた。
これは、オーバーキルって言葉で形容しつくせるような結果ではないと思うのだが。
···まぁ、良い。
せっかくだから、ちゃんと性能の全容を見ておこう。
俺は最大威力となるように、引き金を再度絞る。
ズズズズズゥゥゥゥーッ!
なんとも言えない噴射音が轟き、10メートルの範囲内にいる大蜥蜴を、文字通り一掃した。
そのまま左右に銃身を移動させる。
視界にある、同じ範囲内にいる大蜥蜴が一瞬で消えていく。
···ははは。
何だこれは?
ヤバイヤバイ。
カリスちゃん、ヤバすぎ。
引き金から指を離すと、攻撃範囲にいた大蜥蜴は肉片すら残さずに蹂躙されていた。
···ま、まあ、上位魔族が相手なら、このくらいの過剰威力でも良いかな。
自分を無理やり納得させながら、出力切り替えのグリップを火属性に設定した。
前進し、さらに先にいた大蜥蜴に向けて引き金を絞る。
ボォォォォォォォォォォーッ!
おお、こっちはちゃんと火炎放射器だな。
銃口から伸びる炎にさらされた大蜥蜴は、全身を焼かれ、悶えながら無力化されていった。
まだ生きている大蜥蜴たちは、目を点にしているような感じでフリーズしている。
最後の試射。
再び引き金を絞った。
強く、長く。
ビシュォォォォォワァァァー!
え?
何これ?
ス○ーウォーズで見たやつ?みたいな···。
銃口から出たのは、青白く集束された光。
さながら、超高熱のレーザービーム。
およそ30メートル先までに到達したレーザービームは、その範囲にいた大蜥蜴たちの上体を貫通し、絶命させていった。
「···········射程の短さはともかく、威力だけで言えば、戦略級兵器だよな···コレ···。」
俺は、WCFTー01の試射結果を見て唸るしかなかった。
「···何、あれ?」
ヘカトンケイルがタイガの遠距離攻撃で倒れたのを確認した後、リーナ達一行は移動を開始した。
タイガには、ここで待機するようにと言われてはいたが、「ヘカトンケイルが倒されたのだから構わないだろう。」と言うリーナに伴って、タイガの近くまで行くことになったのだ。
「まさか、ヘカトンケイルを一撃で倒すとは···。」と、全員が驚き、その手法について、あれこれと話が盛り上がっていた。
宮廷魔法士の中でも若手のホープと言われるキャロが、「あんな魔法は見たことがありません!詠唱もなく、魔力の波動もほとんど感じられず、ヘカトンケイルを一撃など···やはり魔王の力でしょうか?」と興奮ぎみに話をしていた。
それを聞いたリーナと言えば、「タイガ様ですからね。当然ですよ。むふふ。」と、なぜか自分のことのように胸を張る始末。
それを聞いていたダニエルは、「詐欺だ···あんなのは、何かのまやかしだ···。」と、不落の魔物であるヘカトンケイルが一瞬で倒されたことが信じられず、下を向いてぶつぶつとつぶやき続ける。
そんなこんなで、倒れたヘカトンケイルの手前まで来たところで、タイガが再びヘカトンケイルに攻撃を始め、何やら治療らしきものをされていたエルフ達がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「何か···不穏な動きですね?」と、のんきな口調で話すリーナだったが、炎に包まれながらも立ち上がってきたヘカトンケイルを目の当たりにして、「うきゃーっ!」とテンパり始めた。
その後、タイガの活躍でヘカトンケイルは完全に無力化されたのだが、自分たちのところへ上がってこようとしているエルフ達が、大蜥蜴の群れに詰め寄られだした。
「助けましょう!」
リーナが指示を出すが、その時にはタイガの手もとから何かが放たれ、大蜥蜴達が瞬時に消え去っていくという、非現実的な状況が続いた。
「ありえない···こんなことが···現実とは···。」
魔法か何かは不明だが、ヘカトンケイルに続いて壊滅させられた大蜥蜴を見て、ダニエルは頭を抱えていた。
タイガの戦闘力は、国の一個大隊ですら壊滅させられしレベルと思えた。そんな人物に、暴言を吐きまくった自分を思い返し、顔からは血の気が引いていく。
そのタイミングで放たれたリーナの言葉が、ダニエルの心の何かを破壊することとなる。
「す···すごい···ですね。たぶん、我が国は、タイガ様1人で亡国となりえるのじゃないでしょうか···。」
「·························。」
「ダニエルくん、この人達を引き上げてくれないかな?」
思考停止したダニエルの耳に、タイガの声が届く。
「···はっ!私など、本名で呼ばれるなどおこがましい存在です。どうぞ、ダニムシとお呼び下さい!!」
ダニエルからのタイガに対する返答は、圧倒的な力の差を見せつけられた服従の兆しが顕著であった。
何だコイツ···頭でも打ったのか?
豹変したダニエルの態度に気持ち悪さを感じた俺だったが、とりあえず無視をして、下ろされてきたロープに負傷者をくくりつけて引き上げてもらう作業に入った。
本来なら渓谷の向こう側に渡るため、リーナ達の所に引き上げてもらうことは二度手間になる。しかし、渓谷の底には、まだ遠目に大蜥蜴の存在が見えるため、治療の場としては相応しくなかったのだ。
「タイガ様、引き上げてもよろしいでしょうか?」
ダニエルの言葉遣いに違和感を持ちながらも、引き上げてもらうために合図を送った。
「あの···。」
周囲警戒のために、他の者達を先に上がらせて大蜥蜴の動向を見ていると、負傷者を庇いながら戦っていたエルフの女性が話しかけてきた。
浅黒い肌に、白銀の髪。まだ16~7歳くらいに見えるが、長命種のエルフだ。自分よりも年上なのかもしれない。
顔つきじたいは可憐な感じだが、凛とした瞳が内面の強さを感じさせた。
「何かな?」
応えると、突然頭を下げられた。
「ありがとうございました!」
「え?ああ、ヘカトンケイルのことなら、もともとやりあうつもりだったから···礼を言われるようなことじゃないよ。」
「いえ···父を助けていただきました。」
ああ、あのエルフのおっさんがお父さんか。
「それもついでだから。気にしなくて良い。」
頭を上げた女性は、じっと俺を見つめてきた。真剣な瞳だ。
「普通は···ダークエルフの私たちに、それも猛毒を吸いだすような命がけの真似をする人などいません。」
どうやら、彼女も闇を抱え込んだ1人らしい。歴史を紐とけば無理のないことではあるが。
「俺は種族が何であるかなどは気にしていない。敵だったら戦うし、そうでなければ協力しあえれば良いと思ってる。」
驚いた顔をしている。
もしかして、助けたことに何か意図があるとでも思われているのだろうか?
そうであれば、やはり彼女達の闇は深いのだろう。
「タイガだ。よろしくね。」
俺は彼女に微笑んだ。
彼女達の闇が理解できるなどという、烏滸がましいことを言える訳がなかった。
少し卑怯な気もしたが、笑顔で濁したのだ。
「大丈夫か?」
ガイは負傷した壮年のエルフに話しかけた。
リーナの従者に浄化と回復魔法を施してもらったため、状態はかなり落ち着いたようだ。今は、ガイを含めたエルフ達だけで固まって話をしている。
「ああ、助かった。俺はエルクだ。初めて見る顔だが、ルービー出身じゃないのか?」
「ガイだ。これまでは、魔の森に住んでいた。」
驚いた表情をするエルクに、これまでの経緯を説明する。
「精霊神様が···。」
「ああ。互いに、過去よりも未来を見ようとのことだ。」
「そうか···まさか、こんな展開になるとはな。」
「あんたらがここに来たのは、エルフの里を訪れるという目的じゃなかったのか?」
「違う。俺たちはルービーの冒険者だ。王国から、魔の森に向かったリーナ王女を連れ戻す依頼を受けた。」
「···ヘカトンケイルがいるのにか?」
「徴兵のようなものだ。応じなければ、ルービーの自治権を剥奪すると脅してきたらしい。」
ガイは思わず舌打ちをした。やはり、人族は手放しに好きになれそうにない。
「しかし、驚いたよ。リーナ王女や従者達が、俺たちに手をさしのべるなどとはな。」
エルクの言葉に、ガイは渓谷の向こう側の様子を見に行っているタイガに目を向けた。
「それに···リーナ王女の従者にあんな化け物じみた奴がいるなら、俺たちが出張る必要もなかった気がするな。」
「···違うぞ。」
ガイの否定の言葉の意味が、エルクにはすぐにわからなかった。
「違うって、何が?」
「タイガは、リーナ王女の従者じゃない。どちらかと言えば、こちら側の人間だ。」
「···どういう意味だ?あいつは人族だろ?」
「リーナ王女を含めた従者達全員は、タイガに教育的指導を受けた。」
「教育的指導?」
ガイは思わず笑みを漏らした。
「腹を殴られ、種族間での差別がどれだけ愚かな行いかを説かれていた。」
「···王女の腹を殴ったのか!?」
「ああ。今から思えば、傑作だった。」
「···何者なんだ?あのタイガという男は。」
「今世の魔王だそうだ。」
「「「「「魔王!?」」」」」
ガイ以外のエルフ達全員が驚きを声にした。
「そ···それは、自称魔王というイカれた奴ということか?」
ルービーの街にも、時折現れるイカれた奴がいる。エルクはそれと同じかと考えた。
「いや、精霊神様が認められた本物だ。魔王で、かつ亜神だと言うことだ。」
魔王とは、亜人と呼ばれる者達にとって、英雄と同意義である。だが、亜神は人間が神格化した存在。エルフにとっては敬うべき存在ではないが、広義では精霊神と並び立つ存在であった。
「あれが···そうか、どうりで強いわけだ。」
数百年という長きを生きてきたエルクは、様々な体験をもって、魔王や亜神の存在が事実に基づくものであることを知っていた。
その分、若きエルフよりも、受け入れる下地を持っていたと言える。
「ならば俺は···あの人の下に付かなければな。」
こうして、タイガ自身が知らない所で、魔王勢力は徐々にではあるが拡大していくのだった。
「そうか。エルミアは王都で冒険者をやっているのか。」
「うん。父さん達はルービーを拠点にしているけど、私は仲間と向こうで暮らしているの。」
エルフの女性···エルミアと打ち解けた。
話し方も無理をして敬語を使っているようだったので、「砕けたものにして欲しい。」と言ったら、「そっちの方が助かる。敬語って、肩が凝るし。」との事。俺をリーナの従者と思っていたらしく、また、父親を助けた恩人だからと、礼節を持って接しないとと無理をしていたらしい。
「王都は遠いのか?」
「馬で5日くらい。」
王都で冒険者活動をしていたエルミアは、王城からの通達をギルドで耳にしたらしい。強制依頼とはいえ、失敗をすれば自治権が剥奪されると聞き、急いで実家に駆けつけたそうだ。周辺の国に比べて亜人の認知が緩いとは言え、自治領が存在するように、人族との関係が決して良好なわけではないようだ。
「そうか···そちらに向かった方が良いかな。」
人族社会の現状を知るのであれば、ルービーよりも王都の方が当然情報量が多い。馬の準備も必要なので、一度ルービーに立ち寄る必要はあるが。
「王都に行かれるのでしたら、私たちと同行してくださいね。」
出た。
リーナが突然現れた。
ついさっきまでダニエル達と話をしていたはずなのに、いつの間にか傍にいて話を聞いていたようだ。
なぜかはわからないが、この娘は気配の消し方が尋常ではない。
本当は、王女ではなく暗殺者じゃないのか?と疑いたくなるくらいだ。
「リーナ様は···サイレンサーのスキルをお持ちなのですね。」
エルミアがそんなことを言う。
何だそれは?
銃につける消音器か?
「そうなのですよ!良いでしょう?」
得意気に答えるリーナ。
いや、何それ?怖いぞ···。
「そのサイレ···。」
「では行きましょう!エルクさんの話では、渓谷を越えてしばらく行くと迎えの馬車が来ているそうですよ。」
そう言って、リーナが俺の腕を掴んで引っ張り出した。
出たよ···人の話を聞かない自己チュー王女。
どこの国も、王族だけは本当に···この人災どもめ。
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