第2章 亜人の国 22話 ダークエルフ①
目の前の女性が、キョトンとした表情で首を傾げる。
仕草がかわいい。
「···初対面で、いきなり俺の妹を口説くのか?」
剣呑な声で、兄貴らしき男が俺を牽制してきた。
「···そうだな。申し訳ない。確かに、初対面で失礼なことをしてしまった。」
俺は素直に謝罪した。
「あなたは···私たちのことが怖くないの?」
「怖い?どうして?」
「それは···。」
妹の方が真面目な表情で聞いてきたが、深い悲しみを湛えた瞳で、その先の言葉につまっていた。
「肌の色を見ればわかるだろう。」
彼らの肌の色は褐色だ。
瞳は紅く、髪は白銀、耳は尖っていた。
そう、ダークエルフと呼ばれる種族だ。
「肌の色は南方出身だからだろう?」
俺の言葉に、兄妹は揃って反応した。驚きの表情を浮かべている。
「加えて言えば、君らは色白のエルフとは違い、獣肉を好んで食べる。それに、火属性の魔法を使う。でも、それだけだ。エルフという種族に違いはないのだろう?」
妹が俺の言葉を理解し、うっすらと瞳に涙を浮かべた。
ダークエルフというのは蔑称だ。
ララノア達が北部出身のエルフだということに対して、彼らは南部出身。元々はそれだけの違いしかないのだ。
当然、生活する地域が異なるため、文化や趣向には差異がある。気性も、ララノア達と比べれば荒い部分があるらしい。
だが、北海道出身の者と、沖縄出身の者の差程度のことなのだ。
ダークエルフと呼ばれ出したのは、千年以上前にその容姿が魔族に酷似していると、当時の人族の王が忌み嫌ったことが発端とのことだ。
その時代、虐殺行為を受けた彼らの祖先が人族に反旗を翻し、血で血を洗うような戦争が数十年と続いたそうだ。
以降、彼らは色白エルフからも疎まれて、別の種族として認識をされることとなる。
そんな種族の一部が、百年前の人族と亜人との戦争で暗躍をした。エルフに対して積年の恨みを持ち、人族の甘言に取り込まれてしまったのだ。
「俺たちの···種族の歴史を知った上で言っているのか?」
怒りとも、悔しさとも言える声音。
元の世界で例えるなら、黒人を始めとした人種差別のようなものかも知れない。
人間とは、他人と優劣をつけ、自らこそが優れた存在だと思い込みたい生き物なのだ。
「知っている。君らの辛さをわかると言えば嘘になるし、過去の凄惨な出来事は聞いた話でしか知らない。でも、これだけは言える。俺には、相手の善悪を見分けるスキルがある。」
2人とも唖然とした表情をしたが、「そんなスキルがあるはずがない。」などとは言わなかった。ララノアやミーキュアのように、特殊なスキルを持つ人間は彼らの中にもいるのだろう。
「君らは悪人ではない。それが確認できた。だから、任務を遂行させてもらう。精霊神アグラレスからの伝言だ。」
そう、これはアグラレスからのエクストラ·ミッションなのだ。
「精霊神だと···。」
驚愕に目を見開く2人。キレイな顔立ちだから、どんな表情でも絵になる。
「俺の名前はタイガ·シオタ。アグラレスから、遥か昔に袂を分かった同胞との関係を修復したいから、協力をして欲しいと依頼を受けた。」
「···信じられん。」
「待って、兄さん。」
兄の方は不信感をあらわにしているが、妹の方は冷静なようだ。
「タイガさん、あなたが信用できるという証拠が何かある?」
「これを。」
俺はアグラレスから預かったネックレスを手渡した。
「これは···。」
チョーカーのような造りのそれには、緑に輝く石と黄金の鳥の羽がついている。
「···世界樹の雫石!それに···グリンカムビの羽!?」
どうやら、エルフにとって価値の高い物らしい。
「俺には、それが何であるのかはわからない。アグラレスは、エルフなら、そのネックレスの意味がわかるはずだと言っていた。」
「···俺はガイだ。こっちは妹のリリィ。これまで失礼な態度をとって悪かった。」
ずっと疑惑の目を向けていた兄の方が、急に態度を軟化させた。
「この石は、エルフの拠り所である世界樹の雫からできた宝石。それと、世界樹にだけ生息する金の鶏冠を持つグリンカムビの羽です。私たちエルフにとっては、正に国宝とも呼べる物。精霊神アグラレス様が、エルフではないあなたにこれを託したと言うことは、強い信頼の証しに違いありません。」
妹のリリィも、兄に習ってか好意的な眼差しで説明をしてくれた。
「それをしばらく君らに預ける。エルフが魔力を注げば、アグラレスからのメッセージが聞けるらしい。」
2人は互いに顔を見合わせた後で、俺にこう言ってきた。
「タイガさん、あんたは初対面の俺たちを信用するのか?こんな···エルフの至宝とも呼べるものを預けても良いのか?」
「他にも同胞がいるなら、一緒にアグラレスの言葉に耳を傾けて欲しい。君らを信じるのかどうかと問われれば、信じるの一択だ。俺は、何度も自らの窮地を救った自分のスキルを信頼しているからな。」
初対面の彼らを信じると言えば、疑問や不信感がわくだろう。だから、俺は正直に自分と自分のスキルを信じると言った。
エルフでもない俺との信頼など、こんな短時間では築きようがないだろうからだ。
アグラレスから聞いた話から推測すると、現在地はおそらく、魔の森の真ん中辺りだろう。
薫製の煙を狼煙代わりにすることで、足跡を残していた人間を誘導することができた。
連合から逃亡した亜人か、ダークエルフと呼ばれる者達のどちらかだろうと予想はしていた。
人族の冒険者という可能性もないわけではなかったが、足跡や形跡をみる限り、何かを目的として動いていると言うよりも、一定の範囲を生活拠点としている動きに感じられていたので、確率は低いと思っていたのだ。
結果として、ガイとリリィに出会うことができたのは、僥倖だと言える。
「それにしても、よく1人でここまで来れたものだ。」
「本当に···運が良かったのですね。」
2人が普段生活をしているという拠点に招かれたので、そちらに向かっていた。住民は100人に満たないが、集落が出来上がっているらしい。
「何かあるのか?」
「エルフの森からこちらに来たのであれば、その途中にオルソドロがいる。よく襲われなかったものだと思ってな。」
「オルソドロ?」
「身の丈が5メートル近くもあって、恐ろしいほどの膂力を持っている魔物です。中級程度の魔法では傷一つ負わせることもできませんし、巨体に似合わず移動速度も人間の比ではないので、災害級と言っても良いほどです。」
中級魔法とは言っても、それなりの破壊力を持っている。スレイヤーのほとんどは、そのレベルの魔法で魔族に対抗をしているのだ。
「俺たちの仲間も、年に数人は奴の犠牲になっている。鼻が利く上に、行動範囲も広いので厄介な敵だ。過去に何度かエルフの森に向かおうとしたこともあったが、奴のせいで果たせずにいた。」
「そんな魔物は見かけなかったな。どんな外見をしているんだ?」
「金色の熊です。」
「···え?」
「陽の光で輝くような、金色の被毛をした熊だ。」
奴か···。
「そいつなら出くわしたぞ。」
「「え!?」」
「確かに光輝いていた。何の冗談かと思ったくらいだ。」
「よ···よく、ご無事で···。」
「1人で逃げおおすとは、すごいな···。」
「え?いや、倒したぞ。」
「「え!?」」
「不意打ちで脳天を殴ったあとに、黒焦げにしておいた。」
「「···························。」」
うわ~、2人にドン引きされてるわ。
「タ···タイガさんは、上級魔法士なのですか?」
「いや···その前に、奴の脳天を殴ったって···。」
魔法が通じないって、もしかしてあれか?
金色の毛が魔法を防ぐのか?
アルミホイルが電波を反射するみたいな感じで。
脳天と言っても、眉間に近い部分だったから、毛が少ない急所だったとか?
いや···現実逃避は良くないな。
カリスが調整した雷撃の魔石が、上級魔法に匹敵する凶悪な物だった可能性が高い。
いや、間違いなくそれだろう。
アイツは何て物を作るんだよ···。
ガイ達が暮らす集落を訪れた。
意外だったのが、人族の外見である俺を見ても、他のエルフ達は大した反応を示さなかったことだ。
もっと奇異の目にさらされるかと考えていたのだが、すぐにその理由を知ることになる。
切り開かれた平地に建物が軒を寄せあっており、周囲は畑と広場、外周には丸太で作られた頑丈な柵が設置されていた。魔物からの警戒のために、小さいながらも物見櫓が2ヶ所に設けられ、監視を行っている。
長い時を経ているのか、中には老朽化した建物もあったが、子供が走り回ったり、広場の端にあるテーブルで何かのゲームに興じているおっさん達が···エルフ以外の種族がまじっている。
狼人や虎人に猫人?それに、人族らしき者達もいた。
「彼らは魔の森で遭難していたり、魔物に襲われていた人たちです。私たちが助けて以来、ここで一緒に暮らすようになりました。」
不思議そうにおっさん達を見ていると、事の経緯をリリィが説明してくれた。
種族を問わずに人助けか···他種族から強い迫害を受けていたというのに、健気というしかない。
「この姿をおバカな人族に見せてやりたいな。」
「···種族は違っても、同じ人間ですから。」
エルフはプライドが高いとか、ダークエルフは悪しき存在とか言われているが、実際はどの種族でも善人もいれば悪人もいる。
そういった人としての本質を見ずに、種族が違うからと忌み嫌ったり、迫害するのはどの世界でも同じだ。
これから調査に訪れるであろう人族の国が、柔軟な考えを持っていることを切に願った。
「それでは、集会場でアグラレス様のメッセージを確認させていただきます。タイガさんもご一緒されますよね?」
「いや、俺は遠慮しておくよ。エルフ同士の話に俺が立ち会うと、集中できない人もいると思うから。」
「タイガがそれで良いのなら、そうさせてもらおう。その間、集落の中を案内する者をつけるから、しばらく時間を潰しておいてくれ。」
「了解した。」
ガイとリリィは、他のエルフ達と早くアグラレスのメッセージを聞きたそうだった。人族の俺がその場にいると、快く思わない者も多少なりともいるだろう。
特にすることもないので、装備の確認でもしようかと思ったが、案内役が相手をしてくれるようだ。
1人でいるよりも、監視を兼ねた案内役が一緒の方が、トラブルも起こりにくいだろう。
この集落では、俺はまだ、得体の知れない人族なのだから。
広場を眺めていると、2人の女性が近づいてきた。
共に冒険者風の格好をした人族だが、前を歩く方は高貴な雰囲気をまとっている。後ろに控えているのは···経験上、曲者だと感じた。
あまりお近づきになりたくない2人だなと思っていると、残念ながら俺の正面で足を止めてしまった。
「タイガ・ショタさんですね?」
久々にかまされた気分だ。シオタをショタと呼ばれたのはいつ以来か。
「タイガ・シオタです。シ・オ・タ。ショタと言うのは、私の出身国では少年や小さな男の子に執着や愛情を持つ変態のことを指します。つまり、あなたは初対面でいきなり私のことを変態呼ばわりされた訳です。不愉快極まりないので、これで失礼致します。」
「えっ!?」
唖然とした表情をした相手を置き去りにして、俺は踵を返し、その場を去ろうとした。
ザッ!
目の前に、後ろに控えていたもう1人が立ちはだかり、行き先を封じられてしまった。
相当な身のこなし方をする。
「血のにおいがするぞ。どこぞの国の暗部か?」
冷徹な表情をしていた仮面に亀裂が入る。立ちはだかった女性の眉がピクリと一瞬動いたのだ。
「リーナ様を侮辱して、無事に済むと思うな。」
どうやら、高貴な雰囲気をまとった方はリーナと言うらしい。
「侮辱されたのは俺の方だ。知らない国の文化を理解していないのは当然かと思ったから、この程度で済ましている。」
「下賎な者が、身の程をわきまえるが良い!」
正面の女性が瞬時に短剣を抜き出し、俺の喉に向けて躊躇いもなく一閃させた。
俺は相手が短剣を持つ右手首を左手でとらえ、軌道を逸らす。
すぐにその右手首を掴んだまま、前後左右に動かして相手の重心を崩し、手前に引き込むと同時に間合いを詰めた。
右足を斜め前に軽く振り上げて、返す動きで相手の右足の外側を刈り取る。
柔道でいう大外刈りだ。
相手の女性は後頭部を地面に強打しそうになるが、掴んだままの右手首をコントロールして、そのまま抑え込んだ。
「忠義を尽くすのは良いが、短慮は身の危険を高める。結果、リーナ様を窮地に追いやることになるぞ。」
相手は何が起きたか理解できず、驚愕に目を見開いていた。
身のこなしを見る限り、かなりの手練れではあるが、例に漏れず、この世界の体術はレベルが低い。
「くっ···。」
悔しさや怒り、憎悪のこもった目を向けられるが、こういった手合いは中途半端に終わらすと、後々面倒なことになりかねない。
俺は頸動脈を圧迫して落とした。
「シュラっ!?」
身動きをしなくなった女性にリーナが叫んだ。
シュラという名前らしい。
いきなり襲ってきたし、修羅の間違いじゃないのか?などと一瞬思ったが、どうでも良い。
それよりも、これはガイに仕組まれたのかもしれないな。
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