第2章 亜人の国 21話 魔の森
アグラレスや他の者にも確認をしたが、亜人の暮らす地域では、現在の人族の暮らしや勢力がどうなっているのかは、把握ができていないそうだ。
これは、以前にミンが話していたことと何ら変わりがない。魔の森が人族と亜人の住む世界を隔て、互いの干渉を皆無にしているのだ。
ただ、そうなると、連合を離れた亜人達がどうなっているかの想像はつきやすい。
互いに干渉できないほど魔の森に立ち入ることが難しいのであれば、彼らが無事に生き延びている可能性も低いと考えられる。
その辺りについてアグラレスに意見を聞いたところ、興味深い話が聞けた。
かつてエルフの同胞でありながら、意を異にして地域を離れた種族が、魔の森で暮らしている可能性があるのだという。
その種族は、エルフと外見や慣習を同じとしていたが、かつての戦争で人族側に立ち、亜人全種族から忌み嫌われる存在となっているそうだ。
アグラレスは別案件として、この種族の情報があれば共有して欲しいと言ってきた。
「確執を精算したいのか?」と聞くと、「彼らは同胞です。可能であれば、再び共に歩んでいきたい。」と返してきた。
俺は快諾し、エルフの森を後にした。
再び、ドワーフの里に戻ってきた。
ミン達は、連合との話を詰めるために別行動となっている。
俺は依頼していた装備品の回収のためにピルケを訪れた。
「あんたか。依頼された分は用意ができているぞ。」
机の上に並べられた物資を確認する。
「さすがだな。予想以上の精度だ。ドワーフの技術は本当に高いな。」
「製作についてはこちらで請け負ったが、魔石についてはカリスがいろいろと調べて調整をしてくれた。」
「そのカリスは?」
「作業場の1つを陣取って、何かの研究をしているよ。まぁ、こちらにも面白いものを技術提供してくれるから、別に構わないがな。」
今のところ、カリスは置いていくつもりだった。暇を持て余して、余計なことをされると不味いなとは思っていたが、大人しく研究に打ち込んでくれるのなら大丈夫だろう。
俺はカリスに、追加で新たな装備の開発を依頼しておいた。この世界では、実現はかなり難しい部類のものだが、喜んで引き受けるとのことだ。
ハードルの高い目標の方が、研究者としての情熱が燃え上がるらしい。
他のものを燃やされるよりも安心なので、がんばってもらうことにした。
魔の森は広大だ。
地図もない。
ここを踏破するための情報は、ほとんどないと言っても過言ではないだろう。
なかなかハードなミッションとなるが、特に期限があるわけでもないので、地道に攻略するしかなかった。
以前にミンと出会った場所に、ベースを設けることから始めた。
この辺りは水源も近く、獣や魔物の類いも少ない。
1人で活動をする上で、最も警戒すべきは睡眠を取る時だ。ここなら、熟睡はできなくとも、ある程度の休息は取れるだろう。
ミンから聞いた話では、獣や魔物が嫌う薬草が生息しているそうだ。それを集めて、ベースにする小屋に敷き詰めるか、周辺にばら蒔こうと考えていた。
小屋は一から建てるつもりだ。
とは言っても、雨風をしのげれば良いので、簡易な造りでかまわなかった。
均等に切り出した木材を組み上げて、六畳程度の広さの
木材加工用の工具はピルケから借りていたので、早々に行動に移った。
半日ほどかけて、小屋が完成した。
早朝から始めたので、まだ午後の時間帯だ。すぐに薬草集めを始め、1時間ほどで外敵避けの防護策も完了する。
近くの小川で体を洗い、飲料用の水と夕食の魚を確保した。
ようやく、一息つけそうだった。
小屋の前で火を起こし、魚の腹を裂いて、薬草をハーブ代わりに詰める。細い枝木に刺して、焚き火から少し離れた位置に立てて焼いた。
焼きあがるまでは、少し時間がかかるだろう。
俺は、その間に羊皮紙にマッピングを始めた。マッピングと言っても、まだ未開地ばかりなのですぐに終わる。
武具の手入れをして焼き魚を食べ、就寝した。
明日からは、ある意味で冒険の始まりだ。
エージェント時代に経験をした似たような任務を懐かしく思いながら、すぐに目を閉じた。
ベースを中心に、半径3キロメートルを探索した。
特筆すべきことは何もなかったが、獣道とおぼしき箇所には鳴子を設置して、ベースに近づく存在を早い段階で察知できるようにする。
鳴子は木の板に木片を蔓で付けた簡易な物を作り、草木の揺れで鳴るように調整をしておいた。
気休め程度ではあるが、ないよりはマシだろう。
午前中に作業を終えた俺は、食料調達のために、さらに範囲を広げて探索を続けた。
ウサギや鹿などを狩り、血抜きと解体をする。
血の臭いを嗅ぎ付ける魔物や獣を警戒して、ベースから離れた位置で解体作業を行っていると、ソート・ジャッジメントが邪気に反応した。
魔族ほどの強い邪気ではないが、それなりに存在感のある奴だった。
おそらくは魔物だ。
すぐに近くの高木に登り、地上から8メートルくらいの高さで気配を消す。
やがて枝木を折り、草花を踏み散らす音が近づいてきた。
そいつは何やらまばゆく光っていた。
陽の光が反射して、木々の間から断続的に反射光が伸びる。
何だあれは?
隠れている高木に近づいてきたのは、全身が金色の毛の巨大な熊だった。
よくわからないが···ゴールデンベアか?
カジュアルファッションに、そんなブランドがあったな···などと思いつつ、腰のベルトからピルケが製作した武具を静かに取り出す。
太い警棒のようなそれは、スタンスティック。
殴る時にグリップにあるボタンを押せば、スタンガンのように電流···もとい、雷撃が出るようになっている。
雷撃と言っても、遠隔攻撃はできない。打撃により、相手の体に触れた瞬間に強力な雷が放たれる仕組みになっている近接戦闘用の制圧武器だ。
これには2種類あり、今手に持った魔物用の高圧型と、腰に付けたままのもう1本の対人用の低圧型がある。
本体内に雷属性の魔石が仕込まれており、ボタンを押すことで起動用の魔石が作動するという、以前に開発した弾薬の応用だ。
因みに、魔石や威力の調整はカリスに委ねられており、実戦での使用はこれが初めてとなる。
これがどこまで実用的か、テストをする良い機会だと思ったのだ。
ゴールデンベアが真下を通るのを見計らうと、俺は高木から急降下した。
ゴールデンベアの脳天に、スタンスティックが直撃する。
その直後のことだ。
バリバリバリバリバリバリーっ!!!
ゴールデンベアの全身に雷撃が迸り、激しい痙攣、そして炎が噴き上がった。
「······························。」
すぐに着地して、ゴールデンベアから離れた俺は、唖然とした。
確かに、「魔族の意識が奪えるくらい強力な方が良い。」とは言ったが···一瞬で黒コゲじゃん。
ズーンっ!と、そのまま固まった状態で地面に倒れるゴールデンベアを見て、俺は呆れるしかなかった。
「いやいや、強力すぎだろ。」
想像とは違う。
俺が求めたスタンスティックは、魔族を気絶させるためのもの。今回の相手は魔物だが、それでも過剰すぎるとしか思えなかった。
今手にしているのは、瞬殺できるだけの威力を秘めている。
さすがはカリス。
魔神の基準は斜め上をいく。
ゴールデンベアの体は、未だに一部がブスブスと燃えており、全身からは煙と異臭を放っていた。
試しに、近くにあった木の枝でつんつんと突いてみる。
固っ。
完全に炭化していた。
···おいおい。
大丈夫か?
魔族や魔物相手なら、頼りになる武器だと言える。
しかし···対人用の方は使っても大丈夫か?
一瞬で人が炭化したりはしないのか?
気絶させようと思って触れたら、消し炭になっちゃいましたぁ、テヘペロ···なんてことにはならないだろうな?
絶対に、いきなり実戦投入はしないぞ。何かで、試してからでないと怖すぎて使えん。
ゴールデンベアの死体はそのままにして、俺は先に進むことにした。
それにしても、カリスは大丈夫だろうか?
今、彼女に製作依頼をしているものも、一歩間違えれば過剰兵器になりかねない。
嫌だぞ。
自分が作らせた武器で、国そのものが消えたりするのは。
対人用のスタンスティックを試してみた。
相手は狼型の魔物。
人間よりも一回りくらい大きなそれが、複数体で連携をとって襲ってきた。
攻撃を避けながら、スタンスティックを相手に打ち込む。
数十秒程で殲滅。
心臓に近い部分に当てた奴等は即死。足や、体の後方部に当てた奴等は昏睡に近い状態となった。
打撃を加える部位については考える必要があるが、過剰な威力とも言えない。対人相手にでも実用が可能と判断できた。
こういったことにあまり時間を割きすぎる訳にもいかないので、先に進んでいく。
シュッ!
ヒュンッ!
ベースから10キロメートルほど離れた辺りで、虫型の魔物に襲撃を受けた。
スズメバチが全長30センチまで巨大化したような奴だ。
ブ~ンという羽音を鳴らしながら、10体以上が迫ってきたので、腰に付けたナイフを2本抜き、迎撃した。
いずれも、首と胴が離れて絶命する。
複数の相手に囲まれた時や、屋内や洞窟内で使用するために製作してもらったナックルナイフを使用した。
こちらは、簡単に言えば殴打用のメリケン·サックにナイフがついた構造をしている。
近接戦闘用に特化しているが、実はかなり使い勝手の良い刃物である。
基本的には切る、突く、刃を弾くという単純武器だが、これにナックルガードがついているだけで、攻防の幅が広がるのだ。
例えば、ナックルガード部分で殴ったり、2本持ちだと盾代わりにすることもできる。
ピルケに製作をしてもらったのは、ナックルガード部分が拳の形のようにギザギザになっており、そこで殴った場合の破壊力を高めたり、相手の剣を受ける時にギザギザの凹部で刃を固定し、もう片方の束頭を打ち込んで刀身を叩き折ることも可能だ。
エージェントは基本的に、ナイフか拳銃を携行し、それで闘うことが多い。
こちらの世界では、さらに殺傷力や戦闘時の動きの幅を広げる必要があったため、この形状がベストだった。
神威術で蒼龍や破龍を空間収納できる俺にはあまり関係ないが、長期の行軍や探索をする時には、長尺の得物は重量や携行の点で負担も大きいので、それを解消するメリットもある。
深い森の中で移動を続けなければならない今回のようなケースでは、このナックルナイフとスタンスティックだけを装備しているので、身動きが取りやすいのが実感できている。
新しい装備の有用性を検証しながら、俺は急ピッチに魔の森の探索を進めていた。
3つ目となるベースを設置した。
既にスタート地点から、直線で50キロメートルは離れているだろう。
倒した魔物の数は100を優に越えていた。いちいち数えるのが面倒なので、詳しい数はわからない。死肉を貪る魔物や獣、病原菌の発生を防ぐために、死体は何度かに分けてスタンスティックで消し炭にしている。
スタンスティックは、魔石を動力としていた。それほど長時間の使用はしていないが、中の魔石は一度力を枯渇させ、新たな魔石に取り替えてある。束頭を取り外して魔石を入れ替える構造なので、懐中電灯の電池交換の要領でお手軽だ。予備の魔石は全部で5つ所持しており、現状は残4つになっていた。
今のベースに行き当たるまでに、人の足跡を見つけている。足跡、通りすぎた際に生じた草木の折れ、刃物による戦闘の痕など、おそらく複数の人間が近くで行動をしていたはずだ。
こちらから彼らの拠点を探すのも良いが、どの程度の人数がいるのかは不明なため、このベースに誘致してみるべきかと考えている。最悪の場合は、ネルシャン達とのやり取りと同じような状況を作る可能性があるが、いずれにしろ接触をする必要があった。
狩猟で得た肉を木箱の中に並べて燻した。
木箱は手製だ。これに平らな石などを入れて簡易な薫製器を自作したのだ。
スモークするために、オーク材を森で確保し、火をつける。
薫製中の煙が、食物に殺菌作用と脱水効果を生み、保存食を作り出す。下処理のために塩を使ったが、塩漬けにするほどの量は持ち合わせていなかったため、温薫といわる燻し方で丸1日の時間をかけた。
この間に、近隣で活動する人間が俺を見つけてくれる可能性は高い。
俺は存在を発見される前に、近くの水辺で体を洗った。全裸でいる時に囲まれて、また裸の妖精を演じるのは嫌だからだ。裸を見られることには耐えられる。だが、初見の印象が悪すぎる。また変態とか言われるのは避けたかった。
嫌だよな?
俺は嫌だ。
後で誤解を解くのが面倒だろう?
え?
期待を裏切るな?
ふん···挑発しても乗らないぞ。
薫製にした肉を食べた。
鳥などの肉はそれなりだが、他はやはり獣臭い。
血抜きはしっかりとやったが、塩漬けにできなかったことが敗因か。
塩漬けは、長期保存のためだけではない。食材の風味を作り換える手段でもある。美食家と言うわけではないが、やはりスパイスや塩は豊富に確保したいなと感じていた。
そんなことを思いながら食事をしていると、気配を感じた。
2人。
ソート・ジャッジメントは反応せず、殺気も感じない。
ただ、警戒しているのか、慎重に近づいて来るのが気配でわかった。
敵意はないということをアピールした方が良いだろうか?
目の前の焚き火を見ながら、何か方法を考える。
思いつくのは、ファイヤーナイフダンスくらいか。
ナイフの両端に火をつけて、振り回して踊る、南太平洋の島国サモアの踊りだ。
ああ···あれって裸になる必要があるな。
いやいや、もう裸はお腹いっぱいだ。
待てよ···ファイヤーナイフダンスは、相手を威嚇するサモアの戦士の踊りだった。
威嚇してどうする。
では···友好的に見えるものをチョイスするとなると···頭に布をかぶるアレはどうだろうか。
短い木を鼻にさして踊るアレだ。
島根県の安来節に付き物のアレ。
そう、どじょうすくいなんてどうだろう。
あれなら笑いもとれそうだ。
ああ、腹踊りもその流れにあったな。
いやいや、また裸じゃねえか。
「あの···。」
どうも、最近は頭がおかしい気がする。
アレックスに裸の妖精さんなどと呼ばれたから、関西人の性に火がついたのか?
「聞こえているか?」
裸体をさらすネタも悪くはないが、もう少し健全な方が、初見の印象は良いだろう。
となると···マイムマイムか。
あれは確か、イスラエルの民謡だったな。発祥は、開拓地で水を堀当てて、人々が喜ぶさまを歌って踊ったやつだったはず。
あれなら···いやいや、1人マイムマイムなど、意味がわからんか···。
「ダメよ、兄さん。瞳孔が開いているわ。」
その声ではっとした。
考えごとに集中していて、気がつかなかったのだ。
いくら危険な気配は感じなかったとは言え、ここまで接近を許すなど、エージェント時代にはありえなかったのだが···。
「あ···戻ってきたみたい。」
その言葉を発してきたのは、俺の顔を覗きこんでいた女性だった。
「···キレイだ。」
その顔を見て、素直にそう思った。そして、自然と口に出てしまっていた。
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