第2章 亜人の国 23話 ダークエルフ②

リーナが険しい表情で見つめてくる。


「正当防衛ですよ。」


刺すような視線に対して正論をぶつけてみるが、恨みがましい色は消えなかった。


確かに挑発はしたが、いきなり殺そうとしてきたことに問題は感じないのだろうか。


「リーナ様!」


すぐに新手が来た。


騎士団風の男達が駆けつけて来る。


「貴様っ!」


前置きなしに、1人がシールドバッシュで攻撃をしてきた。


相手の動きに合わせて後退し、盾が静止する瞬間を狙って前に出る。


盾による攻撃は、攻め手にとっても視界を著しく狭める諸刃の剣だ。


盾の端を掴んで逸らせ、そのまま踏み込む。


装備している鎧は、革製で胸部のみ。おそらく、裏側に長方形の金属片をリベットで止めたブリガンダインと見てとれた。


がら空きの胃に向けて腹パンを入れる!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


自らの身体能力が上がりすぎているので、かなり加減をして殴った。食事をして間もないのか、ストマックブローが嘔吐につながる。


バックステップで汚物を避けた。


「怯むなっ!奴を抑え込めっ!!」


次々に攻撃を仕掛けてくる男達を、同じようなカウンターで捩じ伏せる。


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


全員が口から何かを吐き出し、悶え狂う。


臭い!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


この乱闘を見ていた村人が、もらいゲロをする。


周囲はうめき声と、びちゃびちゃという音、そして、独特の臭気におおわれてカオスと化した。


しばらくすると、リーナの目線が恨みがましいものから、泣きそうなものに様変わりしていた。


いや、俺悪くないし。


むやみやたらと襲いかかってくる方が悪いし。


「私の仲間を···許せませんっ!」


湧き出すように次から次へと襲ってくる者達を反吐の海に沈めていると、リーナが剣を抜いて立ちはだかった。


「いきなり喉を斬りつけてきたのはそちらだ。それを棚上げにして、都合の良い御託をならべるのか?」


「そ···それは···。」


「どこぞのお姫様はご立派だな。身びいきをするのも良いが、選民思想が根深いように思えてしかたがないぞ。」


我ながら、嫌な役を演じたものだと思ったが、感情を揺さぶることには成功したようだ。


リーナはどこかの国の王族だろう。隠すことのできない高貴なオーラと、シュラの存在がその証拠だ。


シュラは従者のようにみえるが、高確率で暗殺者アサシンか、それに類いする職業的な雰囲気を持っていた。おそらくは、影の守護者シャドウガーディアン


王族には、それを守護するロイヤルガードが存在する。常に脇に控え、有事の際に盾となり、矛となる守護者だ。


しかし、外交や私事の際など、物々しい警護を避け、少数精鋭を何らかの役職に見立てて配する場合がある。シャドウガーディアンとは、そういった者達を指す。


シュラは短慮で未熟だが、それなりの練度を身につけていた。要職にない、もしくは王位継承権のない王族を守護する立場と考えても、おかしくはないのだ。


リーナが王の血族である公爵家の人間である可能性もあるが、そこの令嬢にシャドウガーディアンを配することは考えにくい。反吐を撒き散らした騎士団風の奴等だけで十分と言えるからだ。


「わ···私は···そのような思想など···。」


気の毒になるくらい青ざめた顔をするリーナを見て、「かわいそう。」などとは思わない。いや···顔は「可愛そう」だがな。


ここには迫害されてきたエルフ達が暮らしている。詳しい事情はわからないが、リーナ達は彼らに何らかの助けを受けてここにいるはずだ。


自らの権威を振りかざすのは、御門違いにも程があるだろう。


それが、染みついた選民思想の表れに他ならないということだ。


おそらく、ガイは俺のスキルでリーナ達の本質を見抜きたいと思ったのではないだろうか。


そうでなければ、集落外の人間を案内役に寄越したりはしないはずだからだ。


「リーナ様から離れなさいっ!」


「···聖なる力で神を冒涜する者を拘束せよ。ホーリーバインドっ!」


また新手が来た。


それぞれが白と黒系のローブを羽織った女性2人組。


白いローブのゆるふあヘアの娘が詠唱を終わらせ、魔法で俺を拘束しようとしてきた。


5本の白い光が伸びてきて、俺の手足と首に巻きつこうとするので、ナックルナイフを抜いてそれらをさばく。


実際には、ほうっておいても体に触れた時点で魔法は消滅するのだが、それだとこの世界の常識では非現実的過ぎるので、演技をしておいたのだ。


「う···嘘···聖魔法を武器で打ち消すなんて···。」


ショックなのか、ゆるふわちゃんが何かを言ってるが、無視してゆっくりと近づいていく。


さすがに、女の子に腹パンはまずいわな···。


そんなことを考えていると、黒いローブの方が詠唱を始めていた。


「···煉獄の炎で邪悪なる相手を焼き消せ。ファイアートルネードっ!」


寒っ!


スレイヤーでも詠唱を必要とする奴が多かったが、もっと短くて、かけ声じみたものばかりだったのだが。


あの長い詠唱は、聞いてるこっちが恥ずかしくなる。


it's fantasy.


「あ···。」


余計なことを考えていると、煉獄ちゃんの放ったファイアートルネードとやらに包まれた。 


「そのまま焼失しなさいっ!」


一部の人が悶えそうなアニメ声で、過激な発言をする煉獄ちゃん。


でも、魔法は効かないのだよ。


俺を包んだファイアートルネードとやらは、体に触れた瞬間にかき消えた。


「···へ?···嘘?」


へなへな~と腰砕けになる煉獄ちゃん。


青ざめた顔のリーナ、呆然自失のゆるふわちゃん、そして腰砕けの煉獄ちゃん。


この状況だと、完全に悪役じゃん···。


「そこまでだっ!貴様のような愚劣な存在は、俺が淘汰する!!」


またまた新手が来た。


槍を手にした、長身イケメンくん。


とりあえず、この場は早々に終わらせよう。めんどくさいし。


「聞いて驚けっ!我こそは、国一番の槍の英傑、ダニ···。」


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


ダニ何とかくんが名乗りを上げようとしていたが、興味がないので、とりあえず一発かましておいた。


しばらく様子をうかがうが、もう新手は来ない。ようやく、打ち止めに至ったようだ。


それにしても···どうしようか、この状況···。


俺はうめき声と反吐の臭いが充満する地獄絵図の中で、そっとため息を吐いた。




見ているだけで不快になる汚物と臭気に辟易し、自らが起こした騒動にも関わらず、場を去ろうとした。


「ま···待て···。」


ダニ何とかくんが、体と口を汚物まみれにさせながら、引き留めようとしてきた。


「不意討ちの···ような真似をして···そのまま···行かせる···かよ···。」


根性はあるようだ。


「状況が状況だったから悪いな。体調が戻ったら、改めて相手をする。だから、今は退け。」


そう答えると、悔しそうにはしていたが、それ以上は何も言ってこなかった。


「リーナ様も申し訳ありませんでした。不敬に対してとはいえ、いきなり命を狙われたので反撃をしてしまいました。落ち着かれたら、時間をもらえないでしょうか?」


リーナは放心したような瞳を向けてきたが、言葉を発することはなかった。


俺は『めんどうだな。』とは思いつつ、それを表に出すことはなく、その場をあとにしようとした。


「ま···魔王様が、人族を···。」


突然、嫌なタイミングで余計なことを言う奴が現れた。


声の主を見ると、エルフのじいさんが目を見開いて、こちらを指差していた。


傍には、唖然とした表情でこちらを見るエルフ達がいる。


これ以上、ややこしくなるのは本意ではないので、黙って移動することにした。




タイガから、アグラレス様のメッセージが入ったネックレスを受け取り、妹のリリィと他のエルフ達を集会場に集めた。


「ガイよ、その話は本当なのか?」


この集落で最高齢のレド爺が、半信半疑という感じで質問をしてきた。


「真偽は、このネックレスが語ってくれるはずだ。魔力を注ぐぞ。」


俺はタイガの言う通りに、魔力を注いだ。


すぐに聖霊神アグラレス様と思われる女性が映し出され、俺たちとの今後についての話が始まった。


内容はタイガが言った通りのもので、長年の受難が報われると、その場にいる誰もが思ったものだ。


中には号泣する者もいたが、これですべてが終わりと言うわけではない。


これから実際に行動し、エルフの森に向かわなければならない。


その道中の危険もあるが、その後についても不安だらけだ。


アグラレス様はともかく、エルフの森に住む者達が、自分達を本当に受け入れてくれるのかも、今はまだわからないからだ。


最後に、アグラレス様は衝撃的なことを伝えてきた。


タイガのことだ。


普通ではないとは思っていたが···彼が今世に現れた魔王だと言うのだ。


俺たちは衝撃を受けた。


魔王とは、伝承で紡がれるような存在。武に秀でた、亜人と呼ばれる者達の絶対的統治者であるという認識があるからだ。


魔王が現れると、また人族との戦争が始まるかも知れない。この場にいる皆が、戦々恐々とした。


そして、俺はタイガに面倒ごとを黙って押しつけたことを思い出した。


「まずいっ!」


俺は集会場を飛び出して、タイガのところに向かった。




すぐにタイガを見つけることができたが、その場はとんでもないことになっていた。


1週間ほど前に、魔の森で疲弊している人族の集団を見つけ、その有り様を無視できずに集落に招いたのだが、彼らの言動や雰囲気は一国でもそれなりの地位にある者と、その従者達のようにしか思えなかった。


何度か探りを入れてみるが、言葉を濁されて、何の目的で魔の森に立ち入ったのかは教えてくれなかった。


それに、中には俺たちに嫌な目線を向ける者もおり、今後の処遇に困っていたのだ。


俺は、タイガが人の善悪を見分けるスキルを持っていると聞き、それで彼らの本質を見てもらおうと思った。


アグラレス様からのメッセージのことで気が急ぎ、タイガに何の説明もしなかったのが痛恨のミスだと気づかされた。


下手をすると、戦争を誘発する···。


そう思った時に、レド爺が叫んだ。


「ま···魔王様が、人族を···。」


俺たちには···まだ受難が続くのか···。


そう思わずにはいられなかった。




「「「「魔王様!?」」」」


はい···ハモられました。


少し深慮にかけた行動だったと反省をしつつも、周囲の目線に次にどうするかを考える。


ガイは嫌な汗をかいて、少し青ざめている。


リリィを含めたそれ以外のエルフや、リーナの従者らしき者達は、唖然とした表情で固まっている。


そして、リーナは···なぜ笑っている?


頭がお花畑か?


そう思っていると、リーナがつかつかとこちらに歩いてきた。


なぜか、瞳がキラキラしている。 


ちょっと、怖い。


「タイガ様!」


様?


「はい。」


「タイガ様が、今代の魔王様だったのですね?」


「···さあ?何の話でしょうか?」


「目をそらさないで下さい!」


息がかかるくらいの距離まで近づいて来たリーナは、俺の頬に両手を添えて···無理やり自分の方に目線を戻そうとした。


「痛い痛い痛い!」


なぜ?


なぜこんなに力が強い?


華奢な体に見えるのに。


「何か誤解をしていると思う···。」


「いえ、私にはわかります。タイガ様こそが魔王様だと!」


さっきまで、刺すような目線を送ってきたのに、どの口が言う? 


しかも、猪突猛進と言うか、自己チューと言うか、否定や弁解を許さない目力と声音が怖い。


「仮に、俺が魔王だったらどうするんだ?」


「やっぱり!やっぱりタイガ様が魔王様だったのですね。」


「いや、違···。」


「ようやく、ようやく見つけることができました!」


いや、だから話を聞け。


「リーナ様、少し落ち着きましょうか?」


「大丈夫です。私はすごく冷静です。」


いやいや、どこが?


「じゃあ、冷静なリーナ様。なぜ魔王を探しているのですか?」


「それは···。」


急に真っ赤になり、頬に両手を添えてくねくねしだしたリーナ。


怖いんだが。


マジで意味がわからないのだが。


とりあえず···消えよう。


俺は気を使って、その場を離脱しようとした。  


その瞬間、「もう離しません!」と言って、抱きつかれてしまった。


「痛い痛い痛い痛い痛い!」


なぜこの娘は、こんなにも力が強い?


そして、なぜこんなにも意味がわからず押しが強い?


「あ、申し訳ありません。つい興奮してしまいました。」


ついさっき、冷静ですって言ったよね?


全然違うと思いますが···。


「やはり冷静ではないのですね?もう少し落ち着いてから、この続きを話しましょう。」


「ダメです。時間をもらえないかと仰ったのは、タイガ様ですよ?」


主旨が違うし。


この娘···本当に怖いのだが。


「少し用事があるので、後でにしましょう。」


そう言って、リーナの腕を解いた。


「ダメです。これは運命なのです。」


そう言って、また抱きつこうとしてくる。


本当に意味がわからなかった。


そして、あまりにリーナが鬱陶しいので、俺は最終手段に訴えることにした。


腹パンっ!


「ぐっ···うぅ···おおおええぇぇぇぇ···。」


俺は、非情にも一国の王族かもしれないリーナに実力行使を行い、すぐに気を操って姿を消した。


彼女がリバースしたのかどうかは···わからない。














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