第2章 亜人の国 10話 魔王と亜神とエージェント④
ティーファとアレックスが潜んでいた反対側の場所に、別の2人の気配がしていた。
「そろそろ出てきたらどうかな?」
わずかな沈黙の後に、予想通りの2人が出てきた。
ミンとミーキュアだ。
「やっぱり気づいていたのか?」
ミンはなぜかニコニコしている。
一方のミーキュアは、気まずそうな表情なのが対照的だ。
「ああ。良かったら、一緒に食べないか?」
「それは、イール?食べられるの?」
イールとはウナギのことだ。ヘビのような体をしているので、地域によっては食べる習慣がない。
「脂がのっていて美味しいよ。」
「わかった···食べてみる。」
ミンとミーキュアは焚き火の側に座った。
ほどよく焼けたウナギの状態を見て、串を外して身を開き、2人に渡す。
「良い匂いがする。」
「これって···泥臭くはないの?」
それぞれに違った反応を見せながら、俺がウナギを頬張るのを見てから口をつける。
「···美味しい。」
「もっと淡白で臭みがあると思っていたけど···皮はパリッとしているし、身はふっくらとしてるのね。美味しいわ。」
どうやら、気に入ってくれたようだ。
しばらくの間、静かに食事をしていたが、2人に疑問をぶつけてみた。内容的にはかなりの爆弾である。
「さっきの2人だが、俺のところに来るように仕向けたのは君らじゃないのか?」
俺の言葉に、2人は固まった。
「···どうしてそう思う?」
ようやく口を開いたミンの口調は、かなり重いように感じた。
「この集落のトップはネルシャンのようだし、彼はティーファの兄だ。彼女に謝罪を促すのはわからないでもないが、自分を好きにして良いと言わせるほど、分別があるとは思えない。それに、彼女自身がその行為に納得をしているという感じでもなかった。」
一度言葉を切るが、2人の様子は変わらない。ミーキュアなど、ギュッと手を握りしめている。
「ネルシャンよりも上位の者と考えれば、ここにはブレドかミン、ミーキュアしかいない。だが、ブレドは今朝の時点では、まだ寝込んでいた。消去法で考えれば、2人のうちどちらか、もしくは両方と考えるのが自然だ。」
「···タイガは鋭い。そう、ティーファに謝罪をするように仕向けたのは私。」
ミンは満足気な笑顔を向けて、そう言ったのだった。
「理由は?」
ティーファを謝罪に向かわせたのがミンだとすると、目的がわからない。
これまでのミンの言動を考えると、1人の少女に不幸を背負わせるような真似はしない気がする。
少なくとも、ティーファを犠牲にしなければならないほど、俺が怒っていないことはわかっているはずだと思う。
むしろ、集落の者達の俺に対する感情を逆撫でしてしまうだろう。
「タイガが魔王にふさわしいかどうか、ミーキュアに見せたかった。」
ミーキュアに?
なぜ?
「何か含むところがあるのか?」
そこでミーキュアが、「ふぅ」と息を吐いた。
「ミンはあなたが信頼できるがどうか、私に見せたかったのよ。」
「危なくないか?もし、俺がティーファに欲望をぶつけるような奴だったら、どうするつもりだったんだ?」
「それはない。」
「どうしてわかる?」
クスッと笑って、ミンが答える。
「これまでに、ミーキュアの胸を見ようともしなかった。タイガは貧乳には興味がない。ティーファも同じ。」
おい···。
「ちょっ!?ミン、何てことを言うのよ!!」
「ミーキュアの胸はそうでしょ?」
「う···じゃ、じゃあ、ミンはどうなのよ!?見た感じ、そんなにないじゃない!」
「私は脱いだらスゴい。」
ふふ~んといった感じでミンが胸を張った。
そうか、脱いだらスゴいのか···。
「あなたも何を見比べているのよ!?」
「え···いや···がんばれ。」
「ぐ···微妙にヒドイんですけどっ!」
「ミーキュア。」
「何よっ!?」
「ミーキュアは魅力的な女性だと思うぞ。胸がなくても大丈夫だ。」
「う···誉めているのか、けなしているのか、どっちよ!?」
「誉めているに決まってるだろ。」
「···················。」
ミーキュアは、顔を真っ赤にして押し黙ってしまった。
「···さすがは天然ジゴロ。」
ミン···そのツッコミはやめてくれ。
「2人は仲良しなのか?」
少し意外な気がした。
イメージ的には、ミンは連合の中で孤立している印象があったのだが、そう思わせるように仕向けられていたのか?
「仲が悪いわけではないわ。ただ、どうしてもミンのスキルを、無意識に警戒してしまうのよ。」
ミーキュアは、ミンに対して申し訳なさそうにうつむいた。
ミンは、少しうれしそうにしている印象だ。
しかし、もしかしたらこれは、いろいろと欺かれていたのかもしれない。
勘違いをしていたのではない。むしろ、ミンによって、いろいろと思考を誘導されていた気がしてならないのだ。
「ミン、相手の感情は魔力を通して見ると聞いていたが、別の方法でもそれができるのじゃないか?」
「どういう意味?」
ミンはスキルで感情を見むことができると言っていた。そして、俺に似たようなスキルがあると知ると、「それは魔力で見るのか?」と聞いてきた。
ミンのスキルも魔力を通して見るのかと聞いた時に、肯定はされたがあっさりと話題を変えられた気がする。
ミンは頭の回転が速く、洞察力や論理的思考力にも長けている。
そんな彼女が、似たようなスキルを持っているというだけで、俺の人間性そのものを短時間で信用できるものだろうか?
ミーキュアが俺の二つ名を鑑定するより前に、ミンはすでに協力的だった。冷静に物事を見る彼女なら、親近感や感情よりも、もっと確実性のあるもので判断をするのではないだろうか?
ブレド達の真体化や、ミーキュアの精霊の力を使った鑑定のように、俺が知らない別の力をミンも持っているのかもしれない。
いや···そもそもが、魔力で相手の感情を見るということは、相手も魔力で抗うことが可能なのではないか?
魔法が得意なミーキュアが防げない力となると、やはり魔力以外でも鑑定ができると、考えるべきではないだろうか?
「ミンは、俺の感情を読み取ることができるのじゃないか?」
そう聞くと、少しの間の後に、ミンは予想外の反応をした。
これまでにない、満面の笑みを見せたのだ。
「タイガ、見て。」
そう言ったミンの周りに、魔力とは異なる清廉な力が集約する。
普段は金髪碧眼の容姿だが、その髪や瞳の色が白に変わる。
「私の真体は、狐人族の中でも異端の白狐。普段の私なら、魔力のないタイガの感情は見えない。でも、真体化すれば、魔力を通さずに
日本でも白狐は神使とされ、奉られていることがある。稲荷神の眷族も、そのほとんどが白狐である。
そして、日本の歴史の中で、長い年月を存続してきた一族の末裔であるタイガは、そういった知識に詳しかった。
今のミンの姿と、彼女の二つ名が頭の中でリンクする。
「俺の生まれ育った故郷では、白狐は神の眷族とされている。そして、白狐は人々に幸せをもたらすと···ミンの二つ名である"常闇の開封者"とは、そういった意味か。」
日本の言い伝えと、異世界の伝承などがまったく同じということはないだろう。しかし、そういったものの由来は、国が違えど酷似していることも多い。狐が神通力や、霊力を持っているという伝承は、世界中でうたわれている。
因みに、稲荷神とは農業の神である。狐がその眷族とされているのは、その尻尾が稲穂と似ていることから来ている。また、白は神聖を司り、正しく白狐とは、神聖なる豊穣の神の眷族なのである。
「私も白狐への真体化については、ある人の予言で導かれた。この力は15歳で顕在化したから、家族も知らない。」
ミンに関する違和感が解消された気がした。
「タイガが拷問されている時に、真体化して
白狐は神の眷族である。
人間には不可視のこの事象も、自明の理となって然るべきと言えるのだ。
人を殺めるのに無機質ではない···か。
命を奪うことは、どんな理由があったとしても、正しい行いではないと思う。
自分の命を守るため。
他の多くの人を守るため。
そういった想いで相殺できるほど、簡単なことではない。
だが、少なからずミンの言葉は、俺のこれまでの
なんとなくだが、救われた気がした。
ふと、ミーキュアの顔が視界に入った。
また···あのアホ面をしている。
「···その様子だと、ミーキュアは知らなかったようだな。」
「!」
ミーキュアは俺の言葉で、遠い世界から帰還した。
「し···知らなかったわよ。ミンが神の眷族だったなんて···。」
「神と言っても農耕神だから、エルフが信仰する精霊神とは違う。」
「確かにそうだけど···でも、これで納得がいったわ。あなたが魔王···。」
ミーキュアは、俺を見て慌てて言葉を打ち消そうとした。
「ミンが魔王候補者の1人と言うことか?」
「そ···それは···。」
「知っていたの?」
慌てるミーキュアに対して、ミンが冷静に聞いてきた。
「何となく、そう感じてはいた。」
根拠と呼べるほどのものではないかもしれないが、ミンが暴虐竜を糾弾した時に、もしやと思った。
二つ名に"魔王候補者"を持つ者を各長老が推し、最終的に魔王を決めるというような話があった。ここに、連合の幹部とは言え、ミンが口を出す余地はないはずだ。
旧態依然とした連合内で、魔王の選出に口を挟める者は、長老以外では"魔王候補者"本人しかいないのではないか?
ただ、そう感じていた。
そして、今ならミンがその二つ名を持っていてもおかしくないと思える。
「"魔王候補者"が、俺の存在を肯定するのは不思議な気がするな。」
「神の眷族が、魔王を名乗るのはおかしい。」
ミンはクスッと笑いながら冗談めかして言う。
「真の魔王が誕生した時、他の魔王候補者は、魔王を補佐する立場にいなければならない。"皆は一人のために、一人は皆のために"。初代魔王が残した格言が、それを物語っている。」
"皆は一人のために、一人は皆のために"。
英訳すれば、"All for one, and one for all."だ。
最近では人気のヒーロー漫画で多用される言葉だが、元は有名な物語、『三銃士』に出てきた名言。
初代魔王は、なかなかの人格者のようだ。
「それで、ミーキュアに俺の人間性を見せたかった理由は?」
「タイガに会わせたい人がいる。でも、彼女がいるのはエルフの森。誰もが立ち入れるわけじゃない。」
「つまり、ミーキュアが俺の人間性を見て、許可を出す必要があると?」
「余所者を森に入れるためには、一定以上の役職にいるエルフに同行をしてもらう必要がある。」
流れに身を任せていると、どんどん深みにはまっていく気もするが、シニタに戻る手段がどこでみつかるかわからない。
あまり悠長にしているつもりもないが、アッシュ達の今の実力なら、上位魔族が攻めてこようが、大軍でなければそれほどの心配もない気がする。
今は、自分がここに残された理由を模索するのも良いかもしれない。
「あなたの人間性については、問題はないわ。ミンがこれほど信頼しているのだし、エルフの森に招待してあげる。」
ミーキュアがそう言うので、俺も素直に了承をした。
エルフの森は、竜人族が住む領域よりも、先にあるらしい。
順当に考えれば、まずは暴虐竜と会う必要がある。
ブレドの回復には2日かかった。
回復魔法による治癒でダメージの修復は早かったのだが、体力が戻るまで安静が必要だったからだ。
俺はその間に、ネルシャンを理詰めで弱らせ、ティーファに燃やされた衣服の代わりと情報を得ていた。
衣服に関しては獣人と同じもので良いからと、動きやすく丈夫な物を要求した。
「なぜ、ツナギ···。」
「獣人には尻尾があるからな。ツナギが一番長持ちするんだよ。」
提供された服を見てつぶやいた俺に、備品関係の管理をしている虎人がわかりやすい回答をくれた。
確かに、普通のズボンなら、尻尾を出す穴で生地の強度が弱まり、破れやすくなる。
だが、もらったツナギを見て感じたのは、「これを着て、武器を持ったら···まんま特攻服じゃね?」だった。
そして、さらに追い討ちをかけるように虎人が言う。
「それの背中に刺繍を入れるのが流行っているんだ。あんたもやっとくか?」
一瞬、『夜露死苦』という漢字が頭をよぎったが、丁重にお断りをしておいた。
因みに、それを聞いていたミンが、「わかりやすいから、"魔王"って入れてもらったら良い。」などと、痛いことを言ってきたので、俺はこう返しておいた。
「"魔王"よりも、"ミン様命!"の方が、刺激が少なくて良いんじゃないか?」
ミンは真っ赤になって、固まった。
めちゃくちゃ可愛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます