第2章 亜人の国 9話 魔王と亜神とエージェント③
~Side ブレド~
ギャラリーが巻き添えにならないと見なした距離で、ブレスを放った。
直撃すれば、奴は終わる。
いや···何かが、おかしい。
「!」
斜め後方から、微かな気配が読み取れた。
先ほど、ネルシャンに使った瞬間移動か?
だが、一度見せた技が何度も通用するとは思うなよ。
竜人には、第六感とも言うべき察知能力があるのだ。
すぐに体ごと反転し、ブレスを気配に向けて放射する。
捉えた。
ぬっ···ブレスを直撃した相手の頭がピカッと光ったぞ!?
まさか···。
その瞬間、腹部に何かが触れ、すぐに背中全体が突き抜けるような衝撃が襲った。
何だ···一体、何が起こったの···だ···。
混乱の中、次には首が圧迫され、そのまま意識を落とした。
~Side タイガ~
ブレドに向けて中指を立てると、奴は激怒したようだ。
ゆっくりと近づく俺にブレスを放ってきた。
だが、中指に注力した奴は、俺が気配を置いて、すでにその場にいないことに気づかなかった。
一瞬の隙。
その間に、ブレドの斜め後方で倒れていたクソソンの体を奴に向けて蹴り上げる。
微かな気配を一緒に乗せて。
ブレドは、想定通りにそれを察知した。
体を反転させて、ブレスを放つ。
『さらば、クソソン。』
俺は身代わりのクソソンがブレスの直撃を受けたと同時に、ブレドの正面に立った。
右足で後方の地面を踏み抜き、膝と腰の回転をその力に乗せる。
軸足となる左足のクッションで、さらにその力を増幅させて、脇に引いた右腕に集束。そのまま気と共に掌底にこめて、ブレドの腹部に触れる。
相手の体内に頸力を浸透させる技。
中国武術の発勁ではなく、日本の古武術が生み出した浸透勁。
"
内部からの衝撃で、鼻や口、耳から血を流したブレドは上体を折る。
俺はその首に腕を回し、頸動脈を圧迫して意識を奪った。
竜人であったとしても息はする。そして、それは頭部にある脳への酸素供給を担うに他ならないのだ。
こうして、真体化した3人との闘いは、俺の圧勝で閉幕した。
周囲は静まりかえっていた。
真体となった3人、特にブレドが敗けるとは思わなかったのだろう。
一見すると、俺はただの人族だ。
獣人よりも、身体能力では普通に劣るという認識のはず。しかも、真体化した3人が、たった1人に完敗したのだ。
不穏なことになる前に、少しケアをしておいた方が良いだろう。
下手をすると、この集落全体で俺を叩きのめそうとする行為に出られるかもしれない。
「ミーキュア、回復魔法が使えたよな?」
「え、ええ。」
ミーキュアは口を開けたままフリーズしていた。それなりにキレイな顔立ちをしているが、その顔では阿保の娘に見えるぞ。
「ブレド達を助けられるか?」
「···やってみるわ。」
一瞬、意外な顔をしたが、すぐに回復を試みてくれるようだ。できれば、クソソンの毛根も回復してやれ。
「タイガ、やっぱり強い。」
ミンに声をかけられた。
瞳がキラキラしているが、これでボコられていた場合は、どんな表情をされていたのだろう。
この娘の言動や行為に、不純なものは見受けられない。
しかし、非常に危険な香りがする。
純粋さは、時に狂気に変わる。
思い過ごしであれば良いのだが···。
「兄貴が敗けるなんて···。」
ボソッとしたつぶやきが聞こえた。
声の方を見ると、猫···いや、虎人族の少女が俺を睨んでいた。というか、俺の衣服を躊躇いもなく燃やした奴じゃないか。ネルシャンの妹かよ。
この娘は今の闘いの発端が自分であることがわかっているのだろうか。不審者の捕縛に失敗したとは言え、俺が真っ裸で山中を走り回った結果がこれだ。
恨みをもたれる筋合いではないのだが···。
「仕方がないし。」
そんな時に、虎人族の娘の肩をポンッと叩いて声をかける狼人族の娘がいた。何か、諭してくれるようだ。
「アレックス···。」
「裸の妖精さんにはかなわない、みたいな。」
···アホか。
山を散策し、ウサギを狩り、キノコなどの採集をした。
ブレド達が完全に回復するまでは、集落で客人扱いを受けることになったのだ。
待遇としては、寝る場所が与えられただけで、食事などは自分で勝手にしろということらしい。
ミンとミーキュアは申し訳なさそうにしていたが、2人はもともとが集落の者ではない。それに、他の者たちは、あまり俺に関わりたくはないのだろう。何人かと話をしたが、みんな目を合わせようとはしなかった。
状況を考えれば、仕方がないと納得している。
集落内で一番強いであろうネルシャンと、連合の幹部であるブレドを倒したのだ。ミンとミーキュアの説得のおかげで敵とは見なさないものの、警戒をすべき相手として距離を置きたくなるのは当然のことと言えた。
昨夜は与えられた小屋で過ごしたが、さすがに丸一日以上何も食べていないので、空腹感が強い。
そういった経緯で、朝から山に入って食料の調達を行っているという訳だ。
ウサギの血抜きをしている間に、採集したキノコを陽のあたる岩場で天日干しにする。干し椎茸のように、これで味が深まるのだ。1~2時間干しただけでも、ビタミンDの含有量が約10倍に増え、うま味成分のグアニル酸も豊富になる。これ、BBQ(屋外コンパ)にも使えるぞ。メモっとけ。
次に、キノコを探している時に見つけた香草とニンニクを近くの水場で洗ってから、石ですりつぶす。
肉の保存のために使うのだが、調理の味付け、香り付けも兼ねている。何せ、集落では貴重品だからと、塩すらもらえなかったので、自生している植物で代用することにしたのだ。
因みに、先ほどから何者かの視線を感じている。殺気や敵意を感じないので、監視だろう。ただ、その2つの気配には覚えがあった。
十中八九、俺の服を燃やした虎人族と、俺を「裸の妖精さん」と呼ぶ狼人族の少女達だ。
まあ、実害はないので、無視する。
血抜きがまだ終わらないので、水場で手を洗う。
そこは緩やかな流れの小川で、水も冷たく、キレイだった。体を洗いたいな···と思ったが、監視をしている2人に、「いつも裸の変態。」などと思われたくはないので、ガマンすることにする。
ふと水面を見ると、ある生き物が視界に入った。
ゆらりとこちらに向かってくる。
俺は近くまで来たそいつを手ですくいあげ、川から外に放り投げた。熊が鮭を手で獲るような感じだ。
地面に揚げられたそいつは、体をぬらぬらと動かして移動しようとしていたが、ナイフで首もとを刺して仕留める。
大ウナギだ。
ウナギは成長するほどに、視力が低くなる。俺が手を洗っている音を、餌になる魚と勘違いして寄ってきたのかもしれない。
腹も減ったし、これを捌いて食べることにした。
ん~、久しぶりの贅沢かもしれないな。
ウナギを木に打ち付けて捌いた。
肝にそそられるものはあったが、味付けが難しいので他の臓物と一緒に棄てる。
開いたウナギを川で洗い、10cm幅に切って腹の部分に香草とニンニクで作った餡を入れ、木を細工して作った串を刺して綴じた。
仕込みが終わると、山中で手に入れたモクレン系の葉の上に乗せて、焚き火の近くで焼く。
モクレン系の葉は殺菌効果があるので皿代わりだ。味噌はないが、朴葉焼きのようなものだと思えば良い。
しばらくすると、身から油が出て、辺りに美味しそうな臭いを醸し出す。
身を隠すために風下にいる2人の方に、その香しい臭いが漂っていく。
俺は、さらに拾った板状の木で扇ぐ。
ひたすら、扇ぐ。
もちろん、意図してやっているのだが、俺をずっと監視しているのなら、そろそろ空腹感が強くなっている頃合いだろう。
そのうちに、油がじゅわじゅわっと音を出し、白い煙が風下に向かって流れ出した。
俺は、さらに板状の木で扇ぐ。
ひたすら、扇ぐ。
煙がどんどんと勢いを増し、2人が隠れている方向へと向かう。
押し隠していた気配が揺らいでいる。急に流れて来た煙に焦っているようだ。
さらに煙で炙り出す。
なかなか面白い趣向だ。
「ぐ···げふっ、ごほっ!」
「目···目が··痛いしっ!?何も見えないしっ!!」
おお、すげっ。
楽しい~。
「も···無理っ!」
「ちょっ、ティーファっ!1人で逃げるのはズルイっ、みたいなっ!?」
慌てた様子で、虎人族と狼人族の少女が煙の中から脱け出してきた。
「あ、ごめん。人がいるとは思わなかった。」
俺はいけしゃあしゃあと嘘をついた。
吹き出しそうになるのをガマンしながら。
男はいつまでも少年の心を持つと言うし、このくらいのイタズラは許してくれ。
まあ、こんなことをしているから、モテないのかもしれないが···。
「ちょうど、君達と話をしたかったんだ。」
俺は気さくに話しかけた。
もちろん、ケモみみロリっ娘に興味があるわけではない。
期待を裏切るが、一切ない。
「な···何···ですか?」
虎人の方が警戒心をあらわにしている。
「なぜ敬語?」
「···ミン様とミーキュア様に聞きました。あん···あなたは、亜神で、魔王候補筆頭だと···。」
「そして、裸の妖精さん。」
···狼人の方は無視しておこう。
「そうか。ミンとミーキュアは、君らにとってどんな存在なのかな?」
「·······················。」
答えたくないらしい。
「じゃあ、なぜ俺を監視していた?」
「それは···。」
「また裸で踊る姿を見たかった、みたいな。」
狼人の方は埋めても良いだろうか···。
「アレックスは黙っていてっ!」
虎人の娘は、狼人···アレックスに少し強めの口調で注意をした。
うん、そうしてくれ。
「···ティーファは何を躊躇っているの?言いたいことがあるから、裸の妖精さんに着いてきたはずだし。」
お、初めてまともなことをしゃべった。と言うか、裸の妖精さんと呼ぶのはいい加減にして欲しいのだが。
「··················。」
虎人···ティーファが再び押し黙る。
俺は、焼けてじゅうじゅうといっているウナギを裏返した。
片面は、皮がパリッと焼けている。
あともう少しで完成だ。
アレックスが、「おいしそう。」とでも言うかと思ったが、ティーファと共に沈黙している。
空気が重い。
「話をする気がないのなら、1人にしてくれないかな?久しぶりのまともな食事なんだ。」
突き放してみた。
この2人の少女は、情報を引き出せないのなら用はない。
服を燃やされたことについては、ブレドやネルシャンに責任を問えば良いしな。
ミンを含めた連合の情報をもらえるのなら、話をしてみたいと思ったのだが、それ以外に関わる気はない。
彼女らくらいの年齢でも、敵ならば容赦はしない。逆に味方であった場合、非力すぎて足手まといにしかならないのだ。
「私は···周りから、あなたに謝罪をするように言われた。でも、それが本当に正しいことかどうか、わからない。服を燃やしたことで、あなたが集落のみんなに危害を加えると言うのなら···私を好きにすれば良い。それで、許してくれとは言わないけど···私の行いで、あなたが気分を害しているのなら···。」
悔しさや、どうして良いかわからない歯痒さからか、ティーファは泣き出した。
だが、泣き崩れることなく、じっと俺を見ている。
俺と敵対することが不利益につながると判断した奴らが、彼女に罪を被せて人身御供にしたということか。
どこの世界でも共通の、良識のある大人達の政治的配慮、もしくは英断というやつだ。
大を守るために、小を切り捨てる。
ご立派過ぎて反吐が出る。
「そうか··じゃあ、やって欲しいことがある。」
「···何···ですか?」
ティーファは、わかりやすく怯えた顔をした。膝がガクガクと震え、隣のアレックスは唇を噛み、拳を握り締めている。
なんだ···アレックスは頭のイタイ子なのかと思っていたが、ティーファに付き添ってきた友達想いの奴なのか···な?と思えた。
こういった場合の定番の要求など、普通に考えれば想像がつく。そりゃあ、この年頃の女の子にすれば、恐怖でしかないだろうな。
「いろんなことを学び、死に物狂いで強くなれ。世の中の理不尽に打ち勝って、自分の信念を貫けるように。」
自分の言葉にムカついたのは内緒だ。
エージェント時代に、俺が果たせなかったことを押しつけようとしている。
こちらの世界に来てから、ようやく理解をしたのだ。力が正義なら、誰にも負けない力を持つしかない。一介のエージェントでは、臨むことのできない力。
相手が国だろうが、神だろうが、対等に渡り合える武力、知力、胆力など、あらゆる力を。
「···それ···だけ?」
唖然とした表情で、しばらく沈黙を続けていたティーファが問いかけてきた。
「それだけで良い。ただ、簡単なことじゃない。」
「鍛えて···もらえるのですか?」
「そんな義理はないな。自力でやってくれ。」
本音で言えば、自分の理想論を押しつけ、
それでも、ティーファとアレックスは、深々と頭を下げて去っていく。
そして、その後、俺は覗き見をしていた別の2人に声をかけることになる。
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