第2章 亜人の国 7話 魔王と亜神とエージェント①

「少し聞いても良いかな?」


「な···何でしょうか?」


ミーキュアは俺の二つ名を知り、どう接して良いかわからないようだ。


「魔王と亜神についてだ。俺にはその詳細がわからない。知っていることを教えてくれないかな?」


「···わかりました。」


「口調は今までと同じで良いよ。堅苦しいのは好きじゃない。」


「···わかったわ。まず、魔王についてだけど、私たち···人族が亜人と呼ぶ者達を統べる、絶対的支配者のことを言うわ。」


「魔族とは関係がないのか?」


「呼称が似ているから誤解をされやすいとは思うけど、違うわ。魔王とは、圧倒的な権力や猛威をふるう者や、常人離れした才能・能力の持ち主のことを指すの。これは、種族を問わずに全亜人を統べた、古の統治者がそう呼ばれたことから起因しているわ。」


なるほど、宗教的な意味合いの魔王ではないのか。


確かに、前の世界でも織田信長が魔王と呼ばれていたと言われている。これには、ミーキュアが説明した内容と同じような意味合いとされる一説があった。ただ、自らを『第六天魔王』と称したことによる説の方が有力らしいが。


「しかし、人族の俺がすべての亜人を統治するに相応しい的な二つ名を持っているというのは、おかしくないか?」


「ブレドはそう感じて、あなたを抹殺しようとしたのだと思う。」


まあ、普通はそうなるだろうな···。


「その後にあった二つ名が、本当の意味を知らしめている。タイガは、"亜人を解放せし者"。これは、私たちを今のしがらみから解き放つという意味。そして、あなたは人族ではない。」


ミンが真剣な眼差しで語る。


「俺が人族じゃない?」


「そう。タイガ、あなたは"亜神"。人間が神格化した存在。それならば、魔力がない特異点も説得力が出る。」


人間というのは人族だけではなく、亜人を含めた人全体を指す。それが神格化したのが亜神だそうだが、基準がイマイチわからない。


「亜神というのは実在するのか?」


「そうね···今現在はわからないけど、歴史上には存在するわ。直近のもので言うと、数百年前に他大陸で稀代の英雄と呼ばれたテトリアがそうよ。」


あ···辻褄があってしまった。


テトリアが亜神だとされていたのであれば、タイガもそうであったとしておかしくはないのだ。


それにしても···亜神とされていたテトリアは、あんな感じで最後を迎えたのだが、果たしてそんなもので良かったのだろうか。


「英雄テトリアが、亜神だというのは初めて聞いたな。」


「場所とか信仰によって、概念が違うからでしょう。こちらの大陸では、勇者という存在はいない。代わりが亜神と言うわけなのよ。」


ミーキュアの説明に納得する。


確かに、所が変われば言語の意味合いが大きく異なったりもする。


日本の漢字も、中国では違う意味合いを持つものがある。例えば、『手紙』はトイレットペーパーのことを表していたり、『愛人』は配偶者や恋人のことを意味していたりだ。


魔王や亜神も同じことなのだろう。


勇者は人間を超越した存在。それを神格化したと置き換えると、亜神に成り代わっても不思議はない。


「テトリアの伝説も、こちらでは勇者ではなく、亜神として記されているということか。」


「そういうことよ。」


「なるほど。勉強になるよ。」


「·······················。」


ミーキュアが黙って俺を見た。


「どうした?」


「亜神を見るのは初めてだけど、柔軟な思考をするのね。」


「俺が亜神というのは、確定事項なのか?」


「上位精霊ベントが出した答えよ。」


「自分では、よくわからないがな。」


「二つ名を決めるのは自分自身ではないわ。自覚があろうとなかろうと、あなたはそういう存在なのよ。」


まあ、二つ名とはそういうものなのだろうが、魔王とか亜神と呼ばれても、うれしくはないぞ。


「それで、俺に何かをして欲しいのか?」


視線を動かし、ミンの瞳を見て言った。


「力を貸してくれるの?」


「ミン様は、こちらに来て初めての友人だからな。何ができるかはわからないが、先日話したように少し動いてみるつもりだ。」


瞳をうるうるとさせたミンは、タイガに「ありがとう。」とだけ短く礼を言った。


内心では、生まれて初めてできた"友達"に、これ以上にない喜びと感謝の念を抱いていた。


生まれ持ったスキルのせいで、心を開いてくれる相手がいなかったミンにとって、タイガは最も大事な存在になりつつあった。


「そう。良かったわね、ミン。友達ができて。」


傍らで、ミーキュアが嫌味のようなことを言った。意識して言っているようには見えないが、ミンのスキルを嫌い、普段から距離を置いているような物言いに思える。


ミンが少し悲しそうに視線を下げた。俺は、ミーキュアに意地悪な質問をした。


「ミーキュア様も友達が欲しいのか?」


「···友達くらい···いるわよ。」


途端に不機嫌そうに視線を背けるミーキュア。


少し高飛車な彼女には、本当に心を開ける友達などいないのではないかと思っての質問だった。


態度を見る限り、予想と違わないようだ。


俺の中で、ミーキュアは残念女子に認定された。




「それで、現状はどうなっているのかを、教えてくれないか?」


気まぐれと言うには、厄介すぎることに介入することになった。


はっきり言って、亜人のことに首を突っ込む必要などない。


だが、神アトレイクがここに転移をさせた理由を探りたかった。そして、ミンが垣間見せる暗い表情を晴らしてやりたいとも思ったのだ。


ミーキュアは、本気でやるつもり?という表情をしているが、今の自分たちが置かれた状況に問題がないとは思っていないようだ。真剣な眼差しで聞いている。


「連合は、人族との接触を禁止している。過去の迫害に対する忌避もあるけど、実際には人族に対する侵攻の機会をうかがっていると言っていい。」


ミンは、亜人達の現状を語り始めた。一方的なものかはわからないが、人族に対する感情は端的なものではない。虐げられた者の末裔として、使命感や責任を重く背負っているようだ。


「現在の連合を仕切っているのは、各種族の長から選出された長老達。彼らはそれぞれの思惑もあり、互いに牽制はしているけど、目的は同じ。各自が推す魔王を擁立し、打倒人族を掲げること。」


「魔王というのは、常時存在するのか?」


「これまではいなかった。その資格があるものは、タイガと同じように二つ名に表れる。」


「私があなたと同じように二つ名を鑑定したのよ。半年程前に、4人の候補者が出たわ。」


ミンの話をミーキュアが補足する。


「候補者?」


「その名の通り、二つ名に"魔王候補者"と記されたのよ。毎年、有力な者へは鑑定を行っていたわ。昨年までは皆無だったのに、一度に複数の者から候補者が出た。」


「候補者と言うことは、その4人の中から1名が選出されるということか。」


だが、俺の二つ名に表れたのは"魔王候補者"ではなかった。


「そのはずだったわ。でも、"魔王に相応する者"が他に出てしまった。」


「"魔王に相応する者"。これを意味するのは、タイガこそ魔王であるということ。」


ミーキュアとミンが話す内容は、理にかなっている。


「意味はわかるが、俺が魔王とは···。」


「"亜神"であるタイガは、"魔王"として"亜人を解放する"。二つ名をつなげれば、矛盾はない。」


ミンが言い切った。


いや···そこでニコッと笑われてもな。


異世界に来て、英雄から亜神、そして魔王かよ。


ゲームやファンタジー映画なら、盛り上がるかもしれないが、当事者としては非常に重いのだか···。




「今の···話は···本当なのか?」


ブレドが意識を取り戻したようだ。


「ミーキュアが残りの二つ名を鑑定した。間違いない。」


ミンがきっぱりと、言い放つ。


「···ふざけるな。貴様のような奴が、魔王であるはずがない!」


ブレドは立ち上がり、唸るように言った。


「ブレド、あなたが暴虐竜を推しているのは知っている。でも、仲間を虐げるような奴を、いつまでも推す必要はない。」


「ぬぅ···。」


ミンの言葉に、ブレドは返す言葉もなく、眉間に皺をよせる。


「暴虐竜?」


「···暴虐竜という二つ名を持っている竜人···ガルバッシュよ。竜人族の長の息子で、自らを竜神であると言っているわ。最強種の1つである竜人族の中でも、圧倒的な武力を持っている。ただ、誰に対しても不遜で、同族であっても自分に反目する者には容赦をしない。」


ミーキュアの説明に、俺は思ったことをそのまま口にした。


「なんだ、イタイ奴か。」


「!?」


ブレドが目を見開くが、苦虫を噛み潰したような顔で下を向いた。


「その様子だと、あんたも同じように思っているみたいだな。」


「···それがどうした?竜人族の誇りを取り戻すためには、一族からの魔王の輩出は必須だ。最強の者を推すのは、当然であろうが。」


「それで、その暴虐竜が魔王となったら、お前たちに未来はあるのか?」


「···貴様の知ったことではない。」


ブレドからは、怒りや葛藤といった感情が読みとれた。行く末がわかっているのに、選択肢がないと思い込んでいるのか。


「因みに、その暴虐竜は魔族よりも強いのか?」


「························。」


そうか。


暴虐竜は魔族に劣るのか。


なら、勝機はあるな。


「それじゃあ、まずはその暴虐竜に会わせてくれないか?」


「···何!?」


「俺をそいつの所に連れて行け。」


その言葉に、ブレドとミーキュアは呆気にとられ、ミンは微かに笑った。


「俺は···貴様のことを、信用していない。例え、亜神だとしても、暴虐竜と簡単に会わせるわけにはいかん。」


ブレドは、俺の申し入れを聞き入れなかった。


まあ、当然だろう。


他種族の、しかも今日出会ったばかりの相手を信用できるほど、チョロいわけがない。


ミンは同調できる過去を持っているし、ミーキュアには鑑定というスキルと上位精霊というバックボーンがある。2人は別の理由ながら、俺を信用し始めている。


しかし、ブレドにはそれがない。


俺と暴虐竜を天秤にかける以前の問題だろう。


「魔王となるためには、武を誇示するのが基本路線だろう。我々を統べる能力については、どう捉えるかは難しいところだが、タイガが信用に足るかどうかは、暴虐竜との比較では似たり寄ったりではないのか?同族を守りたいのであれば、新しい可能性にかけるのも悪いことではないと思う。」


ミンが客観的な事実を突きつけている。間違ってはいないが、これはある種の挑発だな。


おそらく、スキルでブレドの感情に迷いがあることを把握しているのだろう。そして、効果的な言葉で誘導をかけている。


ミンが周囲から警戒されるのは、感情を読み取れるスキルだけではなく、それを活用した策略家であるところではないかと感じた。


「ならば···貴様の武を見せよ。俺の竜化した真体を打ち破り、暴虐竜を圧倒できると、その身をもって示して見せよ。」


やはり、予想通りの展開となった。


ミンを見ると、俺を見てドヤ顔をしている。いや、うれしくないから。


「···ブレド様···その役目は、私に。」


嫌なタイミングでネルシャンが体を起こしながら、そんなことを言ってきた。


屈辱的な顔をしている。


戦闘系の獣人はプライドが高いのかもしれない。見た目が人族の俺に、意識を奪われたのが許せないという感じだ。


「ブ、ブレド様や···ネルシャン隊長が出るまでもありません!私が···。」


おお、お前もかクソソン!?


「だったら、3人がまとめて相手をすれば良い。暴虐竜を倒すためには、それくらいの強さを証明できなければ無理。」


ミンが涼しい顔をして、恐ろしいことを言ってるよ。


「···そうだな。ミンの言う通りだ。我等に勝てれば、貴様の力を認め、暴虐竜の元に案内をしよう。」


こうして、竜人ブレド、虎人ネルシャン、狼人クソソンの真体と闘うこととなってしまった。


俺には、「もうミンが魔王で良いんじゃね?」と思えたのだった。









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