第2章 亜人の国 6話 エージェントの二つ名②
我ながら、天然ジゴロという二つ名が、魂に刻まれているというのはどうかと思う。
任務で女性を口説くことはあったが、その影響だろうか···。
スレイヤーギルドで、そんな噂を耳にすることもあったが自覚がない。
あまり、気にしないことにしよう。
「次にいくわよ。"トリックスター"。これは、詐欺師とでも言うべきかしら。」
「違うだろう。非力そうだし、戦闘で不意でもつくのだろう。まあ、人族らしい闘い方というべきか。」
「何にしても、あまり良い二つ名ではないわね。」
「よし、次にいこう。」
ミーキュアとブレドが2人で勝手に話し、結論づける。言いたい放題だな。
「えーと、次は···"スパイスの神様"。何よ、これ?」
「意味がわからんな。しかし、数だけ多くて、ろくな二つ名がない。」
うるさいよ。
好きでそんな二つ名が刻まれた訳じゃない。
「次···って、ちょっと!?···やっぱり、あなたって如何わしい人なのね!」
「何がだ?」
ミーキュアの顔が真っ赤になっている。
「四十八手免許皆伝者···貴様は何を目指しているのだ?」
ミーキュアが書いた文字を読んだブレドが、呆れた顔をしてそんな質問をしてきた。
「··································。」
「それは何?」
ミンがつぶらな瞳で聞いてきた。
「···大人の事情で語れない。」
「え?どういう···。」
「ミン!ツッコンだら負けよ!次よ、次!!」
純粋に疑問を解消しようとしたミンに、ミーキュアが制止をかけた。
「えーと···"フラグ·クラッシャー"!?」
「意味がわからん。次だ次!」
ああ···いますぐ、ここから逃げ出したい。
「"なんでやねん"」
って、おい!?
"なんでやねん"って二つ名になるのか!?
「「「··························。」」」
場は混沌とし、ミーキュア達の口数はどんどんと減っていった。
痛すぎる···。
因みに、続く2つは、"スーパーカンサイジン"と"至高のヌード·ダンサー"だったのだが、3人はそれに触れようとはしなかった。
おそらく、理解が追いつかないのだろう。
俺自身がそうなのだから、当然と言えば当然だろう。
「···や、やっと半分か···もう良いのではないか?こやつがロクデナシだと、十分にわかったことだし。」
ブレドが言うように、もう十分だと思われた。
羞恥心で身悶えしそうだ。
ただ、上辺だけを判断して、ロクデナシ扱いはないだろうに。
「そうしたいところだけど···ベントが強く主張しているのよ。彼の本質は、後半にあるって。」
上位精霊は、俺を悶え死にさせたいのだろうか。
「ミーキュア、続けて。」
ミンが強い眼差しでミーキュアを促した。
「わかったわよ。はあ、こんな2つ名鑑定、最初で最後よ···絶対。」
ミーキュアがため息をつきながら、羊皮紙に書き出す手を、再び動かした。
「···"魔物無双"。これって···。」
「···貴様、これまでに、どのくらいの魔物を屠った?」
「さあな、1000体くらいじゃないか?」
「何年かかった?」
「2~3ヶ月くらいだ。」
「ぬぅ···ま···まあ、魔物もいろいろだからな。」
ブレドは、俺を大して強くないと思いたいようだ。
「そうだな。」
「···ミーキュア、次だ。」
「···"融合魔法の先駆者"。」
「なっ!?貴様は魔法が使えないのではないのか!?」
「···なあ、まだ先があるんだろう?いちいちツッコンでいたら、いつまでも終わらないぞ。」
いい加減に面倒になってきた。
「ぐ···ぬ···だが···。」
「後で、必要であるなら質問をすれば良い。答えられることばかりではないがな。」
「ぬぅ···。」
「ブレド、彼の言う通りよ。これ以上、時間をかけても仕方がない。まずは、すべてを列挙させて、それから考えましょう。」
ミンが生産的な意見を述べた。
一番冷静なのは、やはり彼女のようだ。
「"魔族の天敵"っ!?」
「なんだとっ!?」
「静かにして。」
ミーキュアとブレドが驚きを見せるが、ミンが先を促す。
それにしても、えらく武闘派な二つ名が出てきたものだ。実績に応じたもので、間違いはないのだが。
「"魔人を完殺せし者"!?」
「!?」
「"慣例の破壊者"?」
「??」
「"元英雄殺し"···って、ちょっとこれっ!?」
「お···い···これは看過できんぞっ!?」
「気にするな。英雄と言っても、墜ちた奴だ。元って、ついていただろ?」
「それは···そうだけど···。」
「いやっ、納得できるかっ!魔族や魔人はともかくっ、元とは言え、英雄だぞっ!?」
「そいつを倒さなければ、多くの人が死んでいた。まあ、神が絡んでいたから、あまり詳しい内容を語る気はないがな。」
「か、神!?」
神って言っても、堕神だけどな。
「どういうことだ!?貴様のような人族が、神だとっ!!」
「神って言っても、この世界には多くの神がいる。あんたの常識だけで、物事を理解しようとするな。」
俺も理解しきれていないけどな。
「ぐう···信じられん。こんな···こんな人族が···。」
ミーキュアとブレドは、完全にテンパっていた。因みに、端の方にいるクソソンやネルシャンは、表情が完全に抜けている。
「私は信じる。」
「ミン···あなた、この人族を···。」
「ミーキュアのスキルと、上位精霊ベントの判断に間違いはないと思う。」
「そ···それは、そうね。」
ミンの言葉に、ミーキュアが無理に納得した。
プライドが高い証拠だ。
自身のスキルに間違いがあるとは、認められないのだろう。
「2人とも、それで良いのか!?」
「ブレドは私のスキルや、ベントが間違っていると言うの?」
「いや···それは···。」
女性は、やはりこういった時に強い。
「続きをお願い。」
「わかったわ。」
ミンの言葉に、ミーキュアが頷いた。
一方、真剣な表情をするミンは、内心である期待を膨らませていた。
続く二つ名に、"裸の妖精"が出ればおもしろいのに、と。
ちょっと、残念な娘であった。
「"時空を超えた者"···。」
「················。」
転移者と出なかっただけマシか。ここにいる者全員が、意味がわからないという表情をしている。
神とか転移とかが重なると、完全に人外扱いをされそうだしな。上位精霊ベント、グッジョブだ。
「"魔王に相応する者"···!」
「「「「「なっ!?」」」」」
おいっ。
褒めた矢先にそれかい。
空気を読め、上位精霊。
と言うか、魔王って何だよ、魔王って。
ほら、全員が瞳孔開きそうになっているし···ミンだけは、なぜか瞳をキラキラとさせているが。
「き、き、きさ、貴様ーっ!」
ブレドが剣の束に手をかけた。
魔王という言葉に、完全に敵認定をされてしまったようだ。本気の殺気が肌を打つ。
俺は両足を上げて、プロペラのように旋回させた。その反動で立ち上がる。ダンスのウィンドミルと似たような動きだ。
ブレドが大股で歩み寄り、剣が鞘から抜かれようとしていた。
この建物はそれほど広くはないが、平屋のために屋根の勾配までの高さがある。剣を振り回すのは可能だ。
俺はブレドの剣の柄頭に前蹴りを入れ、そこを軸にして、もう一方の足を跳ね上げた。飛び回し蹴りのような形で、ブレドの頬を蹴る。
人族とは違い、体の大きさ以上の重量を感じたが、脳への振動はすべての生物に対して有効だ。
ズンッ!
と鈍い音を立てて、ブレドが膝をつく。
その鳩尾に、ローリング·ソバットの要領で踵を入れた。
大きく口を開けて倒れこむブレドから、後方に視線を移す。
虎人族のネルシャンが、両手を広げて掴みかかってきていた。
再び跳び上がり、両足でネルシャンの頭部を挟み込んで、バク宙のような形で回転。そのまま床に脳天を叩きつける。
プロレス技のフランケン·シュタイナーだ。
「な···な···。」
こちらを見て、クソソンが目を見開いていた。
彼には拷問をされたが、先にカツラを奪ったことで貸し借りはない。
だが、俺にはどうしてもやらなければならないことがあった。
両手首に巻かれた縄を、瞬時に外す。
捕縄術を修めている俺には雑作もない。縛られる際に両掌を広げておくと、手首の筋肉が拡張する。その太さで縛られた場合、拳を握りこむことで筋肉が収縮して、縄にゆるみができる。あとは、外側に向けて手と肘を開くように引っ張り、縄のゆるみをさらに広げれば、縄脱けは難しいものではなかった。
手はまだ痺れているが、これから行うことに支障が出るほどのものではない。
トトトトトトッ!
驚きから立ち直れていないクソソンの額を指で突く。
小さな丸いアザが均等にできた。
クリ···クソソンらしく、6つの円を額に彩ってやった。戒疤と呼ばれるそれは、本来は灸による焼印だが、即席なので仕方がない。
まあ、ケモみみがあるから擬物ではあるのだが、個人的にはそれで満足できた。
名前と禿頭を考えれば、あった方がクリ···クソソンらしくて、違和感がないからだ。
ただの自己満足に過ぎないのだがな。
クソソンの側にいた相方には裏拳を見舞い、敵対しそうな者たちの意識はすべて狩り取った。
振り返ると、2人が俺を凝視している。
ミンは興味深そうにしているが、ミーキュアは畏怖の念をその瞳に宿らせていた。
まだ痺れのおさまらない手首を軽く揉みながら、2人に近づく。
「ま···待って!私まで殺す気!?」
「誰も殺したつもりはないぞ。」
「え···でも···。」
ミーキュアは少し震えながら、倒れているブレド達に視線をやる。
「殺意を持たれたから、撃退しただけだ。本気でやったわけじゃない。」
「····················。」
「タイガ、強い。」
黙りこむミーキュアに対して、ミンは冷静だ。どちらかと言うと、楽し気に見える。
「亜人の中でも、最強クラスの竜人族と虎人族を瞬殺した。」
「いや、殺していないから。」
「···確かに強いけど、ブレド達が意識を取り戻したら、あなたは勝てないわ。」
ミーキュアが、恐る恐るといった感じで口を挟んできた。
「そうなのか?」
「彼らは魔力で、竜化や獣化をするのよ。ワードラゴン、ワータイガーになったら、今とは比較にならないくらい強力だわ。」
「それでも魔族は倒せないのか?」
「そ、それは···魔族の強さは次元が違うもの。」
「ランクSのスレイヤーは、単騎で大隊クラスの戦力らしいぞ。」
「···どういう意味?」
「1人で魔族を倒せる奴もいるということだ。」
ミーキュアは口を開き、唖然としていた。
「タイガは、ランクS?」
「そうだ。」
ミンの質問に答えると、ミーキュアが顔を青くしながら呟いた。
「バケモノ···だから、魔王···。」
「あのな···別に"魔王"と断定されるような二つ名ではなかったと思うぞ。」
「それは···。」
「ついでだから、残りの二つ名も教えてくれ。あと2つだし、誤解が解けるような内容かもしれない。」
「···わかったわ。」
ミーキュアは諦めたように、再度両手を組み瞳を閉じた。
前半にふざけた二つ名が集中したせいか、後のインパクトが強すぎた。
ブレドは俺への敵愾心を煽られ、ミーキュアは畏怖の念を抱くことになったのだろう。
下手をすると、亜人連合を敵に回して闘うはめに陥る。
ミンはともかく、ミーキュアにはもう少しマシな印象を持ってもらうべきだと思う。残りの二つ名によっては、さらにひどい状態になる可能性もなくはないが···。
「"亜人を解放せし者"!?」
···予想外のものが出た。
「亜人の解放者···タイガが···。」
ミンは顔を紅潮させながら、潤んだ瞳を向けてきた。何を期待しているのだ···。
「あなたは···本当に何者なの?」
ミーキュアが再び問う。
「あと1つだ。先にそれを終わらせよう。」
「···わかったわ。」
ミーキュアが、しぶしぶといった感じで瞳を閉じる。
「!?」
すぐに瞳を見開いたミーキュアが、機械じかけの人形のように、ぎこちない動きで俺を見た。
「どうした?」
「··················。」
表情が固まり、無言のミーキュア。
ちょっと怖いぞ。
「何が見えたの?」
少し焦れたようにミンが聞く。
「···あなたの···正体···。」
「正体?」
「わかったわ···。」
「タイガの正体は何?」
ミンがわくわくしながら聞く。
「···"亜神"。」
は?
「"亜神"?」
「そう···よ。」
「「「·····················。」」」
とんでもない二つ名がきた。
これは、あれだな。
"奴"だ。
テトリアとの闘いで、他の者達を巻き込まないように、転移を依頼したのは確かに俺だ。
だが、なぜこんな離れたところに飛ばされたのか?
「第二のテトリアを作らないように、しばらく離れる。」と言っていたが、今から思えば急すぎた。
神威術で収納された蒼龍や銃器を出すこともなく、まったく知らない土地に放置されたこと事態が不可思議だった。
"亜神"や"魔王"というのは意味がわからないが、"亜人を解放せし者"というのは、使命のようなものなのか?
「いるなら答えろ、神アトレイク。」
俺は何度かそう呼びかけたが、返答はなかった。
あの駄目神め。
また謀に巻き込んだな。
今度は何をさせるつもりだ?
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