第2章 亜人の国 8話 魔王と亜神とエージェント②
3対1の闘いが成立してしまった。
成り行きとは言え、拷問で受けた傷が痛くないわけがない。
しかも、「真体となった俺たちは、武器を持たずに闘う。」などと言って、破龍も返してもらっていない。
この闘いを仕向けた張本人は微笑みながら、「問題ない。タイガは無手でも強い。」などと、ブレドに勝手に返答をしている。
信頼を寄せているのか、死地に追いやろうとしているのかはわからないが、ソート・ジャッジメントが反応しないところを考えると、ただの天然コミックリリーフの可能性が高い···いや、ミンの二つ名は"魔性の女"なのでは?という疑念が浮かんではいるのだが···。
小屋から誘導されて、集落の真ん中にある広場に連れていかれた。
他の獣人たちは、クソソンが唇を歪めながら、「面白いものが見られるぜ。」と言う言葉に従い、ギャラリーとして集結を始めている。
その中には、「裸の妖精さんだ。」などと騒いでいるグループがおり、視線をやると、俺の衣服を燃やした女の子たちが、様々な感情を瞳に浮かべて注目をしていた。
完全に、見世物だな···。
俺は軽くため息をつくが、今の自分の実力を試すチャンスだと考えることにした。
「ルールは簡単だ。真体となった俺たち3人を倒せば、貴様の勝ちだ。互いに武器は使わないが、それ以外の制限はない。急所を狙おうが、死に追いやろうが、相手を戦闘不能にすれば終了。異存はないな?」
いや···異存も何も、断れば「貴様は魔王などではない!」とでも言うつもりだろう。
別に魔王などという称号が欲しいわけではないが、現状を打破するには闘うしかない。
要するに、俺に拒否権などはないのだ。勝つか、ボコられるかの結末しかない。
「1つだけ条件がある。」
「なんだ?」
「俺が勝っても、他の者には手出しをさせるな。」
「良いだろう。勝てればの話だがな。」
これ以上、獣人たちとの関係を悪化させないために、ブレドにそう言った。
その横にいたクソソンは、顔を歪めて笑っている。
嫌な笑いだ。
カツラでハゲを隠す奴は、卑屈なのだろうか?
前の世界にも、そんな奴がいた。
一国の首脳だったが、見事なまでのクソ野郎だった。
あ、だからクソソンという名前なのか。
名は体を表すというしな。
妙に納得をしてしまった。
3人がそれぞれに魔力を練り上げている。
真体···ネルシャンとクソソンは獣化、ブレドは竜化をするらしいが、いまいちイメージがわかない。
今はほぼ人に近い状態だが、二足歩行のままなのか、四つ足になるのか、少し興味深い。竜については知らないが、獣は基本的に四つ足での行動が、最大のポテンシャルを発揮できる体の構造をしている。手先が器用な猿でさえ、駆ける時は四つ足の方が速い。
いずれにしても、戦闘力は格段に上がるらしい。
それを踏まえて、実戦であるならば、俺はこの瞬間に奴らの息の根を止めているだろう。
隙だらけと言うわけではないが、魔力を練る体勢は攻撃が通りやすそうだからだ。
仁王立ちして、両腕を広げ、掌を上に向けている。顔つきは真剣そのもので、周囲の空気にも圧迫感がある。
ただ、俺にはその姿が、築き上げたものをすべて失って、喚き叫んでいるオッサンを連想させた。エージェントの任務で、悪どい商法で成り上がったベンチャー企業のCEOを破綻させた時に、同じような姿で絶望していたのが思い浮かぶ。
そう言えば、そのシーンと合わせて、罪の告白動画をSNSにアップしたら、大炎上をしていたな。
あ、絶対に真似はするなよ。
あれは関係各所に圧力をかけて司法で裁けないようにしていた奴を、社会的に抹殺するために行った正式な任務だからな。
不用意にSNSに余計なことをアップしたら、大炎上するのは自分自身だぞ。
よろしく頼む。
と、そんなことを考えていると、3人が変身···もとい、真体化した。
獣化した2人は全身が毛むくじゃら···ああ、クソソンは頭以外···となり、筋骨隆々マッチョに。
竜化したブレドは、体長が3メートルくらいとなり、羽がない地竜の様な姿だ。
共に、口を大きく開けて、威嚇のためか雄叫びをあげている。
周囲のギャラリーは慣れているのか冷静に観戦しており、その顔や目には期待の色が広がっていた。
そして、対する俺はと言うと、『体が大きくなったが、服はどこにいった?お、なんか周りに布の切れ端のようなものが散乱しているが、もしかして真体を解くと、真っ裸か!?』と、緊張感のないことを考えていた。
クソソンが真っ先に跳び出した。
左右に体を振り、向かってくる。
頭部は禿げあがっているが、狼の顔に変化し、体は二回りほど大きく、全身が茶色の毛に覆われている。
何というか、ミノタウロスの狼版といった感じか。二足歩行の形態に違和感を覚える。
そして、動きが速い。
獣人は、普段から人族よりも身体能力に優れている。
狼人であるクソソンは、真体であるワーウルフと化したことで、人の体で狼のスピードに至るようだ。
しかし、その動きは魔人や魔族には劣る。
俺の視界には、クソソンの勝ち誇った狼顔がはっきりと写っていた。
間合いに入り、俺の左側から鋭利な爪で襲いかかってくる。
ドンッ!
カウンターで、クソソンの喉にストレートパンチを放つ。
一瞬、動きを止めたクソソンの顔を両手で掴んだ。
俺はクソソンの背後に隠れ、隙をつこうとしていたネルシャンに、牽制のための一撃を放つ。
「太陽◯!」
クソソンの禿頭を夕日で照らし、反射させる。
クリ···クソソンとは違うキャラの技だが、同じような頭だから、この際何でも良い。
突然の目眩ましに、ネルシャンは瞼を閉じた。
すでに攻撃の体勢に入っていたネルシャンの間合いに、クソソンの体を捩じ込む。
グシャッ!
ネルシャンの大きな拳がクソソンの顔面に直撃し、体ごと吹っ飛んでいく。
何というか、恐ろしく凶悪なネコパンチといったところか。
すぐに間合いを大きく取り、ネルシャンと対峙する。
クソソンとは真逆に、パワー特化したような体。はち切れんばかりの筋肉を持つ猫···いや、虎。
一部の人間に需要はありそうだが、威圧感は半端ない。
ネルシャンは四つ足で構え、上体を落とした。
本気の一撃が来ると思いつつ、隙を見せるべくブレドに目をやる。
ティラノサウルスのように二足で立つブレドは、こちらの力を見極めるかのごとく、悠然とかまえていた。
そして、ネルシャンの体はさらに低く沈み、次の瞬間、跳び出すのだった。
ネルシャンが駆ける。
重量級の体ながら、そのスピードは正しく虎のものと言えた。
クソソンには劣るが、スピード特化の狼と比べて、虎はその一撃が重たい。
俺は、ネルシャンとの間合いが一定となるように、円を描くように走った。
広場を最大限に使い、互いの勢いは増していく。
視線が交差した瞬間、共に正面から突っ込む。
ネルシャンがジャンプし、2メートルほどの高さから、拳を打ち下ろしてくる。
俺は瞬時に気配を置き、ネルシャンの間合いに入った。
「!」
一瞬、俺を見失ったネルシャンの背後から腕を回し、首をロック。そのままネルシャンの体重と勢いを利用して、脳天を地面に叩きつけた。
プロレスではDDTと呼ばれるが、
導入は相手の動きに合わせて首に腕を絡めるだけだが、2人分の体重が乗るために、容易に致命打を与えることができる。
地面に垂直に突き刺さったネルシャンは、四肢を痙攣させ、戦闘不能に陥っていた。
しかし、俺はすぐにネルシャンの両足を腕で抱え込み、勢いをつけて振り回す。
ジャイアントスイングと呼ばれるその技は、遠心力を利用して、数百キロはある巨体をハンマー投げのように高回転させる。
そして、そのままブレドに投げつけた。
ネルシャンとの闘いの最中に、ブレドが喉を光らせ、何かをしようとしていたのだ。
竜人固有の攻撃なら、内容がわからなくとも妨害をしておくに越したことはない。
ネルシャンの体がブレドと接触した。
ブレドは、体格を考えると小さい前足でネルシャンを叩き落とし、すぐに口を開いて、強烈な光を放射する。
光線のように射ち出されたのは、ブレス。
咄嗟に回避をするが、先程までいた地面は瞬時に焼かれ、熾火のように赤くなっている。
凄まじい威力だが、あれは果たして魔力によるものだろうか?
魔力ではなく固有スキルによる技なら、俺の体など、すぐに蒸発してしまうかもしれない。
あれは···ヤバいかもしれない。
竜化したブレドのブレスに未知の脅威を抱いた俺は、観客がいる側まで後退した。
闘っている場は円周状になっており、その縁にいるだけで、ブレスからの回避策になる。
ブレスが放たれ、少しでも狙いが外れると、観客が消し炭と化すからだ。
それに気づいた背後からは、「卑怯者!」とか、「正々堂々と闘えーっ!」などといった罵声が聞こえてきたが、大して気にすることはない。
なにせ、俺は魔王らしいからな!
と···冗談はさておき、対策を練るための時間ができた。
剣などの武器があれば、ブレスを無効化できるか試すことが可能だが、今の俺には望めない。
後ろで好き勝手な言葉を浴びせてくる獣人を、手当たり次第に投げてやろうかなどと思うが、後が大変そうだからやめておく。
他に何か使えるものは···。
視界にあるものが入った。
作戦はシンプルな方が良い。
頭でピースが組上がった瞬間、俺は行動を開始した。
~Side ブレド~
本来、最速で動けるクソソンは、二番手で攻撃を仕掛けることで、有用な時間差攻撃となったものを、血気盛んに突っ込んで迎撃されてしまった。
しかも、ネルシャンの動きを鈍らせる道具にまで利用されるとは。連携の甘さと、戦術ミスと言うしかない···いや、亜神の2つ名を持つ相手の力量を侮っていたということか。
だが、ブレスを見て動きが極端に鈍くなった。
警戒をしているようだが、今の貴様には防ぐ手段があるまい。
む、観客を背後に···他種族とは言え、同朋たる者たちを巻き込むわけにはいかぬ。
小賢しい奴め。
だが、そのままでは、貴様には勝機はないぞ。
···ぬ、ゆっくりとこちらに向かってくるではないか。
攻め手がなくなり、降参でもするつもりか?
いや、腕を上げて中指を立てた。
あれは、侮蔑の振る舞いではないか!
おのれ、消し炭にしてやろうぞ!!
再び魔力を蓄え、ブレスを放射した。
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