第1章 106話 エージェントは日常に戻る①

「根拠は?違うという根拠はありますの?」


身を乗り出して、必死な表情で追及するサーラ。


「具体的に示せる根拠はない。まだ見えてこないものが多いからな。民衆の不安を払拭するために、テトリア復活の話をするのはかまわない。だが、王城や騎士団、スレイヤー達がそれに依存するのは別の話だ。彼らは、今のままでは上位魔族には束になっても敵わない。それは俺とアッシュの共通認識でもある。それを踏まえて、聡明な君なら、これからどうするべきかはわかるだろ?」


「騎士団とスレイヤーの実力の底上げ···それと、王国全体の防衛体制の見直しを進言すること···ですね。」


「そうだ。英雄などという虚像をあてにするのは、最善を尽くしても打開できない時だけにしろ。各国、各地域ごとに確固たる防衛手段を築いて自衛の力を高めれば、例え籠城することになっても、救援が来るまで持ちこたえられる可能性はある。」


「逆に言えば、それを怠ると魔族の攻勢には抗えないと言うことですね?」


「そういうことだ。」


組織的な防衛手段をブラッシュアップする。内部紛争が起きた国の定石だ。この世界では、魔族という外的要因ではあるが、やるべき事には変わりはない。少なくとも、シニタを含めた隣接国は、スレイヤーが魔族に対する矛ならば、騎士団が盾となって民を守るべきだ。


「あなたがテトリア様の転生者ではないというのは、そういった意味合いなのでしょうか?」 


「いや、言葉の通りだ。少し思い当たることがあってな···。」


どちらかはわからない。


ただ、「堕神が俺に会いたがっている。」という魔族の言葉が引っ掛かっていた。


倒すべき対象と会ってどうするつもりなのか?ただ命を奪いたいだけであれば、配下に命を狙わせれば良いはずだ。


この点から推測すると、堕神にとっての俺は···何だ?


だめだ···考えたところで埒があかない。もともと、推測できるだけのネタなどないのだ。


「あ···あの、よろしければ、ご夕食を一緒にいかがでしょうか?我が国を救っていただいた御礼と、今の話の続きをさせていただきたいのですけど···。」


美女の誘いだが、断った。


まだ、やるべきことが残っているというのが理由だ。それに、サーラが純粋に「もっと一緒に時を過ごしたいから」などと考えているとは思えない。これ以上、国や貴族の思惑に巻き込まれるよりは、一度自宅に戻って頭を整理しておきたかった。




帰路につく前に、イジイベラ伯爵の執務室を訪れて、カノンの両親のことについて打ち合わせた。


イジイベラ伯爵は、サーラからもフレトニアでの話を聞いていたのか、俺をテトリアの転生者だと信じて疑わなかったようだ。抗っても勝てず、今後敵に回すことで、場合によっては国王陛下から爵位を剥奪される不名誉もありえる。兄にその場で連絡を入れて、そのような内容を伝えて説得をしていた。


その後、マリア達がカノンと同行してイジイベラ領に赴き、両親を引き取ることになった。俺も同行するつもりではあったが、バリエ卿からの伝言で王城に招聘されていることを聞き、取り急ぎ帰国することになった。万一の場合は転移でイジイベラ領に飛ぶつもりなので、定期的な連絡を欠かさないように話をしておいた。


俺が転移術で往復をすれば、手間も時間もかからないのだが、さすがにそれをすることは憚れる。


マリア達が冒険者ギルドから移籍をするという考えは、今でも変わらないらしい。カノンとその両親の件については、冒険者ギルドを介しての依頼という体裁をとる必要があるため、彼女達が所属するギルドのタコ···いや、ハゲ···じゃなくて、ギルマスに直接連絡をして依頼した。ついでに移籍の件も相談ベースで話をすると、「ティルシーも一緒に面倒を見てくれるのなら、依存はございません。」とのこと。最後にボソッと、これで毛根が復活するかな···。」と呟いていたので、マリアとシェリルという大きな代償を支払ってでも、厄介払いをしたいらしい。


ティルシー···。




「ようやく、ギルドに戻れるな。」


ずいぶんと久しぶりのような気がする。実際にはアッシュの執務室に転移して以来だが、あれはノーカンだろう。


「すぐに王城に向かわなくても良かったの?」


リルからの質問は当然のことだったが、いろいろとありすぎたので後回しにするつもりだった。そのまま王城に行くと、国王や大公が髪型のことで弄ってくるだろうから、それの回避も兼ねている。


「大丈夫だと思う。何か言われたら、心労と疲弊でインターバルが必要だと言っておくよ。」


「普通なら、その言葉でも投獄ものですよ。」


ガイウスが笑いながらツッコミを入れてきた。これだから王制とか、貴族社会は好きになれない。


「そんな優越的地位の濫用をするなら、公正取引委員会が黙っていませんよと言ってやる。」


「え?こうせい··とりひき?何ですか、それ?」


「気にするな。」


「タイガはたまにもっともらしいけど、よくわからないことを言うよね。」


馬車を操るフェリが、クスクス笑いながら声をかけてくる。


俺は曖昧に笑いながら、外の景色に視線を移した。




「はい、できましたぁ。」


ターニャにカットをしてもらった。


こちらに戻ってから1週間が経過し、剃りあげた頭も地肌を完全に隠すほどになった。とは言え、まだまだ短い髪なので、ベリーショートのソフトモヒカンに仕上がっている。


「精悍って感じで似合ってますよ。」


髪が短いと目つきの悪さゆえか、目線を合わせてくれない者が多い。個人的な意見だが、軍人か裏社会の人間という印象だ。


「ありがとう。」


プロの美容師であるターニャが「似合っている」と言ってくれているので、そう思うことにした。1cmに満たない髪で贅沢を言うと、本気で嫌われる。


「しばらくはゆっくりとできるのですか?」


「そうしたいけど、また王都に呼ばれているから、ゆっくりとできるのはあと数日かなぁ。」


「また···長旅ですか?」


ターニャは少し寂しそうな表情をしていた。


「どうかな。すぐに戻るつもりだけど、何で呼ばれたかによると思うよ。」


なぜ呼ばれたのかについては、ある程度理解をしていた。


魔人の嫌疑をかけられて逃亡し、シニタ中立領や他国で暴れまわった。それについての呼び出しなら、経緯説明を求められるのが普通だ。たが、テトリアのことが絡むと、そんなことなど些細なこととなる。真偽と、今後の対応策が焦点となり、歴史上の英雄が再臨したのが事実というのであれば、事の重大性は国内だけにとどまらず、各国との協議に向けての論争にまで発展する。


個人的にはと言うと、正直なところはどうでも良かった。


自分がやりたいことを全うする。


国や政治がそれを阻むのなら、別のところを拠点とすれば良い。ギルドや知り合った者達との接点が断たれるのは残念だが、状況によっては割り切れるだけの経験をしてきている。今のテトリア云々の立場では、居場所に固執すると周囲に迷惑をかけかねないのだ。


じーっ。


視線を戻すと、ターニャがじっと俺を見ていた。


「どうかした?」


「···この街から、いなくなったりはしませんよね?」


「そんなつもりはないけど···どうして?」


「こちらに戻られてから、考え事をしてるタイガさんをよく見るので···勘違いだったらごめんなさい。」


心配されるほど表に出ているというのは、無防備な証拠だ。それだけ、この街に馴染んだということだろうか。


「大丈夫。ここは居心地が良いし、ご飯も美味しいからね。」


俺は笑顔でごまかした。




「タイガ、ちょっとこれを振ってみてくれない?」


ニーナの店に来た。


こちらに戻ってから、すぐにバスタードソードの修復が可能かを見てもらったのだが、予想していた通り、これまでの強度を維持するような修復は無理だと言われた。


半ば諦めていたのだが、ニーナは「素材としては使えるし、私がもっと凄いのを打ってあげる。」と言ってくれたのだ。


「さすがだな。バランスが良いから、無駄な力を入れる必要がないよ。」


一振りして、その技術の凄さを改めて感じた。


打ち直しとは違い、一度溶解して完全に新しい剣として作り込んでくれたのだ。


フォームはかなり変わっている。こちらのリクエストを汲み取り、さらに強度を増すために、全長を短くして厚みをもたせた片刃の剣になっていた。刃こぼれを起こさないため、切れ味よりも破壊力と耐久性に重点を置いている。イメージ的には、長い鉈といった感じだ。


「研ぎはまだだから。斬れ味はこれからだけど、気になるところがあったら言ってね。まだ修正はできるから。」


修正点など見当たらなかった。片手、両手ともに振りやすく、適度な重量になっている。


「大丈夫だ。非の打ち所がない。」


「ホントに?」


少し、はにかんだ顔をしている。


「うん。」


「わかった。じゃあ、これで仕上げに入るね。」


「よろしく。」


お礼に食事にでも誘おうかと思ったが、忙しそうなので次回に持ち越すことにした。




「タイガさん、ひさしぶりだな。」


ダルメシアンだ。


「開業準備は順調かな?」


「ああ。店の方は、あと工事が入るのを待つだけだし、メニューもピックアップしたよ。スタッフは、まだ決まっていないけどね。」


ギルド近くにオープン予定であるレストランの開業準備は滞りなく進んでいるようだ。


「悪いな。丸投げしてしまって。」


「あんたが魔人だっけ?その嫌疑をかけられて消えた時はどうしようかと思ったけど、魔族に近い奴がステーキを出す店を経営するなんてバカみたいな話だからな。俺は自分のできることを精一杯やるだけだよ。もらったチャンスは無駄にはしない。」


ダルメシアンの眼は輝いていた。


王都で格式の高いレストランを出店するわけではないが、一から築き上げた自分の店を開業するのだ。意欲や希望が膨らむのは当然なのかもしれない。


立地やターゲットのことを考えると、余程のバカをやらない限り、経営が行き詰まることはないだろう。


下手に口を出さずに、好きにさせることにした。




午前中にスレイヤー達の修練進捗を確認した。ほとんどの者が他属性との融合魔法を実用化するに至っている。


魔法の融合は、それぞれの相性も大きく影響をするが、それを見越してチームアップをしたことにより、武具による連携攻撃や、呼吸を合わせた攻防一体の戦闘も研鑽された結果となっていた。


シスとテスの双子など、個々の力はまだまだと言えたが、連携時の強さはランクBのチームを圧倒するほどだ。この2人とチームを組むパティとバーネットに加え、ケリーとセイル、その護衛役であるアンジェリカとイングリット、リルとフェリ、そしてテレジアまでの総合力を考えると、俺を加えることなく、ギルド内最強と言えた。因みに、顔面偏差値も同様だ。


他のチームの者達も、それぞれの課題に真摯に取り組み、レベルアップが垣間見えている。


これなら、もし俺がいなくなったとしても、過度な戦力が相手でなければ対抗ができるだろう。




ギルドを後にした俺は、王立魔導学院の図書館を訪れた。


スレイヤー達のレベルアップは順調だが、俺自身の力も向上させなければならない。


魔法が使えない俺にとって、中遠距離と閉鎖空間での戦闘は、課題が山積みだと言える。そして、乱戦になった際に複数の敵を倒せる術が必要だった。


風撃斬には溜めがいる。


近接戦で囲まれた場合、ダメージを負わずに状況を打開する為には、タイムラグのない術を持たなければならない。


ギルドの者達は融合魔法を修得したことにより、通常の魔族となら対等以上に渡り合える可能性が高まった。だが、それはチームで対峙した場合に限る。さらに上位魔族が相手だった場合、生存率を少しでも高める作用はあるが、倒すためには多大な犠牲(全滅も含めて)を覚悟して挑まなければならないだろう。


上位魔族がそれなりの戦力を携えて侵攻してきた場合、俺が単独先攻し、後方からスレイヤー達の魔法による一斉攻撃を行う。それが、現状で考えられる最良の手段だ。(当然、アッシュやミシェルのように、やたらと威力の高い魔法を多用する奴等は、教育が必要ではあるが···。)


しかし、特攻をしかけた俺が、剣や体術に長けた上位魔族複数体に迎撃された場合、この策は愚策となる。


それを打開できる武具。


そのヒントを、多くの文献が並ぶこの図書館から探し出すのが今回の目的だった。




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