第1章 105話 エージェントは、相棒と共に無双する④

相手は手練れだ。


正攻法で闘って勝ったとしても、負傷具合によっては再起不能になりかねない。


発光による目潰しを食らわせ、一気に勝負をつける。


眼を閉じ、ソート·ジャッジメントの反応から、相手の居場所を寸分違わずに特定する。


バスタードソードを横一閃に走らせ、相手の腹部を両断。


ガキーンッ!


「!」


重たい衝撃がバスタードソードを伝わり、両腕に走った。


眼を開けて相手を見た。


「くく···なかなかえげつない手を使う。だが、そんなものは通用せんぞ。」


魔族も眼を開け、こちらを見据えている。


バスタードソードに相手の剣が叩きつけられ、静止していた。力が拮抗しているため、互いの剣身がギリギリと音を立てて、鍔迫り合いの様相を呈している。


「···気配を読んだのか?」


「そうだ。この程度の芸当は、基本中の基本だろう。」


この魔族も、武を修めている。


相性の悪さは過去最悪だ。


ビッ!


嫌な感触がした。


おそらく、考えたくもないが剣身にひびが入ったのだろう。極小さなものだが、強度は著しく下がる。


アダマンタイト製のバスタードソードを破損させる剣。世界最高硬度の素材。同じ素材だとしたら、作り手の差か。


このバスタードソードは、魔族からの戦利品だ。ニーナに手を加えてもらったとは言え、打ち手は別にいる。その者との腕の差···いや、真正直に剣を振った自分の落ち度もある。


「なかなか良い剣筋をしている。しかし、その剣でいつまで打ち合えるかな?」


ニヤリと笑う魔族。


これだけの腕前なら、剣から伝わる感触だけで、違和感に気づいて当然だろう。


こちらに対して重心を傾け、バスタードソードの破損を広げようとする魔族。この状況から抜け出すのは容易ではない。下手に剣身で裁こうとすれば、バスタードソードが完全に損壊する。そこを追撃されると勝ち目がない。


上手く立ち回り、離脱できたとしても、蒼龍で打ち合う訳にはいかない。刀身の細い刀の類いでは、一撃で折れてしまう。


これは··ひさびさのピーンチ!


魔族の表情は余裕に包まれていた。


背中にある蒼龍がバスタードソードよりも細身であることを見抜いているのだろう。


バスタードソードが損壊した場合、蒼龍で活路を見出だすためには、一撃必殺の居合いしか選択肢がない。その場合、間合いを一度外し、再度踏み込む必要がある。今のような状況に持ち込まれると勝機はない。


「このまま捩じ伏せてやろう。」


力をこめる魔族との距離がさらに近くなる。どうやら、蒼龍を抜く余裕はなさそうだ。


ビキビキと嫌な感触が、柄から伝わってくる。


俺はゆっくりと肘を曲げ、魔族との距離を極限にまで詰めた。互いの剣が垂直に近い状態で交差を続ける。


「ふん、距離を詰めて、負荷を減らしたか。だが、時間稼ぎにしかならんな。」


上背のある魔族が、上から被せるように力を込める。


引き付けた二の腕が胸に当たり、圧迫されていく。


パキッ!


俺の上衣の胸ポケットで何かの破砕音がした。


「ぬっ!?」


魔族が異質な何かに反応する。


そう、あれだ。


俺は交差する剣を下から持ち上げるように力を入れる。胸筋が膨れ上がり、上衣が開く。


「ぬ···ぬぉ!?」


そうだ。


史上最悪の臭気を放つスパイスが、ガラスの容器から開放されたのだ。


ワンパターンと言われるのは仕方がないだろう。何せ、このアサフェティダを超えるものはないのだ。


息を止め、2本の剣に細心の注意を払いながら、力をわずかに抜き半歩後退する。


前のめりになった魔族がまともにアサフェティダの香りに包まれる。


「う···おうぇっ···。」


強烈な臭気に吐き気をもよおした奴に一歩踏み込み、剣の間から頭突きをかます。


ゴンッ!


「ぐぬぬ···はぁぁう···おおおおぇぇぇぇぇーっ!」


魔族の眉間にヒットした頭突きは、一瞬だが奴の視界を奪った。


その隙をつき、バスタードソードの鍔近くを支点にして、柄頭を突き上げ腹部を打つ。


たまらずに息を吐き出した魔族が、反動で大きく息を吸い、同時にアサフェティダ臭の餌食になった。


悶絶。


そして、嘔吐。


映像なら、七色の光に包まれる吐瀉物。


そして、貰いゲロしそうな俺。


汚ならしい闘い方に、自身で辟易しながらも、バスタードソードを左手にスイッチする。


抜刀。


斬!


右手で蒼龍を抜き、相手を両断。


「ダムド!」


は?


魔族を袈裟斬りにしたと同時に、背後からバカアッシュの声が聞こえた。


ドーンッ!


ここでミスを犯していた。


着弾点にいれば、魔法を打ち消すことができたはずだったが、返り血を浴びないように数メートル後退してしまっていた。


「···なんでやねん!」


俺はバカアッシュに思わずツッコミを入れ、鎧を纏ったところで再び衝撃波に吹っ飛ばされた。




「あっ!?···やべ···。」


功を焦ったのではない。


ましてや、タイガに対して悪意があった訳でもない。


アッシュは本気で身を案じたのだ。


タイガが重傷を負い、ギルドに帰れなくなってしまった場合、嫁にどうにかされてしまう自分の身を···。


本来であれば、自らがバトルジャンキーである彼が、他の者の闘いに水を差すような真似はしない。してはならない。


1対1の闘いは神聖なものである。それに介入をすることは、相手だけではなく自らの矜持に反することである。


でも···


でもっ!


嫁が恐かった!!


とにかく、自分のプライドを捨ててでも、友人に少し怒られたとしても(タイガならわかってくれるさ)、嫁を怒らせるわけにはいかないのだ。


アッシュは近くにいた魔族を倒した後、タイガがいるであろう方角に向かって走った。そして、すぐに2体の魔族と交戦を始めたタイガを見つけ、こう思ったのだ。


衝撃波で吹っ飛ばされても、タイガは無傷だった。さすがと言えるが、相手は魔族2体。しかも、内1体はかなりの戦闘力を持っているようだ。


先程の魔法"ダムド"をタイガの至近距離に放てば、魔法は打ち消されずに近くにいる魔族に大ダメージを与えられるのではないか?近距離で爆裂した魔法なら、台風の目のように、タイガに衝撃波の影響はほとんどないはず。


タイガに万一のことがあれば、転移で帰ることができなくなってしまう。それはマズイ。嫁に職務放棄をしたと思われては、俺は明日を迎えられないかもしれない。それはマジでマズイ。


先程はタイガを衝撃波で吹っ飛ばしてしまったが、無傷だし、もし今回も同じようになったとしても、アイツなら笑って許してくれるだろう···たぶん。いや、タイガに怒られたとしても、嫁よりはマシだろう。


よし、そうしよう。


短期決戦で、さっさと片付けて早くギルドに戻ろう。


結果的に、誤算が生じた。


タイガはわずかな時間で1体目を倒した。そして、ここぞとアッシュが思ったタイミングで放ったダムドは、魔族にクリーンヒットはしたが、対象は既に倒されており、高速でバックステップをしたタイガがデジャヴのような感じで衝撃波に吹っ飛ばされてしまったのである。




「お···おい。あの2人は、何かの因縁があるのか?」


「俺に聞くなよ。」


「因縁っていうよりも···アッシュ·フォン·ギルバートが、一方的に殺意を持っているように見えるが···。」


「と言うか···さっきので、何で死なないんだ?」


「魔族だぁー!」


「びょ···秒殺した···。」


「ランクSって···人外なのか···。」


後方では、フレトニア王国の騎士団とスレイヤー達が、2人の挙動を目の当たりにして戦々恐々としていた。


そして、初登場の時は威勢の良かったクレイマンに至っては、他の者の背中に隠れてガクブル状態に陥っている。


「冗談じゃない···あんなのに関わったら、すぐに巻き込まれて死ぬ。近づかないぞ···絶対に···。」


との事。




「2連続とか、ないわマジで···。」


一方、衝撃波に吹っ飛ばされたタイガは、爆心地から数百メートルほど先でノロノロと立ち上がった。


アサフェティダの悪臭のせいで気を失うことはなかったが、やはり凄まじく臭いので、鎧をすぐに解除して上衣を脱ぎ捨てた。


剣帯を装備し直したタイガは、視線を巡らせてアッシュを探す。すぐに対象をみつけると、スタスタとそちらに向かって歩きだした。




「タイガ···無事だったか。」


アッシュの第一声である。


本気で心配をしていたと取れる響きだ。


「ずいぶんと、高い威力の魔法を撃ったな。」


「ああ。あまり時間をかけるわけにはいかないからな。」


「···魔族をこのまま放置する訳にはいかない。魔法で処理を頼む。」


「了解だ。」


既に絶命した魔族3体を1ヶ所に集め、その血肉が利用されないように処理を行った。


「これで大丈夫だ。」


やがて魔族の処理が終わり、アッシュが一息ついた。


「お疲れ。これでも食らっとけ。」


バサッ!


「ぐわ!?···あいたたたたたたたたたたたたーっ!!」


キャロライナ・リーパーの粉を、アッシュの顔面に投げつけた。


お仕置きは必要だ。


「じゃあ、俺たちは国に戻る。」


魔族の処理を近くまで見に来ていた騎士団やスレイヤーにそう告げると、俺は目を押さえて悶絶するアッシュの襟首を掴み、引きずりながらその場を去った。


その様子を見ていた者達は、その後、畏怖の念をこめて2人をこう呼んだと言う。


「滅殺のアッシュ」と「不滅のタイガ」と。




「こんなに短い時間で問題が解消するだなんて···まだ、現実だと認識し難いですわ。」


俺はシニタに戻り、サーラの執務室を訪れていた。


「助力を申し出た友人が活躍した。その結果だ。」


「ギルバート卿ですね。現地からも称賛の声が出ていました。聞きしに勝る強さだと。」


ええ、強いですよ。


いろいろとクレイジーでしたがね。


ここに来る前に、アッシュはスレイヤーギルドに送り届けた。何度となく転移を繰り返したおかげで、吐き気と頭痛がひどい。


「そうか。本人もそれを聞いたら喜ぶだろう。」


「あなたもですよ。」


「ん?」


「現地の騎士団からの報告では、ギルバート卿は圧倒的な強さで魔族を捩じ伏せた。しかし、タイガ様は不死身であったと···転移のことも含めて、やはりテトリア様の転生者で間違いないのでしょう。」


「···不死身って?」


「ギルバート卿が放った極大の爆裂魔法に2度も巻き込まれたのに、無傷だったとお聞きしました。」


「·························。」


「転移術に不死身の肉体。テトリア様の転生者と裏付けるに事足りませんわ。」


「テトリアは不死身だったのか?」


「それは···。」


英雄なら話が肥大化して、大袈裟な人物像が独り歩きをすることもあるだろう。サーラが言っているのは、そういった類いのものだ。


「俺は不死身じゃない。魔族との闘いで満身創痍になったこともある。万能ではないと思ってくれた方が良い。」


「···おっしゃる通りですね。あなたにだけ依存することのリスクを考えていませんでした。私としたことが、テトリア様が復活されたことに冷静さを欠きました。」


「俺がテトリアの転生者かどうかは、まだわからない。個人的には違うと思っている。」


「!」


サーラは唖然とした。


これまでの見聞やタイガの行いから、彼女の中ではテトリアの転生者であるということが確定事項となりつつあったのだ。









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