第1章 107話 エージェントは日常に戻る②
5時間ほど調べた結果、目的に沿った武具を作るためには、やはり素材として魔石が最適だという結論が出た。
カノンから両親の話を聞いた時に、その可能性には行き当たっていたのだが、彼らに戦争の道具を作らせるのは、何かが違うと言わざるをえなかった。
倒す相手が魔族であっても、カノンやその家族を巻き込むことは、自身の主義にも反していた。それに、国家などの勢力に新しい武具の技術が広まるのを防ぐために、可能な限り開発は自分で行おうと決意していた。
イメージするのは、エージェントが使いなれた武器。
そう、銃だ。
銃の弾丸は火薬の破裂により推進力を得る。魔石、もしくはそれを砕いて粉末状にしたものを、その代用にできないかを考えてみた。
通常、銃の弾丸を内包した薬莢は、後方の雷管を撃針で叩くことで火薬の爆発を起こし、弾丸を飛ばす。しかし、この理屈は魔石にはそのまま当てはまらない。魔石は衝撃を与えたところで誘爆はしない。この作用を導き出すためには、着火役となる他の魔石が必要となるのだ。
理屈で考えると、爆発する魔石が火薬、起爆剤となる魔石が撃針の役目を担う。
これを踏まえた上で構造を考えると、撃針となる魔石は耐久性を持たせるため、ある程度の大きさが必要となる。必然的に、拳銃などの小型のものは除外されていく。
また、近接戦で複数の相手に有効で、かつ中遠距離攻撃にも使える物となると、選択肢はさらに狭まっていった。
そして、銃を作るために最も重要な設計図の作成だが、俺が細かい寸法まで記憶しているものは数種類のものに限られている。
そのような経緯で実現が可能な銃を絞り込み、最終的に2つの選択肢だけが残った。この世界で製作可能なシンプルなメカニズム。そして、状況により数種類の弾薬を使い分けることのできる多様性。
次のステップのための指標がここで確定した。
銃を作る前に、まずは弾薬を完成させなければならない。
弾薬とは、弾丸とそれを発射させるための火薬を指す。それを真鍮や軟鋼などでできた薬莢に内包したものが実包だ。
この作成には、適切な威力を出す魔石の種類と量を確認する必要があるため、目ぼしい魔石をリストアップした。
ここまでの作業を行い、図書館を出る。
次の行き先は、魔石を専門に扱う店だ。実際に数種類の魔石を購入し、実証実験を行うつもりだった。
魔石を粉末状にしたものを、数種類購入した。
火属性の魔石でも、燃焼系であったり、爆発系であったりと、それぞれに特性がある。今回は用途に合わせて爆発系を買い揃えてみたのだが、同系でも起爆の速度や持続時間は異なり、弾薬としての相性は実証実験で見極めるしかなさそうだった。
帰宅途中で鋼管や工具を買い込み、自宅のテーブルに並べる。しばらく部屋に籠って、作業に没頭することにした。
魔石で動く水時計を見ると日付が変わっていた。
テーブルの上には、内径が11mmと40mmの鋼管がそれぞれ4種類、計32本。中には火薬代わりの魔石粉を詰め、底には薄い鉄板を二枚はめて、その間に雷管用の魔石を挟んである。検証用のため、弾丸は同径に近いナットのくりぬき加工前の物を用意した。
この世界は科学の発展はそれほどのものではないが、工具や金属の部品などは一通りのものが揃っている。また、魔石が電力の代わりとなり、それを動力にした家電品と同等のものまであるので、専門店に行けば魔石や魔石粉の特徴や用途も気軽に教えてくれるのだ。
今回購入をした魔石粉については、火属性の爆発系という性格から、用途についてのヒアリングと本人確認証の提示を求められた。通常は、岩盤の破壊などの採掘用に使用する魔石種であるため、身元がはっきりとしない者には販売できないとの事だ。俺がスレイヤー、しかもギルマス補佐だと知ると、魔族討伐に使うのだろうと考えたのか、人の命を脅かす事には使用しないという誓約書にサインをするだけで、難なく購入ができた
そんなこんなで、検証用だが弾薬は完成した。
あとは思い通りに機能するかの実験が必要だ。しかし、魔石が暴発したり、予想以上の威力で薬莢代わりの鋼管が四散する可能性もある。生身の人間が実験を行うのは危険すぎた。
俺は、日が明けてから助っ人をお願いすることにした。
翌朝···。
「えっ!2人でお出かけですか!?」
アンジェリカが眼を見開き、顔を紅潮させながら返してきた。
聖属性魔法でゴーレムを出してもらい、弾薬の実射テストをするつもりだった。
「うん。ダメかな?」
「いえ、大丈夫です!そ···それって···デートのお誘い···ですか?」
はい?
ギルドのカフェでアンジェリカに声をかけたことを、激しく後悔した。
まず、近くにいたパティとマルモアのちみっこコンビが、アンジェリカの「デート」という言葉に過剰反応した。
「こっちに戻ってからタイガはあまりかまってくれなくなったけど、そーゆーことなの?」
パティが拗ねた顔で絡んできた。
そーゆーことって、どゆこと?
「タイガは大きいから、ちみっこは嫌いなんだよ。」
マルモア···。
ここにもいた。
場をかきみだす奴が···。
「え···。」
パティが涙眼になった。
「う···。」
ポロポロと涙を溢して、呆然とするパティ。なぜ?と思いながらも、庇護欲が湧き出てくる。
両手でパティの頬を挟み込み、涙を拭いながら瞳を覗きこむ。
「パティ、俺がお前のことを嫌いな訳がないだろ。」
優しく、ゆっくりと囁いた。
ボンっ!
一瞬で真っ赤になったパティが抱きついてきた。
「タイガ~。」
何これ?
「はぁ、パティはずっとタイガのことを心配していたからね。今ので感極まったんじゃないの?」
マルモアが解説をしてくれるが、泣き出した原因を作ったのは、ほぼおまえじゃないのか?
「そっか···ごめんな。」
優しくパティの頭を撫でた。
ギュっと背中に回された手に力がこもる。
「···うん。」
本当に···何だこれ?
「タ···タイガさん···。」
「ん?」
名前を呼ばれたのでアンジェリカの方を見ると、ムスッとした顔をしている。
そして···その向こうには、眼を大きく見開いたフェリとリルがいた。
何やら殺気が漂い、周囲のスレイヤーが口々に余計なことを言い出す。
「ギルマス補佐···セクハラ。」
「え?マジで!?」
「パティにセクハラして泣かしたのか?」
「頭を剃ったらしいけど、女絡みで悪さをしたとか、しないとか。」
「························。」
世の中は不条理でできている。
ドンッ!
重低音が響き、空気が振動した。
「な···何あれ!?」
「自爆···装置?」
「ええーっ!?」
アンジェリカの操るゴーレムで試射を開始したが、一発目でいきなり失敗をした。試射器が爆発し、ゴーレムの両腕を肘の辺りまで四散させたのだ。
「魔石の威力が強すぎたか···。」
試射器は、竹で作った水鉄砲のような形をしている。弾薬よりもわずかに大きい鋼管に薬莢を詰め、撃針代わりの棒で雷管を突いて発射(雷管が衝撃で変形することで、中の魔石が魔石粉を起爆する仕組み。)させる。シンプルな構造のために検証がしやすいのが特徴だ。
魔石は似たような性質のものを4種類チョイスして、検証用の弾薬を作っておいた。今のは魔石粉の量を大幅に減らさなければ、まともには使えないと考えて良いだろう。
弾薬は、ストックも含めて常時数百発は準備をしておきたい。面倒な加工をしなくても、そのまま使える魔石粉を選ぶための検証でもあるのだ。
「ごめん、アンジェリカ。今のは失敗だ。もう一度頼む。」
「はい。」
ギルドのカフェでいろいろとあったが、アンジェリカは非常に協力的だった。
他の者達も今は好奇心に眼を輝かせながら、検証を見守っている。
あの後、場が混沌としてセクハラ疑惑まで浮上したので、思いきって目的を説明した。
「新たな武具の開発のために、ゴーレムを使って実験をしたい。」
そう話した。
「それ以上強くなって、何を目指すつもり?」
そんな質問がマルモアの口から出たので、「本当のピンチの時にみんなを守り抜きたい。」と答えたのだが、それがギルド内に感動の嵐を呼んでしまった。
涙ぐむ奴、「さすがギルマス補佐!」と称賛する奴など、反応は様々だったが、つい先ほど「セクハラ野郎!」と叫んでいた奴が、180度態度を変えてきたのを俺は見落としてはいない。まぁ、イラっとはしたが、さすがにお仕置きなどはしていないが。
「今のって、魔法の爆発よね?どうやったの?」
フェリが純粋な質問をしてきたので、簡単に説明をする。
「···すごい。よくそんなことを思いつくわね。」
「普通に魔法を放つ方が手間が少ないから、こんなのを使うのは俺くらいだけどな。」
そうだ。
この弾薬や、これから作る銃器は、この世界では必要とはされていないものだ。時間やコストをかけて開発や製作をしたところで、魔法が使える者が所持する意味合いはほとんどない。せいぜい、魔力が枯渇した時の緊急避難用にしかならないからだ。
だが、俺が所持をする意味は大きい。魔法が使えないことで、手も足も出ない状況を打破できる。
弾幕を張って敵を足止めする。
近距離から敵の陣形に穴をあける。
中遠距離からダメージを与える。
などなど。
1つの銃器でも、戦術の幅はかなり広がる。攻撃だけではなく、味方を援護したり、逃がすための手法を新たに手に入れるのと同意義なのだ。
試射は滞りなく終わった。
32本の弾薬を使い切った頃には、アンジェリカがさすがに疲弊をしていた。
なにせ、弾薬が何度も破裂し、その度にゴーレムを作り直すはめになったのだ。加えて、最大火力で実包をつくるために、ゴーレムを俺の体重と同等に調整してもらっていたのだが、細かい微調整を入れて生成することは大きな負担となるらしい。
後からその事を聞き、額に汗を浮かべたアンジェリカを労うと、「タイガさんのお願いですから、問題はありません。」と笑顔を見せてくれた。さすがに申し訳ないので夕食をご馳走したのだが、なぜか他の女性陣の分までおごらされた···。
弾薬に最適な魔石の検証が済んだところで、次は実包の量産と、銃器の製作に移行しなければならない。
簡易な試射器や弾薬とは違い、今回は製図を作成する。この世界には、CADどころかパソコンすらないので手書きだ。
ドラフターがあれば製図も比較的楽に作成できるのだが、あいにくそんなものはなかった。建築設計に使う平行定規もどきがあったので、それを購入して羊皮紙に書く。
記憶の中にある寸法、各パーツとの兼ね合いを思い出しながら作業に没頭する。木で模型を作り、細かい部分に相違がないかを確認しながら、5日間を費やしてようやく完成させた。
あまりにも部屋に籠って姿を見せない俺を心配したフェリやリルが、時折差し入れを持って来てくれたが、作業に集中をしすぎてほとんど会話すらしていない。申し訳なさは当然あり、謝罪だけはしておいたが、それほど悪いようには考えていないようだった。
弾薬に関して、前の世界と同じ仕様と言うわけにはいかなかった。
従来、弾薬を起爆する雷管には、ジアゾジニトロフェノールという化学物質が入れられている。製法は知っているが、それなりの設備と、化合する数種類の化学物質が必要となるし、こんなものをこちらの世界で大量生産するわけにもいかなかった。
薬莢内の火薬に着火させるだけと思えば大したことはないと感じるが、爆発物であることにはかわりはない。保管状況が悪かったり、何らかの衝撃で爆発事故が起こり、街の一部を吹き飛ばすという事態は避けたい。
だから、火薬の代わりに魔石粉、雷管には起爆用の魔石を使用することにしたのだ。
因みに、弾薬の構造は、試射で使用したものに近いシンプルなものだ。こちらの世界で手に入る素材、量産できる構造を考えると、自然とそういったものになる。
そうして、2種類の銃器と弾薬の製図を完成させた俺は、その製作と量産を請け負ってくれる業者の元に向かった。
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