第1章 87話 偽りの聖者②

襲いかかってくる剣や槍を、警棒で弾く。


のべにして、何度叩き落としただろうか。それほどの時間は経っていないだろうが、矢継ぎ早に飛来してくるので、終わりが見えない。


敵の実体が近くにないだけに、焦燥に駆られそうになる。


そう感じた矢先、後ろから気配を感じた。今、挟撃をされると非常に厳しい状況だが、気配は見知った2人の存在を示していた。


背後から眩い閃光が迸り、タイガの両脇から雷が駆け抜けた。


宙に浮く武具に雷が直撃したかと思うと、そのまま他の武具にも電導し、それぞれを接触させた。


目が眩むような閃光がおさまる。


後に残ったのは、複数の武具がアーク溶接でつながれたかのような、アート状の物体だけだった。


「間に合って良かったわ。」


マリアが微笑みながら、タイガを見上げてきた。


「すごいな。高圧の雷撃で鉄同士を接触させて、くっつけるなんて。」


「伊達に雷帝とは呼ばれていないわ。」


ふふ~ん、と得意気に話すマリア。


「まだ詰めが甘いわよ。」


シェリルの言葉に前を見てみると、通路の奥から新手の武具が飛来してきた。


「またか···。」


うんざりとした表情で、タイガがそう呟いた。


「大丈夫。あなたのサポートは私がするから。」


急激な温度の変化を感じたかと思うと、細氷が見てとれた。大気中の水蒸気が昇華してできるこれは、ダイヤモンドダストとも言われるが、シェリルは詠唱すらしていなかった。


「ちょっとシェリル!私じゃなくて、私達でしょ!!」


横からマリアが不満げな声を出したが、シェリルは気にすることもなく、右手を指先まで伸ばして通路の奥を指した。


ダイヤモンドダストが突然猛スピードで動き出した。さながら、ブリザードのような事象が巻き起こる。


飛来中の武具が一気に凍り、その質量が増加した。そのまま床に落ち、金属部分も含めて破片と化す。


「あなたの苦手な分野は私···私達に任せてくれればいいわ。」


そうだ。


マリアは雷帝、シェリルは氷帝の2つ名を持つランクS冒険者だった。今のを見る限り、2人の魔法力はスレイヤーを凌ぐかもしれない。


「ありがとう。頼りにさせてもらうよ。」


素直に思ったことを口にしたら、マリアとシェリルは、はにかむような笑みをみせた。


すごく、可愛かった。




浮遊する武具の通路を抜けてからは、敵の攻撃はなかった。


ソート·ジャッジメントに反応した邪気も、今は消え失せている。 


時間稼ぎだったのかもしれない。


殺意というほどのものは感じなかったが、そんなものなどはなしに人の命を平気で奪う奴も少なくはない。まして、ここは異世界。エージェントの命のやりとりと同じように、殺人ではなく、任務や職務と割り切ってしまうこともある。


そんなことよりも、自分の弱点をつかれたことが気になった。


魔法が使えない、効かないということが、これまでは良い方向に働いていた。しかし、先ほどの場面などは、1人で対処するにはそれなりの痛みが伴った可能性がある。


敵はそれを見抜いていたのかもしれない。


物体を魔法で飛ばせば、惰性による威力で有効打が狙える。狭い通路での猛攻なら、今のタイガにとって十分な脅威である。


持久戦となれば、マリアとシェリルの援護がなければ、少なからず傷ついていた可能性が高い。


タイガは、今後の対策を高じる必要性を感じていた。




何の気配も感じなくなった後、タイガ達は手当たり次第に建物内を捜索した。大司教の執務室は、おそらく最上階の最奥の部屋だと思われたが、素通りした所から敵が出てこないとは限らないのだ。


しかし、それは杞憂だったのか、特に何かを見つけられることもなく、最後の部屋に到達する。


警戒は怠らずに扉に手をかけた。


施錠がされており、開かない。タイガは剣帯に差し込んでいた小さな筒から、針金状の物を取り出した。鍛治職人が使う穴のバリ取り用の小道具で、以前にニーナからもらっていたのだ。


鍵穴に差し込んで数回こじる。カチッと音が鳴り、開錠に成功した。こういった技術は、エージェントとしては基本中の基本である。ディンプルやスリット型のキーを使うタイプだと専用のツールが必要となるが、この世界にはそんなものは存在しない。


後ろでは、マリアとシェリルが顔を見合わせていた。この世界では、開錠技術を持っている者は、管轄の領主に登録が義務づけられている。また、錠前技士もスレイヤーや冒険者と同じようにランク分けがされており、高ランクの者は王城や上位貴族の邸宅などの御抱えとなることも多い。高収入が得られる人気の職業ではあるが、高度な技術の習得には、少なくとも10年はかかると言われ、平民の中での「結婚相手の職業ランキング」では、1位を継続中である。


因みに、教会本部の施錠も難度が高い仕掛けになっている。ほんの数秒でそれを開けたタイガの開錠技術は、この世界ではランクA以上と言っても過言ではなかった。


これを機に、マリアとシェリルにとって、結婚相手としてのタイガはさらにステータスをアップすることとなった。スレイヤーをリタイヤしたとしても、タイガには高収入を稼ぐ技術が他にもある。現役寿命が短いスレイヤーや冒険者で手に職を持っていることは、それほど将来的に有望なことなのだ。


もちろん、タイガ自身はそんなことを、微塵にも気にかけていなかったが···。




大司教の執務室の扉を開けると、すえた血の匂いがした。


敵がいないかを確認し、部屋を調べる。執務机の反対側で、すぐに大司教らしき人物が倒れているのを発見した。


「もう息絶えている。体温はまだあるから、それほど時間は経っていないわ。」


シェリルが首筋に手をあてて、見解を述べる。


やはり、先ほど邪気を感じたタイミングで、命を失ったようだ。


「死因はわかるか?」


「毒ではないと思う。皮膚なんかに兆候が見られないから。おそらくだけど、魔法で内側から破壊された可能性が高いわ。」


「そんな魔法があるのか?」


「武器を浮遊させて操るのと同じ、物体に干渉する魔法じゃないかな。」


マリアが横から、そう教えてくれた。


「私もそう思う。珍しいけど、金属性ね。」


金属性の魔法はコントロールが難しく、使い手どころか、教えられる者も極端に少いらしい。ただ、威力に関しては、魔力の供給量さえ問題がなければ、建物を浮かび上がらせて飛ばせるほどのものだそうだ。魔人1号の隕石もどきも、同じ系統なのかもしれない。




少し前に、神アトレイクと重力や魔力についての話をしたが、金属性は風属性の上位互換で、魔力の引き合いをリセットできる稀有な特徴があるらしい。物体の浮遊に関しては、基盤となる風の魔法によるもので、同じく風属性の上位互換である雷属性を操るシェリルも、軽いものであれば浮遊させて動かせるとのことだった。


「金属性の魔法士について、心当たりは?」


そう聞いたが、2人とも首を横に振った。


魔法は非常に奥深い。


使うことのできないタイガには、なかなか理解が追いつかない面も多かったが、科学に置き換えてみると、もっと単純なものとして向き合えそうだとも感じる。


そこで、ふとアイデアが閃いた。


もしかすると、自分の弱点が補える武器が作れるかもしれない。そう思いながら、目の前の課題を先に片付けることにした。


まずは、執務室の捜索だ。




アトレイク教会本部のある中立領、シニタは三国に接している。


その中でも、北方に位置する国であるテスタ王国は、東西に広がる広大な国土を誇り、その7割を大自然に覆われていた。


金属の基となる鉱石や、魔石の宝庫として名高いテスタは、魔物の生息数も他国を凌駕する。


「ご報告します!シニタ領に程近い南方で、魔物の群れが確認されました!!」


定期巡回を行っている兵士からの報告を受け、すぐにその地域の防衛拠点となる詰所に連絡が入る。


「群れとは、どのくらいの規模だ?」


応えたのは、この辺境の地を治める辺境伯の娘。透き通るような白い肌と、きらびやかな金髪、切れ長の瞳をした美しい女性だった。少しふっくらとした唇が、氷のような美貌にちょっとした愛嬌を滲ませている。


「魔物の規模は、オーガやキラーグリズリーが8割を占める、およそ300体。それに···魔族らしき者が、1体確認されております。」


「何だと···そんな規模の魔物が···。」


女性は驚愕の表情を見せた。


通常、魔物は群れで出没しても、多くて数体。屈強な私兵揃いとしても、その討伐には1小隊以上の戦力が必要となる。この詰所には総員をかきあつめても、4小隊程度の人員しかいない。


「この地の戦力では···対応は難しい···いや、すぐに全滅します。」


脇に控えていた、年嵩の将校らしき男が言葉を発する。


「···本部とシニタ領に駐在する我が国の者に、応援要請を行え。我々はすぐに、総員で現地に向かう。斥候に、状況を可能な限り把握し、都度報告をするように伝えろっ!」


「はっ!」


報告をしてきた者は、足早にその場を去った。


「サキナ様。シニタに駐在をする全兵力を集めても、我々と同じ4小隊程度。本部からの応援は、早くとも数日は要します。サキナ様の実力や、采配を軽んじる訳ではございませんが、無謀ではないでしょうか?」


「そんなことは重々承知している。だが、敵わぬと言って、見過ごしたらどうなる?我が領民達が、魔物の餌食になるのは明白ではないか。」


サキナ·フォン·ディセンバーは、苦虫を噛み潰したような顔で答える。冷静さを欠いているのではない。自らの命や、部下の命を軽んじている訳でもない。彼女にとって、領民を敵から守るのは、使命であると思っているのだ。


例え、わずかな時間で自分達が蹂躙されるとわかっている相手だとしても。


それが、王家の血を引くディセンバー家の、そして騎士としての本懐だと疑わないのだ。







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