第1章 88話  偽りの聖者③

大司教の執務室を、徹底的に調べた。


施錠されている箇所を優先し、部屋の扉と同じように開錠して、気になるものがないかを探す。


3人で手分けをしたので、要した時間は20分程度。部屋の規模を考えると適切な所要時間と言えるが、結果的に見つかったのは、大司教の日記帳だけだった。


半年程前からの記述しかなかったが、その内容にはタイガに関する調査結果と、いかにして嫌疑をかけるかについての考察が記されていた。また、聖女クレアについては、不審を抱かれないように失踪という名目で蒸発させる旨が書かれており、治癒修養会が実行の機会ともされていた。直接的な書かれ方はされていないが、「魔人と内通していることが露呈しそうになったので逃げた。」という結末にもっていこうとしたことが、文面からは推測ができた。


「黒幕まではわからないけど、あなたに魔人の嫌疑をかけたのは大司教で決まりね。」


マリアの言葉通り、確たる証拠ではある。しかし、詳細や目的については曖昧で、タイガの嫌疑を晴らすことはできても、真相にたどり着けるほどのものではない。


「そうだな···最終的には、口封じで消されたと考えるのが妥当か。」


やはり、襲ってきた奴を追跡できなかったことが痛い。逃げるための時間稼ぎだったのかもしれない。


「裏で糸を引いていたのが、何者なのかはわかっているの?」


おそらく、堕神だろう。


しかし、今はそんなことを公にはできない。堕神の存在や、魔族の台頭など、憶測だけで広めて良い話ではない。無秩序に噂話が膨れ上がり、世界は混乱の渦と化す。


まして、神アトレイクが語った真実など、下手な伝え方をすれば、タイガはテトリアの再臨であると認定され、神格化までされかねない。


「いや···わからない。とりあえずは、継続して注意をする必要があるな。」


無難な受け答えをしておいた。


「じゃあ、大聖堂に戻りましょう。大司教のことも報告が必要だろうし。」


シェリルに促され、3人は階下に向かった。


「何か、焦げ臭くない?」


階段の前まで来ると異臭がした。何かが燃える臭い。


「下だ。周囲に気を払いながら、進もう。」




「ねぇ、タイガ達が向かった建物から、煙が出ているわ!?」


大聖堂にいたフェリが、窓の外を見ながら他の者達に状況を説明する。


「どうやら、燃えているのは地下のようですね。建物の基礎部分にある、通気口から微かな炎が見え隠れします。」


「魔力は感じないわ。先ほどのはもっと上階から感じたし、炎の動きを見る限り、油を撒いて火を点けたのかも···。」


ガイウスの言葉を、リルが引き継ぐ。


「タイガさんが燃やしたのでしょうか?」


「地下で?そんなことをすれば、煙に巻き込まれて、自分が危なくなるわ。」


「でも、あの人ならやりかねない···かも。」


余計なことを言って、また2人に怒られると思ったガイウスだったが、フェリもリルも互いに顔を見合わせていた。


その瞳には、「それは否定できないかも。」という色が滲んでいた。




タイガ達は1階まで下りて、ようやく火の出所が地下だと知った。


「火の勢いが尋常じゃないわ。残念だけど、消火活動に専念をした方が良いみたい。」


シェリルが言うように、地下に下りる階段の踊場まで炎が垣間見えた。さすがに、このまま先に進むのは難しい。おそらく、相当な量の油が撒かれたのだろう。特有の臭いがした。


地下は、地上階とは異なり窓がない。通気用のスリットが何ヵ所かに設けられているのだが、それが空気の流れを作り、開口部として一番広い階段口に炎が押し寄せたのだ。元の世界の建物であれば、このような延焼を防ぐために、建築をする前に各種法規制による安全が計られるのだが、魔法が存在する異世界では、そんなものを期待する方がどうかしているのだ。


そんなことを考えているうちに、シェリルが魔法で消火を始めた。先ほどと同じような氷撃を炎にぶつけ、鎮火していく。


凄まじい水蒸気が巻き起こったが、こちらはマリアの風撃で壁が作られ、抑え込まれる。


数分の後、完全に炎は消し去られ、辺りは高湿度のサウナといった状態になった。


「さっきも思ったが、2人ともすごいな。さすがは雷帝と氷帝。」


「ふふ、少しは役に立つでしょ。」


マリアがドヤ顔で言う。


「少しどころか、俺が無事でいられたのは2人のおかげだからな。」


「私たちは、互いに足りない部分を補うのがスタイルなの。だから、ランクSにもなれた。」


今度は、シェリルが軽く笑みを見せながら説明をはさんだ。


「信頼しあっているんだな。」


「今はあなたもそうよ。」


「うん。」


なんだか、2人がものすごく優しい瞳でタイガをみつめてくる。


「ありがとう。」


空気が読めないタイガは、笑顔でそんなことしか言えなかった。




地下の状態が落ち着いたのを見計らい、調査を実施した。


「ダメね。ほとんどが焼失している。」


「犠牲者がいなかったことだけが、救いってとこか。」


結果として、何かの痕跡を発見することはできなかった。特に火元と思われる部屋は、炭と化した残骸しかなく、何であったかの判別すら難しかった。


「仕方がない。クレア達の所に戻ろう。」


こうして、教会本部での騒動は幕を閉じたのであった。




教会本部の御偉いさん方に、状況を説明した。


最初は魔人の嫌疑をかけられていたタイガに疑いの眼差しを向けていた彼等ではあったが、クレアやクリスティーヌから事情を聞き、大聖堂での出来事を取りまとめた報告書に目を通していくうちに、次第に顔を蒼白にさせていった。


「て···てと···テトリア様なのですかっ!?」


不本意だが、そう思わせた方が話はしやすい。タイガは後で文句をつけられないように、言葉で肯定はせずに次の行動に出た。


「なんでやねんっ!」


叫ぶなり、またもや目映い光に包まれて鎧姿となる。


「テッ···テトリア様!」


教会本部の幹部達は皆が一斉に膝をつき、ほとんど土下座のような勢いで頭を下げた。


タイガは嘘にならない程度に、勘違いを誘発させる言葉を浴びせることにする。


「面を上げてくれ。こういう敬われ方は苦手なんだ。それから、今の俺はテトリアではない。スレイヤーのタイガ·シオタという。因みに、ショタと呼んだらティルシーに依頼をして、毛根を消滅させるからな。」


壁際で話を聞いているふりをしていたティルシーが、最後の方の言葉に反応をして、親指を立てながらニヤッと笑った。


「ま、まさか···テ···テトリア様のその頭も···。」


「···ティルシー、やっていいぞ。」


余計なことを言う奴がいたので、少し脅しを入れておくことにした。


「了解!···毛根に死を!毛根に死を!」


「ひ···ひぃー。」


ティルシーが片手を上げて掌をかざしつつ呪いの言葉を唱える。対象となった男は頭を両手で庇いながら、床に額を押しつけ悲鳴をあげた。


「な···何これ···。」


ティルシーと同じく壁際にいたフェリが、驚きを言葉にして隣にいるマリアとシェリルを見た。


目があった2人は、首を左右にゆっくりと振りながら、こう話す。


「気にしなくて良いわ。」


「そうね。ただの茶番よ、茶番。」


ぷ···くくく···。


近くから、ガイウスの笑いを抑える声が聞こえてきた。


「···ティルシー、次はアイツだ。」


タイガは悪のりをして、ガイウスを指差す。


「おう!」


ティルシーの喜び勇んだ声を聞き、ガイウスが悲鳴をあげた。


「ちょっ···やめ···うわー、まだハゲたくないっ!」


辺りは騒然となった。


これを発端に、現代に再臨したテトリアは、逆らえば「毛根を刈り取る厄災」に変わると噂をされるようになった。


尚、その噂を聞いたタイガは、「厄災は俺じゃなくて、ティルシーだろ。」と、しれっと答えたという。




教会本部で成すべきことは終わったと言える。


タイガの身の潔白は、大司教の日記が証明するに足る証拠となるだろう。また、成り行きとは言え、テトリアの鎧を何度も纏い、その姿を多くの人が目撃した。これで、魔人の嫌疑をかけ続けるようであれば、教会は信者の多くが崇拝をするテトリアを無下にしたとして糾弾されかねない。


大司教の背信行為が自らの手記で明らかとなった今、教会本部側が取るべき行動は限られている。タイガへの嫌疑を即撤回し、各国への今案件の説明を早急に行うしかないのだ。


「テトリア···いえ、タイガ様。我々、アトレイク教会は、あなた様がこの地で我々を導いていただけるものだと期待をしております。どうか、この場に留まってはいただけませんでしょうか?」


大司教代理となった司教が、そんなことを言い出した。


当然、フェリを始め、ティルシー以外のメンバー全員が凍りつく。


「ちょっ、ちょっとお待ちください!タイガさんは、我が国でも国王陛下がお認めになったお方。例え、アトレイク教会の総意だとしても、簡単には容認できるものではないかと。」


驚いたことに、真っ先に大司教代理に反意を唱えたのはガイウスだった。


「あなたは···大公閣下のご子息でしたね。タイガ様は、特別なお方です。恐れながら、例え貴国の国王陛下が所望されたとしても、一国が独占すべきお立場ではありません。世界的な···。」


非常にめんどくさいことになってきたので、タイガは口を挟むことにした。


「大司教代理。あなたの髪はフサフサですね。これは、毛根を死滅させるのが楽しみだ。」


「なっ!?」


「うきゃ!」


大司教代理の絶句と、ティルシーの歓喜の声が同時に出た。


そしてガイウスは、「悪魔か、この人は···。」と思い、背筋に冷たいものを感じた。


「うぐ···致し方ございません!信仰する者達の安寧のためならば、私の髪など···くぅ~、お安いものです!!ですから、どうかお願い致します!」


「···そうか。あなたは大司教と違って、本当の聖職者と見える。ならば、ここを仕切るのはあなたの責務だ。俺には、他にやることがある。」 


「ここを拠点にして、動かれるというのではダメなのでしょうか?」


「悪いが、俺にはすでに決めた拠点がある。そこにいる仲間との連携がなければ、成し得ないことなのだ。」


ここに留まるつもりはないし、テトリアの再臨だと偽って、胡座をかく気は毛頭ない。それに、スレイヤーギルドに戻りたいと言うのは本心だった。


「左様ですか···残念です。」


「有事の際は、手を貸すつもりだ。アトレイク教会の再編を頼みます。」


「わかりました。必ず、元の···いえ、それ以上のものにしてみせます!」


大司教代理の誠実な人柄を感じ、タイガは笑って見せた。


いや···また鎧を纏ったままだった。


慣れない···。




「タイガ殿!ここにおられたか。」


ノックの音と同時に、焦り顔のバリエ卿が、ドアを開けて入ってきた。


「バリエ卿。どうかされましたか?」


「···タイガ殿か?どうされたのだ、その頭は!?」


教会本部での話し合いはすでに終わっており、鎧はすでに解除をしていた。


「···気にしないでください。それよりも、急がれているようですが、何かございましたか?」


バリエ卿は、この街で潜伏をしていた間、ずっと邸宅の一室をあてがってくれていた。治癒修養会の日程に合わせて、事前にそこを出たため、スキンヘッドのタイガを見たのは、これが初めてとなる。


「ああ···そうだった。タイガ殿の頭があまりにも衝撃的だったのでな。」


···こいつの毛根も、果てさせてやろうか。


「それで、何があったのですか?」


「近くで、魔物の群れが出た。北のテスラ王国の領土内でだが、ここからそれほどの距離はない。直線で100Km程先のあたりだ。」


「群れの規模は?」


「およそ300体。オーガとキラーグリズリーが多数を占めるようだ。」


それを聞いた者のほとんどが、眼を見開いた。オーガやキラーグリズリーとなると、1体でも複数のスレイヤーが戦力的には必要となる。


「嘘でしょ!?それって、大隊クラスの戦力でも厳しくない?」


「そうなのか?」


マリアの焦りの言葉に対して、タイガは平然と答えた。


「えっ!?そうなのかって···。」


スレイヤーであるフェリやリル以外に、タイガの魔物に対する無双を知るものは少ない。魔人や人への無類の強さを目の当たりにしたマリアではあったが、数百体の魔物、しかもパワーとタフネスさが規格外のオーガとキラーグリズリーが相手では、楽観視はできなかった。そもそもが、その2種は上位種として、危険度がかなり高いのだ。


「バリエ卿。そのご様子だと、この地への脅威と考えて良いのですね?」


「そうだ。現地では、そこを管轄する辺境伯が抱える部隊が対応をしている。しかし、戦力差が著しく、この地に駐留する同国の部隊へも応援要請が入った。」


「テスラ王国の駐留部隊には、余剰戦力があるのですか?」


「いや···総員でも4小隊程だ。他の2国にも協力要請が出されている。普通に考えれば、3国の駐留部隊を総動員しても、厳しい戦いになるだろう。」


マリアが言うように、大隊クラスでも苦戦を強いるのであれば、3国の駐留部隊が集結しても、撃退できる可能性は低い。他国間の部隊が共闘することは、連携に難しさも生じる。しかも、大司教の一件があった後だ。この地の防衛が手薄になることへの陽動も、考慮すべき内容である。


「現地までは、平坦な道のりなのですか?」


「途中から山脈に入る。道程の3分の1くらいがそうだ。」


「馬を一頭、用意してもらえませんか?」


全員が呆気にとられた。


「···まさか、1人で行く気かね?」


「単独で馬を駆った方が早いでしょう。それに状況を考えると、ここの守備に穴を開けるのは避けた方が良いと思います。」


「·····················。」


バリエ卿は、タイガの予想外の発言に驚き、押し黙った。


「ならば、私も行こう。」


「「「私も!」」」


機を見たシェリルの発言があり、そのあとにフェリ、リル、マリアが続いた。


「ありがとう。でも、みんなには、ここの守備をお願いしたい。万一の場合は、戦力を集中させておいた方が安心できる。それに、俺も無理はしない。状況が厳しいようなら、離脱して戻ってくる。」









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