第1章 86話  偽りの聖者①

「もしかして、もう終わったの?」


突然声をかけてきたのは、息を弾ませながら、愛くるしい顔を見せるティルシーだった。もちろん、愛くるしいのは外見だけだが。


「早かったわね。」


「教会本部内が騒然としだしたから、馬車で突っ込んできたよ。どこにいるのかわからなかったから、どうしようかと思ったけど、光るタイガの頭が良い目印になった。」


嘘をつけ、毒舌天然娘。


シェリルに言葉を返すティルシーを見ながら、タイガは口には出さずに毒づいた。


「建物内にいるタイガが見えるわけないよね。フェリの聖霊を目印に、居場所を探したんでしょ?」


リルが的確なツッコミを入れた。


「あ、バレた?」


聖霊魔法士は、聖霊の存在を知覚する。フェリの契約聖霊の居場所も感覚的にわかるのだろう。


「それよりも、手筈通りに持ってきてくれた?」


「もちろん。みんなの武具は馬車に載ってるよ。」


騒ぎが起こったら、みんなの武具を届けるように、予めシェリルがティルシーに指示をしていたらしい。


「タイガには、特別に新しい装備も用意しといたよ。」


そう笑顔で話すティルシーを見て、タイガは嫌な予感しかしなかった。




「ティルシー。」


「なぁに?」


「これ、何?」


ティルシーが用意したと言う新しい装備だが、所々に穴が空いた布だった。


「目鼻口出し帽。」


「は?」


こんなものを被ったら、ただの変質者か強盗犯にしか見えないだろ。しかも、目立つこと、この上ない。


「変装した方が良いと思って。ダメだった?」


瞳をうるうるさせられると弱い。


「い···いや···ありがとう。」


まぁ、ティルシーの気づかいは間違いじゃない。元々、変装のために頭を剃ったが、眉はそのままだ。今は、行く先々でテトリアと呼ばれないための対策に使えるか。


タイガは、目鼻口出し帽を被ってみた。


「「「「えっ!?」」」」


「「ぷっ!くくく···。」」


···おかしい。


4名は呆気にとられ、ティルシーとガイウスの2人は腹を抱えて笑っている。目鼻口出し帽で、そんな笑いがとれるはずがない。


「タイガ···頭···。」


震える声でフェリが言った。


「頭?」


タイガは自分の頭頂部を触ってみた。


「···おい、ティルシー。」


「は···はひ?ぷくく···な、何かな?」


「これ、目鼻口頭出し帽やんけっ!」


タイガは、ティルシーのこめかみを両方から拳で挟みこみ、回転を加える。


「いー、いたっ、いたたたたたー!」


そう、タイガが被った目鼻口出し帽は、額部から上がなかった。丸いスキンヘッドが剥き出しになり、これ以上にない卑猥さを演出していたのだ。


「あっはははははっ!タイガさんの頭···男性き···うげっ!」


近くで余計なことを言いかけたガイウスは、フェリに鳩尾を殴られて悶えた。




教会本部の一画に、豪奢な執務室があった。その窓際に配置されている執務机に、恰幅のいい男が座っている。


「大司教様、ご報告致します。」


ノックの後に入ってきた男が、声をかけた。


「なんだ?」


「大聖堂前で、魔人が倒されました。」


抑揚のない声で報告をするのは、表情が全て抜け落ちたような、血の気のない顔の男だ。


「···相手は?」


「なんでやねんの使徒と呼ばれている男ですが、英雄テトリアが転生した姿の可能性があります。」


「···詳しく話してみろ。」


「はい。実は···。」


顔色の悪い男は、大聖堂で起きた経緯を説明した。話を聞くにつれて、大司教の顔は蒼白となり、汗がこめかみをつたう。


「まさか···テトリア様が···。私はすぐにここを出る!お前は、地下の資料などを焼却するのだ。」


微かに震えながら指示を出す大司教に、男は冷たい言葉で返した。


「逃げるおつもりですか?」


右手をゆっくりと上げて、大司教に向ける。


「な···何のつもりだ。」


「おまえの役目は終わった。」


ブンッという不快な音の後に、大司教は床に転げ落ちた。目を見開いたまま、身動き一つしない。


「分不相応な欲にまみれた小心者に、生きる価値などない。」


無表情を崩すことなく、そう呟いた男は、そのまま踵を返して部屋を出て行った。


後には、目や鼻、口から血が流れ出した大司教の亡骸だけが取り残されていた。




『いたぞ。邪悪な気配を持つ存在が。』


神アトレイクが、大司教の執務室で起きた異変に気がついた。


「一瞬だが、俺も感じた。大聖堂の裏手にある、建物の上階だな。」


これまでは、その邪気を感じることはできなかった。何らかの術を使い、その瞬間だけ隠蔽していたものが顕在化したのかもしれない。どちらにせよ、この教会本部に巣くう諸悪の根源は叩かねばならなかった。




タイガは1人で疾走していた。


クレアとクリスティーヌの護衛に、リルとフェリ、ガイウスを残し、「一緒に行く!」と言ったマリアとシェリルを伴った。だが、本気で走るタイガのスピードに、2人はついていけない。


「すまない。ここで取り逃がす訳にはいかない。先に行く!」


「わかったわ!すぐに追いつくから。」


「気をつけてね。」


タイガが何を追っているのか、2人には説明がされていない。このわずかなやりとりでも疑問を感じないのは、2人のタイガに対する信頼の証と言える。


タイガは、「守るべきもの」が増えたと感じた。


エージェントの立場では、守るべきものが多いということは、弱点も比例して増えるというのが必然的な見解だ。それは、敵に対してだけでなく、身内である所属組織にも、重い足枷として利用されるということだ。


思えば、ありえないくらいブラックな就業先だったな···。戸籍も抹消されていたし。


そう思い、自嘲気味に微かに笑う。


『1人でニヤニヤと気持ち悪いぞ。』


「···感傷にひたって何が悪い。」


『そうか···そなたが命と引き換えに守ろうとしたものは、人間の中では一番尊いものなのかもしれんな。』


「たぶんな。俺も、この世界に来て初めて気がついた。」


『ならば、生き抜いてそれを実践すると良い。神の力を利用した代償としよう。』


「それで良いのか?」


『かまわん。そなたは、考えていたよりも、ずっとまともだったからな。』


「因みに、もう1人の堕神のことは、その代償に含まれているのか?」


『当然だ。』


「そうか···。」


一番厄介なものを背負わされた気もしたが、命の代価としては安いものなのかもしれない。すでに魔族との闘いを生業にしている。その延長線上と考えれば、自然の成り行きとも言えた。


ただ、気がかりなのは堕神とは言え、神は神だ。


対抗できるのか···そんなものに。


タイガにあるのは、不安などではなかった。どのような準備を行い、どう対応するのか、という課題。それを、頭の中で箇条書きにして、これからの活路を見出だす。それが、エージェントとしてのタイガの強みと言えたのだ。




それは、大聖堂の裏手にある建物に入り、階段をかけ上がっている最中だった。


先ほどと同じ邪気がソート·ジャッジメントに反応した。


『来るぞ。』


神アトレイクからも、ほぼ同時に警告を出された。


幅2メートル弱くらいの階段。


コの字型のそれは、元の世界では学校などの建物にある階段に酷似している。


踊り場に差し掛かり、前に視線をやると、何かが飛んでくるのが見えた。


扉!?


高さ2メートル半、幅1メートルほどのそれが、通路をふさぐ状態でこちらに迫ってくる。


空気抵抗であまり速度は出ていないが、分厚い木製で、重量はかなりありそうだ。


後方の壁とで、挟み込むつもりか。


タイガはバスタードソードを抜き、扉の左下方を一直線に突いた。束頭に手を置き、力をこめる。


扉が斜めに回転をして、すり抜ける空間ができた。そこから前方に抜け出る。


扉を飛来させていた魔法は霧散し、後ろの壁に派手な音と共にぶち当たり、床に倒れた。


···周到だな。


扉による攻撃を掻い潜った先には、真っ直ぐにのびる通路があったが、その空間には十をこえる剣や槍が空中に静止して待ち構えていた。


物を飛来させる魔法。


第一の魔人、ブウが使った劣化版と言うべきか。いや···狭い空間で、通路をふさぎながら迫る扉や、複数の刀剣で狙い撃ちをするのは少しはマシな知性を感じる。バカではない、魔人が残っているのかもしれない。


タイガは、バスタードソードを鞘に納め、両手に警棒を持った。


シャキーン!


警棒の二刀流。


狭い通路では、刀身の長いバスタードソードや蒼龍よりも、効果を発揮する。


次の瞬間、宙に漂う武具のすべてが切っ先をタイガに向けて、飛んできた。


2本の警棒でそれらを凪ぎ払う。


金属同士が弾きあい、高い音色と火花が散る。


飛来する武具をすべて打ち落とすべく、回転を上げて警棒を振るう。接触した武具は、魔法が解けて壁や床に弾き飛ばされ、沈黙したかに見えた。


「!」


落ちた武具は数秒と経たないうちに、また宙に浮かび上がってきた。


···マジか。


これって、相手の魔力が枯渇するまで無限ループじゃないのか···。






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