第1章 84話 そして、エージェントは伝説となる②
眩い光を発したタイガに、身廊にいるもの達は皆が動きを止めた。
「えっ!?タイガ?」
何が起こったのか、理解が追いつかないフェリ達は、発動していた魔法を無意識に解除した。教会本部には武器を持ち込めないので、5人は専ら魔法による攻撃で応戦をしていたのだ。
同様に、相対していた聖騎士達も動きを止めていた。光がおさまるにつれ、ありえない姿が視界に入り、ついには膝をつく者達も現れだした。
「やはり···タイガ殿は···本物の英雄なの···だな。」
エクストラ·ヒールで急速に回復していたクリスティーヌは意識を取り戻し、タイガの姿を見た。そして、これまでの自分の考えが正しかったと、勘違いをするのだった。
「クレア、あれがあの方の···真の姿か。」
「え···えと···どうかな···。」
姉が回復したことへの喜びは大きい。だが、クレアには事の経緯を説明するのが難しかった。何せ、神が絡んでいるのだ。
「それよりも、体調はどう?何ともない?」
詳しい話は後回しにして、話をすりかえた。
「かなり出血をしていたからな。万全ではないが、大丈夫だ。ありがとう、クレア。」
「お礼ならタイガさんに言ってあげて欲しいな。私たち2人をここまで連れてきてくれたのは、タイガさんだから。」
そう言われた瞬間、うっすらとした記憶の中に、お姫様抱っこをされた自分を思い浮かべる。
「う···。」
「どうしたの!?お姉ちゃん。」
急に悶えだした姉を見て少し心配になったが、顔を真っ赤にして嬉しそうに笑っているのを見て、放っておくことにした。たぶん、タイガにお姫様抱っこをされたことを、思い出しているのだろう。
クレアは、タイガを見た。
ようやく光がおさまり、その姿が露になると、そこには凛とした漆黒の鎧が現れる。
「テトリア様···。」
身廊にいるほとんどの者が気づいていた。クワイヤの左手に見える彫像と、光の中から出てきた鎧姿の男が同じ装いであることを。
「テトリア様だ····テトリア様の再臨だ!」
誰かがそう叫び、身廊内は一気に大騒ぎとなった。
「え···え···タイガ!?」
「うそぉ!」
シェリルとマリアは、タイガの変身に目を丸くして、そんなありきたりなことしか言えなかった。
「···タイガさんって、テトリア様の生まれ変わりだったんですか!?」
ガイウスがリルに聞くが、リルも信じられないといった表情で見返してきた。
「タイガは···どう変わろうと、タイガだよ。」
そんな驚きの中で、フェリだけはすぐに我に帰り、祭壇へと駆けつける。
「タイガ!」
「フェリ、来てくれたのか?」
フルプレートなので表情はわからないが、声音はいつものタイガだ。
「うん。無事で良かった。それで···その格好は?」
「神のいたずら。」
「えっ!?」
「詳しいことは後だ。とりあえず、クリスティーヌを頼む。」
「う···うん、わかった。」
エクストラ·ヒールで回復をしたとは言え、出血による疲弊までは拭いされない。この世界の回復魔法は、傷は完治しても、疲労や体調までを完全なものにするわけではないのだ。
タイガは周囲を見渡しながら、一つの気配に注力した。はっきりとはしないが、ソート·ジャッジメントが何かに反応していた。
信者だけでなく、聖騎士も含めたほとんどの者は、タイガを英雄テトリアの再臨だと勘違いをして平伏している。そんな中に、不敵に笑いながら、こちらをガン見しているデカイおっさんがいた。
「神アトレイク。あそこに不審な奴がいる。あれがあんたの言う、邪悪な存在なのか?」
『いや、違うな。しかし、あの者は人間ではないぞ。何らかの方法で気配を擬態しているが、魔族に近い。』
「そんなことまでわかるのか?」
『神だからな。ステータスバーでわかる。』
またそれか。
「ステータスバーには、何と書かれている?」
『職業に元人間とある。』
「···魔人か。」
魔族に近い元人間なら、魔人以外にないだろう。
『魔人?そんなものが存在するのか?』
「ぽっと出だ。最近、何人かの存在が確認された。」
『ふむ···世の中も変わったものだ。』
隠居したじいさんかよ。
「擬態の手段は何だと思う?」
『単純に、魔道具だろう。邪気などを抑え込む用途の物がある。』
「···何に用いられる物なんだ?」
『古代のアーティファクトには、呪いがかかっている物がある。その運搬のために使用するというのが、本来の用途だ。強い瘴気や邪気などで、人間は精神障害をきたすことがあるからな。』
精神障害?
確か魔族と遭遇すると、精神干渉をきたすことがあるという話だったが、その類いか。
しかし、そんな魔道具があるのは厄介すぎる。魔族などがそれを用いれば、聖属性魔法士や、俺のスキルでは居場所を特定するのが困難になる。厳密には、今のようにかなり近づかなくては探知できない。
「おい。」
誰かに呼ばれたが、無視する。
「その魔道具は数が多いのか?」
『世界中でも、数えるほどしかないだろう。作れる者が限られているからな。』
「誰が作れるんだ?」
「おい!」
また誰かが呼んでいる。
さらに無視する。
『この世界では、私ともう1柱の神だけだろう。』
「堕神か···。」
いや、そんな厄介な物を作るなど、やはり駄目神か。
「無視するのか!おいっ!!」
『···先ほどから、そこの不審者が呼んでいるぞ。』
「知っている。」
『相手をしてやったほうがいい。今にも暴れだしそうだぞ。」
呼ばれていることには、当然気づいていた。だが、あえて無視をした。魔人はオツムが省エネだから、怒らせた方がいろいろとやりやすいからだ。
「ああ、わかっている。」
タイガは気配を置き、魔人の背後に回った。先ほどまでの奴の口調を真似る。
「おいっ!!」
「うぉっ!?」
魔人は少し跳ねるような仕草をして、驚愕の声をあげる。後退りながら、祭壇の方とこちらを、視線が行ったり来たりしている。
「魔人ごときが、俺に何か用か?」
「···まさか、なんでやねんの使徒が···テトリアの生まれ変わりとはな。」
こめかみに汗を滲ませながら、ぼやくように言っている。先ほどまでのドヤ顔はどこにいったのか。
それよりも、コイツか。
間違った解釈でなんでやねんを広めて、俺を意味のわからない使徒に仕立てあげたのは。
「魔道具なんかを使って擬態をしたところで、俺には通用しない。魔人がなぜこんなところにいるのか、話してもらおうか。」
『それを教えたのは私だろう。自らの手柄のように言うのはどうかと思うぞ。』
うるさいぞ、駄目神。
「···さすがは、テトリアの生まれ変わりと言ったところか。上手く隠せていると思ったのだがな。」
魔人は真顔で、そんなことを言う。
デカく、ゴツい体つきをしている。魔法よりも、武芸を好んで使うタイプに見えた。
「俺の今の姿を見ても、ドヤ顔で突っ立っていた時点で怪しいだろ。」
「確かに···一理ある。」
やはり、魔人はバカなのか。
「なぜ教会本部にいる?」
「···敵の本部だからな。」
眉の端がぴくりと動いた。
わかりやすい反応だ。
「ここの有力者の中に、協力者がいることはわかっている。今さらとぼけるな。」
「ふん、知らんな。」
「大司教だろ?」
「······················。」
両眉の端がぴくぴくぴくと、痙攣している。
「直接本人に聞こう。お前の後ろにいてるしな。」
「なっ!ばかなっ!!そんなはず···。」
焦った表情で振り返る魔人。
バカは誘導尋問にもすぐに引っかかってくれる。
「ぐ···ぐ···貴様っ!謀ったな!!許さん!!!許さんぞ!!!!」
「ここだと、お互いに力を発揮できないだろ?表に出よう。」
「良いだろう!すぐに消滅させてやるっ!!」
脳筋は基本的に猪突猛進だ。
身廊にいる信者達を盾に使われたら厄介だが、こちらの意のままに誘導されてくれた。
そして、ここからはエージェント流でやらせてもらう。
命のやり取りには、きれいも汚いもない。
タイガは踵を返して出口に向かった魔人に、渾身の前蹴りを放った。
腰椎の辺りにヒットした前蹴りは、その体を地面と平行に数十メートルも吹っ飛ばした。正面にあった重厚な扉は開かれていたため、魔人は何の障害もなく身廊から外の通路へと飛び出て、そのまま窓を割って視界から消えた。
「奴は魔人だ!魔法が使える者は、障壁で身を守れ!」
タイガがそう言い放つと、身廊内は騒然となりかけた。
「ま、魔人!?」
「そんな····。」
その時、機転をきかせて、クレアが声を張り上げた。
「皆さん!私たちには、テトリア様がいます!相手が魔人でも、テトリア様が負けるわけがありません!」
「···そ、そうだ。テトリア様が再臨されたんだ!」
「テトリア様が、きっと私たちを助けてくれるわ!」
さすがは、精神干渉にも長けた聖女クレアだ。聖属性魔法で民衆の精神を落ち着かせ、説得力のあるキーワードで不安を払拭させることくらいは、造作もないようだ。
タイガはクレアに向かって、片目でウィンクをした。
良く考えたら、兜を着けているので意味がなかった···。
タイガはゆっくりと身廊を出て、窓から外に出た。
地上階のため、大した高低差はない。
「神アトレイク。」
『なんだ?』
「この鎧を脱ぐには、どうしたらいい?」
『気に入らないのか?』
「前がよく見えない。」
フルプレートだ。
兜には視界を確保するための工夫があるが、視野が極端に狭い。気配を読んで闘うこともできるが、万全で挑みたい。自分がいた世界には、一般社会で鎧を着ることなどないので、ただただ動きにくいのだ。
『仕方がないな。もう一度、同じ言葉を叫べばいい。』
マジか。
恥ずかしい。
「なんでやねん!」
再び、発光して元の姿に戻る。
目の前には、顔を真っ赤にした魔人が立っていた。あと数歩で間合いに入る。
「貴様っ!ふざけた真似を!!」
「神界では決闘を申し込む時には、あれをする。」
『いや、そんな慣習はないぞ!』
神アトレイクから、ツッコミを入れられた。
「戯言はそこまでにしろ!」
魔人のこめかみに血管が浮き出てきた。激怒した様子。
「大司教と何を企んでいる?」
「死ぬ奴になど、教えるか!」
爆発的な動きで、魔人が間合いを詰めてきた。腰の剣が抜かれる。
速い。
間一髪の所で、右上段から振り下ろされた剣を避ける。剣圧だけで、修道士の服が裂けた。
ガッ!
上体の動きに連動した蹴り。
腕でブロックをしながら、後方に跳んだ。衝撃を殺したはずだが、ブロックした腕が痺れる。
強い。
近接戦闘においては、これまでの魔人とは比較にならない。
「ほらほらっ!どうした!!防戦で手が一杯か!!」
剣による絶え間ない、連撃。
間合いが詰まると、肘や膝などの体術も併せてくる。
確かに、素手のタイガでは、かわすことで精一杯だった。
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