第1章 71話 依頼者タイガ·シオタ①

聖霊魔法士であるティルシーが操る馬車は、順調に目的地を目指して疾走していた。


3人は俺の正体を知った後も、変わらない態度で接してくれている。エージェント時代に同じような状況であったのなら、相手を信じきることなどできず、疑心暗鬼に苛まれながら警戒を続けていたことだろう。


もし彼女達が自分を監視、もしくは拘束する方向に動くのであれば、それは仕方がないことだとも割りきっていた。彼女達にも立場がある。万一の場合は、そのまま逃走すればいいだけの話だ。


「二時の方角に、うっすらと黒煙が見えるよ。」


ティルシーがそちらの方を指差し、報告をしてきた。


「あの辺りには何もないはず···。」


シェリルがつぶやく。


「行ってみようか。」


俺は何気なく提案をしてみた。


「急いでいるのに、構わないの?」


「大した時間は割かれないだろ。」


「オーケー。ティルシー、お願い。」


「りょ~かい。」


黒煙が出ている場所に近づくと、貴族らしき一行が、盗賊団に襲われている風景が視界に入ってきた。


「あれ、奴等じゃない?」


「うん。特徴が一致する。」


シェリルとマリアの言葉から察するに、冒険者ギルドで手配をされている一味のようだ。


「依頼が出ている討伐対象?」


「うん。さすが、察しが良いね。」


「でも、S級の依頼よ。人数も多いから、今すぐの対処は難しいわ。」


「ランクS冒険者5名以上が、最低条件の依頼だからね。神出鬼没だからなかなか叩けないのだけど、レイドが発令されてもおかしくない案件よ。」


貴族の護衛達のほとんどが既に事切れているか、重症を負っている。マリアとシェリルが言うように、盗賊団は20人近くおり、動きもそれなりのものだった。


「俺が出るよ。」


「「「えっ!?」」」


「魔族1体を相手にするよりも楽だろうから、問題ない。」


そう言って、タイガは突然馬車のドアを開けて飛び降りた。


「ちょっ···ちょっと!?」


「マジでっ!?」


「おお~!」


タイガは「討伐報酬は3人に入るのだろうか?」などと考えながら、現地に急行した。




「おい、誰かが向かってくるぞ。」


「あ!?何だよ、1人だけじゃねぇか。」


「魔法を撃ち込んで始末しろ。」


「ああ、任せろ。」


盗賊団は、自分たちの実力を過信していた。冒険者ギルドですら、たやすく手の出せない強奪の常習犯。神出鬼没で、これまでも幾度となく罪を犯している。


貴族の馬車が襲われたりすると、通常は王国騎士団が動く。だが、貴族は体裁に関してかなり敏感だ。私兵が役に立たなかったり、命を奪われかけて失禁をしたりと、汚点が残れば国に報告などはしない。冒険者ギルドを使って報復の代わりに壊滅させるか、泣き寝入りすることが大半と言えた。


今回の盗賊団に関しては、定まった拠点を持たず、広域で犯罪に従事しているため、冒険者ギルドも討伐の目処が立っていなかった。少数精鋭で機動力の高い犯罪集団に、何の対策も打てていないというのが現状だったのだ。




タイガは疾走しながら、魔法の詠唱らしき素振りをしている人物をみつけた。遠距離から魔法を放つつもりなのだろう。それに対抗すべく、地面に転がった手頃な石を拾い、遠投の要領で投球フォームに入る。


距離はおよそ300メートル。


普通なら100メートルも飛べば称賛ものなのだろうが、タイガの体はこの世界では人間離れをしている。


左足を踏み出し、背中の剣帯にある蒼龍の鞘にあたらないように、スリークォターで石を投じた。




「ちょ···あいつ、何をする気!?」


ずっと後方で見ていたマリアが、突然のタイガの動きに驚きの声をあげる。


「あの距離は、いくら何でも無理···。」


ティルシーも同様に、驚きの声をあげた。


「···························。」


食い入るように見守る2人の横で、シェリルだけは何かを見極めるように、静かにタイガの行動を見ていた。




タイガの右手から放たれた石は、まるでレーザービームのように、一直線に盗賊団に向かっていく。


「なっ!?」


驚くべき速度で、自分たちの方角に向かってくる1つの小さな点。盗賊団の意識は投げた本人ではなく、その小さな何かに集中させられていた。


低い軌道で飛んでいた石は、盗賊団の数十メートル手前で地面に落下した。そのままバウンドを繰り返して、土煙を巻き起こす。


「·····················。」


「え~と····。」


「あれだけの飛距離はすごいけど···。」


マリア達は盗賊団まで届かなかった石を見て、内心でこう思った。


『何をしたかったのだろう。』


と···。




バウンドを繰り返しながら、勢いの削がれた石は盗賊団の手前で停止した。


「ぎゃはははは!何だよ、あれ!」


「届かねぇじゃねぇか。驚かせやがって。」


「早く魔法を撃ち込んで、間抜けを始末しろよ。」


「ちょっと待て。土煙で奴が見えん。」


そんな会話を交わして、余裕をかます盗賊団。しかし、視界を遮る土煙の中から、脅威が迫っていることには気がつかないのであった。




あ~、届くかと思ったけど、無理だったか···ちょっと恥ずかしいぞ。


タイガは投げた石が詠唱中の魔法士には当たらないまでも、盗賊団の誰かには当たるだろうと想定していた···マリア達が見ているので、ちょっと張り切った。結果は中途半端に失速し、見ての通りだ。


だが、これを想定通りと振る舞うのも1つの手段。


目に見える石をかき集めて、盗賊団のいる方角に投げる、投げる、投げる!


「ぐわっ!」


「だっ!」


「うおっ!」


土煙の向こう側から、体に石が当たる音、悲鳴、驚愕の声が次々に聞こえてくる。


あっ!?やばっ!


盗賊団のいる方角には、貴族の馬車もいたはず。


あんまり調子に乗っていると、無関係の人まで死んでしまうかもしれん。


タイガはしれっと攻撃の方向性を変え、土煙の向こう側に突進した。


「ね···ねぇ、あれって身を隠すために、わざと届かないように投げたのかな?」


様子を見ていたマリアが、シェリルに質問をした。


3人がいる場所は起伏の高い位置にあり、土煙の手前からとんでもない勢いで石を投げまくっているタイガが良く見えた。


「あのまま投石をしても、避けられる可能性があったわ。煙幕の代わりに土煙を起こして、奇襲のように攻撃を仕掛ける。さすがね。」


シェリルの分析は的が外れていた。


「そ···そうなんだ···。」


「当てるつもりで投げたけど、思っていたよりも手前で落ちたから、とっさの判断で石を投げまくっているようにも見えるけど。」


ティルシーのツッコミは冴えていた。


「···そんな間抜けな人が、スレイヤーギルドのギルマス補佐な訳がないでしょ。あれは彼なりの戦略なのよ···きっと。」


「だとしたら···すごい策士だね。」


真相は、本人のみぞ知るである。


「私たちも行きましょう。もともと冒険者ギルドの依頼よ。彼にばかり戦わせる訳には行かないわ。」


「あの人数を相手にするつもり?」


「彼は1人で立ち向かったわ。」


シェリルの体に流れる、誇り高き戦士の血に火が着いた模様。


「···わかったわ。右から回り込んで、魔法で彼を支援しましょ。」


マリアがシェリルに同意した。


「あれ、正面から突っ込まないの?」


「彼は近接戦闘のスペシャリストよ。下手に周辺をうろつくと邪魔になるわ。」


「それはそうだけど···って、タイガには魔法が効かないんでしょ?だったら、気にせずに魔法を撃ち込んだら良いじゃん。」


「「··················。」」


ティルシーの言葉は利にかなっていた。ただ、マリアとシェリルの頭の中には、『それは人道的にどうなんだ。』という思いしか浮かばなかった。














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