第1章 70話 依頼者ソウリュウ②

「教会に自分を売り込みたいと···しかし、ツテもないのでは、それは難しいのでは?」


「ツテはありますよ。」


「ほう。それはどなたですか?」


話の方向性として、筋の通ったものにしておく方が良いだろう。印象からして、冒険者ギルドは教会と何らかの契約を交わしている訳ではなく、ただ、関係値を悪いものにはしたくないだけだと感じる。ついでに、理がこちらにあることをわからせておいて損はない。


「聖女様の姉君、クリスティーヌ·ベーブス聖騎士団長です。」


「「「!」」」


3人とも、呆気に取られてしまったようだ。


「どうかされましたか?」


「あ···いや···あなたは、もしかして···その···有名な貴族の方なのですか?」


「なぜそう思うのですか?」


「聖騎士団長のベーブス様は、気位が高いので有名な方です。そんな方とお知り合いということは、かなり高名な家柄の方ではないかと···。」


「爵位は持っていますが、家柄は大したものではありません。それに、彼女···聖騎士団長の気位が高く見えるのは、その役職故ですよ。誇りは高いが、真面目で努力家な性格ですから。」


「爵位···。」


嘘は何一つ言っていない。


クリスティーヌと親交が深いような言い方はしているが、虚偽で裁かれるような内容でもない。勝手に勘違いをしたというレベルの心理的話法だ。


ギルマスにしてみれば、聖騎士団長の知人で、かつ爵位を持つ俺に、管轄下の冒険者達がいきなりケンカをふっかけて模擬戦に強制的に参加をさせたという不敬が、自分の進退にどう影響を及ぼすのか、不安になったことだろう。


かなり遠い目をしだした。


「ある事案で聖女クレア様を含め、お2人には大変お世話になりました。その恩返しに助力をしたいと考えているのです。」


「せっ···聖女様ともお知り合いなんですかっ!」


先程とは真逆に真っ青になったタコは、かすれ声で哀れな声を出した。なんだ、すごいんだなクレア。聖女様の肩書きは威力抜群だぞ。


「まぁ、クリスティーヌと同じ程度の親交ですけどね。」


ああ、口から泡を吐きそうだぞ。このタコ。


その後の交渉はスムーズだった。


ギルマスは不敬のお詫びにと、こちらの要望に最適な人材を準備すると言い、その上で依頼報酬を無料にするとまで提案してきた。


さすがに無料というのは、今後のことを考えると危ない橋になる。素性がバレて、これ以上ややこしい噂を流されるのもごめんだった。


「報酬は規定通りお支払します。爵位を持つものが、ご好意とは言え、金銭的な取引きで例外扱いされる訳にはいきませんから。」


そう言うと、ギルマスはそれ以上のゴリ押しはしてこなかった。爵位を持つ身で、金銭的な計らいをしてもらうということは、元の世界と同じく贈収賄罪にあたるのである。




冒険者ギルドを出て、近くのホテルにチェックインした。


シャワーを浴び、汗や埃を落として体を解していく。


スレイヤーギルドを出てからの数日間は、毎日2~3時間の仮眠だけで移動を続けてきた。手配をされている可能性も考えて、あまり街には立ち寄らなかったのだが、冒険者ギルドの様子を見る限り、特に何かの周知が回っている様子もない。今夜一晩、何も起こらなければ、気兼ねなく動いても良いと判断した。


シャワールームを出て、体を乾かしてから服を着込む。チェックイン時に浄化魔法によるクリーニングサービスがあったので、コートやブーツなどはそれを利用した。既に部屋に届いており、清潔になっている。こういった所は、この世界の便利な側面である。


ホテルのロビーに行くと、先程の軍服のお姉さん方と、もう少し背の低い、同じく軍服の女の子がソファに座っていた。


「あれ、どうかした?」


特に約束をしていた訳ではないが、3人の用向きは俺に間違いないだろう。もしかして、素性がバレたか。


「同行するメンバーが決まったから、知らせに来たの。」


思い過ごしだったようだ。


「もしかして、君達3人?」


「そうよ。ええっと、ソウリュウさんだったわね?自己紹介がまだだったからしとくわ。」


依頼書と契約書に名前を記入したのだが、さすがに本名はマズイので、何気に蒼龍の名を借りたのだ。


「呼び捨てでかまわない。今から夕食を取りに行くつもりなんだけど、良かったらそこで打ち合わせを兼ねてどうかな?」


久しぶりのまともな食事だ。


できれば、美味しい料理を出す店を紹介して欲しかった。


「いいわよ。じゃあ、行きましょ。」




「美味しい!」


食後のデザートが、めちゃくちゃうまい。


「珍しいね。男の人で甘いものが好きなんて。」


正面に座るマリアがクスクスと笑う。食事中の会話で3人との距離が近くなり、話し方もフランクになっている。


「そうかな?実際には食べたいけど、大人の男が甘いものを食べるのは、恥ずかしいって思ってるだけじゃないか?」


昔の日本もそうだったらしいからな。


「そうなの?」


「確かに男って、見栄を張りたがるよね。」


「うんうん。」


マリア·カーネル、シェリル·アーネスト、ティルシー·モーガンがそれぞれに答える。彼女達は普段からパーティーを組んでおり、ギルドから荒事の処理を任されているために、軍服のような服を着用する必要があるらしい。


「これってダサいでしょ?」


軍服の襟をつまんで、そう聞いてきたマリアには、


「そうかもしれないけど、だからこそ着ている本人が映えるんだと思うよ。」


と、返しておいた。


なぜか、3人共に頬染めて一瞬黙りこんだ。失言だったかと思ったが、それをきっかけに話し方が砕けたから、悪い発言ではなかったと思うことにした。


「ソウリュウは、貴族らしくないよね。」


「うん。気取ってないし、良い意味でプライドなさそうだし。」


「それって、良い意味なの?」


と、いった感じだ。


「俺、貴族じゃないぞ。」


「「「えっ!?」」」


「爵位を持ったら、みんな貴族なのか?」


「え···ええ。そうよ。」


そうなのか。知らなかった。


「もともと、貴族の家の出じゃないからな。」


「そうなんだ。どんな家系?」


頬杖をつきながら、くるくるした瞳で聞いてくるティルシー。まさか、暗殺とか諜報を生業にしている忍の一族とは言えない。


「武芸家一族。」


「何それ、凄そう。」


「崖から落とされて1人で這い上がらされたり、狼や熊の出没地帯に放り込まれたりしたな···。」


「···それって、いくつの時?」


「確か、5歳と8歳の時だったと思う。」


「「························。」」


「もしかして···模擬戦では真剣を使って闘うって言うのも、本当なの?」


「うん。」


「「「···························。」」」


おいおい、ドン引きじゃねぇか。


魔法やら剣やらの異世界でも、うちの家系は頭おかしい系らしい。




翌朝。


アトレイク教会本部に向けて出発した。


昨夜は久しぶりに睡眠時間を確保できた。危惧していたようなことは何も起きず、しっかりと体力を回復できたので、これから先に魔人との闘いや、教会本部との争いがあったとしても問題はない。


ランクS級の冒険者を道案内に雇えたことは幸運と言えた。彼らの実力ではなく、発言力や対外的な信頼性が役に立つ。これから先に、教会や各ギルドとの摩擦が生じた際、彼女達との関係を深めておくことで、証人としての存在感が高まる。


今回の件が終息すれば、自身の嫌疑を拭い、またスレイヤーギルドに戻りたいと思っている。


その為には、事の真相を解明する必要があるだろう。




マリアは馬車の中で、前席に座るソウリュウを見ていた。


昨夜の夕食後に、「ソウリュウが、冒険者ギルド内で以前から噂のあった人物ではないか。」と言い出したのはシェリルである。


魔族を何体も倒し、数週間という短い期間で、ギルマス補佐の地位と爵位を手にした男。


魔法がまったく使えない代わりに、相手の魔法も完全に無効化するという。剣を扱えば、青い稲妻のような閃光を放ちながら、岩をも両断する伝説級の武人。


確かに、符合する面が多い。


容姿で言えば、長身で黒い髪と瞳をしている所など、外見的な特徴も一致している。


しかし、その人物には今、ある嫌疑がかけられているという。


マリアは思いきって、その人物と目の前のソウリュウが同一人物かどうか、試そうかと悩んでいた。


魔人ではないかという疑いをかけられ、王国騎士団長を殴り倒して逃走した男。


普通に考えれば、危険人物の可能性が高い。


だが、昨日の様子を見る限り、この男には害意を感じるどころか、良い奴という印象しかない。何でも面白おかしく話そうとするが、根本的には真面目で、人への気遣いがきめ細かいのだ。


そんな奴が、魔人であるはずがない。


シェリルも同じ考えのようで、ギルマスにも報告はしていないらしい。まぁ、あのハゲは、自分の立場が脅かされなければ、何でも良いのだろうが···。


マリアは、ソウリュウのことが気に入っていた。良い男だし、話をしていて楽しい。立場的には不謹慎なのかもしれないが、今回の任務にワクワクしていたのだ。余計な詮索をして、彼が去ってしまうことは避けたかった。


そんなことを考えていると、馬車を操っている少し能天気なティルシーがやらかした。


「そう言えばさ、ソウリュウってタイガ·シオタさんなの?」


マリアは「え~!」という顔で隣のシェリルを見た。


シェリルも同じ気持ちだったらしく、「やりやがった。」という顔をしていた。


普通に考えれば、ソウリュウがタイガ·シオタ本人であろうがなかろうが、「それ誰?」と否定をされるのが関の山である。


その後のことを考えて、マリアもシェリルも慎重になっていたのだが、ティルシーにそんなことを望むのが間違いだっだ。


ティルシーは、天然で空気を読まないことで有名だ。


ギルド内では、本人が近くにいるのを確認もせずに、「あのハゲが、あのハゲが。」と、ギルマスのことを連呼する恐ろしい子なのである。以前には、ある貴族の服装を見て、「ダサっ!」と大声で言い放ち、監督責任のあるギルマスが半日ほど軟禁されることになったのは有名な話である。


一説によると、ギルマスが禿げ上がったのは、ティルシーが原因ではないかとも言われている。


何かをやらかして怒られる度に、遠距離からギルマスに手をかざし、「毛根に死を!」と呪いの言葉を呟いているのは、既に日常の風景となっていた。




マリアとシェリルは、ソウリュウの返答を息を飲んで待った。


「そうだよ。」


···意外なことに、即答だった。


「「「···え···えぇ~!」」」


聞いたティルシー本人も、驚きの声を発した。と言うか、普通は素直に答える奴なんかいないだろう。


「ごめん。騙すつもりはなかったけど、いろいろとややこしいことに巻き込まれているから。」


「ど···どうして、素直に認めたの?」


「君達を騙すようなことは、自分の本意じゃない。道案内だけを頼むつもりだったから黙っていたけど、バレているのなら嘘を突き通すのは筋が違うと思う。」


3人はお互いの顔を見た。


「悪かった。依頼報酬はそのまま支払う。その辺で降ろしてもらえたら、1人で行くよ。」


マリアはタイガの眼をじっと見た。いや、マリアだけではない。シェリルもティルシーも同じようにしていた。


「···道案内を続けるわ。2人とも、それで良い?」


頷く2人。


「どうして?」


「少なくとも、あなたは魔人ではないわ。それに悪人でもない。だったら、依頼は最後まで完遂させるべきよ。ただ、それだけ。」


呆気に取られたような表情をしたタイガは、その後に少し目頭が熱くなった。


この世界に来てからというもの、いろんな人が支援をしてくれる。いや···こちらが相手を信じているからこそ、相手もそれに応えてくれているのかもしれない。


そう思うと、エージェントの職務は、ただ自分だけを信じていたから、孤独を感じることが多かったのかもしれないと思えた。












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