第1章 69話 依頼者ソウリュウ①
中核都市ゲイル。
この都市には目立った産業はない。しかし、高ランク冒険者を数多く輩出したギルドが有名であるため、いつからか、冒険者としての成功を狙う強者共が集う街となっていた。
街は冒険者や依頼者のための商業施設が軒を連ね、昼夜を問わずに活気に溢れている。
荒くれ者の出入りもあるが、基本的には荒事を行った者は、街を管理する冒険者ギルドに粛清される。それだけ住民にとっても治安が良く、住みやすいために、右肩上がりで人口が増加している希有な街と言えた。
「あ~、何か割の良い依頼はないかなぁ。」
冒険者ギルドの依頼掲示板前で、背の高い金髪碧眼の女性が気だるそうにつぶやいた。
艶やかなストレートヘアに、大きな少しつり気味な瞳、ぷっくらとした厚めの唇が、えちえちなお姉さん風である。しかし、視点を少し下ろすと、軍服のようなロングコートと、同色のズボンに、ゴツいブーツの組み合わせが、まるで硬派な軍人か、秘密警察を思わせるような装いであった。
「ランクSが言う、割の良い仕事ってどんなのよ?」
話しかけたのは、同じような軍服風の装いをした、銀髪褐色肌の女性である。こちらもストレートヘアだが、瞳は切れ長で、唇はしゅっとしている(「しゅっとしている」と言うのは関西用語だ。好きに解釈するのが好ましい。)。
「ん~、警護だけで日当が1000万出るとかぁ、道案内するだけで成功報酬が5000万とか?」
「バカでしょ、あんた。」
「そうは言うけどさ、最近はそんなにおもしろい依頼もないでしょ?ギルドに言われて、粛清担当なんてやっているけど、変に恐がられて良い男も寄って来ないしさ。」
「それは、そうだけ····ど···。」
「ん?どうしたの?」
褐色肌の女性は、入口に近いブースを凝視していた。
「あいつ···何者?」
金髪の方も気がついた。
ギルドに入るためのドアは、分厚い樫に金枠が取り付けられており、開閉の度に特徴的な音がする。人が出入りする時には、必ずこの2人は気がつくのである。
「あいつ、いつからいた?」
「さっきまではいなかったはずよ。」
長身だが、細身。
この辺では見慣れない、黒い髪。背中の剣帯には、斜交いに2本の剣が装備されている。
「冒険者風だけど···見たことのない奴だね。」
「うん。あいつ···相当強いよ。」
2人はランクS冒険者だった。
彼女たちから見て、黒髪の男は自然体である。その立ち居振舞いには何の違和感もない。なさすぎるのだ。新参者なのに、周囲に溶け込んでいる。むしろ、ドアの開閉音がしていれば、注意を払うこともなかったかもしれない。
「おもしろそう。」
金髪の方が、興味津々と言った感じでつぶやいた。
観察されていることに気づいたのか、黒髪の男はこっちを見てニコッと笑いかけてきた。先程までの精悍な顔つきとは違い、無邪気な少年のような笑顔を見せる。
東方人特有の個性があるため、この辺りの基準で言うイケメンではない。しかし、どこか子犬を思わせるような表情に、癒し感があった。
金髪の女性、マリア·カーネルは、思わず笑顔を返してしまった。ギャップのある男に少し弱いのだ。
「なぁ、あんた。何をうちのツートップに、色目を使ってんだよ。」
気がつくと、普段から言い寄ってくる冒険者の数名が、黒髪の男を囲んでいた。
「ツートップ?」
思っていたよりも低い声音だ。
「知らねぇのか?雷帝と氷帝を。」
自分たちを持ち上げてくれるのは良いが、マリアには安っぽい言葉で品性が貶めらてる気がしてならなかった。そもそも、自分よりも弱い男に興味はないのだ。仲間面されること事態、迷惑に思っている。
「ふ~ん、天は二物を与えるか。うらやましいね。」
「何だぁ、二物って?卑猥なことを言ってんじゃねぇ。」
それは違うだろ!
と、マリアはツッコミを入れたかった。しかし、彼らにはあまり関わりたくはない。同じギルド内でも、派閥などがいろいろとあって、仲良くするまでもないが、敵対すると厄介なのだ。
相棒のシェリル·アーネストとは気が合うし、信頼関係も高いが、正直なところ、ギルドの人間関係は複雑で、他の冒険者達と深くつきあいたいとは思っていない。チャンスがあれば、王都かどこかのギルドに移籍したいくらいだった。
「あれ、どうする?」
隣にいるシェリルが聞いてきた。
「興味があるから、少し様子を見たいな。」
「わかった。」
絡んでいる冒険者は、全員がランクAかBで、このギルドではベテラン勢に入る。10代半ばから冒険者をやっているが、どちらかと言うとケンカっぱやくて、よく問題を起こす連中だ。
「ケンカになると思う?」
「ケンカ?一方的にやられるだけでしょ。」
「どっちが?」
「冒険者グループ。」
「だよね。」
マリアは期待をしていた。
立場上、止めた方が良いのだろうが、冒険者同士の私闘は禁止されている訳ではない。当然、器物の破損や、無関係な者を巻き込まないように、一定のルールの下で行うのが慣わしだ。
そう···模擬戦というやつだ。
またか···。
アトレイク教会本部に向かう道中で、土地勘がなく、余計な時間を費やしそうになった。
詳しい地図を入手できないまま、大まかな方角を進んできたが、あまり進路をずれると検討違いの場所に行ってしまう。
そう考えて、少し大きな都市の冒険者ギルドで、道案内を依頼しようと思ったのだ。
ギルドの入り口は建付けが悪いのか、開けた瞬間に少し軋むような音がした。エージェントの習性で音が鳴らないように開け、ギルドホールで依頼受付のブースを探していると視線を感じた。
そちらを見ると、目があったのは軍服の美女2人。笑いかけてみると、周りにいた冒険者達にからまれるという、意味のわからない状況になっている。
なんだ?
冒険者ギルドは、初めて来た依頼人にからむのが決まりなのか?
しかも、模擬戦?
意味がわからん。
「さぁ、どれでも好きな得物を使え。」
建物の裏手にある、修練場らしき広場に連れて行かれた。7人で取り囲まれたので、抵抗もせずについてきたが、本当にやるのね、模擬戦。
「···じゃあ、これで。」
そう言いながら、俺は蒼龍の柄を握った。
「·····いっ!?いやいやいやいや。それは真剣だろっ!!」
「ダメなのか?」
「ダメに決まっているだろっ!」
何でも良いって言ったじゃん。
「わかった。じゃあ、こっちにしとく。」
「て···てめぇ···それも真剣じゃねぇか!もう1本のゴツい剣を抜こうとするんじゃねぇよ!!」
反対側のバスタードソードを手にしたが、やっぱりダメなようだ。
「何でも良いって言ったのに···。」
「模擬戦用の武器の中から選ぶのが常識だろうがっ!」
「そうなのか?俺の故郷では、模擬戦と言えば真剣勝負だったぞ。」
「···どこの無法地帯出身だよ!」
「マジだぞ。小さい時に模擬戦で斬られた傷痕もあるぞ。」
「み···見せなくていい!何でベルトを外そうとしてんだ!!」
「大腿部だから脱がなきゃ見えないだろ?」
「だから、見ねーよっ!」
ぷっ!
少し離れた所で、やり取りを見ていたマリアとシェリルは、お互いの目線を交わしてから吹き出した。
「な···何、あいつ···くくく···。」
「違う意味でヤバい奴かも··ぷぷっ···。」
そんな2人を見たタイガは、にんまりと笑うのだった。
やり取りの後に、黒髪の男は素手で良いと言い出し、背中の剣帯から剣を外して、マリアとシェリルに手渡した。
「2本共、大事な剣だから君達に預ける。」
「···なぜ私達に?」
「直感だ···一番信用ができそうだから。」
近くでみると、やはり背が高い。
それに、思ったよりもイケメンだった。
「わかった。預かる。」
マリアは即答した。
「その大きい方は、私が持つよ。」
意外なことに、シェリルも自分から剣を受け取りに行った。
「どういう風の吹きまわし?」
マリアは黒髪の男が離れて行った後に、シェリルに尋ねた。
「私の故郷では、身を守るための武具を預けると言うことは、その相手に尊厳を持ったのと同じことなの。彼がどういったつもりかはわからないけれど、敵ではないのなら、誠意で答えるべきだと思ったのよ。」
理屈を並べるシェリルの頬は、かすかに紅潮している。
「ふ~ん、それだけ?」
いつも冷静で、あまり表情を変えないシェリルにしては、わかりやすい変化だった。
「少し···瞳が似ているから。兄に···。」
前に聞いたことがあった。
今はもういない、大好きだった兄のことを。
「そっかぁ。じゃあ、たぶん悪い奴じゃないよね。」
「うん。」
シェリルの兄は、かつてランクS冒険者だった。とあるレイドで、多くの仲間の命を救った英雄でもある。そこで自らの命を失うが、彼の功績は今だに語られるほど大きい。
曇りのない、まっすぐな瞳だった。
でも、ああいう瞳の人は長生きができない···。
シェリルは胸の内が少し痛かった。
圧巻だった。
模擬戦開始の合図の後、黒髪の男は一瞬体をブレさせたかと思うと、消え去った。
マリアとシェリルが驚愕に目を見開いた直後、複数の人間が声もなく倒れ、模擬戦は呆気なく終了したのだった。
「あ···あなた何者?」
マリアは思わず聞いてしまった。ランクSの自分でも、動きを捉えることができなかったのだ。
「あなた、ランクSよね?どこのギルドに所属しているの?」
シェリルも、黒髪の男の素性が気になってしまい、重ねて質問をした。
「···今は、所属しているギルドはない。ここへは依頼人として来たんだ。」
「えっ!?···依頼人?」
「ウソでしょ?」
「それがマジなんだけど···まさか、こんな模擬戦をやらされるとは思わなかったよ。」
「「···················。」」
「申し訳ありませんでした。」
その後、すぐにギルドマスターの執務室に通されたタイガは、禿げたゴツいおっさんから謝罪をされた。
「大丈夫です。気にしていません。」
「···かなり怒っていらっしゃいますよね?表情が険しい···。」
「ああ、これは窓から射し込む陽の光が、あなたの頭に反射して眩しいだけです。」
あ···思わず余計なことを言ってしまった。おっさんのこめかみに青筋が立ってる。何か卑猥だ。
「「ぷっ!」」
後ろにいる軍服の女性2人が吹き出した。
「くっ!お前達は静粛に!!」
おおっ、おっさんがタコみたいに真っ赤になった。怖っ!
「話を戻しましょう。俺はアトレイク教会本部がある街に行きたい。道案内を依頼したいのですが、可能であれば聖霊魔法士と、その専用の馬車も一緒にお願いできないでしょうか?」
「聖霊魔法士と、専用の馬車まで···アトレイク教会本部の街なら、馬を調達すれば3日程の距離ですが、そんなにお急ぎなのですか?」
「はい。」
「教会本部には、どのような要件で行かれるのかな?」
タコ坊主の表情が苦いものに変わった。
教会本部に不穏な人間が入りこむようなことに、加担をしたくないのだろう。
「教会本部に自分を売り込みたいのですよ。何か、とてつもない敵を相手どっていると聞いていますので。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます