第1章 68話 狙われたエージェント②

スレイヤーギルドの街に帰ってきた。


聖騎士団とはその場で別れたが、クレアとクリスティーヌは同行している。


クレアはアッシュとの協議のため、クリスティーヌはその護衛のためだ。聖騎士団長であるクリスティーヌが団を離れることについては、最初から申し合わせていたらしく、デュエル·ソルバ達と共に聖女のサポートに回るらしい。


あの魔人については、遺体を魔法で焼却処分した。聖騎士達は複雑な表情をしていたが、ガイウスが大公の名前を出したために、それ以上の話をする気は失せたらしい。さすがに、王国の重鎮を批判する真似はできないのだろう。


「あっ!ギルマス補佐だっ!!」


「おかえりなさいっ!」


ギルドの修練場で鍛練中の者達から声をかけられた。


「ただいま。鍛練は順調?」


「はい。ギルマス補佐に言われた多属性魔法での集束は、かなり練度が上がりましたよ。」


清々しい表情をしている。


ここを出る前に提唱した鍛練で成果が上がっているからこそ、こんな風にフレンドリーなのだろう。以前はもっとぎこちない態度を取る者が多かった。自分達が強くなっていると実感しているからこそ、前向きな姿勢でいられるのは、武芸やスポーツに取り組む者が共通して持つ長所だと言える。


「それは良かった。アッシュは中かな?」


「はい。国のお偉いさんが来ているようで、リルさん達と会議室におられます。」


お偉いさん?


「そっか。ありがとう。」


思い当たるのは、大公くらいだ。だが、俺が王都を出てから数日でこちらに訪問をしてくるとは、何かあったのだろうか?


どちらにしても、あまり良い予感はしなかった。




ギルドの受付で簡単な報告を済ませてから、すぐに自宅に戻り、念入りに体を洗って新しい服に着替えた。


旅の途中では、風呂もシャワーも浴びれない日が続くことがある。この世界では、浄化魔法というものがあり、感染症を防ぐ手立てはあるらしい。まぁ、魔法が通じない俺には当然効かないので、可能な限り清潔にするしかないのではあるが、シャワーを浴びるだけでも多少の疲れが取れた気がした。


スレイヤーも冒険者も、遠征に出ると着の身着のままでクサイ奴が多い。たまに、息を止めたくなるような奴もおり、対抗手段として「息の根を止めても良いか」などと本気で考えたりもする。冗談じゃないぞ。本気で臭いんだぞ。


え?


女性はどうかって?


それはさすがに対策をしている者が多い。


浄化魔法を習得している者も多いし、状況から「飲む香水」が普及している。名前の通り、常用すると体の内側、厳密に言うと毛穴から良い香りが漂う。  


変な薬じゃないぞ。元の世界でも普及している合法的な物だ。


柑橘系や花の香りなど様々なものがあり、闘いを生業としている女子達には、化粧品よりも重宝されていると言う。


実は俺も、リルに聞いてから愛用している。紳士のたしなみというやつだ。


臭い奴はモテないだろ?


まぁ、元々モテたりはしないのだが。




「タイガ、どこに行ってたのさ?」


パティだ。


久しぶりに会うが、少し口を尖らせて、そんなことを聞いてきた。


「え?王都だけど。」


「そうじゃなくて、こっちに戻ってきたのなら、先に顔くらい見せに来てくれたら良いのに。」


「シャワーを浴びてきた。臭いのは嫌だろ?」


小一時間くらいの話だよな。


なぜプリプリしている?


「そりゃそうだけどさ···ぶ··無事かどうか、確認したかったから。」


なんだ、心配してくれていたのか。


「ありがとう。ご覧の通り、ピンピンしてるよ。」


そう言いながら、頭を撫でてみた。


「う···。」


顔が真っ赤だ。


これって、機嫌の悪い女の子への特効薬みたいなものか···嫌、違うな。元の世界だと、「髪が乱れるからやめてっ!」とか言われた事がある。むやみにやると、嫌われるんじゃないか···あ、もしかして、顔を真っ赤にしているのは怒っているのか···。


「パティ、頭を撫でられるのは嫌か?」


「····嫌じゃないよ。」


ぷぃと、顔を横に向けて答えた。


う~ん、本音はどっちだろう···。


よく、「壁ドン」とか、「頭を撫でると女の子は喜ぶ」とか言われているけど、相手はイケメンに限るからな。むしろ、つきあってもいない相手にしたら、敵を増やすか、女の子のコミュニティに総スカンをくらうからな。


「タイガ!」


名前を呼ばれた方を見ると、フェリが小走りに駆け寄ってきていた。


「フェリ。ただいま。」


「おかえり···。」


なぜか、フェリの表情が固い。


「どうかしたのか?」


「···今、ターナー卿が来られているの。」


デビット·ターナー。


この国の騎士団長。清廉潔白なキレ者で、かつて魔人化?したマイク·ターナーの父親だ。本物の魔人が出現したこのタイミングでの訪問は、何か関連があるのだろうか。


「ターナー卿だけなのか?」


「ええ。お供の方は何名かいるけど···。」


「それで、何の要件なんだ?」


「それが···タイガに···魔人である疑惑がかかっているって···。」


···そうきたか。




「ある方面から、君が魔人ではないかという嫌疑がかけられている。」


ターナー卿は、会議室の上座からゆっくりとした物言いで俺にその言葉を告げた。慎重に言葉を紡いでいるのは、声のトーンでわかる。


会議室に出向いた矢先に、直球を投げてくるものだ。


「教会や、信仰心の強い貴族あたりからの嫌疑ですか?」


「····そうだ。ここまでの帰路にあった出来事は、聖女様からも説明を受けた。騎士団に名を連ねる者も同行をしていたことだ。君が魔人を倒したことは明白ではあるが··。」


ターナー卿がここに来たタイミングを考えると、俺が王都を出たあとすぐに、そう言ったデマが流されたということだ。聖女クレアの行動に、即対応策をとった奴がいると考えられる。


「でも、それだけでは嫌疑は拭えないということですね。」


身の潔白を証明するためには、もっと説得力のある証拠が必要だろう。口封じや、何らかの謀のために、仲間である魔人を倒したのではないかというネジ曲がった考察など、容易にできてしまうのだから。


この国は王政ではあるが、絶対君主国というわけではない。政は共和制に近い形で行われているのだ。大陸内でも最大勢力を誇る宗派と、その信者である大貴族達が絡んでいるとすれば、誰もが納得できる形での証明が不可欠とされると考えるべきだ。


「君と聖女様は···その、どういった関係なのかな?」


何事もなかったとは言え、クレアと同じ部屋で一夜を過ごしたことは、情報として出回っている···これはなかなか厄介な状況だ。


「魔人と教会幹部の結託が疑われる中で、誰も信じることができない状況のクレア様は、俺に相談を持ちかけてきた。その場所が、他の人間が立ち入ることのできない宿屋の一室だっただけです。飛躍した···ゲスな勘繰りはあなたらしくない。」


少し挑発的な回答に怒るかと思ったが、冷静に話を聞いているターナー卿を見て安心した。彼自身、俺への嫌疑を鵜呑みにしている訳でもなさそうだ。


ターナー卿は事実を確認するように、クレアに視線を移した。


「本当です。タイガさんは、私の突然の申し出に真摯に対応をしてくれました。」


「···ふむ。それで、教会幹部と魔人の結託と言うのは?」


「···その前に、あなたと2人で話はできませんか?」


「どういう意図でだね?」


「あの事件に、連なるかもしれない話です。」


「·················。」


この場にはターナー卿とクレアの他にも、アッシュやリル、クリスティーヌなどのメンバーが同席をしていた。だが、まだ推測段階の話で、他の者に混乱を与える訳にはいかない。ターナー卿には、俺のこれからの行動指針を理解してもらい、国王や大公への伝達をお願いしたかった。


しかし、見方を変えれば、魔人である俺がターナー卿を抹殺し、逃亡を計ろうとしているのではないかと勘繰られる可能性もある。理由はどうあれ、息子の命を奪った俺への感情がどう働くか。


「わかった。申し訳ないが、他の者は席を外してくれないか。」


ターナー卿の言葉に他の者達は席を立ち、会議室を出て行った。予想外に早い決断だ。公私混同しない彼の人格に感謝すべきだった。




クレアやアンジェリカ達から、これまでの経緯を聞き出していたアッシュは、今後の対応策を考えていた。


「本当なの?タイガがギルドから脱退するって···。」


フェリは、兄であるアッシュの言葉に衝撃を受けていた。


「たぶんだけどな。状況を考えると、権力闘争の材料にされたように思える。今のままだと、拘束されて王都に送られるだろう。」


「そんなっ!タイガは魔人なんかじゃないわ!!」


「それはわかっているさ。今回の件は、王都と教会のそれぞれで、国王陛下と聖女様の失脚を狙っている者が、結託していると考えられる。陛下やチェンバレン大公に推されて、騎士爵を授与されたタイガだ。魔人に仕立てあげることで、陛下への不信任案的なものを打ち立てようとしている可能性が高い。聖女様の方も同様だろう。」


「そんな···。」


「タイガ自身も危険視されているのでしょうね。強さだけではなく、大貴族を失脚させたことで、今後の障害に成りうるかもしれないって。」


リルの追い討ちをかけるような言葉で、フェリの顔は青ざめていった。


「大丈夫よ。タイガは大人しく流されたりはしないわ。彼は、相手が誰であっても怯まないもの。」


「ああ。だが、そんなあいつだからこそ、ギルドを離れて1人でやりかねないんだ。」


「···まさか、タイガを見捨てたりはしないよね?」


リルやアッシュが話す内容に、フェリはある考えが頭を離れなかった。


「フェリ、事は簡単じゃない。スレイヤーギルドがタイガを大々的に支援すれば、最悪の場合は反乱分子と見なされて騎士団を送り込まれる。確たる証拠を見つけて、疑惑を晴らすしかない。」


「じゃ···じゃあ、今はタイガが拘束されるのを黙って見とけって言うの!?」


「冷静になれ、フェリ。タイガだったら、こういった場合に、どんな行動に出ると思うんだ?」


「それは···黙って拘束される訳がないわ。タイガなら···。」


「そうだ。あいつならみんなを巻き込まないために、ギルドを出て1人で疑惑を晴らそうとするだろう。だから、脱退する可能性が高いと言っているんだ。」


「私も一緒に行く!」


「···は?」


「これまではタイガに助けられてばっかりだったじゃない!だから、今度は私がタイガをサポートする!!」


「いや···それは···。」


「ふふっ、そうね。私も行くわ。」


「リルまで···お前ら、何を言っているのかわかっているのか?」


スレイヤーギルドのメンバーがタイガに同行することは、組織としての責任を問われることになる。


「ええ。私もギルドを抜けるから問題ないでしょ。」


「私も!」


「いやいやいやいや、それは困るぞっ!」


上位魔族との闘いに備えなければならない現状だ。タイガに続き、2人が脱退すれば、戦力的なものだけではなく、全体の士気にも関わる。


そんな会話の最中に、ドアが慌ただしくノックされた。


「ギルマス!大変ですっ!」


「今度は何だ!?」


ドアを開けて入ってきたのは、ギルドの事務員だった。


「会議室でターナー卿が倒れています!」


「何っ!?」


やりやがった···何て行動を起こすのが早いんだ。


アッシュは立場的に、身軽な決断ができない自分を恨んだ。そして、なぜか気の合う変わり者の友人に、無事に帰ってくるように心の内で語りかけるのだった。




タイガはギルドの会議室を窓から出て、誰にも気づかれないように街を後にした。


こういった時は、エージェントで培った技術が役に立つ。人に存在を気にされずに行動する技術。気配を消すことは戦闘には有効ではあるが、日常では腕に覚えのある者とすれ違うと、違和感をもたらすことがある。あくまで、自然と周囲に溶け込むことが重要だ。


本来は馬か馬車を調達したかったのだが、おそらく騎士団の監視が厩舎か街の出入口に張られているだろうと思い、身軽なままで抜け出してきた。旅装でもないので長旅は厳しいが、一番近くの中核都市までは200キロメートル程だ。近い距離ではないが、2~3日も歩けば到着する。




ギルドの会議室で、ターナー卿と2人で話をした時の内容だ。


「俺がなぜ魔人の嫌疑を受けることになったのかを、教えてもらえないですか?」


「君は強すぎる。魔族の討伐件数で、我々の常識をあっさりと覆した。そして、大貴族を失脚させた手腕は、鮮やかの一言に尽きる。マークをされたのは当然かと思うのだが。」


「要するに、悪目立ちし過ぎたということですね。」


「まぁ、そうなるかな。」


ターナー卿は興味深げに微笑を浮かべた。


「あなた個人としては、どうお考えですか?」


「マイクの結末は、君のおかげとも、君のせいだとも言える。それを踏まえて···敢えて言わせてもらおう。君が魔人であったのなら、マイクや私の名誉は守られることはなかっただろう。」


まっすぐに目を見て話すターナー卿の言葉に、嘘偽りがあるとは思えなかった。このあたりは、これまでの経験と勘がものを言う。


「アトレイク教会で聖女の失脚を一番歓迎しているのは、やはり大司教ですか?」 


「歓迎しているかはわからないが、一番得をするのはそうだろうな。」


「魔人を連れ帰れ。」と、指示を出した張本人だ。大司教を尋問するのが、やはり手っ取り早いだろう。


「魔人を倒した際に連れ帰るようにと、聖騎士団の一部の者が、大司教からの密命を受けていました。」


「魔人を連れ帰るだと···もしかして、君は魔人がマイクと同じ経緯で、魔族の血から造られたと言いたいのかね?」


「可能性は否定できません。その辺りも、調査をしてみようと思います。」


「教会本部に向かうと?」


「それしかないでしょう。」


「了解した。陛下や大公閣下には、その旨を報告しよう。」


その後、俺はターナー卿に当て身を食らわせ、会議室の窓から脱出するに至る。


立場上、俺を拘束できなかったことで、ターナー卿にも批判が及ぶ可能性がある。それを承知の上での英断と、人格に感謝をした。


国王や大公も含め、自分を擁護してくれる人達には報いなければならない。









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