第1章 72話 依頼者タイガ·シオタ②
土煙から抜け出たタイガは、一瞬で盗賊団との間合いを詰めた。
抜刀。
斬!
一番手前の相手を居合いで両断。剣筋が鮮やかな青い光線となって疾走する。
瞬時に敵の数を見極めた。
4人が石の直撃を受けて、頭や手足を損傷。斬った相手と合わせて差っ引くと、視界に入る範囲に敵は11名。
蒼龍を鞘に納めながら、問いかけてみた。
「余計な殺生をする気はない。投降するなら今のうちだ。」
誰1人言葉を発っさない。
一刀両断された仲間を見ながら、ひりひりとした緊張感に覆われている。
「···何者だ、てめぇ。」
しばらくして、リーダー格とおぼしき男が声を出した。
「正義の使者。」
ちょっと、ヒーローごっこをしてみたくなった。
「はあ?頭おかしいんじゃねぇか。」
「正常だ。そっちこそ、ノリが悪いぞ。」
「···盾を持って囲め!」
無視された。
つまらん。
盗賊達は盾を構えて、円周状に取り囲んできた。軽量の取り回しの良い円盾だ。
「最近の盗賊団は、盾も装備しているんだな。統率も取れているし、騎士か冒険者崩れか?」
戦争で亡国となったり、他国に占拠された国の騎士などの一部は野盗に身を落とすことがある。訓練を受けているだけに、厄介な場合が多いらしい。
「·············。」
「無言ってことは肯定か。まぁ、どちらでもかまわないが。」
タイガは、じりじりと円周を狭めてくる盗賊団に対して、怯むことなく向かっていった。
左手でバスタードソードを抜き、右手は腰に携帯した警棒を掴む。
踏み込んだ勢いを殺さずに、片足を軸にして体を回転。遠心力を使って正面の相手にバスタードソードを叩き込んだ。
「青い閃光!?」
「噂には聞いていたけど···本当だったんだ···。」
「おおーっ!かっちょいい!!」
戦闘が行われている場所を左手に見ながら、右方に旋回をしていた馬車の中では、冒険者の3人がタイガの斬撃に目を奪われていた。
「あっ!囲まれた!!」
「あいつら、盾を使うんだ。」
「やっぱり、高度な訓練を受けた騎士崩れの可能性が高いようね。」
盾を使いこなせる者は少ない。
冒険者やスレイヤーの中にも、パーティーの前衛として、防御の担い手がいないわけではないが、限られていると言って良い。
仲間との連携で、盾を駆使する技術は非常に難易度が高く、一般的には指南役があまり存在しないのだ。
一方、要人や拠点の守護を司る騎士は、日々の訓練で独自の盾術を必修科目として習得する。配属する部隊によって、使用する盾の形状や大きさは異なるのだが、盗賊団が装備している円盾は、機動力を重視した前線の騎士が使用するケースが多い。
軽く、小型の円盾は、近接戦闘において邪魔になりにくく、剣との併用で攻防一体の要となるのだ。
ガーン!
バスタードソードに弾き飛ばされた円盾が、形をひしゃげながら近くの盗賊にぶち当たる。
「ウゲッ!」
木製ではあるが、外枠は鉄でできているため、その破壊力は相当なものである。直撃した本人は即他界した。
タイガはそのまま右手を振り下ろす。
シャキーン!
伸長した特殊警棒が、盾を飛ばされた盗賊の首筋に叩き込まれた。
相手は声もなく、地面に突っ伏す。
間をおかずに、近くの別の盗賊に前蹴りを入れて盾ごとふっ飛ばす。後方の2人が巻き添えとなって一緒に倒れこんだ。
その間隙をついて、バスタードソードを剣帯に納める。
良い機会だった。
王都で仕入れたアレを使ってやろう。
タイガは悪い顔をしていた。
それを見つけたのは偶然だった。
カレー用のスパイスを探していたのだが、まさかアサフェティダに出会えるとは思わなかったのだ。
アサフェティダは、インドでカレーを作る際に使われる香辛料だ。加熱すると、香りがとれてタマネギのような風味となる。
だが、加熱前の香りは強烈で、密封したビンにでも入れておかないとマズイ。非常にマズイ。異臭騒動で済めば良い方で、下手をすると、周囲の人間が意識を刈り取られる可能性すらある。
複数の揮発性硫黄化合物を含むので、ニンニク×ドリアンのような強烈な異臭を放つのだ。
別名"悪魔の糞"と呼ばれるのは伊達じゃない。本当に悪魔的なのだ。
タイガは小瓶を取り出し、風下に向かって軽く投げ、警棒で叩き割った。
すぐに風上の方に移動する。
立ち塞がる邪魔な盗賊は、前蹴りで吹っ飛ばし、進路を切り開いていった。
「く···さ···。」
「ごっ!」
「おえっ!」
「ふがふがふがぁ····。」
すぐに後方から阿鼻叫喚が吹き出す。
盗賊団の包囲を切り開き、そこを抜け出した。
別の小瓶を取り出して、同じように風下に向かって割る。
今度は、唐辛子のブート·ジョロキアパウダーだ。
「···········!」
「眼がぁ···ゲフッ···ガ···。」
刺激がきつく、眼つぶしや呼吸困難に陥る者が続出した。
タイガは、ダメージを負っていない者を居合いで始末していき、後に残った地面に転がって悶絶する者達には、警棒による打撃を与えて意識を刈り取っていった。
さすがに何度も実戦で使用していると、スパイスの使い方も堂に入っている。
こうして、盗賊団はほんのわずかな時間で全滅することとなった。
余談だが、後にタイガ·シオタはスパイス·オブ·マジシャンの2つ名をグレードアップされることとなった。スパイス·オブ·デビル、もしくはスパイス·オブ·ゴッドの名を欲しいままにし、畏怖される存在に至ったのである。
「····壊滅しちゃった。」
「冒険者ギルドが、1年近く何もできなかったのに···。」
「···本気で惚れてしまいそう。」
「「えっ!?」」
タイガの手際の良さと、呆気ない解決に驚きを隠せない冒険者3人。そして、マリアのつぶやきに、さらに驚くシェリルとティルシー。
「マリアって、もっと王子様的な人が好みかと思ってたよ。」
「うん。私もそう思ってた。」
「えっ、あ、だって···あんなに強い人なんか、他にはいないでしょ。話をしていても楽しいし。王子様的な人はただの憧れよ、憧れ。」
「それなら、私だって立候補するぞ。理想的な男性だからな。」
「「えっ!?」」
シェリルが突然のカミングアウトを行った。
「私の郷では、強くて優しい男が理想とされているんだ。タイガは申し分ない。」
「まったく違う部族でも良いの?」
「問題ない。」
「戦闘中に、変な粉を振り撒く人だよ。」
「問題ない···たぶん。」
「でもさ、あれって噂のスパイスだよね?」
「たぶん、そうね。本当に戦闘に使うとは思わなかったけど、かなり効果が高いね。」
「私も使ってみようかなぁ。」
「彼には回復魔法が効かないから、負傷せずに多数の敵と闘うための戦術じゃないかと思う。そうでなければ、調味料を戦闘に利用するなんて思いつかないもの。」
「なるほど。いくら強いって言っても、ダメージを負わないわけじゃないもんね。」
「あんなトリッキーな動きをされたら、相手も対応が難しいから、利には叶っているわ。」
「パッと見、卑怯だけどね。」
「「····························。」」
ティルシーはやはり一言多かった。
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